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沈む空母「瑞鶴」、そして終戦

 アメリカとの開戦のために竣工が急がれ、真珠湾攻撃に参加し戦果をあげる。その後、珊瑚海海戦、南太平洋海戦など多くの作戦に参加した歴戦の幸運艦、航空母艦「瑞鶴」。その「瑞鶴」にも最後の日が訪れた。

 後世に世界史上最大の海戦と呼ばれる『レイテ沖海戦』。その戦いに空母「瑞鶴」は参加していた。先のマリアナ沖海戦で多くの艦載機と搭乗員を失った日本海軍には、もはやアメリカ海軍に対抗できる航空戦力は無く、「瑞鶴」をはじめとする機動部隊は敵の総攻撃を引き受ける目的である囮の役目を命じられていた。



 1944年(昭和19年) 10月25日 エンガノ岬沖。

 囮機動部隊はこの日の朝に敵の偵察機を発見し、生き残った攻撃機を陸上に避難させる。直援のため艦隊に残された零戦はわずか18機。そこへ敵の第一次攻撃隊180機が襲ってきた。

 味方の艦は次々に沈み、空母「瑞鶴」にも魚雷が一本命中し、危機に至る。艦隊司令部はこの状況で『囮作戦成功する』の打電をしようとするも、残念にも通信機は損傷して不能であった。

 続く、第二次攻撃36機を機動部隊は凌ぎ、第三次攻撃約200機も激しい攻撃ののち去って行った。しかし、空母「瑞鶴」は計7本の魚雷を浴びて沈没を待つだけの状況になる。

 艦長はついに『総員飛行甲板へ上がれ』と命ずる。艦内スピーカーが使えず、人づてに命令は乗組員に伝えられていく。

 左舷に大きく傾斜した飛行甲板に生き残った乗組員は集合した。

 艦長による最後の訓示のあと軍艦旗が降ろされる。乗組員らは敬礼し、その様子は写真撮影された。沈没寸前の艦での写真撮影。珍しい状況で撮られた写真は後世に残されることになった。

 余談だが、作者の祖父(木曽平吉のモデル)はこの写真を買い求め、それを見つめることがあったという。強く思うことかあったのには違いない。

 艦が傾斜する方向とは逆の海面に飛び込むと、生き残る確率が高いということで、乗組員らは飛行甲板の高い方に集まっていた。総員退艦命令とともに、彼らは飛行甲板の上から海面めがけて飛び込んだり、垂らされたロープを伝ったりして海へと逃れる。そして、艦長のように、責任を取るという理由で艦に残る者もいた。



 「瑞鶴」の機関科の上等兵である中島は丸太につかまって海面に漂っていた。周りには同じように多くの「瑞鶴」の乗組員が漂流している。この状況で中島に声をかける者がいた。

「もしかして・・、中島さんですか~?」

「あん? お前、確か向井だったよな。城島さんとこの」

 話しかけてきた青年の顔を見れば、かつて仕事のミスで自分に迷惑をかけた向井という若い志願兵だった。

「お前、無事だったんだな。城島さんはどうしたんだよ?」

「わかりません、もう艦内はわやくちゃで~、もう自分だけ助かるのがやっとで~」

「そっか・・・」

 向井は泣き始める。

「負傷兵もたくさんいたんです~。僕は助けられなかった~。と、というか!」

「もういいよ!」

「僕にすがってくる負傷兵を引きちぎるようにして逃げてきたんです~、やっと、やっと。でも、それであの人は今頃・・」

 見れば、空母「瑞鶴」はゆっくりと海中に沈んでいく。艦の近くの海面にいる者も、その渦に巻き込まれるように沈んでいくのだ。

「馬鹿野郎! そんな詫び言は生き残ってから百回でも繰り返しやがれ!」

「は、はい・・」

 中島は、自分がつかまっている丸太を向井にゆずった。その仏心で自分が死んでも後悔しないつもりで。

 しばらく漂流していると駆逐艦「初月」が救助のために近づいてきた。

「ほら、向井お前から行けよ」

「あ、はい」

 駆逐艦から垂らされたロープにつかまり向井は昇っていった。艦上にたどりついた向井は、海に漂う中島を呼ぶ。

「中島さんも~早くぅ~・・」

 中島も後に続けとロープにつかまろうとするのだが、疲労でうまくいかない。すると、駆逐艦「初月」はスクリューを回して救助作業を打ち切った。

「敵機空襲!」

 敵機襲来のために、漂流者を置き去りにして駆逐艦「初月」は遠ざかっていく。艦上から向井が哀れな表情で見下ろしている。海上に取り残された中島は、その向井に笑顔で手を振った。これが二人の今生の別れとなった。


