第7話 お金が無い!
俺は朝日を顔に受け自然と目が覚めた。
寝癖が付いているだろう頭を掻きながら一日のスケジュールを思い出す。
確か『朝起床後に冒険者ギルドに顔を出して冒険者の方と行動を共にして勉強、夜には兵舎に戻る』だったか。
昨日は言われるままの事に返事をしたが時間指定されてないよね? 取り敢えず今日シェリーさんとロイさんに会ったら詳しく聞いてみよう。
俺はベットから起き上がり背伸びをしながらクローゼットから黒いツナギを取り出す。
因みに鴉隊の制服であるツナギは昨日4着支給されました! 後は下着とか諸々な物揃えれば普通に生活出来る。
でも俺は“ホーネスト王国円”持って無いので買い揃える事は出来ない、でも何時までも同じ下着のままってのも色々厳しい物があるしな……。
おし! エレナさんに何とかならないか聞いてみよう!
他にも相談したい事もあるしな!
俺は新しいツナギに着替えて廊下に出る。
あ……ここでのエレナさんの執務室が分からない。
俺は周りを見渡すが廊下には誰の姿も見当たらないので仕方なく鴉隊の執務室の方に顔を出す事にした。
昨日鴉隊の執務室に顔を出しているので迷う事無く辿り着けたが、こんな朝早くからソフィはいるのだろうか? 一応“居る”と信じてドアをノックしてみる。
「西尾です。副隊長いますか?」
少し待ってみたが、中から反応が返ってこないので不在なんだろう……。
仕方なくドアから離れようとしたら、ドアが人一人通れるかどうかぐらい開き中から褐色の腕が伸びてきて俺の胸倉を掴み執務室に引きずり込んでいく!
俺は突然の事だったので抵抗らしい抵抗も出来ずに執務室の中に引きずり込まれてしまった。
俺の胸倉を掴んでいる腕の先には満面の笑みを浮かべたソフィが俺に目線を向けてきている。
「ちょ、朝からビックリさせないでくださいよ! いきなり胸倉を掴まれ部屋に引きずり込まれるって、ちょっとしたホラーですよ!!」
俺は満面の笑みを浮かべるソフィに抗議の声を上げる。
「ん? 逢引の為に、こんな朝早くから私に訪ねてきたと思ったんだが?」
「いつからソフィと俺が恋人になったんですか!」
いやいや! 俺とあなたは別に男女の中……恋仲じゃない! こんな会話テレサに聞かれたら死刑判決が下される! 俺とテレサも恋仲じゃないんだが、何故かテレサが俺の彼女みたいな立ち位置にいるんだろう? このままだと俺が何も言わなくても周りから固められてテレサが彼女って位置に収まってしまう! 別にそれはそれで問題は無いんだけど何か違う気がするから、今は否定しておいた方がいいかな。
「ふふっ、ちょっとフザケただけさ。そんなに怒らないでくれよハル君。それより私に何か用かな?」
ソフィはいたずらっ子みたいに舌を出した後、俺が執務室に訪ねて来た理由を聞いてくる。
「えっとですね、ソフィに用と言うか3番隊執務室がどこにあるか聞こうかと思いまして。隊長に少し相談が――」
「相談なら私が聞くよ! さぁ、君の人には言えない性癖から趣味趣向まで赤裸々に相談したまえ! お姉さんが一肌脱ごうではないか! 物理的に考えても肌は脱げないが、今着ている服は脱いでもかまんぞ?」
ソフィは両腕を胸の下で組み、豊満な胸を強調しながら俺に熱い目線を投げかけてくる。
服の下は大変見たいが、そんな事の為に鴉隊執務室まで来た訳じゃない。
「そんな事相談しませんよ!! 俺はお金無いからどうにかならないかって相談したいだけです!!」
俺はソフィの言葉に力一杯否定の言葉を投げかける。
今俺は軍所属したばかりなので給料が直ぐに貰えるわけじゃない、第一軍人として仕事すらしてないしね……給料の前借も難しいだろう。
その為の相談をエレナさんにしたかったんだよ俺は。
「ん? 私のヒモになるって方法があるよ?」
……何言ってんの、この人は? 魅力的な提案ではあるが俺の望む話では無い。
取り敢えずソフィの言葉は一旦無視して話を進めよう。
「それ以外の方法で、何かありませんかね?」
俺は為るべくソフィが話を脱線させ難くする様に、真面目な顔を作り問い掛ける。
「あるけど……、ハル君はあっちのお金って持ってきてたっけ?」
「あっち? 日本のお金ですか? 一応持ってますけど……」
