EP.1 偽り無き素顔
激動のトーナメントを終え、数日後。
俺は第11高校の屋上へとやって来ていた。
ふらつく足に鞭打って、フェンスまで行かずに丁度扉とフェンスの中間地点で足を止める。
まだ身体が倦怠感はあるとはいえ、その程度で長々と入院するわけにもいかないので今日の朝に退院してきたのである。
なんの理由も無いが、なんとなく首を上へと向ける。
屋上から見る天気は雲一つ無い――とまでは言えないが、良く晴れた空だった。
だが、そんな天気でも今は夏真っ盛りな為に日差しが少々強い。しかし、屋上を吹き抜ける風が適度に体温を下げてくれているため、少し熱い程度までに中和されているように感じる。
ただ、俺がここへ来たのは気持ち良く日向ぼっぽをするためでも、ましてや空を見に来たわけでもない。
「――来たか」
突如、扉が錆び付いた音を立てながら開かれた。そこからやってきたのは紅葉、ライラ、和彦、桜、綾芽、遥、里香、セシルの8人。
「……レイは?」
来るはずだったもう1人が見当たらないことに、訝しく思って誰にというわけでもなく尋ねた。
「観客席で眠らされたのがよっぽどショックだったみたいね。寮にも戻ってないみたい」
「そうか……」
紅葉の返答に了解しながら、集まった全員を見回す。
皆一様に緊張した面もちでこちらの出方を窺っている。
だが、それを打ち破るように、また皆を代表するようにライラが口を開いた。
「で、こんなとこに呼び出して何の用だ?」
「ああ……」
そう。ここにいる全員、とレイを、俺が昨日メールでこの時間にここへ呼び出したのだ。
――全てを話すために。
けど、その前に
「昨日はすまなかった!!」
俺はそい言って頭を下げた。
「「「「「「…………へ?」」」」」」
俺は深々と頭を下げる。
予想だにしなかったことなのか、全員が意表を突かれたように呆けた声を発する。
一部を――紅葉とライラを除いて。
「――悠希」
「なん――ぐはッ!?」
呼ばれて顔を上げた瞬間、黒い影が俺の頬を抉っていた。吹っ飛ばされ、踏ん張るが体制を崩し、尻餅をつく。
それがライラの拳だと気付いたのは、頬がじんわり熱を持ち始めたころだった。
「――1発殴らせろ!!」
「殴ってから言うなバカ!!」
頬をさすりながら抗議する俺を無視し、スッキリしたとばかりに清々しい顔をするライラ。
少し、腫れるかもなこりゃ。
そう思いながら砂をはたいて立ち上がろうとすると、再び2撃目が入った。
そして先程と同じように殴り飛ばされる。
「いっつ……!て、紅葉か……」
殴り主を見上げ、乾いた笑いを零す。
「私の分を忘れてもらっちゃ困るわよ」
笑顔を貼り付けてはいるが、その目は少しも笑ってない。はっきり言おう、怖い。
心なしか、背後に阿修羅が浮かんでいるような……そんな錯覚(と思いたい)が起こるほど怖い。
「よし、じゃあ俺ももう1発――」
「黙れバカライラ!」
「ユウー、私ももう1発」
「あの、できればお手柔らかに……」
「おい!俺の時と反応違くねーか!?」
「気のせいだバーカ!」
言い争いが屋上中を児玉し、事態が全く収まる気がしない。
(カオスだ……)
最近、同じ様にことを思った気がしたが気のせいだろうか。
収拾がつかなくなり始めた頃、ここぞとばかりに声が響いた。
――俺たちの真上から。
「ほら、もうその辺にしときなさい!話が進まないでしょ!」
驚く全員が見上げると、そこには宙に座るような形で浮いている一葉の姿があった。
一体いつから居たのだろうか。全く気がつかなかった。
少し自信を無くしかけている俺。そんなことなどつゆ知らず、呆れたような溜め息とともに徐々に高度を下げていく。
間もなくして、両足が地面に着いてから一葉は口を開いた。
「悠希が謝るためにあなたたちをここに呼び出した訳じゃないってことはわかってるでしょ?」
「けどよ……」
「殴るなら聞いた後にしなさい」
「おい!かず――」
「紅葉もそれで良いわね?」
「……うん」
周りの意見を全て無視して、強引に場を纏める一葉。
学園長がこんなことをしていいのだろうか?
途中で聞き捨てならないことが聞こえたが、最終的にそれで紅葉が納得してしまったので何も言えなくなった。いや、だって怖いし。
諦めにも似た溜め息を吐く。自分がそんな立場に居るわけではないことは分かってはいるのだが、どうしても吐かずには居られなかった。
そうして、結局収拾した場を見回しながら俺は話し始める。
「改めて、自己紹介からしようか」
そう切り出すと、空気が張り詰めた気がした。
先のやり取りで緩んだ気を引き締める。
「俺は華瀬悠希。日本軍特殊中隊所属、第二小隊副隊長……といっても『元』がつくんだけどな」
そう言って自嘲気味に笑う。場の空気にそぐわない笑いを。
「称号やら2つ名は色々ある。“伝説武器保持者”、“暴君”、“武器庫”、“狂乱者”、“複数保持者”……」
淡々と告げられる言葉を、この場に居る全員が黙って聞き続ける。
1人だけ喋り続ける俺は些か場違いなような、そんな気がしなくもないが話をしなければ始まらないのだ。
「……お前たちには7年前の“英雄”、の方が分かり易いかもな」
自嘲、自嘲、自嘲。
言葉の裏に隠された自嘲の笑み。
――俺が、前へ進むためには話さなければならない。
「今日は、そんな“英雄”の――」
そこで一旦言葉を区切る。
――そう、英雄で犯罪者の。
「――いえ、“僕”の話をお話ししようかと」
「「「「「「…………は?」」」」」」
一葉を除いて、紅葉も桜も含めた全員がポカンと口を開く。
そこで、その一葉が「なるほど」と、ポンと手を打った。
「……ああ、悠希の素はこっちよ?」
「「「「「「「「え、えぇえええええ!?」」」」」」」」
一葉の補足説明に、全員一致で開いた口から驚愕の声が漏れ出した。
屋上に、奇声とも絶叫ともわからない叫び声が轟いた。