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平吉、海軍入隊 長い苦難の日の始まり?

 場所は九州のとある炭鉱。炭鉱に近い場所に作られた炭鉱集落に、木曽平吉、文江の二人は住んでいた。

 現在の日本でこそ石炭採掘は、需要低下、高コスト、事故のリスクなどなどで衰退している。しかし、1936年(昭和11年)当時において石炭は、製鉄産業、石炭化学工業、蒸気機関など、需要の高いエネルギー源であった。

 しかし、当時の炭鉱は労働環境は劣悪であった。安全対策が悪く、小規模のものも入れると死傷事故の数は膨大であったという。

 師範学校を卒業したものの、教員になる当てを失った平吉は、このような職場をやむなく選んだのだ。



 平吉と文江の住まい。炭鉱集落の住宅で、文江は裁縫の内職をしていた。

 文江は足踏みミシンを使い、部屋で裁縫を続けていた。文江は、作業しながらブチブチとぼやいている。

「あ~、なんでウチがこんなことを~。ほんまじゃったら(本当だったら)、今頃ウチは、専業主婦として悠々自適な生活をしとるはずじゃのに~」

 炭鉱の仕事で得られる給与は、平吉が色々やった仕事の中では良い。だが、文江が遊んで暮らせるほどでもなく、こうして内職をしている。

 そこへ、近くの奥さんが来た。

「文江さ~ん、がんばってるかね? これ差し入れね、メザシ。旦那さんと一緒に食べてね」

「あ、本当にありがとうございます~」

 文江は礼を言って、メザシを受け取った。

 旦那と言われたのは、平吉のことだ。文江にとって平吉は、旦那でも主人でも夫でもない。現代の言葉でいうと同棲になるのだろうか。表札に書いてある姓が同じなのもあり、夫婦と思われているのだろう。毎回、否定するのもメンドーなので流すようになってしまった。

 この頃に、若い文江が旦那持ちと思われていたのは、いい虫除けなっていたのかもしれない。

 教員になった平吉と、即、結婚のつもりで上京したのだが、どう狂ったのか今は九州の炭鉱集落。文江は平吉にくっついてきてはいるものの、所帯を持つという件は棚上げ状態になっている。

(この生活やめるということは、田舎に帰って百姓の女房になるってことじゃし・・・)

 ハァ~・・、と文江は溜め息をついた。



 平吉は、疲労でふらつきながらツルハシを振るっていた。

「うぇ~、辛抱たまらんで~。終業時間まだかいや~」

 傍の古参の同僚は。

「しゃべると、もっと疲れるでぇ・・・」

「まぁ、そうなんじゃけど」

 そこで、同僚の若者が。

「その話しかた、あんた生まれはどこじゃね?」

「ん? わしは岡山じゃけど」

「そっか、なんか言葉が似とると思った。わしは広島じゃけん」

 郷里が近いということで、しばし平吉はこの若者と話をした。名は木村きむら章吉しょうきち、歳はまだ16なのだそうだ。

(俺より3つから若いんか・・、まぁ体格もええし、炭鉱の働きぶりでは俺はコイツには勝てんかなぁ)

 そんなことを平吉が思っていると。章吉は、もうすぐ炭鉱を辞めるようなことを言った。

それで、平吉は理由をたずねる。

「辞めるってなんでや? 俺よかいい体しとるのによ」

「ん、わしな、17になったら海軍に入ろう思っちょったんじゃ。もうすぐ志願兵に応募できる歳なんよ。わしゃ、小学校の頃から海軍に憧れとったんじゃ」

 見れば、章吉の目は輝いていた。

(そっかぁ~。海軍かぁ・・、夢破れたワシと違ぅて生き生きしとる)

 海軍なぁ・・・、と考えながらツルハシを振るう平吉。単に、若者の希望に満ちたところがうらやましいという事でもなかった。鉱夫仕事に疲れた平吉の頭に、野心にも似た感情が沸いてきた。



