第5話 これは授業ですか?
【歴史】
授業開始となった月曜日。高校に入学して初めての授業は――社会。つまりのところ、歴史である。最初から歴史を学ぶわけだから、きっと猿人だとか石器だとかそういう話から始まるんだろうな……
と、思っていた俺の予想は裏切られることとなる。
「今日は初めてなので、皆さんに歴史の人物をどれだけ知っているかを確かめてみようと思います」
社会化の先生はそう言った。そういえば、この高校の先生は男子教師と女子教師の比率的には6:4で男性の方が若干ながら多いらしい。ちょっと残念(ちなみに、この歴史担当の先生は男だった)。
「で、今さっき配ったプリントを見て下さい」
授業開始直後の先生の自己紹介のあとに配られたプリントが、生徒の机の上に置かれている。プリント、と言うよりは、
「真っ白な用紙、のようですね」
隣で三樹さんがそう言った。確かに、プリントと言われても何も書かれていない。印刷ミスか何かだろうか、と思っていたが、教師曰く、「白紙の紙を配布しましたが、まだ回ってきていないなどありますか?」と、やはりただの紙らしい。大きさはB4サイズと言ったところか。
これで「歴史の人物をどれだけ知っているか」という診断ができるのだろうか。
「それでは、今から先生の言う人物を絵で描いてみて下さい」
「「ええええぇっ!?」」
無茶ぶりだ。無茶ぶりすぎる。
歴史の人物の姿は、頭の中で思い浮かべることはできるが、それを高校生が絵にしろというのも無理があるんじゃないか?
「――まぁまぁ。下手でも勿論構いませんよ。オリエンテーションがてら、ちょっと楽しむことも大事ですよ」
まぁ確かに、普通に授業するよりは面白いかもしれない、と納得したクラスメートたちはそれぞれにシャープペンを手に握る。おっ、左利き発見。珍しいよなー。
「それでは、まずは織田信長を描いてみて下さい」
【偉人】
10分ほど経った頃だろうか、先生が「はい、そこまで」とタイムアップを告げた。
「描けましたか? それでは、隣の席の人と交換してみましょうか」
「げっ、交換すんのかよ!」
「私そんな上手く描けてないから笑わないでね~?」
「笑わない笑わない! あたしだって上手く描けていないんだから!」
と、それぞれの席で会話が弾む。高校の授業と言うものはもっと退屈で窓の外ばかりを眺めることを考えていたのだが、結構緩い部分もあるんだな、と改めて思った。
「三樹さん」と彼女の名を呼んで、彼女と俺のプリントを交換する。裏返しのままで交換するとのことで、まだ三樹さんの絵は見ることができない。
「三樹さんのことだから、きっと絵が上手なんだろうね」
「いえいえ、そんなことないですよぉ~」
苦笑して否定する三樹さん。でも、大抵「下手になっちゃった~」とか「えっ? 今日小テストあるのぉ? 勉強してなーい!」とか言う奴が居るが、そういう奴ほど大抵上手かったり、勉強が出来たりする。三樹さんもそのパターンなんだろうな。
「それでは、交換しましたか? お互いの絵を見て気づいたことを話し合ってみましょう」
「うおおお! うめええええ!」
「ぷっ、これ織田信長じゃねぇだろ絶対!」
「うっせえな! 中学の頃美術の成績良くなかったんだし仕方ねえだろ……」
おーい、段々と声が小さくなってきてるぞー? どんな絵になったんだろう。
「さーて、三樹さんの画力、拝見と行きますかな」
ぺらっ、と裏返しだったプリントをめくる。
そして、驚愕した。
「三樹さん三樹さん」
そして、三樹さんの名を呼んだ。彼女は「はい?」と不思議そうにこちらを振り向く。
「これは織田信長だよね?」
プリントを三樹さんに見えるように掲げながらそう言うと、彼女は「はいっ」と自信満々に答える。なるほど、これは織田信長。
「じゃあ、気づいた所を言い合うってことだし、言わせてもらってもいいかな?」
「ごめんなさい、やっぱり絵、下手でしたよね」
「いやいやいや、そういうことじゃないよ!?」
そこはお世辞でもなんでもない。三樹さんの絵は画力がかなり高い。
「ただ……ね?」
彼女の絵は、色々と不思議が多過ぎる。
その不思議を1つの文章に要約して、彼女に告げた。
「何でこの織田信長、筋肉質で半裸なの?」
【道徳】
2時間目は、英語の1年間このようにするから、と言った予定や、予習はこうしろだの、復習は大事だの、授業方針だの、宿題は毎週土曜日に出すだのというオリエンテーションを受けて終了し、3時間目。高校ではあまり無い道徳の授業。
道徳って中学までは大体どこでもあるけど、高校になると何故だかやらなくなるんだよなぁ……。俺は、この道徳の授業が決して嫌いではなかった。勿論大好きというわけでもない。
人と人との付き合い方や、社会人として生きていくためのマナーなど、そういう一般常識を学ぶ道徳は、数式などを立てて解く数学や、やたら難しく書かれた評論文を読んで問いに答える国語とは違った面白さがある。
つまり何が言いたいかと言えば、他の授業より楽なのである。なのである、という言葉を文章に使えば評論っぽくてカッコいいのである。ハマったのである。ごめんなさい。
