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EP.2 始まり



しばし呆然。

異様な沈黙に居心地の悪い思いをしているお……僕は、助けを求めるためにことの現況へと目を向けた。


こちらの視線に気がついた一歯は、ぐっと親指を立てて最高の笑顔を向けてくる。


(つまり、がんばれ、ってこと……ですか……)


俺……僕は……もう俺でいいや。俺はがっくりとうなだれて、無理だと思いながら自身の思いを口にした。


「……一葉姉さん。もう言葉遣い戻していいか――いいですか?いい加減疲れてきました……」


「駄目よ。これから話すんでしょ?なら昔のその言葉遣いでいなさい」


「……わかりました」


当然のように拒否。

諦めたように再びうなだれる俺は、大きな溜め息を吐いた。


「……ぷっ」


そこで、正気に戻ったライラが吹き出し始めた。


「ぶっははははは!ぼ、僕って、悠希が僕って!!ぎゃははははは!!」


「ぼ、僕……ふふ、あの悠希が……ふふふ」


「ゆ、悠希さんが僕……か、かわいい……!」


「な、なんか新鮮ですね。その、綾芽さんと同意見です……」


「右に同じぃ」


「わ、私も」


ライラの笑い声で正気に戻った全員が、各々の感想を述べ始める。最後のは良くわからんが、上から順に、ライラ、和彦、綾芽、遥、里香、セシル。


だが、そこで俺の中でブチっという音をたてて何かがキレた。


「……ライラ、早くその口を塞がないと口から出てはいけないものが出ますよ?」


「なんで俺だけ!?和彦も笑っただろ!!」


「……笑った?」


「ううん。笑ったのはライラだけだよ」


「あ、てめ和彦!!何逃げて、あ、ちょ、待って、そこはッ!イィヤアアアア!!」




その時の俺の顔は、張り付いたような笑みだったという。ただ、目だけは笑ってなかったらしいが。


その後、ライラの断末魔が屋上に響いたことは言うまでもない。








見事に沈黙したライラを確認した俺は、パンと手を叩いて場の空気を変える。


「さて、話しを始めようか。俺の過去に、何があったのか」




「悠希、口調」


「……はい」







☆☆☆☆☆






北海道にあった孤児院、俺たちはそこで暮らしていた孤児だった。

今までの話で俺の親について話さなかったのはそういうことだ。


俺が物心ついたころには既に孤児院に居て、兄さん――華瀬雅人の背中で隠れているような、そんな生活が行われていた。


幸い、孤児院のみんなは優しかった。それこそそこが本当の家族であったかのように。



ただ、そんな中でも俺と兄さんは本当の兄弟だった。だから、俺はいつも兄さんと一緒に居た。


臆病だったんだ。俺は。




あれは、丁度俺が5歳の頃だったろうか。



忘れもしない運命の日。




俺たちの居た孤児院が、焼け野原となった日のこと。





☆☆☆☆☆





「兄さん!」


「ん?どうした悠希?」


1人の少年が、その兄らしき少年の下へと駆け寄ってきていた。


兄の方は弟より頭1つ以上大きく、長めの黒髪を後ろで束ね、いつもは吊り目である瞳は弟を慈しむように優しげに細められており、頭を撫でている様子が弟思いのお兄ちゃんと言った風貌。

弟の方は、長めではあるが兄程ではなく、こちらも黒髪で黒目。しかし、その目は人懐っこそうな笑みを浮かべており、“お兄ちゃんっ子”であることは見ただけでわかる。


端から見れば仲のよい兄弟に見えるだろう。事実、2人が一緒にいない時間はほとんどと言っていいほど無い。


「あのね、これ!」


「ん?」


そう言うと、少年は背中から一枚の紙を差し出した。

兄は驚いたようにそれを受け取り、首を傾げる。


「これは?」


「僕と兄さん!」


再びそれに目を落とすと、そこに書かれていた物が朧気にわかった。


――それは2人の少年が手を繋いでいる絵。


その2人とは、兄の華瀬雅人と弟である悠希であった。


「そうか!上手くなったな!」


「えへへ」


本当に、俺の頭を撫でる兄さんの顔は本当に嬉しそうで、俺は確かにそのことが嬉しかった。



――しかし、そんな幸せも長くは続かなかった。






そんな幸せな光景を突き崩すようにけたたましいサイレン音が鳴り響いた。



「な、何!?」


「これは……まさか!!」

何か思い付いたように、兄さんが言ったその瞬間だった。


――オオォオオオォォオ!!



