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許婚(?)との再会

この作品は、史実、実話をもとに脚色を加えた歴史小説です。

主人公など一部の登場人物にはモデルがいますが、全て故人です。したがって、禁止事項の”存命中の人物を題材にすること”にはあたりません。

上記のものも含め、全ての登場人物は架空のものであり、個人名も架空です。”日向の艦長は・・・”という史実の人物を特定可能な描写があっても、それは架空の人物です。ただし、当時に実在した団体の名前を使うことはあります。

歴史小説の性質として、作品の内容は史実と食い違いが多々あります。それは、作者の創作、誤解、資料不足によるものです。

 時は、1936年(昭和11年)。場所は帝都、東京のとある下町。

 木曽きそ平吉へいきち、は、4年前に岡山県から上京し、東京のとある水道屋で奉公人として働いていた。

 平吉は、農家の長男として産まれ、本来ならば跡取りとして、家と畑を守っているはずである。が、人の人生いろいろあるもので、幼いときに母を亡くした後に父の後妻、つまり継母ままははと全くうまくいかなかったのだ。

 理由はそれだけでは無かった、にせよ、平吉は15歳で小学校高等科を卒業すると、『もう戻ってこない』と言い残し、東京に出てきたのだ。

 水道屋で奉公しつつも、師範学校(教員養成を目的とした高等教育機関)の夜間に通った。師範学校を卒業すれば、東京などで教員になるつもりだった。そのはずだったのだが・・・。



 教員免許状、師範学校を卒業した証である。下宿していた自分の部屋で、平吉は、その免状を感慨深く見つめたあと、大事にしまった。すぐにというわけではないのだが、今のこの部屋を出て行かなければならないわけで、荷物の整理を進めていた。

 平吉が外に出ると、見知った顔の青年に出会った。その青年は、丸メガネを指でクイッとしながら笑顔を浮かべると、挨拶をした。

「やあ、木曽さん。もう、お別れだと聞いてね。まぁ、挨拶に来たんだが」

「ああ、苅田かんださん。そうだね・・、この町ともお別れだね」

 この青年の名は、苅田かんだ進一しんいち。近所に住む学生で、歳は22。今年、早稲田大学を卒業すると聞いた。働きながら夜間に通っていた辺りは、平吉と境遇が似ている人なのだが。

 余談になるが、早稲田、慶応が私立大学のトップとして名をはせるのは、戦後のことであり。この当時では、進一のような中等学校卒業者にとっては難関校でもなかった。進一は、就職難のこの時期に、大手の鉄工会社に就職を決めたようだ。


「平ちゃん!」

 二人が話をしていると、平吉を呼ぶ、若い女性の声がした。進一は、聞きなれぬ声に振り向くと、小柄な娘が大きな荷物を持って立っていた。

「おお! ふみちゃんか!ずいぶんと久しぶりだなぁ!」

 平吉は、その娘に懐かしそうに返事をしている

 進一が見ると、その娘は小学生ほどの身長だった。さすがに顔を見れば、子供ではなく年頃の娘だとわかるのだが。

(けっこう、キレイな人だなぁ・・・)

 鼻筋が通って色白なところに、進一は思わず見とれてしまった。文ちゃんと呼ばれていたその娘は、進一の視線に気付くと、向かって挨拶をする。

「あ、はじめまして! 私、木曽きそ文江ふみえといいます」

「あ、ああ、どうも」

 進一もペコリと頭を下げる。平吉と同じ苗字だから身内なのだろうと思った。そういえば、自分も東京に出てきて以来、田舎の身内とまるで会ってない。

 汽車という交通手段はあっても、田舎へ気軽に帰省などという時代でもなかったのだ。

 進一は、平吉に向かって言う。

「今晩は、一緒に鍋でも囲もうと思ったのですが、妹さんとの再会を邪魔しては悪いですかね」

 進一は、手に持っていた材料を見せて、言った。

 平吉は苦笑いすると、それに答える。

「こいつの身長だと妹に見られても仕方ないですかね。ちっさいですが、これでも文江は俺と同じ19です」

 その言葉に文江は。

「だーれが、ちっさいですか! アンタやって長身でもないやんかね!」

 確かに、平吉の身長は170cm程で長身でもないが、屈強な身体つきはしている。

 進一は苦笑しながら、侘びついでに文江の素性を聞く。

「し、失礼しました。それでは、こちらの方は・・?」

 平吉は、少し口ごもったが、その質問に答える。

「この子は、俺の許婚いいなずけです」

「ブッ・・!」

 進一は、その返答に文江が吹きだす声を聞いた。文江の顔を見ると、赤面して、恨めしそうな目で平吉の方を見ている。

 進一には、その表情が、『違うだろ!』の意味に思えた。



 その晩は、平吉の部屋で、文江と進一ら3人で鍋料理を食した。鍋といっても貧乏な身であり、肉などは入ってない。

「いや、同じ木曽姓なので、文江さんが身内の方かと思ってしまいました」

 と、進一は、文江のことを妹と見た件で、そう言う。それに対し、平吉は。

「いやいやいや、田舎ですから近所の名字が同じのばっかなんですよ。明治の時にテキトーに付けたんですかねー」

 進一も、それに同意した。

「ですかねー。考えたらウチの実家も周りは”苅田”が多いんでした。よその人に、苅田さんのお宅はどちらでしょう?、って問われても難しいんですわ」

 そんな、他愛もない話題で盛り上がった。進一は、実家の話題を出したことで、何年も帰ってない故郷はどうなっているだろうかと考えた。親父は商家の番頭で、跡取りの兄もいる。心配することなど何もないのだが。