 元々レイテ沖海戦は日本海軍の死に場所を求めた戦いであり、機動部隊ばかりではない海軍艦艇が壊滅した完全敗北という結果に終わった。戦艦「日向」などの戦艦が生き残ってはいても、動かす重油が無いということで、内地で浮き砲台のように解体されたりした。空母「瑞鶴」の乗組員の800名以上が戦死したとされている。



 1945年(昭和20年)8月15日。

 日本はポツダム宣言を受諾して、連合国に無条件降伏した。それまでの過程で日本の多くの都市が空襲で焼け野原になった。海軍の大きな拠点であった呉も複数回の空襲を受けて焼け野原となる。浮き砲台として呉湾内にあった戦艦「榛名」、「伊勢」、「日向」などの艦艇も多くが沈没した。

 日本の無条件降伏を国民に知らせた玉音放送。海軍兵学校舞鶴分校(海軍機関学校より改称)の教員であった木曽平吉上等兵曹は、舞鶴でこの放送を聞いた。神国日本の勝利を信じていた、と記録に記されているが実際はどうだったのだろうか? 彼の家族、妻の文江、娘の勝江は度々空襲警報で逃げ惑う経験をしたようではあるが、怪我もなく無事であった。

 12月1日付けで海軍は解体される。その際に、木曽平吉は兵曹長に昇進し、念願の軍刀を手にすることとなった。ここに、半ば成り行きで海軍に入隊した彼の、10年に及ぶ海軍勤務は終了した。



 戦後、やや落ち着きを取り戻し始めた日本。

 かつての海兵団同期の木村章吉と中島は田舎道を歩いていた。

「で、ですね~。その向井って後輩を助けるつもりで駆逐艦「初月」に乗せたんですが~、その船は撃沈されちまいやがったんですよ~。ヤツも海の底ですわ。俺はなんとかこうして生き残って。皮肉っていうのか・・、違うのか」

 空母「瑞鶴」の生存者の中島が体験談を語っていた。

「そっか・・・。あの戦いを経験してない奴はわかんねえが、生き死にさえ手前てめえじゃままならぬ世界だったんじゃ。だが、その話を聞くと向井ってヤツは死の瞬間までお前に感謝してたと思うぜ」

「そうだといんですが」

 木村はムッとして。

「その敬語みたいなのやめねえかぁ? 俺ら一応同期だろが」

「い、いや。階級の差があるとつい・・っていうか、海軍はもう無いんだったな」

 元零戦乗りの木村は笑ってうなずいた。

「それより、俺の方がアンタに恩がある。中沢ハルの消息を探してくれた。俺は彼女にもうひと目会いたいという一心で今日まで生きてきた。捕虜生活では生き恥をさらすようなこともあった。俺は今日まで生きられたことへの感謝を彼女に伝えたいんじゃ」

「ああ、手紙でそれを伝えられたときには同年兵として協力したいと思ったんじゃ。おお、彼女の家はもうすぐじゃ」

 中島が指差した農家には表札に『中沢』とあった。それを見て小躍りした木村だったが、玄関から30歳ほどの女性が現れた。

 彼女の姿は、いつも零戦に貼っていたあの写真の姿と変わりが無かった。そのように木村には感じた。写真そのものを失っても、いつも心に描いてきた彼女の天女のような美しい姿だった。

(ハル!!!)