 文江は、内職のノルマをやっとここなし終えた。疲れていたが、これから家事をしなければいけない。

 すぐにでも”旦那”の平吉が帰ってくる。と、思っていたら、平吉が仕事から帰ってきた。

 帰ってきた平吉の目は、なにやら輝いていた。

「文江! わしな! 海軍を受けてみよう思うとるんじゃ!」

 文江はそれを聞いて、先程縫い終えた布を畳に叩きつけた。

 アンタ、何回仕事変わるつもりなんよ!、と怒気を込めて、文江は平吉をにらみつけた。



 それから、数ヵ月後。場所は、広島県の呉市。当時の呉は、日本海軍の拠点がおかれており、人口40万を越えて日本10大都市に数えられるほどの都市であった。

 海軍に入隊した平吉は、この呉にある海兵団という施設で訓練を受けることになる。

 平吉と、その同棲相手の文江は、この呉に下宿を借りた。ここで二人は同居と本来はそういうことなのだが、集団訓練が待っている平吉は、当面は海兵団に寝泊りということになる。

 海兵団に向かう身支度をした平吉を見送る文江。

「それじゃ行ってくるな」

「・・・・・」

「当分は帰ってこれんと思うけど、辛抱な」

「・・・・・」

 無言でムッとしている文江に平吉は。

「あの、なんか怒ってる?」

 文江は。

「帰ってくんなやー!!」

「うはっ!」

「今度、半端なことで辞めて帰ってきたら、さすがにウチも田舎に帰るよ!」

 仕事を転々とし過ぎだったのは、平吉も申し訳ないと思っていた。

「こ、今度は大丈夫! ここで俺は一人前になってみせるで!」

 平吉は、後が無いとの覚悟で、誓いをしたのであった。

 その平吉の後姿を見送って、文江は。

「これくらい言わないと、アイツ持たんじゃろ。海軍に入ったら、毎年国から家族に扶助金が出るんよ。”家族”のウチが大事に受け取ってあげるからねぇ」



 平吉ら新入りの水兵は、四等兵という最下級の待遇で、ここ海兵団にてまとめて訓練されることになる。船などに配属される前に、ここで、基本的なことを教え込まれるのである。

 くる日もくる日も訓練。平時の軍人には訓練が仕事なので、当然といえばそうなのであるのだが。

 訓練が終わった晩、就寝前。平吉ら四等兵にとって訓練と同様、いやそれ以上につらい時間が来た。

「総員~! 整列!!」

 新兵らの指導にあたる教班長の怒号が響く。平吉らは、急いで廊下に整列する。

 揃ったところで、その教班長、小島こじま一等兵曹は新入りらに訓告、というか説教を始めた。

「今日の訓練は何だァ! 貴様ら!! ぶったるんどるわァッ!!」

 平吉ら新入りは、内心、またかよ・・と思うのだが、当然態度に出すことは許されない。教班長は彼らにとって絶対な存在なのだ。

「今日みたいな態度で、まっとうな帝国海軍の軍人になれると思うておるのか! 気合を入れてやるわァ!! 前列回れ右ッ!」

 小島兵曹の命令で、前列が回れ右をする。前列の平吉は、後列の者と相対あいたいす。その相手は、炭鉱で同僚であった木村章吉であった。

(まさか、コイツとまた、こんな形で会うとはなぁ・・・)

 出身地で配属される海兵団は決まる。広島が郷里だと言っていた章吉と、またここで会うのもすごい偶然でもない。

「同僚ッ!修正ッ!!」

 小島兵曹の命で、前列の者が後列の者を殴り飛ばす。平吉は、章吉の頬を全力で殴った。

 同じように、今度は後列が前列を殴る。平吉は、今度は章吉に力いっぱいに殴られた。

(グッ!!! はぁ・・こたえるわぁ。でも、でも俺は耐えてみせる! 絶対に俺は、下士官になってやるんじゃあ!!)

 海軍のヒラ水兵達は、実務成績と試験の結果で昇進できる。それで下士官に昇進できれば任期が延びるなど希望も開ける。しかし、昇進できなければ志願兵でも5年ほどで除隊なのだ。

 この、同僚修正のあとも小島兵曹の説教は続いた。平吉達は、頬が焼けるようにジンジンと痛むのをこらえ、説教を聞いた。

 海軍では上官による体罰が公然と行われていた。これは、良識的な士官らによりたびたび問題視され、私刑禁止令が出された。しかし、その禁止令は、現場では数日しか守られなかったという。


モデルのじーちゃんは機関部にいたので、海兵団にいた時点で、水兵ではなく機関兵だったのかもしれません。

脚色、資料不足ということで、その辺は流してください。

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