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異世界人にとって俺のレゾンデートルは?  作者: 遊司籠
第四章 自分に出来る事を編
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第4話 夜間の見回り

 夜の帳が下り切った王都。

 魔法灯という人工の光に照らされたフィリアロックは眠らない。


 こちらの世界に転移・転生してきた異世界人によって齎された有益な情報によって、画期的に文明速度を進めたホーネスト王国の夜は長い……まさに、眠らない都市へと生まれ変わった。

 人々の生活は夜の活動時間が伸びた事によって変化し、夜の帳が下りようとも活発的に行動をする人達で溢れ返っている。

 俺は行き交う人々を視界に納め、異常が無いか確認しながら煉瓦で綺麗に舗装されている道を歩く。


 只今、鴉隊の任務の一つである夜間の見回りをしている。

 本来なら俺みたいな新参者が受け持つ区画は、人の行き交いが少なく比較的犯罪係数が低い場所を担当させられるのだが……俺がルークリシュアとの訓練で、一人でもある程度の荒事に対処出来る位に戦えると分かった途端、ソフィに夜の見回りの区画を比較的安全と言われている居住区から危険度がグッと上がる娯楽区を担当する様に言われた。

 ソフィが言わんとしている事は何となくだが分かる。各番隊に課せられる日頃の任務は当然ながら番隊毎に違う。

 そして各番隊に存在する、番外隊に当たる下部隊には下部隊に出来る仕事が。

 俺が所属している3番隊の番外隊、鴉隊には3番隊の基本的な役割として大前提に据えられる都市防衛に関係する仕事が回ってくるのだ。

 都市防衛を最大の任として行動する3番隊に属する我々、鴉隊が受け持つは都市の治安維持関係の仕事だった。治安維持も長い目で見れば都市防衛に不可欠な要素となってくる。


 夜間の見回りも馬鹿には出来ない、闇夜に紛れて不穏な行動をする馬鹿もいる。それが唯の馬鹿なら見逃せるが……言い方が悪かった。

 犯罪率を下げる為、王都民の方々が安心して暮らせるように見逃す気は初めからないけれど、闇夜に紛れて暗躍するのが敵国のスパイや王都転覆を狙う不届き者だった場合は取り返しのつかない事になるのは明らかだろう。

 だから夜間の見回りなのだ。夜は行動するのに都合が良い、闇夜が姿を隠してくれるからな。だけど、人々の活動時間が夜遅くにまで範囲を広げてくると困る奴らも出てくるんだ。


 言わずもがな闇夜に紛れて活動する者達だ。人目を避け、隠れる様に行動していた彼等の時間は、転移・転生者に齎された革新的な知識の所為で行動範囲を狭めていった。

 まぁ、不穏な行動を取る不届き者達も唯の馬鹿では無かった様で、奴等はある種の事を学んだらしい。

 木を隠すなら森の中と言うように、人を隠すなら……人々が集まる場所にだ。それに適していたのが娯楽区だったらしい。夜の帳が下りようとも活気溢れる、人の疲れを癒す魅惑の娯楽区。


 遍く欲望渦巻く大人のパラダイス、一夜の夢か現か……酒を飲み、女を抱き、淡い希望の下に大金を夢見る者達の欲望の吐き捨て場所。

 行き交う人々は十人十色。己が欲望のままに行き交う人々は他人の事などお構いなし、誰が何をしていようが娯楽区では関係無し。それが不届き者たちにとっては都合がよかったのだろう。

 奴等は闇に紛れる事から人混みに紛れ込んでいった。

 その所為で、今では娯楽区は王都内で一番治安が悪い区画になってしまったそうだ。

 娯楽区が犯罪の温床になると分かっているなら、娯楽区を潰せばいいと思う方もいるかもしれないが大人達の事情があって簡単にはいかないのだ。

 知れば知るほど人の業の深さを思い知る……だけど、言い方は悪いかもしれないが、純粋に己が欲望を愉しむ為に足を運んだ人だっているに違いない。

 欲望に忠実だろうとれっきとした王都民、そんな人達を守る為の見回りなのだ。俺達鴉隊の面々が見回りする事によって多少なり、本当に微力ながらでも犯罪などの抑止力になればいいと思っている。

