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異世界人にとって俺のレゾンデートルは?  作者: 遊司籠
第二章 鴉隊と勉強編
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第6話 上を向いて

 俺は使い慣れないショートソードを両手で持ち上段に構える。

 日本にいた時は剣道とかをしたことが無いので、記憶の中に残る時代劇で見た剣の構えを参考に構えてみたんだが俺的には様に為ってると思う。

 取り敢えずスライムと睨めっこをしてても進展が無いので、俺から攻撃を仕掛ける。

 まずは、上段に構えていたショートソードをスライム目掛けて振り抜いてみたんだが、スライムの横っ腹部分にしか当たらなかった。


「ハルさん、落ち着いて! コアを狙ってください!」


 俺が上段を振りかぶった直後にシェリーさんから注意が飛んでくる。

 俺だって一応はコアを狙ったつもりなんだが、狙いが甘かったようだ。

 俺は再度、剣を持ち上げ上段では無く水平に剣を薙ぐ! ……俺が振るった剣はスライムに剣先すら触れらせる事無く通過してしまった。


「ハル、変に力を入れるから剣先がブレて当たらないんだ! もっと力を抜いた方がいい!」


 今度はロイさんから俺に注意が飛んでくる。

 そうは言われても攻撃するんだから力入るだろうが!! くそっ、当たんねぇ!! 俺は数回に渡り剣をスライムに振うが上手い事コアに当てられずにいる。

 攻撃が当たったとしてもゼリー状の身体に剣先が触れる程度しか当てれてないんだけど!


「くっ、この! オラ! さっさと往生せいや!」


 俺は何度コアを狙って剣を振っても当たらないので、段々イラついてきて我武者羅に剣を振い始めてしまう。

 俺が剣を振ってると、後方に居たシェリーさんとロイさんの会話が聞こえてきてしまった。


「なぁ、シェリー。小さい子供に初めて料理教える時に似てなくないか? 今まで包丁持った事無い子供が、いきなり包丁使う時みたいな危なかっしさがハルから漂ってくるんだが……」


「――何となく分かるわ。大人が包丁使ってるの見た事あるから自分も使える気がしてる子供と同じ雰囲気だわ」


 なんだよ、俺は真面目にやってるのに。

 そりゃあ日本にいた時は剣なんか振う機会なんか無いですよ! それでも少しは色んな事覚える為に必死にやってる俺に対して、その言葉は厳しい物がある。


「ちょっと待ってハルさん! 武器を交換しましょう」


 中々スライムに決定打を決めきれてない俺にシェリーさんから声が掛かる。

 俺はスライムから距離を取りシェリーさん達の近くに寄る。

 ロイさんは俺と位置を入れ替える様に、すかさずスライムに近寄りコアに攻撃を当てない様に本体部分に軽く蹴りを放ってスライムが逃亡しない様、この場に留めてくれている。


「ハルさんにはショートソードとの相性は悪いみたいね。次はスピアで攻撃してみて」


 俺はシェリーさんが出してくれたスピアとショートソードを交換し、ロイさんと入れ替わる様に再度スライムに攻撃を始めると、俺の攻撃は先程よりスライム本体には当たる様になったが、やっぱりコアには攻撃は当たってくれなかった。

 今度は線から点だからコアって言う的が小さい為に当てるのが素人の俺では至難の業になってしまっているんじゃないだろうか? 武器を変えよう。

 俺はシェリーさんに武器の交換の旨を伝えて、何回も同じスライムと対峙した。

 バトルアックスに武器を交換すれば重すぎて振れなかったり、弓に武器を交換すれば見当違いのとこに矢は飛び、ナイフに武器を交換すればスライムの逆襲に遭い、ハンマーに武器を交換すれば動きが鈍り攻撃すら当てる事も出来なかったりと色々武器を試した結果……俺には武器を扱う才能がこれぽっちも無い事だけは判明した。

