第20話 あるあるすぎて困る話
【暇という動詞がある】
「――俺さ、今日外国人が俺たちに『ぺらぺらぺーら』しか話してこない夢見たんだよね」
「……へー」
「……ほー」
俺の言葉に耳を傾け、なんというか哀れみの表情でこちらを見てくる二人、祐樹と上田。
「な、なんだよ……。暇だから何か面白いことあったかって言ったから話してやったんだぞ?」
「つーか俺、人の夢の話って嫌いなんだけど。しかもその夢の話クッソつまんねえし」
「あー、それは祐樹に一理あるかもな。夢の話ってよく分かんねえんだよなー」
「なんつーの? ディズ●ーランドで隠れミッ●ーばっか探しててアトラクションに乗らない奴ぐらいムカつくね」
判断基準が分からねえよ。
「――っていうか! 今日GWだぞ! 高校生初めての長期連休だぞ!」
「……うん、知ってるけど?」
冷静に答える祐樹。上田もそれにこくりこくりと頷く。
「だったらなぁ!」
少し間合いを置いて、俺が机を叩きながら言う。
「――どうして男三人しか居ねぇんだよ! 女子はどうした、女子は!」
「いや、お前には柏木さんが居るじゃん」
「あ、それは外して」
あの子の力は女の子と呼ぶべきものじゃないからね。
「しかも、女連れてこいとか連れていく奴が居るんだったらこんなクソみたいな所にわざわざGWに来るかよ」
今クソって言った。クソって言ったよ今。ここ俺の部屋なんだよ?
ということで俺、祐樹、上田の三人はGW初日「暇だから」と5文字程度で説明できてしまうくらいの理由で俺の家に集まっている。
集まったはいいが、それぞれ「暇」である奴らが集まっても、結局は「暇」のままであり、先程の祐樹の発言した「おい文也、お前、何か面白いことねえの?」といったところに至る。
「はぁ。最悪な気分だな。GWなのに暇だし、文也の話は鼻で笑うのももったいないくらいつまらないし、上田はクズだし」
「んだと!?」
「ねえ何で俺もディスられてんの!? 俺クズって関係ないよね!?」
後ろで上田が何か言っているようだが気にしない方向で行こう。何やら祐樹にボロクソに言われているのも釈なので、ここは俺も少しばかり抵抗させてもらうことにする。
「じゃあ祐樹、お前もあるんだろ? 面白いこと」
「あぁ、もちろんあるとも。これは大爆笑もんだぜ?」
そこまでハードルを上げろとは言っていないが……そこまで言われるとやはり気になってしまう。
「なんだなんだ?」
興味を示した上田の目が光る。
「これだよこれ」
祐樹が言葉と動きがシンクロするように利き手の人差し指を動かす。その指は俺を指していた。
「……俺?」
俺自身、確認がてら自分で自分を指さしてみると、「あぁ」と祐樹がはっきりと首を縦に動かした。
「――面白いだろ、コイツの顔」
「ぶっ殺すぞ!」
【テーマ:ありがちな漫画の最終回のタイトル】
「第1回、古今東西ぃぃ!」
祐樹が突然声を張り上げて立ち上がる。
「……は?」
そして、そのテンションについて行けない俺と上田が同時に首を傾げた。
「なんだお前ら? 古今東西も知らないのか?」
「いや、それは知ってるけど……」
上田が俺の言葉を代弁して言う。
「古今東西ってあの、順番にお題に沿った答えを答えていくっていうあのゲームだろ?」
「あぁ、そうだ。ま、『山手線ゲーム』とも言われてるらしいけど、とりあえずそれをやろうと思う」
「お前、ホント突然どうでもいいことひらめくよな……」
幼なじみとしてそこは本当にどうにかして欲しい。
「まぁ暇なんだし仕方ねえって! じゃあお題! 『ありがちな漫画の最終回のタイトル』!」
「最終回!? 普通に漫画のタイトルとかじゃなくて!?」
「あぁ、なんかこうあるじゃん。最終回っぽいサブタイトル」
俺の言葉を適当そうに受け流す祐樹。
「じゃあ順番は俺、文也、上田の順番で。それは無いと思ったら『異議あり!』と途中で止めて審議していいってことで」
「ホント適当だなお前……」
そんな適当を生み出す暇が恐ろしい。何かこんな感じの前にも学校の放課後で無かったっけ?
