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EP.4 共鳴



シリーズ最多文字数です。


上手く纏めようとするとこんなになっちゃいました((汗





体中に魔力を巡らせ、大地を蹴りながら、荒れた大地を駆け抜ける。


踏みしめたアスファルトが爆ぜる程の力が体内を循環し、それを再び脚に集中させる。




目的の方角に近付くにつれ、私の身体が竦みあがり、得体の知れない恐怖感が芽生え始めた。



近付く程に感じられるのは膨大な量の魔力。



大気が歪み、渦巻くその奔流は日本にある唯一の術師専門部隊、日本軍特殊中隊に所属している私でさえ感じたことが無い程だ。


それ程の魔力の持ち主が何故、こんな場所に。


そう思う一方で、これが今回の騒動の原因なのでは?と、思う自分もいる。

ならば、ここでこの魔力の持ち主と衝突することは避けられない。


思うが早いか、私は部下たちに指示を飛ばしていく。


「浅霧は東から、上野は北から!私はこのまま直進します!3包囲からいきますよッ!」


「了解」

「わかりました」


返事と同時に2人は散開。自分も速度を緩めてタイミングを合わせる。


――だが、さっきから感じるこの胸騒ぎはなに?


周りに映る風景は、【赤獅子】のブレスによって燃え上がってしまっており、すすが舞い上がっている。


その凄惨な光景を見ながら自問自答してみるも、答えなど返ってくるはずもない。





そうこうしている内に、魔力の根源はかなり迫っているようだ。


『こちら、浅霧。いつでもいけます』


『同じく上野。指示を』


2人からの念話が届いた。


解の見えない問いは一先ず置いておくことにしよう。今は目の前のことに集中しなさい。


自分自身にそう言い聞かせ、走る速度を元に戻す。


「私が先に接触します。フォローを」


「「了解」」


再び地面が爆ぜる。

身体強化をフルに使ったこの速度により、すぐに目的地へと到着した。


到着したのは元は孤児院だったのだろうか。まだ少し柵の原型は留めてはいるが、建物は完全に燃え上がり、倒壊してしまっている。

一際火の廻りが早いことから、どうやらここが火の元らしい。


「突入しますッ!!」


念話越しに叫ぶと同時に駆け出す。

柵を飛び越え、園の中に。魔力の根源を探しに。


感覚が伝える情報を頼りに脚を動かす。

向かった先に見たもの、それは――――




「こ、子供!?」




――そこにいたのは、1人の子供だった。


黒髪の、幼い少年。おそらく4〜6ぐらいの歳だと思われる。


一瞬、我が目を疑った。

流れ出る魔力の中央に居るのが、こんな小さな子供だなどとは考えられない。



だが、悲しいことに現実はそうだと物語っている。



まだあどけない少年は、膝を付き、しかしその幼さにはそぐわない“それ”を見ていた。



「嘘……でしょ……?」


……【赤獅子】。

今回の被害を引き起こした元凶であり、私たちの殲滅対象。


それを、ただジッと見つめている。


普通なら今すぐにでも駆けつけ、あの少年を避難させるべきだろう。この状況は危険過ぎると、少年を諭してこの場から離れるべきだ。



――それも、【赤獅子】が生きていたらの話なのだが。


【赤獅子】はぐったりとその場に倒れ、その名前の由来である赤い鬣を自身の血で赤黒く染めていた。

腹から臓物が溢れ出し、目は飛び出て、前脚が一本千切れてしまっている。どう見ても屍と化しているのだ。この魔獣は。



その光景に息を飲んでいると、少年の方に動きがあった。


覚束ない足取りでトコトコと【赤獅子】に歩み寄る。一瞬見えたその横顔に生気は無く、変わりに別の物が浮かび上がっていた。






限りない狂気と、愉悦の表情。






少年が屍の元へ辿り着き、右手をそれへと向ける。


少年が何をしようとしているのか。一瞬、思考を巡らせたが直ぐに答えは現れた。





――グチャッ




「なッ――!?」


伸ばしたその右腕を屍の頭に添え、そのまま“握り潰した”のだ。


【赤獅子】は仮にもBランクの魔獣。子供が握って潰れるどころか、成人の魔術師だってそんなこと難しいだろう。少なくとも自分にはできない。





――グチャッ、グチャ、ブチッ、グチャッ




だが、それだけでは終わらない。伸ばされた2本の腕は、【赤獅子】の身体を握り潰していく。



その小さな掌で。