 結局俺は右往左往した結果、素手でスライムを倒すのが一番効率が早い事だけは分かった。


「ハルさんは私と同じで格闘の方がいいですね。きっと格闘のセンスがあるんですよ!」


 シェリーさんはお世辞と丸分かりの事を、ぎこちない笑顔と共に俺に向けてくる。

 長いスライムとの戦闘の所為で傾いている太陽を眺めながら俺はまともに二人の目を見れなかった。

 ……俺が今日スライムとの戦闘で教えられたのは、喧嘩で培った喧嘩パンチに喧嘩キックぐらいしか出来る事が無いって事ぐらいだった。

 二人が俺の戦闘に向ける目の悲愴感って言ったら表現に尽きる程だった。

 あぁ、俺も戦闘中に薄々気づいていたさ! 俺に武芸の才が無い事ぐらいは!! この世界の子供でも簡単に倒せるスライムに“丸一日”俺は時間を使っているって事実が、どれだけ残酷に俺の肩に圧し掛かって来ていた事か!!


「……今日は、色々ありがとうございました」


 俺は二人に、今日の“無駄な時間”に付き合ってくれた事に礼を述べる。

 あぁ……遣る瀬無さが俺の胸を締め付けてくる。


「ハル、そう落ち込む事は無い。ここで世辞を言っても仕方ないから正直に言うと、ハルには戦闘センスはからっきし無い。だけどお前には異世界の知識があるだろう? 戦闘では役立つことは出来なくても、その知識で俺達ホーネスト王国の人達の役に立ってくれ」


 ロイさんは俺を慰めようと言葉を掛けてくれているのは、何となく分かる。


「そうそう! ハルさんには異世界の知識が有るじゃないですか! 私達が知らない知識で私達の生活を潤してくれる知識が!! ハルさんもビックオ様みたいに私達の生活を一変させてくださいね!!」


 シェリーさんはロイさんの言葉に乗っ掛かり俺を励ます。


「ビックオ氏? 俺は最近こちらに来たばかりなので誰が何をした(・・・・・・)って知らないんですよ」


 俺は二人に問い掛けてみた。

 今日の朝にテレサと会話した際も“少し”だけ名前は出てきたが、テレサとの話では曖昧にしか聞く事が出来なかったしね。


「あっ、そうだったんですか。ビックオ様で有名なのは、私達にの生活に光を与えてくださった事ですね! 私も詳しい原理を知らないのですが電力(・・)を王都中に齎してくれたんですよ! 今までは夜は暗く蝋燭の明かりを頼りにしなければならなかった生活から電力が各家庭に供給され電気によって明かりをつける時代になったのです! 今では夜は魔法灯の御蔭で通りに光が溢れ私達の行動時間は夜遅くまで伸ばす事が出来るようになったんですよ!」


 シェリーさんは興奮気味に俺に顔を近づけてくる。


「おいおい! 生活水(・・・)の方が重要だろ! ビックオ様は安全安心して飲める水を各家庭に供給してくださったではないか! 今まで重労働だった水汲みから蛇口(・・)を捻れば水が出る時代だぞ!! こっちの方が偉業だろう!!」


 ロイさんはシェリーさんの話に割り込むように俺に話し掛けてくる。

 あぁビックオ氏がやった事は、それ自体がもう“異世界の知識”だ。

 俺には理解できないだろう高度な知識(・・・・・)だ……。

 二人は俺に期待の目を向けてくるが、やめてほしい。

 俺には専門的な知識は無い、あなた方の生活を一変させられるものは何もない!! 俺は偶然……奇跡の確率でこちらに来れただけの人間だ! 戦闘も出来ない、知識も無い俺に期待の目(・・・・)を向けないでくれ!

 俺は……違うんだ。


「すみません。今日はここで解散させてもらってもいいですか? あ、王都には自分一人で帰れるんで心配しないでください。では、今日は色々ありがとうございました」


 俺は、まともに二人の顔も見ずに挨拶だけして森から逃げる様に……いや、二人の期待の目から逃げる様に去った。





 日も暮れ夜の帳が降りた王都に俺は一人辿り着いた。

 門兵のとこで入門ログを取り、夜になったフィリアロックに足を踏み入れれば、街中には自然の光では無く人工的な光が彼方此方から漏れている。

 これがビックオ氏の偉業、異世界の知識の恩恵か。

 俺は自分が“ここ”いる事に遣る瀬無さを覚えた。

 戦えない……知識も無い……俺は何故ここにいるんだろう? ケンロウモンで見上げた夜空に浮かぶ星空に、輝き(・・)に勘違い・妄想・願望を重ねた結果が俺の……何も無いはずの俺自身に惨めさ(・・・)が追い打ちを掛けてくる。