獣の遠吠えが街を揺るがした。


同時に、孤児院の周りに立てられた柵が吹き飛ばされる。


「うあ!?」


「悠希!!クッ……!」


その突風で虚を突かれた俺たちは揃って反対側の柵に叩きつけられた。


痛みに呻く俺を庇うように、咄嗟に兄さんは俺の前に立ちふさがる。


「なに……が……?」


恐る恐る目を開け、突風が起こった方向へと目をやる。


――そこには、燃えるような赤の鬣を持った獅子が悠然と立ちふさがっていた。


「魔……獣……!!」


後に【赤獅子(あかしし)】とわかるその魔獣は、俺たちを見るなり突如として吠え上がった。


――オオォオオオォォオ!!


鼓膜を突き破らんばかりの大音量に俺達は揃って耳を塞ぐ。


先程聞いた音と全く同じ声に、俺は恐怖に身体を震わせた。



当時は魔獣の動きが活発で、このようにどこかから現れた魔獣が民家を襲うと言う事例がときどきあった。

【赤獅子】はランクBの魔獣。大人でさえも手こずるその魔獣に、それを知らずともこの時の俺には恐怖の対象でしかなかった。


「ッ!!」


唐突、【赤獅子】がその大きな口を開いた。

その生え揃った鋭い牙を見せつけられて反射的にビクリと震える。


「ッ!?マズい、悠希!!」


慌ててたような兄さんの叫び声と共に、抱きかかえられてその場から離脱する。


――轟。


「え……?」


先程俺達が居た場所が、業火に燃やし尽くされ、消し炭と化していた。

火は、その端から一気に広がっていき、孤児院を包み込んでしまった。


「みんな!!」


「悠希!!」


兄さんの腕から離れた俺は、泣きじゃくりながら孤児院へと向かう。

後ろで兄さんが呼び止めようとするも、既に言葉は頭に入らなかった。


「先生!!みんな!!」


燃え盛る孤児院の中は、全てに火が燃え移り、これ以上進めないほど火が広がっていた。


「悠希君!?そこにいるの!?」


そんな中、聞き慣れた声が響き渡った。


「先生!!どこにいるの!?」


「私たちは大丈夫だから!!早く逃げなさい!!」


よく聞くと園の先生の他にも泣きじゃくる子供の声が聞こえてくる。



良かった。無事だった。



そう安堵した瞬間だった。


突如天井が崩壊した。


――きゃあああああああ!!!!


叫び声が、園内に児玉した。


「ッ!?先生!!みんな!!どうしたの!?」


必死に声をかけるも声は返ってこない。

そこまで来て、恐怖が脳内に行き渡った。


業火の中に、意を決して飛び込む。


熱さなど気にならなかった。

それよりも恐怖が勝っていたからだ。


園内を必死に走り回り、そうしてようやく見つけた。


「先……生……?」


いつも見慣れた、笑顔が素敵な先生がそこに居た。



――口と頭から血を流し、瞳孔が開ききった、息をしていないその姿で。



「あ……あ、あ……!」



周りを見渡せば子供たちの無惨な姿があちらこちらにある。


吐き気を催す光景。


その中に、知り合いがほぼ全て血の涙を流しながら息を引き取っていた。



「う、あ、あぁああぁああああああ!!!!」



そうして、溢れ出していく途轍もない“何か”。


その時の俺は、この“何か”の奔流に呑み込まれ、解き放つことしかできなかった。








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