表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/40

空母「ホーネット」炎上

 1942年(昭和17年)10月26日 6時55分。米艦隊を発見した日本軍第一次攻撃隊は、主目標である空母「ホーネット」に攻撃を開始した。この攻撃隊は旗艦「翔鶴」から九七式艦攻20、零戦4の24機、空母「瑞鶴」から九九式艦爆21、零戦8の29機で編成されていた。

 「翔鶴」隊は雷撃、「瑞鶴」隊は急降下爆撃と役割が異なるために、それぞれの隊は別の進路から空母「ホーネット」に襲いかかることになる。



 「瑞鶴」隊の九九式艦爆隊は「ホーネット」を直援する40機とも思われるグラマン戦闘機(F4Fワイルドキャット)に追われる形になった。速度に劣る九九式艦爆はグラマン戦闘機によって次々に落とされていく。

 九九式艦爆の後部座席に座る下士官は、被弾して白煙を噴いていた僚機があえなく空中爆発したのを見た。

(やられた!)

 僚機を落としたグラマン戦闘機が近づいてきた。敵機の機銃の射程内にすでに入ってしまったように彼は感じた。彼は、次の瞬間には自分が死んでしまうという、完全なる現実味をおびた恐怖にとらわれた。

「神様、なんでもします、なんでもします! どうかお救いください!!」

 彼はここにきて海軍に志願したことを後悔した。除隊すれば航空会社に再就職、などと夢を持って海軍航空隊に入ったのだ。こんなところで死ぬためではないのだ。

 すぐにでも襲ってくると思われたグラマン戦闘機は、向きを変えて離れていく。

 すると視界が、正確に言うと風防の外が白一色に包まれた。

「なんだ・・・!?」

 彼の機体は雲の中に入ったのだった。敵機から逃れるためである。

「ああ、なんだ雲かよ」

「雲かよじゃないですよ! 神様に祈るヒマがあったらその豆鉄砲を撃ってくださいよ」

「・・・はっ! さっきの聞こえてたのかよ」

 彼は操縦席の相棒に叱られてしまった。

 彼はうっかりというか、後方機銃の銃撃をしていなかった。恐怖から動転していたのだ。恥じるべきは命乞いよりもそれである。

 機体は雲の中から出た。しょせんは小さい雲でしかないし、任務を考えるとずっと雲の中にいるというわけにもいかない。

 海上には空母「ホーネット」が見える。ちょうど良い降下地点に来たようだ。彼の機体は50度を越える急降下に入った。前方にも急降下に移った艦爆機の姿が見えた。

 海上では、雲から現れた艦爆隊の姿を認めた艦船から対空砲火が始まった。空母「ホーネット」からだけでなく、輪形陣の外輪を構成する重巡やら駆逐艦から、赤や青の色とりどりの曳光弾が飛んできた。

 後部座席の彼は座席高度計を読む。

「高度2500、・・・高度2000」

 機体の外では、敵艦隊から撃ちだされる砲弾の光が翼をかすめるかのように飛ぶのが見えた。戦闘機に追われていた時のような恐怖は不思議と消えて、訓練で繰り返した作業を正確にこなす事が全てに思えた。

「高度1500」

 色あいからアイスキャンディーと呼ばれる対空砲火に加えて、高角砲が作り出す煙の玉が多数現れてきた。この煙の中には高角砲が炸裂してできた弾片が浮いているので、煙の中のひとつでも入ってしまうと九九式艦爆の機体は大破するだろう。

 周りには「瑞鶴」隊の各中隊が作る単横陣による降下攻撃が始まっていた。10機ほどの艦爆が扇形の編隊で突撃した。

「高度450・・用意・・・打て!」

 操縦手が投弾、そして機体を一気に引き起こした。6Gもの重力が乗員の身体を襲う。偵察員の彼は頭がめりこみそうになる力を堪えた。急降下爆撃の隊員は、この強力なGへの耐性がある者のみが選ばれるのだ。


 機体は高度100mで空母「ホーネット」の上空を飛び越えたところだった。

「おい、高度を上げるなよ。このまま低空飛行だ。高空に上がれば対空砲火やグラマンの餌食だ」

「了解」

 偵察員の彼は操縦員にそう指示した。今までは高度3000で集合帰投したものだが。

 彼は機体後方に見える「ホーネット」を見つめる。空母「ホーネット」の飛行甲板中央部に火花が散るのが見えた。

「命中! 飛行甲板中央部に命中!」

 彼と操縦員の二人は大喜びした。この一弾のために数多くの航空兵が命を散らしたと言っても決して大げさではない。

 しかし、急降下で投弾した九九式艦爆の一機が、そのまま「ホーネット」の煙突近くに突入して爆発するのを偵察員の彼は見てしまった。突入した箇所からは大きな火災が上がっているのを確認した。

(誰の機体なのだろう? 操縦員は自ら突入したのだろうか? きっとそうなのだろうな)

 心の中で瞑目しつつも、現時点では彼自身も生きて帰れる保障はない。

「おい、このまま南へ向かうんだ」

「は?、しかしそれでは友軍と集合できま・・・、いえ了解です」

 母艦の空母「瑞鶴」は北方にいるわけで、南方に向かうということは逆に遠ざかるということである。しかし、素直に北方へ帰投すれば、空母「ホーネット」を直援する多数のグラマン戦闘機に捕捉されやすいということであった。

 彼の機体は海面すれすれで南方に向かって飛んだ、味方が攻撃中の今ならばグラマン戦闘機の標的になりにくいであろう。

 「翔鶴」隊の九七式艦攻による雷撃も始まっていた。彼らもグラマン戦闘機に追われる立場で、一機の九七式艦攻が落とされていく。

 九七式艦攻の一機が空母「ホーネット」へ体当たりするのが見えた。この機体が放ったものなのだろうか。空母「ホーネット」の右舷に魚雷が命中し、高さ30mほどの水柱が上がった。



 日本本土への空襲、ミッドウェー海戦で奮闘した空母「ホーネット」は、この攻撃で爆弾3発、魚雷2発他の被害を受けて大破炎上し航行不能となった。

 現時点からはのちの事であるが、数回にわたる日本軍の再攻撃、そしてそれにあらがうアメリカ軍の空母「ホーネット」の生き残りをかけた激闘があった。

 空母「ホーネット」(の船体)は総員退艦したあとも、曳航、無理ならば自沈ということで日米双方から魚雷を撃ち込まれた。

 10月27日 午前1時35分。空母「ホーネット」は力つきたようにサンタクルーズ諸島沖に沈むことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