第3話 春うらら
【朝から】
次の日、俺は百合ケ丘駅から学校に続く道をユウキと歩く。春の日差しはぽかぽかして気持ちいいな。今日もいい天気だ。
「そういえばお前、クラスで友達とかできたのかー?」
ユウキが言葉通り上の空状態で空を眺めながら棒読みで尋ねてくる。
俺は、その質問にうーん、と唸る。クラスの男子生徒とは色々と喋ったけど(主に誤解を解く為に)、友達と呼ぶまで仲良くなっていないような気がする。
「まぁ、友達になったのかなぁーって奴なら何人か」
ひとまず口を濁しておく。このくらい曖昧な答えが本当でもあるんだが。
「そうか……。おめでとう」
「よせよ……別に何にもおめでたくないし」
友達を作るなんて当たり前のことじゃないか。
「お前に――友達ができるなんて奇跡だもんな! ホント、おめでとう!」
うるうると目に涙を溜めて俺の肩をぽん、と叩いて笑うユウキ。
「え? 俺、お前の中でどんな扱い受けてんの?」
【友?】
「片瀬くん!」
「!」「?」
突然名を呼ばれて俺がびくつき、ユウキは聞き覚えのない声に不思議そうな表情を浮かべている。
「おはようございます、片瀬くんっ」
「お、おはよう、三樹さん」
今日の太陽よりも眩しい笑顔を俺たちに見せてくれているのは、俺のクラスメートであり、俺と席が隣同士の三樹さん。短い黒髪が、彼女の動きに合わせて揺れている。
「どうしたの?」
そういえば、朝会うのは初めてのような気がする。まだ入学して1日しか経っていないんだけどね。
「わざわざ早起きして片瀬くんたちを待っていたんですよぉ」
あ、可愛い。こんな感じに同級生に対して敬語を使ってくれる女の子っていいよね。こんなにも可愛い……のに。
「でもどうして俺なんかを……?」
「色々聞きたいことがありまして!」
ちょっ、顔近いよ三樹さん!
――とは声に出せず、俺は近づいてくる三樹さんの顔を前に怯むだけ。
よっぽど俺に聞きたいことがあるらしい。その表情は真剣だ。
「な、何かな?」
「今日はお二人で抱擁なさったんですか!?」
「三樹さん」
彼女の言葉から僅かコンマ1秒。俺は三樹さんの肩に手を置いて、彼女の名前を呼んだ。この子には教育が必要だ。朝っぱらの通学路で聞く質問じゃないってことを教えてあげるんだ。
「はい?」
と、首を傾げる三樹さん。どうやら俺の思いが伝わっていないようだ。君はきっと疲れているに違いない。
「あのっ、今から抱き合ってもらってもよろしいですか!?」
「よろしくないよっ!?」 何言ってんのこの子! それでも彼女は粘り強く食い下がる。
「一生のお願いですっ!」
一生のお願い使っちゃったよこの子! もっとよく考えて使おうよ!
「なーるほどぉ……」
後ろでにやにやと笑う腐れ縁。
「何だよ?」
「この子がお前の友達なんだろ!? いやー可愛い子見つけたよなーお前のくせに!」
「友達……」
何か最後褒められた気がしないが、それは置いておくとして、彼女と俺が友達、と言うのはどうだろうか。
一度ユウキに向けた視線を右隣で頭を下げている一人の女の子に戻す。
「友達、と言うよりは虐められているだけのような気がするよ……」
朝からはぁ、と重いため息が出るよ……。それでも無邪気そうに笑っている彼女を見ると文句が言えなくて……結局また、ため息をつくことの繰り返しな俺であった。
【目覚まし代わり】
まだ入学して1日しか経っていない高校生活2日目の学校は、半日で終了する。それも、午前中は係や委員会を決めるだけの簡単なHRだけなので、のんびりと席に座って外の景色でも眺めていればいい。
「……」
窓際ってこういうことができるから譲れないんだよな。それに、窓から見える景色をじーっと眺めていると、春っていいよなぁ……って思う。ぽかぽかな陽気を前にうとうとと眠くなってしまう。これに小鳥のさえずりなんていうBGMを流してくれるだけで、俺は簡単に眠りの世界に落ちてしまう気がする。