 けれど、現実は思い通りにはいかなくて多少なり揉め事が発生する。酔っ払い達が肩が当たっただの当たらないなど、態度が気に食わないなどの取っ組み合いが起きたりするし、通りを行き交う人達をターゲットにしたスリなど数えたらキリが無いほど事件は起きる。

 言い得て妙だが、鴉隊に与えられた任務は夜間の見回りをする警察官の職務となんら変わりが無くて内心で苦笑を隠せない。


 そんな揉め事が多い区画の見回りを主に担当していたのはテレサとティナちゃんだった。時々、ござる少女ことエルミアが見回りを担当していたそうだが、彼女自身0番隊出身との事で戦闘はテレサやティナちゃんと比べると得意ではないので、夜間の見回りの際は他の鴉隊員とペアを組み見回りをしないと逆に自分達に危険が及ぶ可能性が出てくるそうだ。

 ましてや俺を除いた鴉隊の隊員は全員が女性なのだから、色んな意味で身の危険が迫って来るだろう。

 戦う力が無い女性をペアで行動させても心許ないから、男で戦える力がある俺が娯楽区の見回りを担当させられる事には一切の文句も言えない。見回りを担当する部下が危険晒されるのでは、見回りの意味が無くなってくるからな……一応、ソフィも部下の事を考えているんだな。


 行き交う人々の間を縫うように進みながら、建屋と建屋の間の脇道などに不審な人物がいないか目線を鋭く送る。

 時々、通行の邪魔に為らないように道の脇に移動して行き交う人々の顔や、不自然にキョロキョロ視線を彷徨わす奴がいないか、不自然な行動を取る奴がいないかもチェックしている。

 軽く娯楽区の大通りを歩き、人の死角になりやすい場所を頭に叩き込むように確認していく。完璧には無理が有るので、ある程度記憶したら本格的に見回りを開始する。再度娯楽区の入口からゆっくり区画内に歩を進める。

 先程、軽く歩いた時も思ったのだが想像以上に人が多い。老若男女が通りに溢れ返り、自分達の行き付けの店に足を運んでいく。まったく……皆さん、本当に己が欲望に忠実だね。


「そこの黒いツナギを着たおにぃ~さぁん♡ 鴉隊の人かにぁ~?」


 行き交う人々を視界に納めつつメインストリートを歩いていると左側から女性に呼び止められた。呼び止められた方に視線を向けると下着姿と間違えてしまいそうなほど布面積が少ない魅惑的な衣装を纏った猫耳の可愛らしい女の子が手の平を振っていた。


「暇なら遊んでかにゃ~い♡ 私のお店は猫の獣人しかいにゃい夢のキャッツドリームにゃのよさ~♡ きっと貴方好みの可愛い可愛いプッシーキャットが見つかると思うのにゃ~♡」


 にゃ、にゃんだってーーーー!! 猫の獣人しかいない専門店だと! な、なんて魅惑的で男の下心擽るお店なんだ!! 


「それなら私達のお店に来てくださいよ~ご主人様♡ そんな気紛れな猫より私達の方がいいですよ~♡」


 猫耳女性の話を聞いていると反対側から声が掛かったので、振り返ると猫耳女性と同じ様に布面積が少ない下着と間違えそうな衣装の犬耳を生やした綺麗なお姉さんが手招きしていた。


「私のお店は犬の獣人をメインに取り扱ってます♡ 猫よりも主人に従順な犬の獣人は素晴らしいですわよ~♡ すべては主人の命のままに~♡ 今ならオプションで首輪を選択できますよ~♡」


 しゅ、主人に従順で、首輪のオプション付きだと!! これは……わ、わんダフル!!

 左右から掛かる娼館の呼び込みに、俺の心は激しく揺れ動く。

 最後に女性を抱いたのは……随分前の気がする。久々にハッスルしたいなぁ~……俺がエルドランドに来てからは訓練と任務の日々だったし、たまには羽目を外してハメるのも悪くない……おっと! ついつい下品な事を考えてしまった。

 言い訳をしても意味が無いし、俺も健全な男だ。左右から掛かる甘い誘惑に心躍る自分が居るのは確かなのだが、確かなのだが……残念ながら、任務中なのだ! 流石の俺でも社会人として、社会に出て仕事をして給料を貰ってきた身。仕事をサボる訳にはいかない……娼館で遊びたいなら自分の仕事を終え、時間に都合が付いた時に遊びに来るべきだ。


