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初めての教え子、初めての夜這い

 1938年(昭和13年)。木曽平吉が海軍に入隊して1年半が過ぎ、階級も下から3番目の二等機関兵になっていた。

 呉、停泊中の戦艦「日向」にて。昼休憩の時間に、平吉は後輩の青田三等機関兵を呼び止めて話をしていた。

「わたくしが、やる気を無くしてるというのは・・、心外です。なぜ、そう思うのでしょう?」

「俺が見てもわかる。というか、みんなそう見ている。明らかにダレてる。特に昨日の通路掃除のときな」

 平吉は、タバコをくゆらせながら説諭をする。実際は、通路の端での喫煙も問題なのだが。

「周りを見ろよ、徴兵組も頑張って働いているだろうが。お前みたいな志願兵がダレていてどうすんだ」

「それですよ! わたくしは、志願兵です。海兵(海軍兵学校、海軍の士官養成校)に受かるほどの頭じゃないけど、志願兵になるため必死に勉強してきた! わたくしは海兵団の成績が悪かったのでしょうか!? 毎日、雑用に掃除に、現場では邪魔者扱い!! 艦に乗ってもバッタ打ちのような体罰は続くし!!」

 平吉は難しい顔をして、ふー・・、と煙を吐いた。自分も通ってきた道で青田の気持ちがわかる。彼はこのような愚痴が言えなくて溜め込んできたのだろう。

「青田、それは違うぞ。俺らが乗っているのは戦艦の日向だ。海の主兵なんだよ。お前は海兵団の成績が良かったからここにいるんだ。確かに、小さい船より厳しい面もあるけどな。まだ、お前はまだ新三シンサン。先輩らから見たら奴隷なんだよ。俺だって、つい最近に奴隷から半人前に昇格したんだぜ」

「しかし! しかし!先輩らのはイジメでしょう。昨日の掃除にしたって、俺らが動けなくなるまで床を磨かされて・・・」

「違う!!」

 平吉は大声を出して、青田は気をつけの姿勢になる。

「その掃除が大事なんだよ。整理、整頓、清掃ができない軍隊が戦争に勝てるかよ。それにお前、本当のイジメでも受けたいのか? つい、最近だって・・・」

 平吉は、そこで口ごもってしまった。平吉の同年兵がイジメを苦に、艦内で首をくくったのだ。戦艦や、航空母艦のような大型艦では、ままある事だ。その事まで青田に言うことはないと、平吉は黙ってしまった。

