第13話 帰還
エレナさんが片倉春香だと聞かされてから俺達は集合場所である車の所まで向かう為、歩き出していた。
格好良く歩き出したのは良いのだが、血を大量に失いすぎたのと一鬼闘殲の4段階目強化の反動で、直ぐに一人では歩けなくなり、現在俺はエレナさんの肩を貸りて何とか歩いている状態で車まで向かっている。
エレナさんの肩を借りて歩きながら考えを巡らす。
俺は片倉春香を守る作戦に失敗したが、他のメンバーはどうなっているのだろうか? マーガレット隊長達の方は安全に中道忍を車の所まで連れて行っているのだろうか? 俺とエレナさんが一緒にいるという事は今も尚テレサは単独で囮をしているのだろうか? 遊撃に回っているカナリア隊長は? 考えればキリが無いほど思考の海に沈んでいく。
俺の所には葛木源秀が単騎で待ち構えていたのだから、マーガレット隊長達の方も待ち構えられていたり追跡の手が回ってるかもしれない。
テレサの方も敵に囲まれているかもしれない。身体封印した幼いバージョンだと実力の殆んどが出せず捕まっているかもしれない。
カナリア隊長も一番隊隊長でユニーク持ちだとしても万が一があるかもしれない。
葛木と戦闘をしている最中でもカイトからの念話は一切入っていない。
「今どうなっているんですかね? 先程からカイトからの念話が一切入ってきていないので皆がどうなっているのか分かんないです」
俺は皆の事が気になり、俺に肩を貸してくれているエレナさんに問い掛けた。
「……そうですね。私も現状を把握していないので何とも言えませんがカイトとの念話が切れた感覚は無いのでカナリア隊長のバックアップに集中してるんじゃないかな? 皆の心配するよりハル君の身体の方が心配だよ……」
「俺は大丈夫です……エレナさんの肩を借りていながら大丈夫って言うのは微妙ですけど、傷は塞がっていますから」
エレナさんも現状は分からないか。まぁ、それもそうか……カイトからの念話がなければ現状把握は難しいだろう。取り敢えず皆と合流した方が話は早いな。
その後、会話らしい会話も出来ずに淡々と足を動かし続けた。
上手い事動かない身体を一生懸命動かし、車まで戻ってみると囮役のテレサが戻ってきているのが見えた。良かった……無事に戻って来たんだと安心していると、森から出てくる俺達の姿を見つけたテレサが駆け寄ってくる。ただ駆け寄ってくるテレサは硬い表情を浮かべているのが気になった。
何か有ったのだろうか?
「エレナ隊長! 報告が有ります。先程帰還したマーガレット隊長達は任務を失敗、中道忍を敵に奪取されてしまいました。その際、ラズリアットが負傷……現在車内にて手当てを受けています」
簡単にだが現状報告をエレナさんしたテレサは、もう一人の帝国の転移者である片倉春香を探す様に俺達の後ろに視線を彷徨わしてから、俺達と共に片倉春香が居ない事に気付き眉を少し寄せている。
エレナさんはテレサからの報告に簡易ながら労いの言葉を残すと俺を置いて、タイミングよく車から降りてきたマーガレット隊長の所に行ってしまう。きっと諸々の情報交換や報告を互いにするのだろう。
俺は肩を貸してくれていたエレナさんが離れた事で立っているのが辛くなり、その場に座り込んでしまう。
やはり大量に血を流し過ぎた身体に無理をさせ過ぎたか? かなり身体が怠い……。
座りながら身体を休めていると、隣にテレサが腰を下ろし声を掛けてきた。
「ハル……残念だったね」
きっと俺達と片倉春香が一緒に居ない事で俺が任務失敗したことを悟って、テレサなりに慰めてくれているのだろう。
「…………」
俺は片倉春香を守れなかった……事実なので何も言えない。例え片倉春香が転生して、俺達の隊長であるエレナ・スカーフィールドに転生していたとしても、俺が片倉春香を守るという事は失敗したという事実は消えない。
エレナさんが片倉春香の転生体で、俺が戦った事は無駄ではないと……結果はどうであれ過程で片倉春香は救われたと教えてくれた御蔭でバラバラになりそうな西尾晴武という人格を何とか保っている。