「ごめんな? 今、俺は仕事中なのよ……君達みたいな魅力的な女の子に声を掛けてもらったのは大変嬉しい事だけど、流石に仕事をサボる訳にはいかないんだ。俺の仕事はこの区画の安全を守る為の見回り。多少なり君達の身を守る為の仕事なんだ。いつか……必ず時間が空いたら遊びにくるから、その時は俺の相手をしてくれよ」


 少し格好良い台詞を吐いてしまったが、言い訳では無いけれど彼女達にも俺なりの気持ちは伝わっただろう。

 少し残念そうな台詞が二人から聞こえてきたが、これ以上誘いの言葉を俺に掛けても乗ってこないと分かったのか、可愛らしい笑顔と営業的な言葉を残し違う人の所に呼び込みに行ってしまった。

 少し寂しい気持ちはあるけれど、ここは割り切って気持ちを切り替え仕事に専念しますかね……。


 先程の娼館の呼び込みなど無かったかのように娯楽区の大通りを歩き出す。任務の見回りで歩いているのだが、少し歩く度に娼館や酒場の呼び込みに声を掛けられ足を止めさせられそうになる。

 しかし、その都度“仕事の最中ですから、お気になさらず”と呼び込みの人に言葉を返す羽目になった……服装を見て、俺が鴉隊所属の隊員と気付く人なら初めから声等掛けてこないのだろうが、新参者である俺の事を知っている人など数少なく、きっと良いカモみたいに見える俺に呼び込みの人は声を掛けてくるのだろう。

 いやはや、困ったものである……これでは仕事にならない。

 ここは早い段階で娯楽区の人々に俺が軍の人間だと知ってもらう必要があるな。


 歩きながら思考しつつも人の不穏な動きが無いかチェックしている時だった、大通りの奥が騒がしくなった。人々の喧騒の中、飛び交う怒声が揉め事が起きた事を俺に知らせてくれる。


 原因の発生源の近くまで小走りで近づくと、人だかりが出来ており何が起きているのか知る事が出来ない。

 しかしながら、人だかりを越え原因の発生源から聞こえてくる言葉で、ある程度の現状把握は出来た。聞こえてくる怒声を要約すると酔っ払いの喧嘩のようだった。今は俺が見回りの任務についているのだから、ここは俺が喧嘩の仲裁をするのが好ましいだろう。

 だけど、人だかりが喧嘩をしているだろう酔っ払いの下に俺を通してくれない……邪魔だなと内心思いつつも、力任せに人だかりを退ける事は出来ない。

 ここは新しく手に入れた“アレ”を使う時が来たようだな……。


 俺は人だかりから少し距離を取り、シュードスキルを解放した。ここまでは今までと何ら変わらない。

 身体が自然界の魔力に包まれている事を確認するとその場で飛び上がり、俺は地面を駆ける感覚で空を駆け始めた(・・・・・・・)。一歩、二歩と空を駆け、人だかりの上を越える。


 今、俺が空を駆けていられるのはスキルの御蔭では無く、新しく与えられた新装備の御蔭である。空を駆けながら自分の足に装備された漆黒の毛皮で出来た足甲に一瞬視線を送る。これは厳しい訓練に耐えている俺の為にルークリシュアが用意してくれた物で、基本武装が手甲しかない俺の戦いの幅を増やすと言う名目の下、ルークリシュアから送られたモノだ。


 エルドランドでも二つと無い、幻と謳われる空を駆ける狼の毛皮で出来ている足甲。装備者の魔力が尽きない限り空を駆ける事が出来る優れもの……シュードスキルを解放した俺は魔力が尽きる事は無い。

 自然界に存在する魔力を集めて運用する俺との相性抜群なチート武装と言えるだろう。こんな凄い武装をルークリシュアからプレゼントされた時は、我を忘れて馬鹿みたいに小躍りしてしまったのは今では良い思い出だ。

 まぁ、嬉しさの余り小一時間ほど小躍りしていたらルークリシュアに怒られたのも良い思い出としておこう……。


 人だかりを越え喧嘩をしている酔っ払い共の頭上まで来たら、空を蹴りつけ勢いよく喧嘩をしている両者の間に割り込む様に着地する……内心で格好良く決まったと自画自賛を送ったのは仕方ない事と思ってくれ。


