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「瑞鶴」竣工前にあわや?

 平吉と文江は、章吉らと別れたあと呉駅前に着いた。

 お互いが田舎にいた頃から、平吉は文江に好意を伝えてはいた。そのことがあったからこそ、今日こんにちまでつれそってきたようなことはあったのだが、今日の今日になって平吉のおもいは、文江に通じた。

 ずいぶんと回り道になってしまったのは、平吉が身を立てるために海軍入りするなどしたことが大きい。世の中が違っていたら、任期制の海軍兵よりも堅い職にいて、もっと早くに文江と夫婦になれていたかもしれないのだ。しかし、今の平吉は幸せだった。

「あ、あのさ。文江さん」

「な! なんじゃ、”文江さん”とか改まって! 気色悪いんじゃって!」

 平吉が話しかけると、文江は毒舌で返してきた。いつもの、今まで通りの文江さんだと思って平吉はうれしくなった。これも照れ隠しなのだろう。

「い、いや、聞いてくれ。俺が、二日かそこらで帰らなきゃいけんのも、大事な仕事があるからじゃ」

 真剣な顔の平吉を見て、文江は黙ってうなずいた。

「海軍は、今、日本に存在しないはずの船を造っている。それも一隻二隻じゃない。これは国民には知られてはいかん、いやこれは、同じ釜の飯を食ってる海軍の者にも言えんことじゃ。そして、それは女房が相手でも同じことじゃ。俺は、おそらくその船に乗って戦うことになると思う。どの船に乗っているか、それでどこにいるか、何をしたか、いつ母港に帰ってくるか・・。それは、妻になる文江さんにも言えないことになるんだよ」

 文江の顔を見ると、少し驚いた顔をしていた。

「だから、そのことは・・・。なんというか、理解してほしい」

「・・わかった。それが、平ちゃんの仕事じゃけ。しょうがないやん」

 文江は、笑って平吉の手を握った。平吉は、安堵し、自分の妻になる女の理解ある愛に感謝した。

 文江は、苦い表情にコロッと変わって言う。

「そんなことより、結婚するからといって、ウチは子供はすぐにはいらんからねぇ。そこは絶対条件で!」

 俺が説明したのは、”そんなこと”程度なのかよ!、と平吉は思った。



 季節は巡って、昭和16年夏。広島県 福山 陸軍歩兵第41連隊。

 苅田進一は、当番兵として後藤中尉の事務仕事を手伝っていた。苅田は、このたび上等兵候補者から正式に上等兵に選抜され、星3つの階級章を襟に付けていた。

 苅田は、入隊当初にイジメを受けていたこの自分が、正式に認められた証であるその階級章を、誇らしい気持ちと共に指でなでた。

「お、新しい階級章、やっぱうれしいみたいだな」

 後藤中尉は事務仕事をしながら、苅田のことを見て笑った。

「はっ、やはりうれしいです! 初めて自分が認められたみたいで。やはり、後藤中尉が自分を推薦してくれたんですか?」

 しかし、ムッとした顔で、後藤中尉は言う。

「おい、それ、俺がエコ贔屓をしたという意味で言ってんならマジで怒るぜ。俺は特定の部下を推薦したりしない」

 そうだったのか!?、と苅田は驚き、自分の発言が軽率であったことに気付いた。

「貴様は案外と体力もあるし、なによりもマジメだ。熱心ゆえに、射撃なども上達する。昇進は当然だ、誇れよ」

「は、ありがとうございます!」

 苅田は素直に喜んだ。

「ところで、初めて自分が認められたとみたいとか、言うとったけどそうなんか? 大学まで進んで、ええ企業に入って自信が無かったんか?」

「いえ・・、自分は親の伝手つてで就職して、会社でも先輩らに頼られないというか・・。自分の力ってやつが見えなかったんです」

「そっか・・・。俺も新米の頃は悩んだで・・。貴様とはけっこう違うけどな」

「小隊長もですか!?」

 苅田は、後藤中尉にも新人の頃の悩みがあったと聞き驚いた。苅田から見れば、後藤中尉は完全な人間に思えたのだ。

 後藤中尉は、フッ、と苦笑いをして。

「俺が新米小隊長のときに、教育役の曹長によ、さんざんビンタをもらったのよ。『星の数よりメシの数』ってやつよ。お前も、上等兵になったからって古参の一等兵をなめるなよ」