何をもって救いなのかは……今の俺には分からない。
本音で言えば……守ってあげたかった。転生しないままで生きて欲しかった。エレナさんは……片倉春香は、運が良かっただけの人間だ。
人は死んだら、その瞬間に終わりだ。俺は死を体験した事が無いから命尽きた時、どうなるかなんて知らない。想像の域を出ないが人は死んだら何も無いんじゃないのかな……ただの虚無に、暗闇に落ちていくだけだと俺は思っている。
誰もが転生できる訳が無い。当たり前だろう……皆が皆、転生したら新しい人格を持つ者が生まれてこないのではないか? そもそも輪廻の輪から転生出来るなんて考えは、宗教的な思想を持ち合わせていない俺からしたら想像もつかない。
地球で暮らしていた時の俺は、神様は存在しないし、人は死んだら無に還るものと思っていた。世界は人の手で動いていると信じていた。
自然災害を除けば、自然破壊も、戦争も、貧困も一切合切人の手で起こされる事象と俺は考える。
誰かを救いたければ手を差し伸ばせばいい……コンビニの募金でもいい。一円の募金で助かる命もあるかも知れない……やらないよりはやる偽善。仮に戦争根絶を神に願おうが戦争は無くならない、戦争は人のエゴが生み出す物、人が引き起こすからだ……。
だけどエルドランドでは神様がいる。人が転生する。魔法やら何やら空想の世界の産物が当たり前の様に存在する。俺の持ち得る価値観は崩れていく……だけど、この世界だからこそ片倉春香は転生した。いや、出来た。俺は彼女から俺の戦いは無駄じゃ無かったんだよと言って貰えるだけで救われた。守れなかった俺に言葉を掛けてくれるだけで嬉しかった。死んだら会えない人に救われたと言われるだけで俺の心は軽くなる。今なら神に縋る人の気持ちも理解できる。だけど……この奇跡は、二度目は無い。本来なら無い奇跡なのだから。俺が信じていなかった神様による奇跡……誰構わず起きる奇跡では無い。分かっている……分かっているんだ。俺は、片倉春香は神様の奇跡に助けられた数少ない人間なのだという事を……。
次は無い……期待すること自体間違っている。次、誰かを守れなかった瞬間、本当のお別れが待っているんだ。助けてあげられなかったイスティの様に。
俺が救いの手を差し伸ばすしか出来ない誰かを守りたかったら、救いたいのなら今のままではダメだという事は分かっている。
「テレサ……俺は弱いな。強くなりたいと……力が欲しいと今まで以上に強く思うよ」
座り込んで頭を垂れている俺の頭をテレサは無言で優しく抱きしめてくれる。
優しく抱きしめられると自分の弱い部分が顔を出しそうになる。ついテレサの優しさに甘えそうになる……それじゃ駄目だ! それじゃダメなんだ……葛木も言っていただろ? 出来る事をするんだと! 何かに頼ってる……思っているだけじゃダメなんだ! 自分で出来る事を放棄しては駄目だ……強くなりたいなら出来る事をするしかない。
助けを求める人を守ると決意したのだから誰かを守れるように強くなる。俺に出来る事をやってやる!
「テレサありがと」
俺を優しく抱きしめているテレサに甘えさせてくれた事を感謝しながら身体を離す。
垂れていた頭を持ち上げると、悲しそうなんだけど優しげに微笑むテレサの顔が見える。
「辛くなったら私を頼ってよね。必ず力になるから」
「あぁ、その時は頼らせてもらうよ」
テレサは優しいと思う。俺の事を心配してるってのも言葉を通じて感じる事も出来る。ただ……テレサの優しさは嬉しいが、俺は頼ることは無いだろう。きっとテレサの優しさに頼るのは甘える事と一緒なんだと思う。
甘えていては変われない。少しだが今の俺がするべきこと、出来る事が見えている。俺は強くなる……次こそは誰かを守るんだ。
「動ける奴は戦闘配置! カナリア隊長が帰還してくるが追手がくっ付いてくる! 数は2! もうすぐ来るぞ!!」
座り込みながら思案していた時、車の天井に座っていたカイトが大声を上げながら皆に警告を発してくる!