「双方そこまで! ここは人々が往来する場所、貴方達が喧嘩する場所ではありません! 貴方達が喧嘩する事によって、往来の邪魔になります! これ以上、喧嘩が酷くなる様でしたら3番隊所属、鴉隊の西尾晴武の名の下、軍本部まで来てもらう事になります! 私の言葉が理解出来たなら、双方引き下がって下さい!」


 突然、上空から現れた俺の姿に、喧嘩していた酔っ払いや喧嘩を眺めていた周りの人達が面食らったかの様に黙り込んでしまった。

 そして、俺の言葉を聞いた酔っ払い達が先程まで喧嘩していたのが嘘の様に互いに何も言わずその場から離れ、喧嘩を眺めていた往来の人達も蜘蛛の子を散らすかのように一斉に現場から離れて行った。


 折角、格好良く登場して喧嘩の仲裁をしたのに、まるで皆が腫物を触るかのように俺から離れて行くのが痛かった……何が痛かったって? そんなの俺の硝子のハートに決まってんだろう。

 喧嘩の仲裁した事ぐらいで称賛を浴びる気は更々ないけれど、ないのだけれど、自分の仕事だってのは理解してはいるのだけれどね……多少なりの喝采が本当に、本当にちょっと欲しかった。

 矛盾しているけど、評価ぐらい欲しいのが、新参者として娯楽区の見回りをしている俺の内心だったりする。

 俺は溜め息にならない溜め息を吐き、再度自分に課せられた仕事に戻るしかなかった。


 それから見回り終了時間まで何の事件に巻き込まれる事無く、只々人の動きや建物の死角を見て回っていた。

 事件が起きないって事は、この区画が平和という事実なので大変喜ばしい事なのだが、少し肩透かしを食らった気分だ……これまた言い方が悪かった。

 何事も平和が一番! 事件が起きる事を願うなどもっての外、不謹慎だろう。例え王都内で一番治安が悪い区画であっても平和なのが良い事なんだ。俺が活躍する場がある事自体、ダメだと思う。


 さて、仕事も終わったし兵舎に帰るか……。本当の所、今からでも酒場で一杯引っ掛けてから娼館に繰り出したのだが、今日は手持ちが無い! 財布の中には一切、お金を入れてない……無い袖は振る事叶わないので大人しく帰りましょう。


 はぁ、本当に残念だ……次からは気を付けよう! 見回り中に気になる娼館を見つけたから、今度お邪魔しようと兵舎に帰る途中に考えていたら行き成り念話が届いた。

 頭に響くは、我々鴉隊の取り纏め役のソフィからだったのだが、かなり慌てた声だった。


『ハル君! 任務は終わっているわね! 疲れている所、大変申し訳無いのだけれど緊急の仕事が舞い込んで来たわ。今からフィリアロック正門の所まで至急来て頂戴!』


 ソフィは俺の返答などお構いなしに一方的に念話を断ち切ってしまった。相当慌てていたな……普段みたいにふざけた雰囲気では無かったし何か厄介事なのだろう。俺は兵舎に帰る為、気を抜いていた身体に喝を入れ直ぐに正門の所まで駆け出した。




 正門まで最短で着けるだろうルートを選択しながらが、魔法灯があっても薄暗い夜の道を全力で駆け抜けていく。

 どの様な緊急任務だろうと俺が出来る事をするだけだ。出来ない事では無くて出来る事を、その為に訓練してきたのだから!



 これは後から知った話なのだが、娯楽区の人達が俺が喧嘩の仲裁に入った際、腫物を触るかのように直ぐに散っていったのはテレサが原因だったりする。

 過去、彼女が見回りの際に喧嘩した酔っ払いや周りの往来の人々を問答無用で叩きのめした事が、娯楽区の人達の間で噂となり、黒いツナギを着た者が荒事などに首を突っ込んで来たら逃げる様に区画内の人々の間で暗黙の了解として認知されているそうだ。まぁ、その話はまた別の機会にしたいと思う。

 毎度の如くですが、更新に大変時間が掛かり申し訳ないです。そして新年あけましておめでとうございます。今年も「俺レゾ」をよろしくお願いします。新年のご挨拶も遅れてしまい申し訳ございません。今年はもう少し早いペースで更新出来るといいなぁ~と内心思ってます。でわでわ!!

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