「で、1周したらテーマ変えるから」
「いちいち変えんのかよ!?」
「よし、ってわけでスタートだ!」
俺の言葉を遮るかのごとく、ぱん! と短いスタッカートを刻んだ祐樹の一回の手拍子でゲームがスタートする。
「――その漫画のタイトル自体が最終回のサブタイトルになる」
「「ある!!」」
俺、上田が声を揃えて叫ぶ。
「だろ?」
祐樹が無邪気そうな笑いを見せる。
「ホントあるんだよなー。何ていうか、俺がもし漫画家になったなら絶対そうすると思う」
腕を交差させながらうんうん、と何度か頷きながら言う俺。
「大体最終回ってそういう風にしておけばカッコよく締まるしな」
そして、俺の言葉に付け足してくる上田の意見。
「じゃあ次は文也で」
「え? あ、そうか俺か……えっと……」
最終回にありそうな漫画のサブタイトルだろ……。最終回、最終回――
「ひ、『光へ――』?」
あ、これあるわ。絶対あるわこのタイトル。
「ぷっ」
「ぶっ」
「何で二人して吹き出すんだよ!」
「いや、だって何かこう、どこぞのバトル漫画だよっていう」
祐樹のその言葉の語尾に「www」と草むらが生えていそうな気がする。
「絶対今コイツ、『光へ』のあとに『――』のダッシュマークつけたよな!」
上田がどんどん、と拳を床に叩きつけて笑いを堪えつつ言った。
「ぶふっ」
「でっ、でもさっき祐樹、どこぞのバトル漫画だよとか言ってたし、これは成立だろ!?」
「ま、まぁ一応そうなるかな(笑)」
「(笑)ってなんだ(笑)って! ぶっ飛ばすぞお前! つーかお前が認めたんだからな、祐樹!」
「わーったわーった。じゃあ次、上田だな」
「お前、俺のことさんざん笑ったんだし、相当あるあるな最終回サブタイトルを言ってくれるんだろうなぁ……?」
俺が不良のように上田に眼を飛ばす。
「ま、任せろよ……。で、でもちょっと、ちょっとだけ考えせさせてくれ……」
と、俺と祐樹から離れて上田がシンキングタイムに入る。
「……」
「……」
それから数十秒。上田がにやりと気持ち悪い笑みを浮かべながらこちらを見ながら、「できたぞ!」と自信満々に宣言。
「お前ら絶対ひれ伏せさせてやっから覚悟しろ!」
はっはっはっ、豪快に笑う上田を尻目に、俺と祐樹が顔を近づけてひそひそと会話する。
「アイツ、絶対馬鹿なこと言うぞ」
これは祐樹。
「あぁ」
それに同意する俺。
「なんていうか、未来とか、未来って書いて『あした』とか読ませてきそうだぞ」
「いや、いくらなんでもそれは……」
「お、おいどうした?」
「いや! 何でもない! なぁ文也?」
「あぁ! どんなものが来るのかなぁ、と祐樹と相談してただけだし」
「まぁ聞かせてやっから安心しろって! じゃあ行くぞ! 俺の考えた漫画の最終回のサブタイトル――」
「……」
「……」
「――『未来』」
「そのまんまじゃねえか!」
さすがにそれは無いとお前を庇った俺に謝れ!
「えっ、えっ? いや、ただの『明日』じゃなくてね?」
「知ってるよ! 未来って書いて『あした』って読ませるんだろ!」
「な、なんで分かったの……?」
ダメだコイツ……。
【テーマ:個人的にこれはある、と思ったもの】
「ってことで次のテーマは『個人的にこれはある、と思ったもの』だ」
「え? それって前にやらなかったっけ?」
確かこれこそ前に学校の放課後で三人でやった――
「それはそれ。これはこれ」
あ、やっぱりそんな感じで返されちゃうんだ。
「あと、前回これ俺が完全に優勝したっぽいから今回俺不参加ってことでお前たちの意見があるのか無いのかチェックしてやる」
「しかもテーマ出した張本人が参加しねえのかよ!」
その発想はなかったよ!