 そう、叫びそうになった木村だが、幼女が現れてハルにしがみついていた。

「お母様~」

 ハルは幸せそうな表情で娘を抱き抱えていた。それを見て木村はフルフルと震える。

「中島・・、おめえ、この事を知ってた・・・とか?」

 中島は我慢していたようにゲラゲラ笑う。

「ああ、そうだよ。中沢ハルさんは婿養子をもらって今じゃ一児の母だよ」

 木村は、始めは怒りを抑えるように震えていたが、次にがっくり落ち込んだように座り込む。頃合を見て中島は話しかける。

「お前だって彼女に手紙出してたのか? 彼女だって、ずっと待っていられるわけないだろう? 調べてわかったが、彼女も戦争で苦労したんだ・・」

 最後の言葉で木村はビクッと震えた。中島は、その木村に肝心な事を聞く。

「・・・で、彼女に会っていくのか?」

 木村は立ち上がって首を振った。さっぱりとした表情だった。

「やめとくわ、彼女への感謝の言葉はある。でもそれは遠くからそっとつぶやくだけに・・・」

 そのとき、ハルの自宅の奥から若い男の声が聞こえる。ハルを呼んでいるようだが、察するにハルの夫なのだろうが。

「・・・!?」

 ビックリしたように木村がその方を向いている。現れた男は若い男だったが、右手には義手を付けていた。戦争の負傷兵なのだろうか? 男の顔を見た木村は裏返った声を出す。

「・・もしや本郷? 本郷じゃねえか? うおぉぉ~~~い、本郷~! それと、ハルさん!ハルさん! ずっと会いたかった!!」

 空母「瑞鶴」の零戦乗りの後輩、本郷の姿を確認して大喜びで駆け出していった木村。その後ろ姿を、ポカンとした表情で見送るしかない中島だったが。

「・・なんかわからんけど、メデタシだったのか??」



 空襲で焼けて、軍港としての機能を失った呉。そこに木曽平吉とその家族は訪れていた。

 呉の海上には大破着底した戦艦「日向」の姿があった。平吉はそれに向かって手を合わせている。

「俺の先輩・・、戦艦「日向」の機関兵だった水谷さんは、あの日向の中で戦死したと聞いた。水谷さんはずっと故郷に帰りたかったはずなのに、最後はあんな場所で、艦とは呼べないような日向の中で死ぬなんてな」

「まあ、進んで軍に入ったアンタがこうして生き残ったのもなんか皮肉やけどね」

 妻の文江が皮肉屋らしく言った。

「日本は何のために戦ったんじゃろうか? 守る物があって、そのために必死で皆戦って。それでも日本は日本人は全てを失ってしもうた。日本は何を守りたかったのか、あの真珠湾攻撃の場所にいた俺でさえそれが全くわからん」

「ん~、アンタ達軍人は何も守れんかった。ゴメン、アンタへの嫌味のつもりじゃないけど、この呉を見る限りそうとしか言えんというか・・」

 職業軍人だった平吉は力無くうなずいた。そいて、懐から海軍解体のときにもらった軍刀を取り出した。平吉はそれをじっと見つめている。

「アンタ、それ欲しがってたよねえ。それを、最後の最後に貰ってやっぱうれしかったんか?」

「これは・・、俺の大事な宝物じゃ・・」

 平吉は軍刀を大事そうに収めた。文江は苦笑いをしている。

「さあ! 俺らの新しい生活を見つけるか!」

 木曽平吉の家族は歩き出した。



 戦後、木曽平吉は流転ののち、機械の知識を活かして収入を得られる立場になる。一時期だが羽振りが良かったようだ。海軍勤務はまるで無駄では無かったということなのだろう。

 子や孫に恵まれた平吉は、老いて脳卒中で倒れ、誰に見守られるでもなく自宅で眠るように息を引き取った。享年82歳であった。葬儀の日、彼の遺体を納めた棺には、妻の文江の手によって海軍準士官の証である軍刀が入れられた。

やっと完結しました。終盤には色々と飛ばし加減になりましたが、自慰的にであれ書きたいものは書いたつもりです。

次回作は完全に気分しだいです。

SF冒険活劇を書くかもしれないし、原点(?)に帰ってイカれた18禁小説を書くかもしれません。気が向いたら私のページを覗いてやってください。

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