俺はソフィの問いに疑問を浮かべながらも答える。
「それなら話は早いぞ! こちらで王国円と交換すればいい! さぁ、今から向かうぞハル君!」
ソフィは俺のツナギの袖を引っ張り、どこかに連れて行こうとするが“今”はそんな時間が無い。
待ち合わせが何時か分からないのに、俺の都合でシェリーさんとロイさんを冒険者ギルドに待たせるのは申し訳ないので、起きて直ぐにギルドに向かうついでに話を聞きに来たのに。
「ちょ、ちょっと! 俺シェリーさんとロイさんと待ち合わせが!」
俺は未だに袖を引っ張ってるソフィの手を払い退ける。
何て言うかテレサといいソフィといい結構みんな強引だよね?
「ああ、分かったよ……。なら二人には私から連絡を入れておこう! そうしよう! そうすればいい! 話は決まった! ちょっと待っててね」
ソフィは己の右手を口元近くまで運び人差し指を立てて唇に当てる。
俺から見てるとソフィが“静かに”ってジェスチャーをしているようにしか見えんのだが何をしてるんだ?ソフィは俺と目が合うと片目でウィンクしてくる。
俺がソフィを眺めること数十秒、ソフィはそっと指を唇から離す。
「ロイには連絡しといたから」
今連絡取っていたのか?
俺にはただ黙って指を唇に当てていたようにしか見えないんだが?
「えっと、今何していたんですか?」
俺は気になったのでソフィに尋ねてみた。
何の説明無しで連絡は終わったと言われても理解できないしね。
「ハル君は、念話用の指環は持って無いのかい?」
そう言いながらソフィは右手をこちらに見せてくる。
先程は動きに目線を奪われていて気付かなかったが人差し指に黒い指環が、そして中指には俺も嵌めているシルバーのシンプルな指環が嵌っている。
きっと黒い指環が念話用の指環かな?
「念話用の指環は持ってないですね。そもそも念話での通信手段が存在しているなんて今、初めて知りました」
「ほぅ、エレナ隊長殿も人が悪い。この指環は入隊時に頂けるはずだよ? そんなに遠くまでは念話が届かないがフィリアロック周辺までは通信は届く。ちょっと待っててね」
ソフィは俺から離れ執務机まで行き、引き出しを引いて何かを探す様にゴソゴソし始める。
「ほい。念話用の指環の予備が有るからハル君にあげるよ」
ソフィはお目当ての物が見つかったのか顔を上げ、こちらに投げて寄越してきた。
俺は右手で投げて寄越された物をキャッチして手の平の物を確認する。
手の平に有ったのはソフィも嵌めている黒い指環だった。
「取り敢えず適当な指に嵌めてくれ」
俺はソフィに言われるまま右手人差し指に指環を嵌める。
ソフィは話ながら俺の元まで戻って、俺が指環を嵌めたのを確認すると握手をしてくる。
ああ、これはきっと指環に身分証を書き込んでくれた時のエレナさんと同じで何か書き込んでいるんだろう。
「これで私の指環とハル君の指環のリンクは済んだ。いいかいハル君? こちらの世界で念話用の指環を嵌めている手での握手は最低限の信頼の証で、気安く知らない人と握手はしては駄目だよ。色々面倒事に巻き込まれる可能性がある、いいね?」
ソフィは真面目な顔を作ってこちらに問い掛けてくる。
指環が嵌っている手での握手は携帯の番号交換みたいなものか? そりゃあ見ず知らずの人とホイホイ番号交換すればトラブルに巻き込まれるだろう。
色々気を付けないといけないな……。
「一応使い方を教えよう。まず念話したい時は、指環に話したい相手を思い描きながら“コール”と念じれば相手に通信が届く。では実践だ! 私に念話をしてみよう。よ~く“私”の事を思うんだ!昨日あれだけサービスしたんだエロんな(色んな)意味で思う事は簡単だろう!!」
ホント何言ってるんだろうね……この人は。
この人に調子合わせていると色んな意味で疲れるけど、一応指環の使い方に慣れる為に昨日のソフィの雄姿を脳内フォルダーから引きずり出しながら“コール”と念じてみる。
すぐに頭の中で何かに繋がる感じがした。
『はいは~い。貴方の新妻ソフィちゃんで~す!』
頭の中でソフィの甘ったるい演技をしているだろう声が響いた。
いきなりの事で少し驚いたが、なんだよ新妻って……。
な、なんてステキなワードなんだ! くっ、俺の妄想が加速装置してしまうじゃないか!