「ところで、苅田さん。良く、この不景気に久穂田クホタ鉄工所に入れましたよねー」

 文江が、進一に就職の件で話を振ってきた。久穂田鉄工所とは、大阪に本社があり、農業機械などを手がける大きな会社だ。

「ええ、まあ」

 微妙な表情で、あいまいな返事をする進一。

「やっぱ、大学出ると違うんですかね」

 と、平吉。平吉自身は家の事情で、大学進学どころではなかった。だから、ついこんな事を言ってしまった。

 それに対し、進一は。

「久穂田に入れたのは、いわゆる伝手つて(コネ)なんですよ。でなきゃ、私なんぞがどうこうできませんでしたよ」

 進一は自嘲ぎみに笑った。久穂田鉄工所の創業者が、実家の近くの人なのだそうだ。口を聞いてくれた父親には、足を向けて寝られない気持ちだ。

 そんな苅田に、励ましの声をかけたのが文江だ。

「初対面の私が言うのもなんですが、”私なんぞが”ってのはいけません! 伝手でもなんでも、このご時勢に見つかった仕事なんですよ」

 進一はそれを聞いて、その通りだ、と思い直した。仕事は入ってからが大事なのだった。進一は、年下の文江に教えられた気持ちだった。キレイだと思った文江の顔が、なお、まぶしく見えた。



「それではご馳走様でした。木曽さん、婚約者の文江さんを大事にしてあげてください」

 進一は、平吉らに挨拶をすると別れた。

 進一は、故郷のことで話したのは久しぶりであったので、やはり懐かしく思い出す。しかし、これからも自分は、ほぼ帰省などしないのだろう。自分は次男坊だ。平吉のように良い人を見つけて、都会マチの人間にならなきゃな、と思った。

 しかし、進一の実家への帰省の件は、後に本物になる。このとき進一が想像もしなかった理由で。



「なんか、今度は、”婚約者”扱いになったやんか! アンタが最初に許婚とか言うからよね!」

 進一を見送ったあと、文江は怒った顔でそう言った。

「何が許婚よ! アンタが親を通じて私に求婚したってだけやんか!」

「そういうの許婚って言わんか?」

「言わんよ!」

 プイ、とむくれた文江。

「それなら、最初のときに否定すりゃええやんか」

「そ、それはそうなんじゃけど」

 許婚という響きが良くて、特に取り消しもしなかった文江だった。

 平吉は、あえて問うた。

「お前・・ううん、文江さんが俺を頼ってきて、こうして来たのも求婚の件があったからなんじゃないか?」

「うん、そうよ」

 文江が、それをあっさり認めたのは意外だった。でも、平吉はうれしかった。

 だが、文江は。

「アンタの求婚の話が無かったら、ウチはとっくに農家にとつがされてるんよ! 勘弁ってことなんですよ! それは!」

 これは、単に農作業が嫌ということでもない。昭和初期の大恐慌で、農家の経営は大打撃を受けた。深刻な問題だったのだ。

「私はもう19よ。東京に出たアンタに頼らないと、後がないんよ」

 ちょいと、理由が身勝手? いいや、そんな事はない。頼ってきてくれたのはすごくうれしい、と平吉は素直に思った。

 文江は少し笑顔になって、言う。

「アンタ・・、いや、平吉さんは、やっと師範学校卒業よねえ? 頑張ったよね。私も、平吉さんの教員生活を支える専業主婦として頑張るからね!」

 文江の、憧れの奥さん生活が、やっと本物になるのだ。

「いや・・、それがな・・・」

 平吉は口ごもったが、早めに言っておかなければいけない件がある。文江の期待と大きく係わっているからだ。

 文江は暗い表情の平吉に、不穏なものを感じて聞く。

「な、なんなの?」

「教員の仕事は・・、いやそれだけじゃなく色々と仕事探したが、どっこも見つからん。更に言うと、今の水道屋の奉公も仕事無くなってクビじゃ。親方は『残念だけど田舎に帰ってくれないか』、だってよ・・・」

 そう言って、文江の顔を見れば、ポカーンと呆然状態だった。

 歴史資料によれば、昭和大恐慌は、1933年(昭和8年)(現時点の3年前)に終息したとある。しかし、庶民の就職難は厳しいものがあったのだろう。

資料を集めながら、ゆっくり投稿します。

投稿ノルマは、一ヶ月に2回としています。

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