「……片瀬くんっ」
「……んー、どしたの三樹さん」
俺は、ぽけーっと彼女には視線を向けずに、机に肘をつけながら窓の外を眺めながら返事を返す。あーヤバい。本当に眠い。
「……私も、春は好きですよ」
「そうだねー……。暖いもんねー」
眠気が俺の目を閉じさせる。一応HRとは言え授業中なので眠る訳にはいかない。
誰か起こしてー、と言いたかったが、春の暖かさを前に口が開かない。ついには、誰か……俺の目を覚まさせてくれ……と心の中で願うだけに。
「片瀬くん」
「なぁに、三樹さん」
「片瀬くんとユウキさん、私の頭の中で全裸で抱き合ってます」
「ッ!」
一瞬で俺の目を覚まさせた彼女を、俺は天才だと思った。
【三樹さんさすがです】
学校も終わって、帰りの電車の中。昨日はユウキと二人で帰ったが、今日はそれに三樹さんが加わった。三樹さんも電車通学だったんだな。
「フミヤー……」
「なんだー……」
ユウキの気だるそうな声に返す俺の言葉も怠そうに響く。平日の昼の小田急線はそこまで混んでいないので座席に座れることもできたんだが、ユウキが「立って手すりに掴まって電車に乗ってると高校生! って感じがするだろ!?」なんていう案を出したので俺も三樹さんもそれに賛成してしまったわけだが。
「しりとりでもするかー……」
「ぶっ!?」
ユウキの言葉のあと、突然三樹さんが自分の鼻を両手で抑えて倒れ込んだ。
「ど、どうしたの!?」
「い、いや大丈夫です……ただ鼻血が出ただけですから」
でも倒れてるし全然大丈夫に見えないよ!
「大丈夫っ!? ユウキ、ティッシュ!」
「お、おうっ」
ユウキが肩から下に降ろしていた通学カバンのチャックを開けて、どこかの駅前で前に配っていたポケットティッシュを取り出して俺に渡す。
「三樹さん、とりあえず血を拭いた方がいいよ!」
「ありがとうございます……。でも、大丈夫です」
「そう? 無理はしないでね」
「無理なんかしてないです。本当ありがとうございます」
ポケットティッシュを3枚ほど取り出して、彼女はむくっ、と何事も無いように起き上がって鼻血をさっさと拭いていく。随分と手馴れてるな。
「三樹さん、よく鼻血出るの?」
「は、はい。お恥ずかしながら……」
俺の質問に答えるのが恥ずかしかったのか、三樹さんの声が随分と小さかった。
「恥ずかしがることないよ。しょうがないことだもんね」
「そうそう。何か体調とか悪いわけじゃないよな?」
「はい。ほら、妄想すると鼻血が出ちゃうことあるでしょ?」
「「ねーよ」」
【三樹さんさすがです(2)】
「さっきのお二人の言葉を聞いたらついつい妄想が膨らんでしまいましたっ」
てへっ、と舌を出す彼女は可愛らしかったが、ちょっとそれは女の子として色々まずいような気がする。それ以前に……
「俺たちの言葉って、そんな妄想して鼻血出すこと言ったっけ……?」
「いや、俺は特に何も……。え? どうして鼻血なんて出たんだ?」
ユウキは今日の朝三樹さんと知り合ってから、すっかり友達になったようで、今では「三樹」と呼び捨てするようになっていた。
ぼっ、と三樹さんの顔が恥ずかしさがオーバーフロー。真っ赤っかに赤面して、彼女はこう答えた。
「『しりとり』……なんて……興奮するでしょう?」
「「……いやいやいやいやいやいや」」
男二人が女の子を前に全力で首を横に振っている小田急線の電車は、次の駅目指して、減速することなく走り抜けていった。
親は「高校生は怖い人がいっぱいいる」と俺に言った。
拝啓、お母さんお父さん。
僕はあなたたちの「高校生は怖い」という忠告を笑い飛ばしましたね。
入学して1日が経って、僕は気づいたことがあります。
――高校生は、怖い人がいっぱいいます。
今回は少し短めになってしまいました。こんなグダグダな物語ですみません。基本はこんなギャグですが、時折シリアスを挟んでいきたいと考えています。