『恋人過程すっ飛ばして妻の地位に収まろうとするな!! 危うく淫らな妄想に没頭してしまうとこだったぞ!』
『因みにハル君の妄想がこちらに少し流れ込んできてま~す! 念話ってイメージも伝える事出来るので気を付けましょう。しかし私に裸エプロンとはベタな選択だねハ・ル・君? まぁ白いエプロンだったのはポイント高いけど、さすがの私もあんなに“色っぽい”顔は出来ないよ?』
なんて事だ!! 俺の妄想が、漢の浪漫である妄想が見られるなんて! この指環は使ってる際は気を付けなければ! 碌に妄想も出来はしないではないか!
くそっ、今回の妄想のテーマは『新妻』! 俺の妄想の中で淫らに動くソフィ!! ……そんな妄想を見せつけられているのに、ソフィは俺を軽蔑しないよね?普通罵られそうなもんだと思うけど。
『あ~、えっと。見なかった事でお願します。そして念話終了方法教えてください』
俺はソフィに目線を向けると邪悪な笑顔を浮かべたソフィが見える。
何か企んでる顔にしか見えないんだが。
『コール終了と念じればいいだけさ』
俺は直ぐにコール終了と念じてみると頭の中で何かに繋がってる感じが消えた。
よかった、これ以上余計な妄想を見られなくて済む。
妄想は俺だけの妄想でなければいけない、誰かに見せる為では無く自分で楽しむ物だからね。
「先程の妄想については見なかった事でお願します!そしてソフィを妄想で穢してしまって申し訳ありませんでした!」
俺はソフィに向かって頭を下げて謝罪する。
ましてはソフィは被害者になる。勝手に俺の脳内妄想によって穢されるイメージを見せられたんだからね。
「それはどうしようかな? エレナとテレサの前でハル君の妄想で汚されたと涙ながらに訴えてみるってのも楽しそうだな」
「そ、それだけは勘弁してください!」
半殺しじゃ済まない! 確実に息の根止められてしまう! エレナさんのパンチラッシュにテレサの轟雷……俺生き残れる自信がありませんよ。
「まぁ、私も悪人じゃない……。そうだね今後一回だけ無条件で言う事聞くなら今回は見逃してあげようじゃないかねハル君!!」
くっ、なんて卑怯な女だ! 俺の弱みに付け込みやがって! だが、ここは素直に従った方が俺の身の安全に繋がるだろう。
はぁ、仕方ないか。
「はいはい、分かりましたよ。一回だけですよ? 言う事聞くのは」
「OK。クフフフフッ、言質は取ったから逃げれると思わない事だ。では本来の目的である場所に向かおうではないか!」
少し勝ち誇った様な顔をしたソフィにはムカついたが本来の目的を思い出した。
そうだった! 俺はソフィと馬鹿な話をする為に来たんじゃない!
俺は金が無いから相談してたんだった。
ソフィは俺のツナギの袖を引っ張って執務室から廊下に連れ出された。
どこに向かうのかは知らないが俺はソフィに連れられるままに廊下を歩き出した。
更新に時間が掛かりました。色々私の中で話を修正する為に四苦八苦してます!