何回も。何回も何回も何回も。



「――――ははは……」



壊れた笑い声が、内臓が潰れる音に混じって聞こえてきた。

それは年相応のあどけない声などではなく、壊れた人間が発する狂った笑み。




「はははははは!!あはははははははッ!!」




――それはもう、狂気とかいうレベルではない。



また一瞬だけ見えた少年の目は、



完全に、狂った人間の目だった。




気が付けば怖気が身体を蝕んでいた。

心無しか、身体が小刻みに震えている。


恐怖。


自分はこんな小さな子供に恐怖を抱いていたのだ。

そんな自分自身に自己嫌悪し、同時に私は声をかけた。


「――ッ!!君ッ!!」


少年の動きがピタリと止まる。それを見て、どこか安心した自分がいる。


(よかった……まだ正気を失ってるわけじゃ――)


そこまで考えたときには既に自分の身体は地面には無かった。


「え――?」


見えるのは濁った空。


何故、空なんかが見えるのだろう。

私はさっきまで少年を――


そこまで来て、ようやく視界に少年が映る。しかし、違うことは少年がこちらを向いていることと、上下が反対だということだ。



視界に映った少年は、その前髪によって今度は目は見えない。


ただ、その口元だけは、




――少年の、その口元だけは、ニィイ、と、愉しげに歪められていた。



「カハッ!?」



突如背中に激痛が走る。

衝撃によって、詰め込まれていた肺の中の空気が全て吐き出された。咳込むよにうずくまりながら、しかし思考を止めることはしない。


どうやら、自分は宙に投げ飛ばされたらしい。方法は分からないが、あの少年がこの距離でそれを行ったというならば、いつまでもこの場でうずくまっている訳にはいかない。


結論が出るより速く、その場から跳び去る。


刹那――先程まで自分が居た場所に小さなクレーターが出来上がった。背筋に嫌な汗が流れる。


「隊長ッ!!」


突如、叫ばれるように浅霧が自分を呼ぶ。その場所は――少年の背後。


「浅霧!!止めなさいッ!!」


叫ぶも遅い。

浅霧は愛用の細剣(レインピア)を少年に目掛け、振りかぶった所だった。


誰もが少年の次の未来を予測できただろう。


だが、少年は振り返りもせず、その血にまみれた右腕を背後に向けた。



「なッ――!?」



ただそれだけ。にも関わらず、浅霧の横っ腹に猛烈な“何か”が衝突した。

衝撃で外壁までふっ飛ばされ、それだけに止まらず外壁までもが吹き飛ばされる。



だが、今ので少年が何をしたのか“見えた”。




「魔力を……操ってる?」




少年から噴き出す魔力。

先程見えたのは、浅霧の横腹目掛けて飛んでいく魔力の塊だった。


少年が行っているのはただ、自分の魔力を高密度に圧縮したりして相手へぶつけているだけだ。


それだけならば不可能なことではない。だが、補助武装も無しにそんなことが出来るか、と問われれば答えは否だ。


補助武装は本来、術師が持つ魔力を完全に制御できるようにするために開発された物だ。それが術式を組み込むことによって魔法を迅速に発動できるようになっただけに過ぎない。



補助武装が無い状況ではただ魔力を外部に発散、もしくは身体中に巡らせて身体強化を行ったりと、それぐらいが限界だ。

ましてや操るなど、私が知っている常識ではありえない。


そんなことを出来るのは極限られた実力者だけ。ましてや子供が行うなど、断じてありえない。



だが、一方ではそれを認めてしまっているのも確か。

【赤獅子】を“あんなに”してしまう子供ならば。


(ううん……今は考えちゃだめ)


頭を振って先程の考えを隅に追いやり、目の前の少年を見据える。


浅霧はまだ戻ってこない。

先程のダメージで気絶したか、まだ立てないのか。どちらにせよ、上野と2人でやるしか無いか。


「……ジェネレート」


呟くと光が収束。愛用の刀の補助武装が掌に収まった。


長年使い慣れてきたこの刀に、何度も行ってきた行為――魔力を注ぎ込んでいく。



【精神系統魔法:干渉糸】


刀身から何本もの極細の糸が放出されていく。

もはや視認すら難しいほどに細いこの糸ならば、放出される魔力を突き抜けて精神に直接干渉することができる。


そうすれば一時的に眠らせて落ち着かせればいい。


既にその後のプランまで考えており、もはや結果が裏切ることは無いかと思われた。



――バチィ!!



