魔女の恋
なんとなくファンタジーを書きたくて書いてみた作品です。現代とは違った世界観を描くのは難しいですね・・・。
楽しんで頂ければ幸いです。
夕飯ができたからケビンを呼んだ。
「うん、ありがとう。」
向かい合って座る。
「天にまします我らの父よ・・・」
いっしょに食前の祈りを捧げる。私は食事に手を付けずに、彼が食べるのを黙って見守る。料理には自信がある。それでもやっぱり不安だ。
「うん、おいしいよ。」
ほっ。安心した。もっとも、彼ならどんな物だってこう答えるだろう。本当かどうか分かるぐらいには、彼のことを理解してるつもりだ。今のは本気で言っていた。
他愛無いことを話しながら食事を終えた。神に感謝の言葉を捧げ、片付けを始めるために台所に行く。
「手伝うよ。」
ケビンも台所に入ってきた。ああ、なんて優しい人なんだろう。
私は微笑みながら、包丁を彼の胸に突き立てた。
彼の形をした土人形が土塊に戻るのを見ながら、私はため息をついた。
もうこれで3体目だ。いつまでもこんなことを続けるわけにはいかない。もう予行演習は終わりだ。次に彼に会ったら、覚悟を決めて、大好きな彼を殺さなければならない。そうしなければ・・・。
私、カタリナは魔女である。魔女とは、この世の理から外れた力・「魔法」を使える者を示す。私は大地の魔法を使い、「土塊の女神」などと呼ばれている。
私たち魔女は、恋をしてはならない。理由は、魔法というものの性質と危険性にある。魔法の強さは想いの強さによる。もし心が乱れれば、この力は暴走してしまうだろう。特に、恋愛感情は心を乱しやすい上に想いも強い。そこから生まれる魔法の力ははかりしれない。
過去に、魔法の暴走はいくつかあった。
「炎の魔女」と呼ばれる者は、燃えたぎる愛情を具象化させて恋人ごと街を火の海にしてしまった。その炎は未だに消えていないという。
「東方の水巫女」は想い人の死を嘆いて、その冷え切った感情で大陸を一つ凍りつかせてしまった。その大陸の中心にはその人の遺体が氷に包まれている。
私の先々代の「土塊の女神」(魔女の力は代々受け継がれ、異名も襲名する)は失恋で乾ききった心から国ひとつを全て砂と化し、巨大な砂漠を作り上げてしまった。人々が次々と砂塵となる光景は、この世の終わりを思わせるほどの恐怖であったらしい。
このように世界に大きな影響を与える魔力の暴走をこれ以上起こさない為、魔女たちの間でひとつの掟を定められた。
魔女は恋をしてはならない。もし心を奪われそうになったなら、その前にその者を殺してしまえ。
この掟を聞きつけた人々は魔女に恐怖し、魔女にできるだけ近づかないようになった。それでも魔女の力は国の支えになるし他国からの抑止力にもなるので、城下町の外れに好条件で住まわせる国も多くある。私もそのうちの一人だ。
ケビンは私の雇い主の国の王子だ。魔女が怖くないのか、よく私の所へ来る。始めは私の魔女としての力や知恵を借りるために来ていただけであった。王子自ら、護衛も付けずに来るのは魔女である私に敬意を払ってのことらしい。そのうちに、特に用事もなく「暇だから」としょっちゅう来るようになった。まるで魔女を恐れていない。一度魔女である私が怖くないのか聞いてみた。
「魔女って言ってもカタリナはカタリナでしょ。普通の人と変わらない、綺麗な女性だよ。」
思わずドキッとしてしまった。この人が好きかもしれないと思った。
そう思った瞬間に、なんでもないと思っていた『掟』が私を苦しめた。
今まで彼を殺すチャンスはいくらでもあった。でも出来なかった。出来るわけがない。一体誰があんな掟を作ったんだと疑問に思う。
しかし、出来なければ彼はおろか、国中の人を砂に変えてしまうかもしれない。
彼を殺すしかない。まだ想いは、それほどは強くない。今なら被害が少なくて済む。
わかっていても出来なかった。彼を性格まで模したとはいえ、土人形ですら躊躇ってしまう。とうとうそれと食事までしてしまった。なんとも滑稽な魔女だろう。
もう限界だ。少しずつだが、大地に影響が出始めている。辺りの植物が枯れ始めているのだ。これ以上想いが強まれば被害がますます大きくなる。
次に会ったら、殺す。それが魔女である私の役目だ。
それから数日が経って、ついにその時が来てしまった。
ケビンは大事な話があると言ってやってきた。関係ないな。どうせ今から殺してしまうんだ。
彼を招き入れて紅茶を淹れた。彼は私に背を向けてテーブルに座った。
チャンスだ!!別に正面からでもできるが、私が彼を殺そうとしていることを最後まで知られたくはなかった。
懐から砂の入ったビンを取り出し、中身をばら撒く。宙を舞う砂は一点に集中し、やがて一本のナイフとなって彼の後頭部を貫かんとする。ナイフの切っ先が彼に触れようかという時、
「やっぱりカタリナの淹れてくれる紅茶はおいしいね。」
・・・!!!
