トラック泊地でのちょっとした出来事
大本営海軍部は南太平洋海戦での戦果を『空母3~4隻 戦艦1隻撃沈 航空機200機以上撃墜』等と発表した。これは、意図的な過大評価というより、敵軍の規模や実際の戦果の把握が現場の航空兵らの目視に頼ったものであり、困難ではあったのだ。
大勝利を信じたGF司令部でも、戦闘中に後退した旗艦「翔鶴」の非積極性には強い不満があったといわれる。
1942年(昭和17年)10月29日 トラック泊地。
GF司令部参謀長は、損傷のために一足先にトラックに帰投していた空母「翔鶴」を訪れた。戦死者への慰霊と損害の実見のためである。
彼は旗艦であった「翔鶴」の戦線離脱ともいえる行動に強い不満があったのだが、それは艦長らには言っていない。勝ち戦であり、事を荒立てるを良しとしなかったのだろう。
「これは・・・! これほどの被害があったなんて・・!」
GF参謀長は「翔鶴」の格納庫に入って愕然とした。
敵の急降下爆撃機による450kg爆弾の命中により、ひどくえぐれた格納庫の内部は火災による黒焦げが残っていた。そして、片隅には戦死者の棺桶が積み上げられている。
それは、現場から遠く離れた戦艦「大和」の司令部にいては理解できない、現場の惨状であった。GF参謀長らは戦死者の英霊に焼香を上げるのであった。
「あのときGFの命令通りに突撃すればよかったのだ・・!」
艦内の惨状に声も無いGF参謀長らだったが、傍らでは「翔鶴」の艦長は不満を口にした。
「そうすれば、今の不名誉は避けられたんだ!」
「しかし! あのとき我が艦は空母として戦うことはできませんでした。機関部が無事であったからこそ航行はできましたが、通信機も故障して旗艦の役割は果たせませんでした」
副長がそう反論する。だが、艦長は。
「ああ、そうだ。そして、前進して敵が我が艦を見つければ喜んで食いついてきただろう。そうなれば、被害は今以上になった・・、いや我が艦は沈んでいたかもしれん」
「そうです。我々は、珊瑚海海戦での教訓から損害を減らすべく苦心してきました。爆弾を4発もくらいましたが被害は抑えられたのです」
「臆病者の正論だな、それは」
艦長は被害を受けた際に、現場の消火指揮にあたっていたから状況は良く分かっているはずなのだ。旗艦を反転させた艦隊司令部と、この艦長の間に相容れぬものがあり、それは埋まることは無いだろう。
この「翔鶴」艦長はのちに二六航戦司令官として陸攻に乗り、自ら敵艦に特攻を命じて戦死する。彼は報国の美学を貫いたわけだ。
空母「瑞鶴」は「翔鶴」に遅れてトラック泊地に帰投する。144名の艦上戦死者を出した「翔鶴」と違い、敵機からの攻撃を受けなかった「瑞鶴」である。
木曽平吉ら乗組員は次の出航に向けて、補給や整備などの仕事が山ほどあった。トラックに上陸して息抜きなどの暇も無かった。だが、乗組員らは南太平洋海戦の大勝気分が残っており、皆々が意気揚々としていた。
「木曽君、ちょっといいかな」
「はい。・・あ、城島さん、なんですか」
木曽平吉は機関科の下士官である城島兵曹に声をかけられた。彼は同格の同僚として顔見知りなのだが、今は猫の手も借りたいほど忙しく、彼と世間話というわけにもいかない。
「あ、手短にすませる。この向井君なんだが君のところで使ってやってくれないか?」
城島の後ろに隠れるようにしていた、向井と呼ばれた若い機関兵が平吉に頭を下げてきた。
「え、いや、しかし、この子が私の部下になるってことですか?」
「あ~、いや、そうじゃねえよ。手伝いだよ手伝い。ホレ、猫の子も欲しいくらい忙しいって顔してるぜ。この向井、最近昇進したんだよ。コイツにゃ、一通りのことは教えてある。とりあえず使ってくれやぁ、じゃ、頼んだぜ!」
城島はなにやら気まずそうな顔して立ち去っていった。
平吉は城島兵曹の様子から、なんとなく事情を察した。向井のことを、一通りのことは教えてあると言っていたが、それだけの部下をまるで置いていくかのように自分にくれるとも思えない。つまり、やっかい払いということなのだろう。
(いや~・・・、猫の子も欲しいってのはそうなんだがよ・・・)
能力が不透明な新人を使いこなすというのも難しいのである。平吉自身も新人時代は雑用、雑用であった。