 やばい、泣きそうだ。

 少しでも気持ちを落ち着かせるように胸ポケットに仕舞っておいた煙草を取り出し火をつける。

 ゆっくり紫煙を吐きながら、やっぱり気持ちを落ち着ける事が出来なかった為目尻に涙が溜まっていくのを感じる。

 男として泣くのは情けない気して、煙草を咥えたまま俺は王都の光で星達が見づらい夜空に顔を向ける。

 不意に俺の頭の中に『上を向いて歩こう』が流れ始める。


 自然と歌が口から洩れる。

 うん、俺も涙がこぼれないように上を向いたんだが、涙で滲んだ星を見て……。

 俺も色々な小説の主人公達みたいに輝けるんじゃないかって、夜空に無数に存在する星の様に、この世界で俺も主人公達の様に輝けるんじゃないかって期待すらも滲んでしまう。

 泣いてないと、涙を流すまいかと上を向いたはずが目尻に貯まった涙が勝手に頬を伝っていく。


「涙ってのは留める事は難しい。上を向こうが何をしようが、どうしようもない時や遣る瀬無い時、悲しみの前では自然とこぼれてしまうんだよ」


 夜空を見上げ、涙を流しながら歌を口ずさんでいた俺に不意に声が掛かる。

 俺は声の主に慌てて目線を向け、今俺が泣いてる事を隠す為ツナギの袖で涙を拭う。

 涙を拭った先に見えたのは、大通りから少し離れた裏路地の入口の壁に寄りかかって立っている、朝会ったばかりの鴉隊員の大高 美貴さんだった。


「……えっと、こんばんわ」


 俺は泣いていたとこを見られた恥ずかしさで、まともに美貴さんの顔を見れなかった。


「こんばんわ。確か西尾君だったっけ? 何か泣くほど嫌な事でもあったのかい?」


 しっかり泣いている所見られていたようだ。

 美貴さんは裏路地から背中を離し俺の元まで歩いて来た。


「いえ。煙草の、煙が目に沁みたんですよ」


 俺は今日初めて会った人に泣いてる所を見られた恥ずかしさから、つい言い訳をしてしまう。


「ねぇ、私も一本貰えるかしら?」


 俺は美貴さんに煙草を一本手渡し、百円ライターに火を灯し美貴さんの方に差し出す。


「ありがとう、久々にまともな煙草を吸えるわね。へぇ~、メンソールの煙草なんだ? 私達の時代の煙草でメンソールって珍しかったのに」


 美貴さんは紫煙を吐きながら顔に掛かった髪を左手で搔き上げる。

 なんで大人の女性の、そんな仕草は様に為るんだろうね。


「じゃ、私は見廻り中だから仕事に戻るわ」


 美貴さんは咥え煙草のまま俺に背を向ける。


「あ、はい。仕事頑張ってください」


 俺は歩いていく美貴さんの背中を見送っていたが、不意に俺の方に美貴さんが顔を向けてくる。


「努力はいつか報われる(・・・・)わ。まずは何かに頑張ってから、それでも駄目なら泣きなさい坊や(・・)


 それだけ言うと美貴さんは背を向け再度歩き始める。

 『努力はいつか報われる』か、きっと先輩としてのアドバイスかな?美貴さんも俺と同じ墜ち子だったはず、美貴さんも何かに頑張って報われた人かな?でも、きっと……そうなんだろう。

 今俺にアドバイス出来るって事は頑張った人だから言うんだろう。

 『涙ってのは留める事は難しい。上を向こうが何をしようが、どうしようもない時や遣る瀬無い時、悲しみの前では自然とこぼれてしまうんだよ』俺の頭の中に先程の美貴さんの言葉が響いてくる。

 俺と同じ様に泣いた事でもあるのだろうか?

 うん、少しは何かに頑張ってから泣いた方がいいのかもしれないな俺は。

 少しだけ……本当に少しだけだが明日も俺は頑張って勉強しようと思えた。

二日連続の更新……奇跡だね!

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