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陸軍と海軍の開戦

 1941年(昭和16年)12月7日 夜。 この日、陸軍第41連隊を含む第5師団の主力は、合計11隻の輸送船に乗り、タイランド湾(タイ王国の首都バンコクに面する大きな湾)にいた。

 第41連隊の兵士である、苅田進一は自分が所属する小隊の面々と共に、兵員を輸送する輸送船に乗り込んでいる。


「いよいよですね・・」

 苅田は当番兵として、小隊長の後藤中尉の傍らにいた。自分自身の緊張もあり、後藤に話しかけた。

 いよいよというのは、明日のタイ王国への上陸作戦である。苅田自身はインドシナ進駐時にも作戦に参加したりはしたものの、実戦への参加は今回が初めて。言わば初陣ういじんである。

 タイ王国への上陸作戦は、タイ国軍との衝突は無いだろうと予測はされていた。しかし、それは日本側の予想でしかなく、事前にタイ王国への連絡、了承などは無い。場合によっては全面武力衝突もありえるのだ。

 たとえ、そのような事態になっても上陸した以上、もう後戻りはできない。目の前に現れたのが、何万という外国の大軍であろうと、苅田たち日本陸軍は戦うのみだ。

 部下の苅田から、いよいよだと言われた後藤はニッコリ笑ってみせた。

「ああ、何かわくわくするだろ?」

「ええ・・と」

 苅田は、爽やかとも言える表情の後藤の、その言葉に返答に困った。間違ってもわくわくするとか、興奮するなどという気持ちではない。上官にあわせた、同意の返答ができなかった。

「なぁんだ? 毎日毎日、陣地戦の演習。俺たちが銃の腕やら鍛えていたのは、戦いのためだろうが」

「ええ、まぁ・・・」

 あいまいな笑顔になってしまう苅田だった。

 実のところ、考えれば考えるほど、悪い想像ばかりしてしまう。

 戦闘が始まった瞬間に撃たれる自分。それでも、倒れた自分の屍を乗り越えて、戦友たちがかわりに銃を撃ち仇を討つ。ひとりの兵士が死んでもそれは無駄死にではなく、仲間達すべてが勝利を勝ち取る。それが軍隊。

 理屈では、そう考えるのだが。やはり自分の死というものは、到底受け入れられない。向き合えない。

「小隊長は怖くないんですか? その、本当の戦場に立つとか、悪くすれば死ぬ、とか」

 苅田は、恐怖をまぎらわしたくて後藤に質問した。理想的な上官の後藤が、理想的な答えをしてくれると期待したのもある。

「怖いに決まっているだろうがよ!」

 苅田は後藤が急に怒鳴っったので、驚き、そして恐縮した。

「古株の下士官らと違って俺は実戦経験が無いんだ。俺たちが支那に飛ばされなくて、本音では安心してた。このまま幸運を引き続けて、戦いが終わって、そして国に帰って・・。・・くそっ!」

 後藤は歯軋りをするような表情をしていたが、ヤレヤレというような表情に変わった。

「あ~、駄目だわ俺はよ。こんなんだから、曹長に折檻くらったりするわけだわ。今の誰かに聞かれてないよなぁ?」

 後藤はおどけて周りを見回した。苅田は大丈夫ですよと、表情で表した。

「なんか、俺は苅田には本音で話してしまう。歳が近いってだけでもないんだろうな。気が合うっていうか」

「私だって・・」

「ん?」

「元の職場の、設計係のデスクに戻るまで死ぬ気はありませんよ。靖国神社なんざまっぴらです」

 後藤は、満面の笑顔になった。先程に、『わくわくする』などとと言ったときよりいい笑顔だった。

「その意気だ!!」

 後藤は、苅田をポンと叩いた。


 明朝、12月8日午前4時。悪天候の中、苅田ら第41連隊は、シンゴラ(現地名シンクラー)に上陸した。上陸に対しては抵抗もなく成功した。

 タイ王国進駐と同時に、マレー半島南部(現マレーシア)にも日本陸軍が上陸した。後世に、マレー作戦と呼ばれるこの作戦には、3個師団を基幹とした大部隊が投入され、参加した将兵は、およそ35,000名になるとされる。



 1941年12月8日午前1時30分(日本時間)。ハワイの北、数百kmの洋上に、航空母艦「瑞鶴」らの日本海軍機動部隊が位置していた。第一次攻撃隊計183機が、航空母艦から発艦して真珠湾に向かった。

 真珠湾への攻撃は、一次と二次に分けられたが、これは当時の航空母艦が全ての艦載機を一度に発艦できなかったというのが理由である。

 航空母艦「瑞鶴」の零戦の搭乗員、木村章吉は第一次攻撃隊を艦上で見送った。自分自身は第二次攻撃隊に命じられたからである。

「しっかし圧巻でしたね~、木村先輩」

 僚機の搭乗員である後輩から声をかけられた。その後輩は、興奮していた。2百機近い大編隊の出撃など、誰も見たことがないのだ、当然だろう。そして、準備ができしだい自分達も第二次攻撃隊として、空に上がるのだ。

「俺も第一次攻撃に行きたかったですよ~」

「ああ、だが命令なんだ仕方ないだろうが」

 木村は、正論で後輩をたしなめるのだが、先陣の名誉を取られたようで自分も面白くない。

 木村は、まだ見ぬ敵地、真珠湾の様子を想像した。指揮官を除けば、飛行兵らはヒトカップ湾まで情報を与えられなかったのだから、想像で現地を考えるしかない。港に停泊する戦艦の群れ。飛行場に止まる航空機。そして、空に向けられた高射砲。いかな抵抗があるのだろうか? はたして攻撃は成功するのだろうか?

「しかし、覚悟はしとけよ」

「え? 何にです?」

 実戦経験者として木村の後輩に対する忠告は、キョトンとした顔で返された。仕方ない、完全に言葉足らずだったと木村は反省した。

「第一次攻撃隊は奇襲、いわゆる”ふいうち”でいけるかもしれない。だが、俺たち第二次攻撃隊は違う」

「・・・あっ!!」

 後輩は、重要なことに気付いた顔に。

「そう、俺たちの第二次攻撃は、絶対に強襲でやることになるんだ。その覚悟だよ」

 後輩はしばらく考えていたが。

「逆に、敵はあらかた撃破されてるんじゃないですかね~。それも悔しいですけどね~」

 木村は後輩の楽天さに笑った。

「まったく、貴様の性格がうらやましいぜ」

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