第7話 痛な情報屋(承)
朝のHRが終わり、1限の授業まで15分ほどの自由時間。俺は机の上に置いていた手紙を手に持ち、席を立ち上がる。そして、すぐに今日を出て、向かうはC組。
C組に用がある奴と言えば、俺には一人しかいない。C組の両端のドアのうち、俺のクラスのB組に近い方の引き戸を引いて、後ろの方に座って数人の男子生徒と談笑している男子生徒にアイコンタクトを送る。
……数票後、奴が気づく。一度首をかしげて、「俺?」と言わんばかりに自分で自分を指さした。こくり、と俺が迷わず頷くと、そのままやれやれ、と面倒そうに立ち上がって、俺のすぐ側にまでやって来る。
「……帰れ。じゃあ」
――そして、奴が一瞬で自分の席に戻ろうとする。ふざけんじゃねえよ、とYシャツの裾を思い切り掴んで行動を阻止。
「……何だよっ!?」
その少年は不機嫌そうに言った。現に、少年は不機嫌であった。男同士で付き合っているという噂が辺りに広まったこともあって、今はコイツと学校内で話すのも危険な状態なのだ。
人の噂も七十五日と言うが、七十五日はあまりにも長い。
極力近づかないようにしようと決めていた彼にとって、クラスが離れたのは実に都合が良かった。
それなのに、今目の前にいるコイツは、自分、小島祐樹に話しかけてきてしまっている。
ただ、コイツの表情は真剣そのもので、とりあえず話の一つだけは聞いてやろう、と耳を傾けたのだ。
コイツは、口を開いて言った。
「ちょっと付き合「断る」
じゃ、と俺に背中を見せ、手を振ってまた教室の方へ戻ろうとする。そうはさせまいとYシャツの裾を――
「どうでもいい要件なんだろ!? だったら放課後でもいいじゃねえか!」
はっきり言ってしまえば、ユウキの言葉通り放課後に話すのが俺にとっても一番ちょうどいい。しかし、今俺の抱えている悩みは、今すぐにでも相談しなければ後にとんでもないことにまで発展しかねないものなのだ。
だから、執念で食らいつく。
「まずいことが起きたんだよ! 付き合えって!」
食らいつく。食らいつく。あ、そういう意味じゃないよ?
「お前の言葉の方が既にまずいんだよ!」
分からねえのか! とユウキが俺に向かって怒鳴りつけてくる。俺の言葉がまずい? 言っている意味が分からない。
「いいから付き合えって!」「断る!」
「いいから!」「断る!」
コイツ……俺の話を何も聞かないで断ろうとしているな……? だったら……。
にやり。俺の自然と口元が歪むのが分かった。
「来いよ!」「断る!」
「セールスマンですが……?」「断る!」
「金くれ」「断る!」
面白っ! これで確定した。ユウキは、俺の話を聞かずにとりあえず「断る」と言っておけば何とかなるという外道な作戦を決行中である。
それなら――この手を使うことができる。「断る」、即ちそれは否定するということであり、「●●しないでくれ」に対して「断る」という言葉は、●●しないでくれ、ということを否定する、即ち、「●●したい」と捉えることが出来るのだ。
「俺と一緒に来ないんだろ?」「うん」
あ、そこはしっかり答えるんかィィィ!
心の中でシャウトする俺なのであった。
【相談】
「……相談?」
相変わらずむすっ、としたユウキ少年は聞き返す。
「単刀直入に言うぞ」
「ああ。さっさと言ってくれた方が助かる」
確かにそれは一理ある。ちょっとでもばさっと言ってしまえばショックが和らぐかもしれない。
「俺たち、もうそろそろ死ぬかもしれないんだ」
「……う、うわぁ……」
ユウキ、ドン引き。何で!?
「いや、そこ引くところじゃねえって! 死ぬんだぞ!?」
「へー」
ユウキ、超棒読み。だから何で!?