糸は、しかし魔力の壁を突き破ることはなかった。


「う、ウソ!?」


弾かれるとは思っていなかった。

精神系統魔法は自分の唯一絶対の力だと過信していたわけではない。ただ少し邁進していたようだ。


そのせいで、次の攻撃に反応できない。


少年は再びその小さな手をこちらへ向けて振り上げる。


――やられる。


そう思い、反射的に目を瞑った。




が、




「――ゴフッ」



呻き声が、瞼の向こう側から聞こえた。


(まさか、上野!?)


部下の姿が一瞬頭をよぎる。

最悪の未来を想像した私は、恐る恐る目を開けた。




そこに広がっていたのは血の水溜まり。

だが、その中央にいるのは上野では無い。ましてや、自分の部下の誰かでも、ない。



「ゴフッ!!ゲホッ!!」


そこで何度も吐血しているのは、先程から優勢だった、少年。

彼はその口から何度も血を吐き出させ、苦しそうに咳込んでいる。


「何が――――」


その先を続けようとする前に、それは起こった。




「あ、あああぁああぁぁあああああ!!!!」




少年の絶叫が轟く。

だが、その身体から噴き出すのは魔力ではなく――血。


汗腺という汗腺から血液が噴き出しているのだ。



「何よ……これッ!!」


「まさか、“転生継承”!?血液型か!?」


上野の言葉に、身体中が強張るのを感じる。


“転生継承の儀式”、噂で聞いたことがある。

伝説武器が現れるときに発現する儀式のようなもの。


それには3つのタイプがある。

“細胞系”、“痛覚系”、そして“血液系”。今回のケースがこれだ。身体中の血液を代償に、伝説武器を顕現させる。


それを頭の中で確認し、徐に念話を飛ばした。



「小野上!!直ぐこっちに来て!!それから陣条!!車持ってきなさい!!他の人間は現時点で空いてる者は撤収する!!」


『何かあったのか?』


「伝説武器保持者よ!!保持者が今“転生継承”を行ってるのッ!!」


『そいつわすげぇ!!小野上ちゃん、殺すなよ?』


『わ、わわわかってますよぉ!!』


陣条の堅い声音の後に、川淵と小野上のそこはかとなく呑気な声が返ってくる。


『んー、それより隊長?残りはどうするんですか?多分、後何匹か残ってると思うんですけど……』


「そんなのほっときなさい!!保持者だって言えば上も文句言わないわよ」


『……まあ、僕は楽できるならそれに越したことはないんですけど』


瞬間、佐々木との念話も途切れる。その間も少年の血は止まらない。



「悠希!!」



そんな時、第三者の声が響き渡った。

咄嗟に振り向くと、そこにはボロボロの、しかしどこか芯が強そうな少年が脚を引きずりながら立っている。


――その、左手に持った刀型の補助武装を杖代わりにして。



刹那、そこに合った少年が掻き消え、次の瞬間には刀を振り上げて肉薄していた。


「うわ!?」


「ちぃッ!!」


振り下ろされた斬撃をすんでのところで避ける。髪が数本持って行かれたがこの際仕方が無い。


だいぶこの少年も混乱しているらしい。漏れ出てくる心の波からそう推察する。


(こうなったら……)


