ミッドウェーの大敗
木曽平吉は、中沢ハルの自宅を出る時に彼女に言われる。
「そういえば、連合艦隊は近くミッドウェーに出撃するそうで。木曽さん達も行くんですかね?」
「い、いえ。私たちの船は今しがた整備中でありますので、当面は・・」
平吉はそこまで言って口ごもった。航空母艦「瑞鶴」は建造時から軍極秘であるから、内部のことは軽々しく口にするべきではない。
ミッドウェーへの出撃の噂は、平吉ら海軍兵の耳にも入っていた。問題なのは、ただの民間人のハルまでがそれを口にしたことであった。現在は戦争中であり、なぜ艦隊の作戦行動が知られているのであろうか?
「ハルさん、その・・、ミッドウェーがどうとか誰から聞きました?」
「え? 誰からというか、みなさん話していますよ? あ、そうですね、秘匿なんですよね。失礼しました」
ハルはそう言って、ケラケラ笑った。
去年の暮れに、平吉らが真珠湾攻撃に出撃したときには、誰も作戦行動については知らなかった。平吉ら下士官、兵はともかくとして、士官クラスの人間も知らなかったはずだ。
開戦から半年もしないうちに、海軍は完全に軍機がゆるんでしまったのだろうか? 大勝とされた先の珊瑚海海戦だが、実際にはあっけなく空母「翔鶴」が戦闘不能になってしまったのだ。
平吉は、戦いの現実を知る一人として、言いようのない不安を感じた。
1942年(昭和17年)5月26日。瀬戸内海、広島湾の柱島。ここに連合艦隊旗艦「大和」などミッドウェー攻略のための艦隊が停泊していた。
「翔鶴」の運用長である少佐が「大和」に招かれて、珊瑚海の戦いの経験者として講話をした。空母「翔鶴」は大きな被害を受けたわけで、防災と応急についての話は貴重なものだったはずだ。
集まった士官たちは、少佐の話を興味を持って聞いていた。そして、講話のあとのミッドウェー出陣の壮行会に少佐は招かれる。
「大和」の甲板の上に並べられたテーブルには、赤飯に酒盃、折詰。連合艦隊司令長官の挨拶のもと、一同が乾杯。講話をした少佐は、そこに”日本海軍戦えば勝つ”という楽観ムードを感じたという。
翌、5月27日(海軍記念日)、航空母艦「赤城」、「加賀」、「蒼龍」、「飛龍」らの第一航空艦隊(通称、南雲機動艦隊)が柱島から出撃する。その2日後には戦艦「大和」ら主力艦隊も柱島から出撃した。先行する機動部隊のはるか後方を、重火力の主力艦隊が追随するという布陣には、艦隊の幹部らにも大きな疑問と不満があったようだ。
1942年(昭和17年)6月5日。南雲機動艦隊は約半数の機体をミッドウェー島への空襲に向かわせる。残った艦載機には、陸上攻撃・艦船攻撃どちらでも対応できるように未装備状態のものもあった。
日本海軍には、ミッドウェー島攻略と敵航空母艦の邀撃(迎え撃つ)の双方の目的が存在しており、敵空母の出現には警戒していたはずだった。
南雲機動艦隊とミッドウェー基地航空隊との間で、航空機同士の激しい戦闘が行われた。基地、そして双方の航空機に損害が出る。しかし、この時点では日本軍の優勢であった。
ミッドウェー基地航空隊の奮闘は、南雲機動艦隊の空母に損害を与えられなかったが、戦闘の間に日本側の4空母の位置を特定することに成功している。
アメリカ海軍は、「エンタープライズ」、「ホーネット」、そして珊瑚海海戦で中破のあと急ピッチで修復した「レキシントン」の3空母が日本海軍を迎え撃つ。作戦が事前に漏れており、4空母の位置を知られてしまった日本海軍と、3空母の位置どころか存在も完全には察知されなかったアメリカ海軍。このあたりが勝敗を分けてしまったのであろう。
アメリカ海軍の果敢な雷撃機の攻撃を、日本海軍の零戦隊は防ぎきった。しかし、雷撃に対応するために低空に降りていた零戦隊は、次の高空からの艦爆隊による急降下爆撃に対応できなかった。
急降下爆撃による爆撃は、「赤城」、「加賀」、「蒼龍」の飛行甲板を貫通して、格納庫にある爆弾や魚雷に誘爆して大爆発をおこした。日本海軍の虎の子三空母はわずか6分で戦闘不能になってしまった。
雲の下にあり、初手の被害をまぬがれた「飛龍」は2度にわたって攻撃隊を出し、「ヨークタウン」を航行不能(のちに沈没)にする戦果をあげる。だが、その日の夕方には、反撃に出たアメリカ海軍による急降下爆撃で大破する。深夜、4空母の生き残りである「飛龍」は、懸命の消火活動も及ばず雷撃処分で海に沈んだ。
こうして、味方から勝利を疑われなかったミッドウェー作戦は、日本海軍が正規空母4隻を失う大敗という結果になってしまった。空母「翔鶴」が一度の急降下爆撃で戦闘不能になった戦訓が活かされなかったわけでもある。攻撃隊が出ていて誘爆が発生しなかった「翔鶴」よりも、「赤城」らは深刻な結果になってしまった。
この戦いでの艦載機搭乗員の被害は案外少なく、多くは友軍に救助されて帰還している。生き延びて奮闘した「飛龍」の搭乗員の被害が大きかったのは皮肉でもある。