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戦艦「日向」の新三(シンサン)

 1937年(昭和12年)。半年間の海兵団の新兵教育を終えた新兵たちが、フネなど自分たちの仕事場に向かう。

 呉軍港に停泊する戦艦「日向ひゅうが」にも、今期入る新兵たち100名ほどが、ランチを使って送られていた。

 戦艦「日向」の艦上では、水兵たちがそのランチを眺めていた。

「おー、今回入ってくる新米たちの到着だなぁ」

 その古参兵は、傍らの後輩に向かって言う。

「半年前に新米だったお前らも、これで一応”先輩”ってわけだな」

 別の古参兵は、つぶやく。

「あいつらもこれから3年はカタギに戻れず、軍の飯を食うんだなぁ・・。日向のような戦艦は厳しいぞぉ・・」

 彼は自分自身の経験もあり、憐れむようにそう言った。

「そうなんだが、違うのもいるんだぜ。今回は去年の6月に入った志願兵がいるんだわ。最低5年は勤めて、下士官より上を目指す職業軍人らがよ」

「へぇ~そうなんですかぁ。俺みたいな徴兵ばっかじゃないんだ」

 昨日まで、下っ端だった三等水兵が物珍しそうに自分の後輩らを眺めた。彼は、れ歌を歌い始めた。

「人の嫌がる軍隊へ~、志願で出てくる馬鹿もある~」

 それを聞いた、彼の先輩格が目をつりあげる。

「あ!? 何が馬鹿だよ!?」

「・・へ?」

「俺も志願兵だ! 確かに俺は5年たっても一等兵のままだよ! だが、お前に馬鹿にされる筋合いはねえってんだよ!」

 誰も先輩のことは言ってないじゃないですかー! だいたい昇進が遅いとか一言も・・・。戯れ歌のせいで、思わぬとばっちりを受ける三等水兵なのだった。



「水谷二等機関兵! わたくし、木曽平吉と言います! よろしくご指導お願いします!」

 平吉は、配属された日向の機関部の先輩にビッと敬礼をした。だが、その先輩、水谷は困ったような顔をして答える。

「あー、今の場合に敬礼はいらんよ。海軍ではな。あと、兵同士だから階級は言わんでもいい、”さん”付けでいいから。ただし、下士官には”兵曹”を付けて呼ぶんだ、いいな」

「はっ! 了解です」

 平吉はかしこまって、敬礼を付けて答える。が、自分で気付いて、気まずそうにその手を下ろす。

「君って、気負いが入ってるなぁ。まあ、これから色々俺が教えてやるよ。ただ、最初に言っておくよ。『わからないことに手を出すな』だ。君のような新三シンサンは”犬”だからな」

 新三とは、下っ端の三等兵の中でも、半年前に入った先輩三等兵、旧三キュウサンと区別された新米の呼び名だ。

 犬と呼ばれた平吉は怪訝そうな顔をした。意味がわからないが、絶対良い意味ではないはず。

「水谷さん、わたくしが犬とはどういうことでしょう」

「現場にいるだけ邪魔ってことだよ。気ぃ悪くするな・・って言っても無理か。俺も、みんなも最初はそうだったんだよ。しかし、良く見て勉強はしとけ」

「は、はぁ・・・」

 平吉は、今まで色々仕事を経験してきたが、いるだけ邪魔と言われたことは無い。下士官昇進という目標の前に、高い壁が存在するように思えてきた。

 それと、ひとつ日向に来る前に気になっていたことがあるので、水谷に質問することにした。

「水谷さん、『地獄の機関』って聞いたりしたんですが、何がどう地獄なんですかねぇ」

 それは、海兵団で機関兵の指導を受けていた頃から気になっていた事だ。つらい部署ということなのだろうが、試練への覚悟はあっても、その正体がわからないとやはり怖い。

「地獄ね・・・。まぁ、すぐにわかるさ。もうすぐしたら出航して洋上訓練だからな。楽しみに待っとけよ」

 意味深な笑いを浮かべて、そう答えた水谷だった。この人は怖い人なのだろうかと、平吉は震えた。

「あ、君の寝床は、そこのパイプの上ね。そこに、ハンモックを吊るすんだ。これからは、この戦艦「日向」が君の住所だからね。このフネで食って寝るんだ」

 平吉が見ると、パイプの上には寝るにギリギリのスペースしかない。戦艦でさえ、居住する場所さえ無いのかと思った。



 数週間後。戦艦「日向」は呉を出航して洋上訓練に入った。約1600名の乗組員たちが、いざ実戦というときに機械のごとく動けるよう、身体に覚えさせるのだ。

 日向は艦体自体はふるいのだが、大改装したばかりで機関部も含め竣工時とは別物といってもいいほどの艦になっていた。皆々が勝手がわからない訓練でもあった。


(こ、これは暑い・・!! いや、熱過ぎる!!! ここは、いったい摂氏何度あるんじゃあ!? 体温を超えてるなんてもんじゃねえ!)

 航行を始めた日向の機関部。その機関部のすさまじい熱さに、新米の平吉は驚愕するばかりだ。

 話によれば、機関部の室温は45℃もあったともいう。

「おいっ!! 新三シンサン!! 邪魔なんだよっ! ”猿”かよお前!」

「す、すいません」

 犬の次は猿かよ・・。気負いはどこへやら、おろおろするばかりの平吉だった。

「おい、こんなとこにいたのかよ木曽。お前は雑用でもやってろ。山ほどやることあるんだからよ」

「あ、水谷さん・・。了解です・・」

 現場に現れた水谷に、役割をもらう平吉だった。

「ただでさえ仕事中で、この熱さ。皆、気が立つだろ。気にすんな」

 水谷さんはいい人ぽいなと思った。しかし、この熱さは『地獄の機関』と言われるわけだなと思う平吉だった。


 新三らに与えられた役割は、一日が30時間あっても足りないような雑用の数々だった。掃除に靴磨きやらのもろもろの仕事が終わると、やっと就寝できる。

(あの・・、寝るときも『地獄』なんですか?)

 平吉に割り当てられた寝所の下のパイプは、蒸気パイプだった。そこから湧き上がる熱気に一晩中悩まされた平吉であった。

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