新兵訓練の終わり 苦労はこれから?
小島教班長は、木曽平吉ら教班の面々を整列させていた。
(まさか、晩でもないのにこれからバッタ打ちとかじゃないだろうな)
平吉はそんなことを考えていたが、整列は全く別の件であった。
「貴様ら新米の志願兵の基礎訓練はそろそろ終わる。それで、今後は水兵、機関兵などに分かれて専門的なことも学ぶわけだが・・」
今までのは、ただの基礎訓練だったのかよ。と、平吉はきついきつい教班長の訓練を思い起こす。
「それでだ、これから貴様らに配る用紙に、希望する兵科を第3希望まで書け。最終的には貴様らの成績、適正もふくめて、上の方で決定されるがな」
平吉ら海軍の志願兵たちは徴兵組と違い、進路を第三希望まで選ぶことができた。彼らは、下級幹部である下士官の候補者なのだ。
めいめいに希望先を記入する紙が配られる。皆々、思うところがあるのか、難しい顔をして希望先を書き込んでいる。
平吉は、悪いとは思いつつも、隣の木村章吉の書いている希望先を覗き込んだ。が、それを見て、驚いて問うた。
「おいおい、そんなので大丈夫かよ?」
記入を見られた章吉は、苦笑いしつつも言う。
「ああ、前にも言ったろう、俺にはこれしか無いな」
本気かよ、と平吉は思ったのだが、かつて、章吉の海軍熱望の言葉に、自分も火を付けられたことを思い出す。負けられないな、と思ってきた。
新兵らの提出した希望先の用紙をチェックしていた小島教班長は、『おい、木曽と木村こい!』、と二人を呼びつけた。
「おい、なんだこりゃあ。第3希望まで書けと言っただろう。『第一希望 航空科』だけじゃないか二人とも。そもそも、航空科はホイホイそこらのが入れるわけじゃないんだぞ」
それに対して、木村章吉は、堂々と。
「わたくしには航空科しかありません! わたくしが狭き門を通れなくて落ちるならば、それまでの兵士だったということです」
それに合わせるように、章吉も。
「わたくしも全く同じ気持ちです」
小島教班長は呆れた顔で聞いていたが。
「いよっし、わかった。あとは任せておけ。なんにせよ、航空科を志願する者は、すぐに選抜検査があるからな」
と、うなずいた。木曽平吉と木村章吉、なんとなく名前が似ている二人は『負けられねぇな』という顔で、向き合っていた。
小島教班長は、自分の机で、木曽、木村の提出した希望届けを見ていたが。
「ったく、こんなもん提出したら、俺が叱られるわい。空欄には俺が書き込んでおくか。オーソドックスに・・・、第二希望 水兵、第三希望 機関兵・・っと」
しかし、木曽の阿呆が、木村の奴に引きずられたのだろうが、アイツには無理じゃ。師範学校出ているから、ペーパーテストは得意なんじゃが。航空兵になれるかというと、無理じゃが。小島は、そう思いながら、二人が航空兵選抜に落ちた時の行き先を書き込むのであった。
数日後、航空兵を希望する四等兵たちは集められ、航空機乗りの適正を調べる検査を受けていた。検査を前に、平吉は興奮してきた。
(いよぅし・・、実力を見せちゃる。航空兵は昇進が早いし、なんといっても・・。パイロットは女達にモテるんじゃあ!!)
視力検査。いくつもの数字が目の前の盤に一瞬だけ現れる仕組みになっている。航空機乗りに必要な眼力でも調べるということなのだろうか。
平吉が盤を睨んでいたが、ビッと一瞬だけ数字が現れた。のだが。
(速すぎて見えんかったし。真ん中の”5”ってのだけはわかったんじゃが・・・)
基礎訓練が終わる日がやってきた。小島教班長により、めいめいに今後の海軍での兵科が言い渡される。それにより配属科が決まるのと同時に、四等水兵、四等機関兵、四等主計兵など、階級名としても付いてくる。縦割り社会である海軍での、住む世界がここで分かれる。
「木村章吉、貴様は航空科を志願したわけだが・・」
「はっ!」
小島教班長は、顔をほころばせた。
「おめでとう! 貴様は航空科に合格だ。これから俺の元を離れて、飛行機乗りとして厳しく鍛えられるわけだな」
「はっ、あ、ありがとうございます」
航空兵合格を伝えられた章吉は喜んだ。しかし、まだ飛行機乗りになるための入り口に立ったばかりなのだ。
「で、木曽平吉。貴様も、航空科を志願したの・・だが」
「はっ・・!」
今度は自分の結果が伝えられる。平吉は緊張した。選抜検査はいまいちだったのだが。
「貴様は、これから機関科だな。航空科はさすがに無理だったが・・。俺から貴様を機関科に推薦しておいたからな」
「はっ・・。ありがとうございます・・」
平吉は残念であったが、章吉ともども小島教班長に頭を下げたのだった。
小島教班長は、部屋を出て。
「機関科を推薦したとか、フカさんでもよかったかな。しかし木曽の奴、第三希望に書いた機関科に行かされるんだから・・、それまでの奴かな」
章吉は、平吉に別れを惜しむ。
「炭鉱で会ってから、なぜか同輩のままだったけど。これで、お別れだよな。しかし海兵団を卒業しても俺たちは『同年兵』だからな」
「ああ、そうだな。また、会えたらいいな」
共に訓練を受け、共に体罰を受けた仲。同じ海兵団の同年兵は、それぞれ違う船に乗ってからでも、階級に上下ができても固い団結心で結ばれたという。
平吉らが海兵団に入団してから、約半年。肉体鍛錬あり、座学ありの日々が過ぎていった。卒業が近くなると、軍艦での艦務実習、小銃を担いでの野外陸戦演習もあった。
そして、卒業の日を迎え、平吉ら新兵は海軍三等兵を命ぜられ、呉海兵団を退団することになった。
団長から、各科ごとに進級を言い渡される。
「木曽平吉ほか・・海軍三等機関兵を命ず!」
平吉は思った。長かった半年だったような気がする。歳も二十歳になってしまった。一応だけど、昇進したから昇給もする。ちょっとであれ、文江に楽させられたらいいなぁ・・。
じーちゃんが平吉のモデル、なのは以前書きました。
今回のエピソードは、完全に創作です。
なので、じーちゃんが好き好んで機関兵(地獄の?)になったのかは不明です。しかし、じーちゃんが誇りを持って働き、勉強したのは間違いないと思います。