 これを聞いて、苅田はビックリしてしまった。曹長といえば、後藤ら将校より下級の存在ではあるが、十年選手ばかりである。苅田は、敬愛する後藤中尉の新人時代の苦労を想像し、そして自分の悩みがとてつもなく甘いものであった事を知った。



 昭和16年8月。川崎造船所で建造中であった、航空母艦「瑞鶴」はいよいよ海軍に引き渡されることになった。そのために、「瑞鶴」の母港となる呉まで回航するということになるのだが。

「神戸と呉、直線距離だと知れてるんだが。さすがに、瀬戸内海を航行してというのはまずいだろう」

「ええ、瀬戸内の島の間をぬうように航行するのは危険ですよ。大きな艦ですから」

「ああ、別の意味でも危険だな。人目にこの艦を触れさせるのはまずかろう」

 「瑞鶴」は秘匿兵器ということで、最短距離を通って呉に航行することは避けることになったのだが・・。


 木曽平吉三等兵曹は事業服に着替えて現場である機関室に入った。「瑞鶴」の機関部のことは仔細まで頭に叩き込んだつもりだ。機関に火の入った現場は、早くも砂漠のような熱気を帯びていた。

「あ~、この熱気、戦艦「日向」の機関部を思い出すで~。いや、全然慣れねえけどな」

 平吉が下士官になって、初めての部下となる者達が整列している。彼らの敬礼に、平吉も敬礼で答える。見知った顔が一人いた。海兵団の同期である中島だった。

「お、中島じゃないか。お前も来たんかよ」

 その中島一等兵はニッ、と笑って」

「ああ、海兵団卒業以来だな。よろしくな、木曽くん」

 平吉と中島は笑って握手した。海兵団の同期である同年兵は、互いに絆で結ばれていて、現場や階級が別れても団結したという。

「人前では、俺を”木曽兵曹”って呼ぶんだぞ。人前ではな・・」

 平吉は、新しい部下となる中島に耳打ちした。

「いいか! この艦は新造の艦だ、どういう故障や事故が起きるかわからん! そのつもりで細心の注意を払うんだよ! 一番大事なのは安全だからな! 忘れるな!」

 新米下士官の平吉は部下達を見て、檄を飛ばした。


 航空母艦「瑞鶴」は、神戸を出航して南下した。そして、徳島沖を通り室戸岬を回った。瀬戸内航路を嫌った軍の判断で、四国の南を大きく回って豊後水道に入り、呉に向かうということになったのである。

 しかし、室戸岬を回った頃、「瑞鶴」は台風に遭遇する。排水量25000t以上の「瑞鶴」は、この波浪につかまって30度近く傾いたという。

「なんじゃ!なんじゃ! なんで、外海に出てるわけじゃないのに、この艦が木の葉のように揺れてるんじゃー!!」

 瀬戸内海を航行すると考えていた、木曽ら下士官兵はこの波浪に文字通り翻弄された。

「木曽兵曹ーッ 浸水ですー!! 浸水が起きてますーっ!」

「待て! 俺が上に連絡する! 貴様らは指示あるまで、持ち場を離れるなーっ!」

 平吉は、部下が落ち着くように指示を飛ばすのだが、当の自分が動揺しているのに気がついた。心を落ち着けて機関部を出た平吉だが、大きい傾斜のために床の溶接機械が滑ってきて、自分に向かってきた。

 すんでのところで平吉はそれをかわして、ズドン!と、その溶接機械は壁にぶつかった。

「バッカやろう!! 死ぬところだったろうが! 責任者は誰じゃ!」

 責任者は・・? 俺か? いや、違うで。誰が、こんなことまで予想するかよ・・・。

 冷や汗をかいている平吉の足元を、浸水してきた海水が濡らす。そして、平吉は自分の役割を思い出し、歩き出した。「瑞鶴」の艦内は浸水をかき出すバケツリレーなどで大騒ぎになっていた。

 台風に翻弄された「瑞鶴」は、鹿児島の南まで流され、海軍首脳部をもあわてさせたという。その後、無事(?)に呉に回航を済ませた「瑞鶴」は艦体に異常もなく、呉で艤装に仕上げに入った。

 航空母艦「瑞鶴」昭和16年9月25日 呉海軍工廠にて竣工。

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