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MO攻略作戦

「痛いか? 殴ったところ?」

「いいや、いつぞやの夜這いの時に殴られたのに比べたら痛くねぇよ」

 平吉は、文江に殴られた頬をさすって笑う。

 半舷上陸で妻の文江の元へと帰ってきた木曽平吉。真珠湾攻撃という大作戦に参加した平吉にとっては、妻の元への帰還こそが勝利そのものだ。

 半舷上陸という制度上、平吉は夜までには母艦に戻らなければいけない。下士官の軍装に袖を通して下宿を出た平吉を、新妻の文江が見送りに出ているところだ。

「じゃあな」

「あ、待ってよ」

 別れの挨拶もそっけなく、背を向けた平吉を文江は呼び止めた。

「ん、なんだ?」

 平吉が振り返ると、文江は何か言いたげな顔だった。彼女は少しためらっていたが、言う。

「アンタさ、海軍に入ったことを後悔してないんか?」

「いいや?」

「戦争が始まったやんか! 今度海に出たら、死ぬかもしれんので」

「それは、海軍を志願したしないに関係なく、みんなのことじゃ。支那に行っとる俺の弟や、お前の弟もじゃ」

 実際そうだった、支那事変が大きくなり長引いて、今度の対米英開戦。徴兵やらで駆り出された若い男たちが皆戦争に関わることになってしまった。

「それは・・、そうなんじゃけど」

「俺は・・、むしろ海軍に入ったことを誇りに思ってる。凡夫ぼんぷでしかない俺を海軍は鍛えてくれた。下士官にまで育ててくれたんじゃ」

 平吉は喜びと希望の表情になっていた。

「ええか、文江。俺は、がんばって兵曹長になってやるんじゃ。・・と言っても、素人のお前には区別つかんかの? 兵曹長ってのは四十八歳までの海軍勤務が保障される準士官なんじゃ! 個室も与えられて、従卒もついて、飯も銀シャリ! 兵あがりの者にとっては、兵曹長は憧れなんじゃ。ええか、俺は絶対、あの軍刀を腰に下げてやるんじゃ」

 その軍刀とは、長い海軍勤務と、任期制のふるい落としをくぐって兵曹長に昇進した海軍兵に与えられるシンボルの短刀である。

 その軍刀とやらを見てない文江にも、そのシンボルを男達が夢中に欲しがっていることは理解できた。海軍での待遇向上もあるが、見栄を張りたいのだ。

「ふん、そうなったらお給金も上がるのん?」

「ああ・・そうなる、かな。って、お前相変わらずだな」

「そりゃ、結婚しても変わらず貧乏ですから!」

 平吉は妻の言葉に気まずそうに笑った。

「俺は今度の戦争が、海軍にも俺自身にも良い出来事に思えてならん。必ず戦争に勝利して、国家と、そしてお前に恩恵を持ってきてやる」


 平吉は意気揚々として母艦へと帰っていった。文江は、その背中を見送って苦笑いをしていた。

 先程は、背を向けた平吉を見て、それが最後に見る夫の姿のような気がして、文江は思わず呼び止めた。そうすれば、夫の言うことは海軍での昇進の話。

 あの夫は当面、死にそうにない。根拠もなく文江はそう思った。



 機動艦隊は、開戦の翌年1942年(昭和17年)1月上旬、瀬戸内を出航した。

 航空母艦「瑞鶴」ら五航戦は、ラバウル港、ニューギニア島のラエ港の攻略。敵空母部隊への対応などで各地を転戦した。勝利を重ねてはいたものの、敵はいずれも少数であり、味方の兵らもこの戦果を『え物斬り』と残念がったという。

 4月には五航戦はインド洋作戦に参加し、五航戦の攻撃隊は高い戦果を上げて、一航戦にも劣らぬ練度を示した。



 4月15日付けで配布された大本営第二作戦により、連合艦隊は主力を東方のミッドウェー作戦の準備に当たり、一部をもってポートモレスビー方面の攻略に当たるとの作戦を立てた。

 この一部に航空母艦「翔鶴」と「瑞鶴」ら五航戦が当てられることになったのである。

 ポートモレスビー攻略作戦は、MO作戦と名付けられ、航空母艦「翔鶴」、「瑞鶴」、他重巡洋艦2隻を中核とするMO機動部隊、兵員を輸送する輸送船とそれらを護衛する軽空母「祥鳳」、重巡洋艦4隻他のMO攻略部隊らが編成された。

 そして、5月上旬MO作戦に参加する艦艇は珊瑚海に入った。約5ヶ月前の真珠湾攻撃では、航空基地への攻撃を任されることになった五航戦の攻撃隊だったが、今度は動く空母が相手になるということで『え物斬り』からの開放を航空兵らは喜んだという。


 この珊瑚海で、世界海戦史初の航空母艦同士の戦闘が行われることになる。この戦いは後世に「珊瑚海海戦」と呼ばれることになる。

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