直ぐに森の方にエレナさん、テレサ、マーガレット隊長に車から慌てて降りてきたジークが各々構えを取っている。俺も上手い事動かない身体を無理矢理動かしその場に立ち上がり構えを取る。動けなくても牽制には為るだろう。追手が二人なら待ち構えている俺達の数を見て引き返すはず……。
緊張しながら森の方を睨みつけていると、こちらに駆けてくるカナリア隊長の姿が見える。
カナリア隊長は森から飛び出してくると、その場で反転し構えを取る。追手を遊撃する為に構えを取ったのだろう。
カナリア隊長が姿を見せてから数秒後に二人の人影が森から躍り出てくる。一人は身長2m位ありそうな筋肉隆々の大男で、もう一人は大男と対照的な小柄な女だった。
二人は、こちらの数に一瞬たじろいだ様な動きを見せたが、直ぐに何事も無かった様に俺達を睨みつけながら武器を構えてくる。
「いい加減しつこい! さっさと帝国に帰るがいい!! 今のお前達で、この数に対抗出来んだろう? 死にたくなかったら武器を納め他の転移者達と合流し帝都に帰還するんだな!」
二人と対峙するカナリア隊長の声が周りに響く。
帝国の転移者二人は完全に不利と悟り少しずつ後退を始めている。何とか戦闘は避けられそうだな……。
小柄な女性が舌打ちをしながら森に飛び込んだので、次に大男が踵を返し森に入って行くものと思っていたのだが大男は少しずつ後退をしながらも、こちらに声を掛けてくる。
「俺達が不利な状況は分かっているが、最後に聞きたい事がある! 先程、我らが隊長の遺体を見掛けた。葛木隊長を討ち取った者は誰か!」
葛木隊長……『荒れた荒野』の隊長、葛木源秀の事を言っているんだな。という事は、この男は葛木の部下なんだろう。
「俺だ! 俺が葛木源秀を討ち取った!」
一応止めを刺した訳では無いが致命傷を与えたのは俺なのだから名乗りを上げる。
「そうか……。俺の名は上塚 真司! 貴様の名は!」
大男……上塚が名乗りを上げたのだから俺も名前を上げよう。
「俺は西尾! 西尾晴武だ!」
上塚は俺の名前を噛みしめる様に反復しながら踵を返し森に入る際、こちらを見ずに声を掛けてくる。
「貴様は俺が討つ! 今は不利な状況だが、いつかきっと! その時まで貴様の名は決して忘れはせん!! 覚えておけ西尾! 隊長の仇はきっと俺の手で討つ……次に会う時は貴様の命日となるだろう!」
言いたい事を言った上塚は、先に消えた小柄な女性を追うように森の中に消えていく。帝国の転移者である二人の気配が完全に消えると皆が皆、緊張の糸を切らすかのように構えを解く。
これで今の所の脅威は消えたと思いたい。構えを解いたカナリア隊長が、その場で振り返り俺達を見ながら声を掛けてくる。
「最後の最後に追われる形になって済まなかった。しつこく此処まで追いかけてくるとは思わなかったよ……。力量差は分かっているはずなのに命が惜しくは無いのかね彼等は」
「きっと彼等も引くに引けない状態だったのでしょう。……それよりも報告が有ります」
カナリア隊長の言葉にエレナさんが答えつつ、今回の任務の報告を上げようとしている。
「そうか……報告は王都帰還の道中に聞く。今は、この場を離れた方が無難だ。いつ帝国の襲撃に遭うか分からない。皆聞こえたな! 聞こえたなら車に乗り込め! さっさと、この場を離れるぞ!」
エレナさんが報告を上げる前にカナリア隊長の指示が飛ぶ。カナリア隊長は指示を出すや否や車に乗り込んでしまう。
エレナさんやマーガレット隊長と違い、行動が早い。しかしカナリア隊長の指示は間違ってはいないと思う。
いつ襲撃を受けるかも分からない状況で、報告を聞く方が危険だろう。実際、この場まで追いかけてきた帝国の転移者が居たのだから。
車外に居た俺達はカナリア隊長の後を追うように車に乗り込んでいく。俺は上手い事身体が動かなかったのでエレナさんとテレサに手伝ってもらいながら車に乗り込んだ。
皆が乗り込んだ事を確認したジークが車を発進させる。
これで王都に戻れる……今回の任務は色々な事があったと車に揺られながら考える。
自分の本心の事、テレサに指摘された勘違いの事、葛木源秀から教えられた事、エレナ・スカーフィールドこと片倉春香の事、短いようで本当に色々な事が起き、考えさせられた。
俺は疲れていたのか揺れる車の振動を感じながら意識を手放した。
意識を手放す際に、王都に戻ったら出来る事をしようと思った。
今の俺では守れるモノも守れないと……強くなるために出来る事を……しようと……俺が……出来……る……事を……。
これにて第三章が終わります。第四章が始まる前に閑話を挟みたいと思います!