「お前、信じてないだろ」
「……い、いや? し……信じてる、ぜ?」
何か涙出てきた。悔しい。悲しい。でも男の子はこんなところで泣いちゃいけないんだ! と必死に溢れ出しそうになる涙を止める。
それにしても、悩みなどの相談に乗ってくれる人が、本当の友達なのではないだろうか。腐れ縁とは言え、付き合いは相当長いのに、ユウキはまるで俺の言葉を信じようとしない。
俺たちは、このあと死ぬ。確かに、そんなことを突然宣告されて信じる人はそう居ないかもしれない。
しかし、俺はこのあと死ぬことを知っている。だからこそ、それを伝えなければならない。こうなったら、ユウキには強いショックを与えることになるかもしれないが、信じてくれないのならやむを得ない。
「ユウキ、俺たちは死ぬんだよ」
俺は、これから死ぬであろうユウキに、あの手紙と写真を見せつけた。
……あ、死ぬ? あぁ、勿論死ぬよ? ……主に、社会的な意味で。
【相談(2)】
「先生! 俺たちもうすぐ死ぬんですよ!」
「……あーそうなの。じゃあ今すぐ病院に行ってきて下さい」
冷静な教師はそう言った。
「俺たちの傷は病院なんかじゃ治らないんですよ!」
ユウキの言葉通り、俺たちの「傷」は病院という場所では治らない。
「そ、それで先生に助けて貰いたいんです」
ユウキ一人の説得では通用しないと思い、俺も加戦する。
2限終わりの長い15分休み。1年生の廊下でのんびり、怠そうに歩いていた関さんを捕まえ、今に至る。
「片瀬……と、小島だったか?」「はい」「はい」
声を揃えて返事をする。
「お前たちにはもうすぐ死んでしまうほどの大きな傷があると」「はい」「そうです」
肯定する。
「そして、その傷は医者でも治せない、と」「はい」「はい」
もう一度頷く。
「……」
「……」
「……」
短い沈黙のあと、関さんが俺たちの肩に手を添えた。
「この度は、御愁傷様でした」
残念そうに、彼は俺たちの不幸を同情するかのように言う。
「いやいやいや! もっと悩んでくださいよ!」
文句をつけたのはユウキだ。
「医師の力でも治せないものを俺に治すことなんて出来ない。残念だが、あとは死を待つだけになるな。辛いだろうが現実を受け止めることも大事だと思うぞ」
「い、いや! 先生にしか出来ないことがまだあるんですよ!」
こんなところで諦める訳にはいかない。(社会的)に死ぬなんてごめんだ。
「な、なんだよ……?」
俺たちの威圧に関さんが怯む。このまま押し通して本当の要件を伝えることにする。
「俺たちの傷を治すために……新聞部の部長の場所を、教えて下さい!」
「し、新聞……部?」
関さんが不思議そうにおうむ返しに言葉を返す。
「はい、新聞部の部室です!」
「お願いです! 俺たちを救って下さい!」
きりっ、と自分を睨みつけている生徒二人。
「ぶ、部室の場所は――」
関さんは思っていた。
医師でも治せないコイツらの傷は、新聞部の場所を教えるだけで完治するという複雑怪奇なものだな、と。
【新聞部です】
今言うのもなんだが、我が校の新聞部は、結構歴史が長かったりする。その当時、文化部とは思えない入部希望者の数に驚いたこともあったらしく、相当な人気を持っていたと推測する。
しかし、文化部は文化部だった。野球やサッカー、バスケにバレーなどのスポーツの人気の波に押し流され、今では大分部員も少なくなってしまっている。そこで、まさに今、リアルタイムで新聞部の部長を務めている3年生の平岡信は、去年の3年進級前最後の部活会議でこう提案した。
「我が新聞部と写真部を、併合したい」
新聞の中で踊るのは、文字だけではない。記事内にある写真も、読者の興味を惹きつける力がある。元々部員の少なかった写真部と新聞部が力を合わせれば、生徒全員が心から楽しんでくれるような最強にして最高の新聞を創り上げることができる。
その考えは満場一致で可決し、今年度から新聞部と写真部は一つとなった。
何が言いたいかといえば、平岡信は写真部の部員たちなどの他人を思いやる、人望にあつい人物なのであった。
【やって来たんです】
「平岡先輩、入部希望者、来てくれますかね?」
心配そうに声を細めて、2年生の写真部の男子生徒が信に言った。信は、はははっ、と不安なしに高笑いしてみせた。
「大丈夫だよ。僕も色々と宣伝したり部活内のムードを盛り上げてきたつもりだからさ」
そう。部長となった信は、新入部員がこの部活に入部して楽しくやっていけるように、部活内に明るいムードを作らせた。そのことも宣伝用のポスターにしっかり書いたし、これで入部希望者が集まらないはずがない状態だ、と信は思っていた。
「そ、そうですよね。平岡先輩が言うんですし、信じていいんですよね!」
後輩の表情がぱぁぁ、と明るくなる。良かった……。自分は部長として信頼されているようだ。
「もちろんだよ。僕の言うことを信じるんだ。……信だけに!」
「先輩、そのフレーズ好きですよね」
一人の後輩が苦笑いすると、「あ、確かに!」と何人かの後輩たちは同じように声を揃えて言ったが、信は何のことを言っているのかを理解していなかった。
「とにかく、もうそろそろ可愛い1年生が部室まで足を運んできてくれるさ」
「楽しみですねっ」
「あぁ。実はもう目の前まで来ていて今入部希望者がやって来たらびっくりす」
言葉の途中、部室のドアががらがらっ、と音を立てて開いた。
「平岡ァァァァァ―――――!」
「「ギャァァァァァ!」」
怒り狂った男子生徒2人が、信の名を叫びながらやって来た。