「・・・え? 最近、何が?」

「いや、なんでもない。とにかく、今のお前の状態はまずいんだよ。この仕事は、抜けてると腕の一本なんか簡単に失ってしまう。指導が厳しいのはそういう理由もあるんだよ」

「いえ・・・、だから、やる気を無くしているわけでは。まるで、私だけが悪いような・・」

 青田はうつむいた。納得のいかない表情だった。そんな顔の青田に、平吉は言ってやる。

「お前、なんで海軍に入った? 勉強までして」

「そ、それは・・。憧れみたいなのもありましたし、・・それに」

「昇進もしたい・・、だろ?」

 その平吉の言葉に、青田も気まずそうにうなずいた。

「違うだろ? やはり、国への奉公の心があったんじゃないのか?」

 青田は、ハッとした表情になった。そして、顔を紅くして震えた。

「木曽さん・・、お、俺、間違っておりました!! これからは・・、心を入れ替えて・・・」

 平吉は、そんな後輩の表情を見て、大きくうなずいた。



「結構いい説教するじゃないか、木曽くんって」

「あ、水谷さん。今の聞いてたんですか・・」

 青田への説諭のあとに現れた先輩の水谷一等機関兵に、平吉は照れて笑った。

新三シンサンの青田には誰かが言わなきゃならなかったよね。同じ志願兵の木曽くんが言ってくれたのはうれしいね」

「まあ、やる気なくしているのが一人、二人でも、連帯責任で”整列”(体罰)ですからねぇ」

「しかし、木曽くんって青田に腹を立てていたから、鉄拳制裁でもするのかと思ってた」

 そう、平吉自身、結構、先輩に鉄拳をもらっていた。それについて、平吉は首をふった。

「そんなことしませんよ、だって青田は初めての”教え子”ですから」

「あ、そうか。元々、木曽くんって学校の先生志望だったけ」

「ええ、もうソッチの道には戻れないのでしょうが」

「そんなことないさ、海軍を除隊したらまた目指せばいいさ」

「い、いや、早くに除隊クビになれば今度こそ文江に愛想つかされて・・・」

「あん? 文江? オンナいたの?君?」

 しまった・・、と思った平吉。もっとも、無理に隠すのもみっともない。


「ふぅん、それでオンナと所帯持つでもなくって事になってんのね」

 平吉が、幼馴染の文江のことを話すと、水谷はそう言った。

「結婚は下士官になってから、とか考えてるんだろう?」

「ええ、まぁ・・・」

「志願兵らしいよねぇ、結婚は互いの責任でするもんだよ。延期に延期じゃ、ジジィとババァになっちゃうよ」

 それもまた正論だ、と思った平吉、なのだが。

「いずれにせよ、俺が半端ハンパ者じゃ彼女の親が結婚に賛成しないでしょう」

 自嘲ぎみに笑った平吉に、水谷はニィッ、と笑って言う。

「堅いよねぇ、君のとこ。俺と女房なんかよぉ、夜這いで子ができたってだけで、そのまんま夫婦になったんだぜぇ」

 夜這いとは、古くから明治の世まで農村の若い男女の間で行われた、享楽的な性交風習である。日本の近代化にともなってすたれていったものではあるが。

「水谷さん、女房いたんだ」

「おい! 夜這いの風習にオドロキじゃなくて、ソッチかよ失礼だな。できた子も3歳になっちまったよ。海軍に3年いたおかげでな」

 水谷の雰囲気から、勝手に独身だと思っていた平吉だったが、彼の家族のことを知り、親しみを感じた。

「でも、その文江って人に一度会いたかったけど、残念だな」

「どうしたんですか水谷さん、なんか、もうお別れみたいな言い方を・・」

「もうお別れなんだよ、俺、3年たって一等兵になったろ。そろそろ海軍も除隊さ。やっと女房と子の所へ帰れる。油くさい艦内から野良仕事に戻れるんだ」

 この先輩がずっと自分を指導してくれる、と、そう思い込んでいた平吉だが、突然のような水谷の別れの言葉。だが、そんな水谷はうれしそうな顔をしていた。

「次の出航のときには、俺は多分、この艦を降りている。まぁ、あとは君ら残った者が頑張ってくれればいい」

 平吉は、自分と水谷さんでは、何もかも逆なのだと思った。長く海軍に残りたい自分と、早く艦を降りたい徴兵組の水谷。野良仕事が嫌で田舎を出た自分と、田舎の野良仕事に戻りたい水谷。そして、交際相手のためにと昇進にこだわる自分と、長い艦隊勤務で女房子供に会えない境遇であった水谷。

「水谷一等機関兵! 3年間お疲れ様でした!」

 平吉は、水谷に敬礼をした。

「あ!? なんなの? 俺に敬礼はいらないって初対面のとき言うたじゃろ」

 苦笑いをする水谷だが、平吉は真顔で答える。

「いえ! 敬礼とは本来、敬意を示すためのものです。この敬礼は、わたくしの水谷さんへの敬意です」

 水谷は微笑んで、返礼で答えた。

 近くの通路では、青田が二人の会話を立ち聞きのかたちで聞いていた。気まずくて二人の前に出れなかったのではあるが。

(国への奉公とか言ってたけど、木曽さんってば女が理由だったんだ。しかし、初めての教え子・・か、聞いてるこっちが恥ずかしいぜ)

 青田は、この先輩がたに迷惑をかけるような兵士であってはならないな、と思った。



 海軍には入湯上陸という制度があり、艦が入港中の場合、乗組員たちに泊りがけで上陸できる日が割り当てられた。

 今日は平吉の入湯上陸日。平吉は、艦での夕食が済んだあと、呉に上陸した。そして、行きつけの飲み屋で酒を飲んだ。いいかげんに酔ったあと、店を出ると辺りは完全に暗くなっていた。