平吉は向井というハタチ前の少年ぽい向井の顔に見覚えがあるような気がした。
「おめえ、どっかで会ったよなぁ? まぁ、同じ艦内で暮らしてるんだから、そうなんだろうが・・」
「そうでしょうか?」
平吉は、ふと思い出した。去年の暮れに「瑞鶴」が真珠湾攻撃へ向かう前、この向井が自分の現場に紛れ込んできて、それで自分が一喝したことがあった。もう一年近くも前のことだ。
「そういやあ、会ったなぁ、真珠湾攻撃のとき。お前、水杯を交わすときに震えてたよなぁ」
「あ~、そうでした~。でも兵曹ドノのことは覚えていないのでありますが・・」
そのとき、側を平吉の部下である中島一等兵が通った。彼は平吉の同年兵であり、旧知の信頼できる仲間であった。
「お~、中島君! この子、向井っていうんだけど、使ってやってくれんかぁ? 一通りのことはできるそうじゃ」
平吉は、城島からもらい受けた向井を、今度は部下の中島に押し付けた。当たり障りのない場所で使ってやってくれということである。
「お前よぉ、志願兵だろが! なんにもできんじゃねえかよ! まったく!」
「すいません・・、城島兵曹のところでもそう言われてました・・」
向井は中島一等兵に叱られていた。向井は何をやるにつけても不器用、不要領なのである。古株の中島からすれば、艦に乗りたてのシンサン(ド新人)を一から教育するような苦労があった。
「いいか、時間がたてばそれで昇進するなんて考えていたら置いていかれるぞぉ。俺たち志願兵は、下士官に上がるのを前提で海軍に入ってるんだからな・・」
中島はそこまで言って、自分で言った言葉が自分自身に突き刺さるのを感じた。中島は海軍に入って約6年。一等兵になって久しく、いまだ下士官に上がれていないのだ。同期の木曽平吉はとうに下士官になって、自分はその部下である。
「あ~・・・、なんというかぁ、しっかり勉強しとけってことだよ!」
中島は、自分が情けなくなってきた気持ちを飲み込んで後輩に言葉をぶつけた。戦争が始まってから海軍は、志願兵たちにとっては昇進がしやすくなっている。自分もその流れに乗って、さっさと下士官に上がりたいと中島は思った。
タンクから空母「瑞鶴」への給油パイプをつなげる作業は終わったところだった。使えない新人が手伝ってくれると、逆に疲れた気分になった中島だった。重油が艦の燃料タンクに給油される時間は戦艦や空母などの大型艦で8~10時間かかる。その、大変に時間がかかり、艦にとって重要な仕事をこなすのも機関兵の仕事だった。
「いよぅし! あとは向井君が給油が終わるまで支障が起こらないか見てるんだ。それくらいは君にもできるだろうが?」
「は、はぁ・・・」
「なんだ! その頼りない返事はよ! 見てるだけなんだから誰にもできるだろうが! 俺は他にもやることがあるんだよ!」
「りょ、了解しました」
5時間後。向井は甲板にしゃがんで溜め息をついていた。5時間も給油パイプを眺めていても変化などは無い。やがて向井は、南洋の青い空と透き通った海を見つめていた。
「あ~、俺は何やってんだろう。先輩らには頼りないと言われて、大事な仕事はまかせてもらえず・・」
海軍の入隊試験でもっと良い点数が取れていれば、機関兵なんぞにならなくて済んだものを、と我が身を嘆くことが多くなった向井だった。
「おーい! 向井ぃ!! 城島兵曹が呼んでるぞぉ!! お前、昨日任された作業を忘れてたんじゃないのかぁ!? カンカンになってるぞ!!」
「え! え!? あっ、そういえば! 忘れてた、大変だぁ~」
同じ班の機関兵からそう言われた向井はあわてて、役目を放り出して駆け出した。あとの給油現場には責任者の中島も誰もおらず、行き交う乗組員たちも給油パイプに気をとられる者はいなかった。
給油パイプの一部から音もなく重油が漏れ出した。あふれだした重油は海面に垂れ落ちて、ゆっくりと黒い油のたまりが広がっていく。
太平洋戦争が開戦した理由として、石油の供給がアメリカによって断たれたというのがある。石油は、当時の日本にとってどうかはともかく、少なくとも海軍にすれば血液にも等しかったであろう。その海軍の血液がトラックの海上にあふれだしていく。
瑞鶴の重油漏洩事故は祖父の現場で起きた実話。
時期や詳細は不詳なので、そこは推測して創作。