第2話 青春は楽しんだ者勝ち
【理想】
結局あのあと、各駅停車に乗り換え百合ケ丘駅まで向かい、そこから車の通る国道の歩道を小走りに、学校を目指した。
「着いた……」
はっ、はっ、と息が上がる。やっぱり菓子パンだけじゃカロリー不足だな。時間は既に午前9時を回っていて、もう完全に始業式には間に合わないだろう。
俺たちの入学するこの高校は、体育館、別校舎、本校舎、そして部活動などで合宿する宿泊施設の大きく分けて4つに分けられている。
――まぁ、今自分が通っている公立高校を想像してくれれば、ほとんどそれと変わらない施設である。
「へぇ……結構大きいんだな……」
公立試験を受けた時にも、当然ここを訪れていたのだが、俺もユウキはがっちがちに緊張していて、校舎なんてのんびりと眺めることが出来ていなかったから、今俺の目に映っているこの高校が初めてこんなに大きいことを知った。
「何か……俺の想像してた高校とは違うな……」
「違うって……何想像してたんだよ」
「いや――こう、お城、みたいな?」
「ホント何想像してたんだお前」
【迷子】
高校の校門を潜って、俺たち1年生の下駄箱前に移動する。下駄箱前で自分たちのクラスを確認し、ちょうど下駄箱で先生に会って遅刻したことを伝えると、始業式はもうすぐに終わるとのことなので、俺たちは、そのまま教室に移動するように、という先生の指示があった。
「俺はB組だな」
「フミヤはB組かぁ……俺、C組だったわ」
「クラス離れるの久しぶりじゃないか? 中学は全部同じクラスだったし」
そう。腐れ縁も腐れ縁。俺とユウキはクラスまで同じになることが多かったんだよな。ホント縁って不思議だよな、とつくづく思う。
「じゃあ教室に移動するか」
「そうだな」
下駄箱で靴を脱ぎ、まだピカピカの上履きに履き替える。きゅっ、きゅっ、と歩くたびに使い慣れていないことを実感させられる。
「さて……」
「……」
左、階段。直進、別校舎に移動。右、またも階段。
「……なぁ、ユウキ」
「……なんだ」
きょろきょろと辺りを見回す。
「……俺たちの教室……どこだ」
【●●するほど……】
10分ほどかけて、俺たちの教室は1年生用の下駄箱から左の階段を上り、2階にあることが判明。下駄箱は2年生用、3年生用とそれぞれ別れており、その下駄箱の近くの階段を上るとそれぞれの教室にたどり着くことができるそうだ。
――全部入学式で教わることだ、と先生は言った。
階段をせっせと上りながら、俺たちの会話が静かな校舎に響く。
「これでやっと教室に入れるんだな……」
ずるっ、と肩にかけていた通学カバンがずれ落ちる。それを直す力も残されていないほど俺の体は疲労していた。
今はとりあえず教室の席に座って休みたい。
「何かまだ入学初日なのにすっげー疲れたような気がする……」
ユウキの言葉に俺がジト目で答える。どうしてこんなことになったんだろう……と考えれば、結論は1つ。
「そもそもお前が急行なんかに乗らなかったらこんなことにはならなかったんだよ!」
「はぁ!? それこそ意味分からねえ! お前が寝坊したのが悪いんだろ!?」
「お前に朝会わなきゃ良かったんだよ!」
寝坊だけならまだ間に合ったかもしれなかったんだ!
既に2階に到着し、教室は目の前。だが俺たちは教室の前で立ち止まり、最初は愚痴を言い合うものだったのが、最終的にはこのような口喧嘩にまで発展してしまった。
【禁断の愛】
一方、その目の前の教室では、それぞれのクラスメートたちが、クラスでHRを受けていた。明日の予定だったり、授業の時間割、体育着の注文など、入学したな、という実感が湧いてくる内容だ。
「それじゃ、このプリントに書いてあることをよーく確認してくれ。じゃあ、休み時間っ!」
HRは20分ほどで終了し、担任教師たちが教室を出てから、入学して初めての休み時間を迎える。それぞれ読書を始める生徒がいたり、早くも友達を作ろうと隣の席の生徒と喋る人がいたりと、実に様々だ。
そんな休み時間も残り3分を切り、そろそろ席に着こうかなと生徒たちが動き出した頃。教室の外から、こんな声が聞こえてきた。
「そもそもお前が急行なんかに乗らなかったらこんなことにはならなかったんだよ!」
「はぁ!? それこそ意味分からねえ!」
その飛び交う怒号は、教室のいくつかの生徒がびくっ、と驚きその会話の内容に耳を傾けるほどの叫びだった。どうやら生徒同士が喧嘩しているようだ。
「お前が寝坊したのが悪いんだろ!?」
「お前に朝会わなきゃ良かったんだよ!」
なに、喧嘩? と最初は数人だけの噂だったのが、いつの間にかクラス中に広まっていた。誰が? なになに? と教室中がざわめき出した。
「てめぇ……いい度胸しているじゃねぇか……」
「それはお前だろ? ホントいい度胸だよお前は……」
おい、これまずいんじゃねぇの?
先生呼んだ方が――
やがて、教室中に不安の2文字が蔓延する。
「―この際だ。ずっと話したかったことがある」
「奇遇だな。俺もだ」
先生いないの?
いやいや、今出れないって!