「入学式の日に配布されたこの緑色の冊子ですが……」
と、先生は(またも男教師。何でだろう)、「個人日誌」という薄緑色のB4サイズの冊子を上に掲げてみせた。道徳ではこれを使うのか、と俺も机の上に置かれた先生が持っているものと同じ冊子を見る。
「道徳は週に1度しか授業がありませんから、毎週授業の最後にこの日誌を提出してもらいます」
って、道徳で宿題とかあるのかよ! 道徳らしい授業をしようぜ先生! と文句を言っても仕方ないので、その苦情は心の中だけにしておこう。
「宿題、と言うよりは悩み相談ですね。皆さんが日々日頃から抱えている悩みを書いてくれるだけで構いません。悩みが無ければ最近の出来事を日記のように書いてもいいですし」
なるほど。それは道徳らしい内容だな。ごめん先生、とこれも心の中で謝罪する。
「今回は授業の説明とこの記入だけを行いまして、正式な授業は来週からにしましょう」
と言って、後の残り時間は先生の忠告通り、授業方針などのオリエンテーション、そしてこの冊子の記入で終了となった。
授業終わり、チャイムが鳴る数分で、ノートを先生に提出する。俺は特に死ぬほど悩んでいることもないので、友達のことについて書いておくことにした。
「三樹さんは何か描いたの?」
「私なりにあることについて語り合おうと思いましてそれについて書いておきました」
「三樹さん、先生をあまり困らせちゃダメだよ?」
先生は男性愛についてどう思うんだろう、それはそれで楽しみな俺なのであった。
【個人日誌】
<片瀬文也の悩み>
僕には僕のことを頭の中で妄想して鼻血を出す子と、会う度に蹴りやパンチを食らわせてくる友達がいます。
<先生の返事>
それを友達と呼ぶ片瀬くんは凄いと思います。
<三樹華織の日誌>
唐突ですが、先生は「BL」についてご存知ですか? 少年愛を英語に置き換え、boys loveとした和製英語のことを言います。同性愛と言うのは、異性を愛する人と何一つ変わらない「恋」の一種であり、それを否定する人がよく居ますが、私はそうは想いません。そもそもBLの始まりは、とある雑誌で発表されたことから始まりまし (省略)
<先生の返事>
この日誌に15ページに渡る論文を書いてくれたのはあなたが初めてです。
<柏木 鈴の悩み>
書くのも恥ずかしいのですが、私は恋をしてしまいました。私のことを見て、見た目より性格の方が大切だと言ってくれた初めての異性で、とってもとっても嬉しかったです。私はその思いを彼に伝えられずにいます。いつかその思いを伝えてみたいです。
<先生の返事>
こういう一途な恋愛、先生は大好きです。柏木さんとは対象的に、最近は会う度に蹴りやパンチを仕掛けてくる危ない通り魔の様な生徒がこの学校に居るようなので気をつけて下さい。
【数学】
一番俺が教科の中で嫌いな数学の時間。しかも、その数学を担当する先生が、
「んま、今日はオリエンテーション的なやつだけやっから、適当に行くぞー」
お前数学教えられるのかよ! と誰もが思う関さんなのだ。で、ただでさえつまらない数学が、これでもか、これでもか、と言うほどつまらないもに変わってしまった。
そもそもこの教師、やる気というものがあるのだろうか。
「んじゃ、授業で必要なものを紹介す……」『♪~』
「!?」
関さんが話し始めたその時だった。どこからか、今の時間聞こえてきてはいけない着メロが聞こえてきた。
今は関さんが教えているとは言え、一応授業中。この学校では授業中に携帯を使っている、ということになると即没収で、酷いと半年そのまま携帯を返してくれないこともあるという。それはここに通っている生徒誰もが知っていることで、さすがに没収されるリスクを冒してまで授業中に携帯を使うなんていう行動に出る勇者は今まで誰も居なかったのだが……
今、この教室で、数学の授業中であるこの時間に、携帯は確かに鳴った。否、鳴っている。英語にすると「ing」が付く現在進行系だ。
そしてその携帯の持ち主であるが、まず俺ではない。電源は確実に朝のうちに切っていたし、没収されてしまうなんてもっての外。冗談じゃない。
『♪~』
授業が止まって、ざわざわとする教室。
「お、おい誰だよ……」
「まだ鳴り続けてるぞ……」
「今携帯止めたら携帯の電源入れてることがバレちまうからだろ?」
さすがの関さんでも携帯没収はま逃れないだろうな。ご臨終様、と一人合掌でもしておくこととする。
「あー……」
関さんが声を上げた。あーあ、完全に終わったな……とクラス全員が思ったであろう。
関さんが、自分のスーツのポケットに手を突っ込んで、
「悪い。マナーモードにしてたつもりがなってなかったみてえだわ」
彼のであろう携帯電話を取り出して、ピッ、と電源を切った。
携帯電話の電源が切れたのと同じように、
「「「アンタかよ!」」」
俺たちも、キレた。
片瀬文也の通う高校。
それは、教師までもが授業中に携帯電話を鳴らす、未知の領域。
次回からちょっとだけ長編に入るかもしれないです。
あくまで「かも」……なんですが。