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EP.3 焦燥感



「さて、ここからは一葉姉さんに話してもらいます」


唐突にそう言って手を叩くと、全員が弾かれたように一葉へと視線を向ける。

その余りの真剣な瞳に、流石の彼女も気圧されたようで、今度は恨みがましい視線が俺へと向けられることになった。


だがそれも束の間。

これ以上この軍団を放置しておけば催促されることは目に見えている。なによりここまで真剣に話を聞こうとしている皆に対してそれでは余りにも失礼だと思ったのか。


(苦労人だな……いや、ほんと。……まあ、ほとんど苦労かけてんのは俺なんだけど)


だが、俺は別に困らせるために話を降ったわけではない。


(あのとき……俺はそれ以上覚えてなかったしな)


白状してしまえば、恥ずかしながらそれからの記憶が飛んでしまっているのだ。

それは年月をかけて忘れる類の物ではない。


“初めからそのときの記憶が飛んでしまっている”のだ。



諦めたように一つ溜め息をついて話し始める一葉に心の中で合掌する。


「じゃあ、私が覚えてる限りのことだけでも――」





☆☆☆☆☆





ガタガタと揺れる軍用車の中で、私は迫る戦場の気配に身を竦ませていた。


狭苦しい軍用車の中には、第1小隊の6名全員がどこか緊張した面持ちで座席に座っている。



今日が私――波風一葉の小隊長としての初任務である。

今回派遣されるのは北海道の東側に位置する小さな町。現在、確認されている目標は10体の【赤獅子】とよばれる魔獣であり、今回言い渡された任務はそれらの殲滅であった。


別にそれ自体はそう難しいことではない。

いくら今回の任務に出ているのが第1小隊だけとはいえ、訓練された彼らにとってランクBの魔獣程度では苦戦はすれど殲滅までに時間はかからないだろう。



では何故これだけ張り詰めたような緊張感が漂っているかと言うと、これには深い大人の事情が(実際には自分はまだ17歳なので大人の話かというと疑問かもしれないが)2つ程ある。


1つは偏に自分が原因なのだ。

いくら私が精神干渉系統の術師だからと言って、入隊後間もない、しかも小娘が第1小隊長という地位についているのだ。幾ら前任の小隊長がご高齢で引退したからといって、それでその役目が自分に押し付けられ、小隊員たちは動揺しきっているだろう。

それでも今のところ反発らしい反発が無いのは上下関係の厳しい軍だからか。それとも未だに困惑が抜けきっていないだけか。


どちらにせよ、いったいどこの誰がこんなことを言い出したのだろうか。少しは下のことも考えて貰いたい。


(まあ、無理よね。そんなの……)


そんなタイミングで来たのがこの殲滅任務である。こんなギクシャクした時期に降って沸いたように言い渡されたこの任務に緊張しない方がどうかしている。こんな状況では隊の連携はほぼ取れないだろう。



もう1つの理由は――――


(――住民を見捨てろですって?ふざけてるッ)


そう、上からの命令は単純明快。


『逃げ遅れた住民の保護は後回しにして魔獣の殲滅を優先せよ』


北海道の軍事支部が置かれている場所は、今回起こった場所からはあまり離れていない。

つまり、上の人間はこれ以上内陸部に魔獣を侵入させたくないのだ。自分たちの安全を確保したくて、周りの人間を犠牲にする。


分かり易い。ただ自分たちの命が惜しいだけ。


緊張と怒りが綯い交ぜになり、歯軋りがするほど強く歯を噛み締める。

それで何かが変わるわけでは無いのだが、それでも噛み締めずにはいられなかった。


「――着きました」


そんな中、無情にも運転手の女性が到着を知らせてくる。

全員の視線がこちらへと向けられ、その緊張感に怯みながらも言葉を紡ぐ。


「……降りましょう」





☆☆☆☆☆





「これは……」


――酷い。


この状況を一体どうやって表現するばいいのだろう。

地獄?惨状?壊滅?滅亡?

彼女の多くはない語彙量で挙げられるのはこれらぐらいだろうか。


そう呼ぶに相応しい程、この町は酷い有り様だった。


車が走るための道路は抉られたような爪痕が残り、電信柱が倒れ、民家も僅かな面影を残すだけで破壊の限りを尽くされている。所々から上がっている煙は【赤獅子】が吐いた“ブレス”による火災だろうか。


そして、犬が食い散らかしたように、時々見受けられる――――死体。


そこまで沢山の死体が広がっている訳ではない。寧ろ魔獣による被害にしては少ないと思う程だ。

ただ、少ないからといってこれぐらいならどうということも無いと思う程、私の心は冷酷に出来てはいない。



腕と足が引き千切られた男性、臓物がはみ出した老婆、頭が無い少年、上半身と下半身が分かれた少女。


歩きながら見られる光景に吐き気と怒りがこみ上げてくる。血と肉が焼けた臭いが鼻を突き、まるで被害者たちが助けてくれと必死に訴えかけているようで、思わず手で被ってしまう。


それもまた17歳の少女には仕方の無いこと。

軍人だからといって死体にはまだ慣れていないのだからこうなるのも必然と言えた。


「――隊長、指示を」


少しこの凄惨な光景に呑まれていると、運転手をしていた女性――浅霧愛香(あさぎり あいか)が呼び掛けてくる。

ハッと我に返って皆を見れば、多少の違いはあれど落ち着いた様子でこちらに視線を向けていた。


やはり、実戦経験豊富な小隊員とくらべ、自分はまだ自分は実力も経験も不足しているのではないだろうか?そんなことを頭の隅で考えながら指示を出していく。


陣条(じんじょう)川淵(かわぶち)はここから東を、佐々(ささき)小野上(このうえ)は西を捜索。目標を補足次第、殲滅してください。その際、必ず2人1組で行動すること。浅霧と上野(うえの)は――――」



――ゾクッ!!



そこまで言いかけて、背筋に寒気が走った。それは全員同じだったのだろう。皆、視線は先程感じた嫌な気配の方角――北へと向けられていた。


「――ッ!浅霧と上野は私と一緒に北へ!全員、無茶はしないことッ!何かあったら合図を放って!!」


早口で言い終える間も惜しんでそのまま北へ駆け出す。それに追走する形で、浅霧と20代後半の男性――上野が後を追う。


――何か嫌な予感がする。

そんな縁起でもないことを頭から追い出し、けれども不安が拭い去られることは無く、焦燥感に引かれるように徐々に速度を上げていった。












ひとまず本編から移転してきたものです。


これから随時更新していきます。

どうぞよろしくお願いします。

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