「ちょっと――付き合えよ」
「……っ! ずりぃな、俺のセリフのはずなのに……。
――しゃあねえ。分かった。付き合うよ。お前の本当の気持ちも確かめたいしな」
「――今回だけは礼を言っておく。ここじゃ話しにくいし屋上まで来てくれ」
「「「え……!?」」」
高校入学1日目。男子生徒二人が正式なカップルになるという噂が1年生中に広まった。
【噂】
「はぁ……」
俺、片瀬文也は自分の教室の自分の席に座り、もう何度目か数えるのも嫌になる重いため息をついた。
結局ユウキとは屋上で争いに争った結果「今回はお互い悪かった」ということで無理矢理話を解決する羽目になったが、俺はまだその解決法に納得ができていない。
アイツとは元々話を着ける必要があったんだ! と、そのこみ上げて来る怒りを発散させようと、俺は自分の机に拳をぶつけた。
「おい……さっきの話、マジなのか……?」
「いや、さすがに冗談だろ……でも、ホントだったらヤバいよな……」
しかも、さっきからクラスメートの男子女子関係なしに俺をちらちらと見てはこそこそと小さな声で秘密話と来たものだ。遅刻したのがそんなに目立ったのか?
最悪だ……入学早々から皆に変だと思われてるのか……。
――自然とため息が漏れる。はぁ。
男子生徒に禁断の愛の告白をしたと思われていることを、片瀬文也はまだ知らない。
【まずはこれから】
HRで自己紹介をした。何も言うことを考えておらず、出席番号が「か」なので早く回ってきてしまい、結局、簡潔に済ませることにした。趣味は読書やゲーム、1年間よろしくお願いします、と在り来たりな挨拶にクラスメートたちは同情の拍手を送ってくれた。泣きたかった。
自己紹介の時間が終わると、担任教師が次に使うプリントを職員室に置き忘れたとのことなので、それを取りに行っている間、クラス内に休み時間と似たような雰囲気が漂う。皆随分と仲良くなったんだな。こそこそと噂話が絶えない。
こうなれば俺もぜひ隣の子と仲良くなるしか無いだろう!? ちらっ、と隣に視線を向けてみる。
「……あ」
なんと、目が合ってしまった。そこで隣の子が女の子だということに初めて気づく。えり首の辺りまで短くカットされた黒髪がよく似合う小柄な女の子だった。
ううむ……確かこの子のような髪型を「ボブ」って言うんだよな。初めてそれを聞いた時、外国人の名前かと思ったわ。それにしても俺がこの子を見たとき、すでに彼女は俺に視線を向けていたように見えたんだが……
さっきから俺をずっと見ていた → 俺に気がある → 俺も彼女を好きになる → 相思相愛 → ゴールイン!
俺始まったな。そうと決まれば善は急げの言葉に従って早速行動に移す。
「あっ、あのっ」
と、意外にも声を最初にかけてくれたのは彼女だった。やべえ、マジで俺に気があるんじゃねぇ!?
「ど、どうしたの……? 三樹さん……だっけ?」
自己紹介で彼女がそう名乗っていたのを思い出す。三樹 華織さん。それが彼女の名前だったような気がする。現に彼女がこくり、と頷いたのでそれで合っているはず。
「えっと、その、片瀬、くん? だよね?」
うん、と俺も頷く。
「あのね……私、片瀬くんのこと、ずっと気になってたの!」
「……え?」
顔を赤面させてそう言った三樹さんに唖然とする俺。俺、本当に始まったな。
【気になっていたこと】
「気になっていたって……俺のこと?」
念のためもう一度聞いてみると、はい、と三樹さんは頷いた。確かに頷いた。これは遠まわしに「告白」というものではなかろうか。
「その……片瀬くん、さっきまで友達と一緒に居なかった?」
「友達……あー、ユウキのことか」
「そ、そう! そのユウキくん!」
思った以上にユウキに食いついてきたな……。もしかしてユウキのことが好きとかそういうオチ? 片瀬くん、ユウキくんと友達なんでしょー? ユウキくん紹介してよー、とか頼まれるだけの為に話しかけたとかじゃねえだろうな……と、不安に襲われる。
(クソッ、アイツとはやっぱりさっき決着をつけておくべきだった……! 顔はいいからそこそこモテるんだよな……。これは何とかしないと……)
三樹さんは、すぅっ、と大きく息を吸って、俺にこう言った。
「片瀬くんとユウキくんって、付き合ってるんだよねっ!」
――早急に……この子を何とかしよう。
【新事実】
「ちょ、ちょっと三樹さん?」
「付き合ってるんだよねっ!?」
これじゃ付き合ってることが当たり前みたいじゃないか……。俺は純粋に女の子が好きなんだ! ユウキなんて恋人として認められる以前の問題だ。
「そうだなぁ……強いて言うなら『男の娘』が好きかな」
「……!?」
三樹さんだけじゃなく、教室中がざわめいている。……何で?
「わわわ、私っ! BLものに目がないんです! さっきの片瀬くんの会話を聞いて色々妄想してまし……」
「お願い三樹さん! もっとオブラートに包んで発言しよう!」
「あの発言プレイ感動しました!」
「三樹さん」
「へ?」
きょとんとした顔の三樹さん。
「君はもう、口を開かない方がいいよ」
君の口は、人(主に俺)を殺しかねない。
隣の席の子は俺に気があると言えばあったのだが、ベクトルの違う変態少女でしたとさ。
めでたし、めでたし。
って、何にもめでたくねぇよ!
自分の心の中で、そんな言葉のやり取りを交わしたところで、俺の高校生活は波乱の幕開けとなった。
※描写が上手くできていないですね。精進します。
【登場人物紹介】
三樹華織
文也の隣の席の女の子。髪型は短いボブで小柄。可愛いのだが実はBL好きという色々ヘビーな子。