再び干渉糸を刀身から飛ばす。

数10本もの極細の糸が少年を襲う。


荒ぶった心を静めるには、直接精神に干渉する干渉糸が手っ取り早い。ましてや子供ならば避けられるはず――――



だが、ここでまたも邁進していた。先程、通用しない相手を見ているにも関わらず。


迫り来る極細の糸は、しかし弾かれるように少年から避けていったのだから。


「え、ちょ、また!?」


驚愕に目を見開くも、少年は目の前。既に身体は硬直して動けない。


振り上がる刀。だが、それは私を斬りつけることなく、何者かによって受け止められていた。


「上野!!」


「無事ですか?なら下がっていてくださいッ!」


その手に持った剣型の補助武装で、上野は少年と鍔迫り合いを繰り広げる。


大人と子供。

見る方によってはどちらが勝つか明白だが、少年は決して油断のしていい相手ではない。


流れるような脚裁き、まるで何十年もの間磨き抜かれてきたかのようなその刀の振り方は、同じ刀を使う私から見ても圧巻の一言だった。

上野にしても去なすのが精一杯のようで、徐々に形勢は逆転していった。




――かのように思われた。


「ゴフッ!?」


突如、少年の口から大量の赤黒い物が吐き出される。


――――血だ。



刹那、少年の汗腺からも大量の血液が噴き出される。


「え、うそ、また!?」


「いったい……」


私の口から驚愕とも困惑ともわからない言葉が漏れる。それは上野も同じようで、口をパクパクさせて動揺していた。



「小野上ッ!!急いで!!全員、前言撤回よ!!何やっててもすぐ撤収する!!」


『もう全部片付けちまったよ、隊長さん。で、今度はいったいなんだ?』


「保持者が2人いたの!!つべこべ言わず来なさいッ!!」


『はあ!?そりゃなんの冗談だ!?』


『い、今向かってます!!』


『こっちも全部片付いた。直ぐ向かう』


『まったく……今日はいったい何のパーティー何でしょうね……』


佐々木の言うことはもっともだ。一体何が起こっている?


思案に耽っていると、2人の少年の血液は、意志を持ったように蠢きだす。


(これが、“転生継承の儀式”……気味が悪い)


だが、どう思おうが止めることは叶わない。

血液の蠢きは止まらず、やがて何かの陣のようなものを描き始めた。


「魔法陣?」


それは、補助武装が開発された現代ではほとんど見られなくなった、古代の人々が魔法を使うために用いられた――魔法陣。



だが、どこか違う。


そう感じさせる何かが、この陣にはある。



魔法陣は直ぐに完成した。と、同時に不気味な光を発し始める。

そこから大量の魔力の波動が流れ込みだした。



一定のリズムで……そう、2人とも一定のリズムで。



「まさか……共鳴している?」


上野の呟きは私の考えも代弁していた。


そんな事例は聞いたことがない。だが、そう思わずにはいられない。


まるで、互いに待ちわびたような……そんな印象を持たせるこの波動、いや鼓動か?

それが、この施設を、この街に響きわたっている。



やがて鼓動と鼓動との間隔が短くなっていく。

ゆっくりと穏やかなリズムが、速く激しく。



――ドクン、ドクンドクン、ドクンドクンドクン。



生まれたての胎児の鼓動のような音が鼓膜を刺激する。

間隔は徐々に狭まっていく。



――ドクンドクンドクンドクン、ドクンドクンドクンドクンドクン。



2つの鼓動は全く同時に重なり合い、やがて1つ、大きな音を上げ――



――――“ドクン”。



――突如として魔法陣が輝き出す。

咄嗟に目を瞑っていないと視覚をやられていたと思うほどの光量。



徐々に弱まっていく光。恐る恐る開いた先に見えたのは2人の少年の前に突き刺さった――伝説武器。



刀を持っていた少年の目の前には、同じく刀。だが、違うのはその影のように真っ黒な刀身と、そこから放たれる威圧感のようなもの。それが、倒れた少年の目の前に突き刺さっている。


もう1人の、幼い少年のは――



「えッ!?無い!?」



――そこには、少なくとも私が“見える”範囲には何も無かった。


辺りを見回すも、火災した、もしくは倒壊した建物しか見当たらない。



やがて、黒い刀は魔力がきれたのかその姿を薄め、完全に消え去った。もちろん、もう1人の少年にはそんなものどこにも見受けられない。


(――考えるのはあと!)


取り敢えずはそう結論付けることにしておく。


「ほら、小野上!!速くきなさい!!私1人じゃ無理よ!!それと陣条!!車無いと出血多量で死んじゃう!!」


『今向かってる』


『も、もう少しで着きますからまってください〜!!』


『はっはっは!!ほらほら小野上ちゃん、がんばれがんばれ!ケガ人が待ってるぜ』


『は、はいですぅ!!』


『賑やかですね、まったく』


そんなやりとりを頭の端で聞きながら、私は2人の子供に治癒魔法をかけていった。



















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