私はナイフを砂に戻してしまった。彼のほんの少しだけ切られた髪が舞い落ちる。
・・・駄目だ。やっぱり彼を殺すなんて、できない。
・・・ならば、私に残された道はあとひとつ。
「ケビン、今は帰ってくれない?忙しいの。話なら後で聞くわ。」
「でも・・・」
「お願いだから!」
「・・・わかった。」
彼はしぶしぶ席を立って、帰った。
魔法の暴走を止めるには、完全に心を許してしまう前に相手を殺すしかない。多少荒れるが、大災害にはならないだろう。
しかし、実はもうひとつだけ方法がある。魔女は皆気づいているが、誰もそれを口にしようとはしない。
それは・・・魔女が死ぬこと。そうすれば魔法の暴走など起こりえない。しかしこの方法を使えば、当然自分の人生を終わらせてしまうことになる。魔女の自殺など神は許さないだろう。自殺した魔女の魂は永遠に苦しみさ迷うと言われている。
だが、私に残された道はそれしかない。暴走を起こすわけにはいかない。かといって、ケビンを殺すことはできない。ならば、私は私を殺すしかない。
でも私だって死に方は選びたい。私は・・・できればケビンに殺されたい。他人になんてまっぴらごめんだし、かといって自分でナイフを突き立てるのも嫌だ。
でもケビンは絶対にそんなことはしてくれないだろう。そこで私は土人形に目をつけた。ただの土人形じゃない。さっき切ったケビンの髪の毛を素に創り出す土人形だ。今までのものと違ってかなり本人に近づく。それに殺してもらおう。
「ξ☥☩♍♉♃♅♈・・・」
早速創り出した。この土人形は本人には遠く及ばないものの、彼に近い存在にはなったはずだ。
早速はじめるか・・・。
「お前。私をそのナイフで刺し殺しなさい。」
そして私は目を閉じてその時を待つ・・・。
「マスター。その命令は受け付けられません。」
「な・・・!」
どういうこと!?
「ワタシの中の何かがその命令を拒否しています。」
・・・ふぅ。どうやら彼に似すぎてしまったようだ。私は、望んだ死に方もできないのか・・・!
「ワタシの中の何かは、こうも言っています。『カタリナのことが好きだ。殺すなんてできない。』」
「え・・・?」
そん・・・な。私は・・・どうすればいいの?わからない。喜びと悲しみが私をさらに苦しめる・・・!
「マスター。ワタシの中に、『力いっぱい抱きしめたい』という気持ちが芽生えています。すいません。ワタシには、それを制御できま・・・せ・・・ん。」
がしっ!!そいつは私を力いっぱい抱きしめてきた。土人形の怪力で。
「・・・がっ!」
ギリギリギリッ!とてつもない力が私を絞めつける。体中の骨がミシミシと音を立てる。息ができない。解除の言霊も言えない。
ああ・・・このまま死んでしまうのもいいな。彼の気持ちが知れたし、彼の想いで殺されるなんて、なんという贅沢なんだろう。
私の意識は、そのまま闇の中に落ちていった。
「・・・ナ・・・タリナ・・・」
・・・何?私はもう死ぬの。静かにして・・・。
「カタリナ!」
「・・・ケビン。」
「やっぱりどうしても今話したくて戻ってきて見たら、僕がカタリナを絞め殺そうとしてるし、何が起こっているのかさっぱりだ。一体どうしたんだ!あれはあなたの土人形だろう?」
見るとあの土人形は土塊に戻っていた。ケビンの手はあちこち皮がめくれて血が噴き出し、ひどい有様になっていた。ケビンがどれだけ必死に助けてくれたのか、よくわかった。
「・・・なんでもないわ。ありがとう。ところで大事な話って?」
今は、彼の話を聞いてあげたかった。
「実は、隣国の姫君と結婚することになったんだ。今隣国とは緊張が高まっていて、いつかこの国へ攻め入ってくるかもしれない。それを阻止するための政略結婚だよ。まだ正式には決まってないけど、多分そうなるだろう。その前に、カタリナに言っておきたいことがあるんだ!僕、カタリナのことが・・・」
私は彼の口元を人差し指で押さえた。
「駄目。それ以上言っては。魔女の掟は知ってるでしょう。私はあなたを好きになるわけにはいかないの。わかる?」
「でも、政治の道具として使われるぐらいなら、僕は・・・。」
「そういうこと言わないの。大丈夫。それは私がなんとかするわ。だからあなたは安心して帰りなさい。」
「どうするつもりだ?」
「そのうちわかるわ。」
そうなだめて彼を帰した。
さて、この国と隣国ではこの国のほうが軍事力は上だ。では、この国は隣国の何を恐れるのか。それは隣国の魔女・『風切り舞姫』の存在だろう。彼女は好戦的な風の魔法使いだ。私とは相性が悪い。地を這う者は空を自由に飛べるものには勝てない。
だが、刺し違えてなら、倒せるかもしれない。ケビンへの想いが、私の魔力を高めてくれる。『風切り舞姫』さえ倒せば、この国は隣国を恐れないはずだ。そうすれば、ケビンも望まない結婚をせずに済む。
私にできること、やりたいことははっきりした。最高の死に場所だ。彼のために死ねるなんて、なんてすばらしいことだろう。
私は早速隣国へ向かっていった。
その後、彼女の行方を知るものは誰もいない。同時期に、『風切り舞姫』もいなくなった。今、この国はケビン王の統治と、新しい『土塊の女神』の守護の下に繁栄している。
好きな人の為なら何だってできる。
でも、残された彼はとても悲しんだんだと思います・・・。なんだか切なく終わってしまいましたね。
読んでくださり、ありがとうございます。