(あー・・・、今、何時なんだぁ? さすがに・・、店に長居しすぎたな)

 新兵のころは、無駄金を一切使わず、たまーに与えられる下宿へ戻る時間を大事にしたものだ。二等兵に上がった今では余裕も生まれ、少しずつハメを外すようになってきてしまった。

 文江の奴、不機嫌になってないだろうか、と内心恐れながら、我が下宿へと急ぐ。平吉の住所は戦艦「日向」であり、実質、その下宿の居住者は文江だといえるのだが。

「消灯してやがる! 文江のヤロー! 今日が俺の上陸日だと知ってるだろっ!」

 下宿の灯りは消えていた。そのことに平吉はうそぶく。

 だが、まぁいいと思った。今夜はある計画を実行するつもりであり、この状況は悪くない。


「なぁにぃ? 平ちゃん、今、帰ったん?」

 文江は布団をかぶって眠っていた。平吉は、かけ布団の上から文江に覆いかぶさっている。

「お前こそ、もう寝てるのかよ、まだ9時だぜ」

 平吉は、文江の髪をなでた。文江の反応をうかがうと、くすぐったそうにしてはいるが嫌がっていない、・・と平吉は解釈した。

「文江、好きやで」

「・・・」

 反応が薄い。酒の酔いにまかせて、平吉はそのままいく。

「一緒に寝てもいいか?」

「なんのつもりなん? いったい」

 いい反応ではない。しかし、平吉はかけ布団をめくり、布団の中で文江に優しく抱きついた。二人はつきあいが長いくせに、今まで触れ合ったことはない。平吉が初めて触れる文江の身体は、華奢で柔らかかった。

 文江は拒絶はしなかった。文江の息は少し荒くなってきた。しかし、それが彼女の怒りを表しているような気がした。

「なぁに!? これって夜這いのつもり?」

 ビクッ、と平吉の身体が震える。

「返事ないってことはそうでしょう。誰かに焚きつけられたってところでしょうが」

「ええと・・・」

 先輩の水谷から夜這いの話を聞いて、悶々としたというのが本当だ。

「酒くさいってことは、酒の力を借りてヤッちゃおうってところでしょ?」

「違うって!」

 実際、完全に文江に見透かされてるな、と思った。つきあいが長いだけある。

「アンタらしぃわぁ・・、ホンマぁ。悪ふざけはやめて、布団出てよ」

 アンタらしい、というのは正直カチンときた。言われるまま布団出たら負けだと思った。

「違うって、俺はお前が好きだから」

「”好き”って言うところで、目ぇ逸らすなって、そこが一番許せん!」

 え!?、と思った。自分では気が付かなかったが、照れたせいかそんなふうにしたのか?

 さすがに、我が幼馴染は手厳しい。しかし、その言葉は愛を求めているとも言える。

 平吉は、今まで一番、文江が愛おしく思えてきた。こうなったら、言葉ではなく行動でと思った。

 力ずくで、寝間着の文江の背中と頭を抱える。

「なっ・・・!? やめっ・・」

 平吉は文江に口づけをした。初めて触れる彼女の唇は柔らかかった。

 苦痛を与えないように、力を込めない呼吸を止めたままのキス。しかし、たかぶった心の分それは、長めであった。

 平吉はゆっくりと、唇を離す。やはり、この行為で彼女が怒ってしまったのか気になる。彼女は怒った顔ではなかったが、顔を少し背けてしまった。拒絶のようでもあるし、照れているようでもある。

 少々気が引けたが、彼女の頭を抱えている手を使って、正面を向かせる。こんな間近で、文江の顔を見るのは初めてだ、と平吉は思った。

「んむっ・・・!」

 拒絶されてたまるか、と平吉はもう一度文江に口づけした。今度はむさぼるような荒いキス。


(なんだ、キスくらい許してくれたんだ。今まで遠慮してこなきゃよかったな)

 何度かのキスで、すっかりおとなしくなって目を閉じた文江は、なんともいえない色香があった。淫らな気持ちになった平吉は、寝間着ごしに文江の胸に触れた。そこにふくよかな弾力を期待して、平吉は優しく揉んだ。

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