「――ってことで順番は文也、上田ってことでスタート!」
「ちょっ、また勝手に順番ッ……!」
と抗議を言おうとは思うものの、またもどうせ適当に返されるだけで時間と労力の無駄であることを途中で悟り、渋々俺はその文句を唾と一緒に飲み込むのだった。
「えっと……あるある、なことだろ……えっと……」
前に祐樹は「セーブしたっけと不安になってゲームでもう一度セーブをしてしまう」とか何とか言っていたはず。そのように日常的にやってしまいそうなことを言えばいいんだから――
「『新しいノートは最初の数ページだけ丁寧に書く』」
「文也にしてなかなかあるあるなこと言うな。OK!」
審査員からOKの言葉を貰う。まったく嬉しくない。
「次、上田! この文也に勝つ言葉をぶちかましてやれ」
「任せろ。俺こういうの得意だから」
「「え?」」
「なんでそんな哀れみな目で見る!?」
「ん。まあいい続けて続けて」
祐樹が話を整理して今度こそ上田のターン。
「『トンネルに入っている間は息を止める』」
「――子供か!!」
「えぇぇっ!?」
「いや子供か! 何その高速道路使って行く小学校の社会科見学!?」
「だってやったろ!? お前たちも! バスの中で『トンネルの中はみんなで息を止めようぜ』とか!」
「やったけど今言うことでも……ま、まぁでもやってそうな人も多そうだし一応アリということでOKにするか……」
審査員渋々OKサイン。上田ガッツポーズ。なんだこれ。
「じゃ、戻って文也!」
「お、おう……ん――――……」
日常茶飯事なことと言えばたくさんあるんだけど、中々こういう所では思いつかないものだな……。
「どうしたのかなぁ、文也くぅん?」
何かにやにや挑発的に笑ってくる上田が目に映る。
「何でお前そんなに勝ち誇ってんだよ」
「んん? いや、別に」
うっぜぇ―――ッ! ドヤ顔のコイツだけには負けたくねえ! 俺がそう思い「あるあるなこと」を再び探り出す。
「それならコレでどうだ! 『本屋でブックカバーをいるかいらないかと聞かれていりもしないのにとりあえずいる、と答える』」
本当に個人的なことだとは思うがテーマはあくまで「個人的にあるあるなもの」であるからして、俺がいつもついやってしまうことを言ってみる。ちなみにレシートで代用可能。
「あ――確かにやっちゃうよなぁ……結局ああいうのって貰ったところで使わないんだよな俺」
審査員である祐樹が納得してくれている以上、これはOKということになるだろう。
案の定、「よし、OK」と直々の言葉を貰い、ここでもクリアとなる。しかしまったく嬉しくない。それでも上田には悔しい材料を与えられたことと思う。
「よし、俺だな……」
妙に張り切っている上田だが、コイツは大抵こういうところで空回りするタイプである。タチの悪いことに、本人がそのことに気づいていないのだが。
「『カッコイイ必殺技がテレビなどで出てきたらすかさずそれを練習する』ッ!」
「――子供か!!!」
「ええええええぇっ!?」
「いやさっきからお前は子供か! 何だその小学校中学年の発想は!」
「で、でもあるだろそういうの!」
上田がなおも抵抗する。
「あるよ!? でもそれって『あるある』ではないだろ!」
「はぁ? 意味分かんねーだろそれ! あるなら『あるある』じゃねえのか!」
「いいか? ある、というのは確かにあるということだが、『あるある』というのは本当にある、それはあるある。と何度も頷けることを言うんだぞ」
「うっ、それは確かに……」
意志弱ッ! そこ反論しねえのかよ。
「な、なら! 『先生のことを“お母さん”と呼――』」
「だから子供かッ!!!」
「えぇえええええええええッ!?」
「あるよ? あるんだよ? あっちゃうんだよそれ! でもそれ子供なの! 子供の頃の話なの!」
「ぐぐぐ……」
祐樹の説得にまだ少し納得できない様子の上田。
「コイツ、絶対小学生の頃『かめはめ波』の練習してたぞ……」
「確かに……」
今までの上田の発想上、それは十分にありえそうだ。
「う、うるせぇな……! べっ、別にいいだろ……かめはめ波の練習したって! いつかは出るかもしれないだろ!」
「……え?」
俺が言葉を失う。
「いや……え? マジ、なの?」
「ッ……」
上田が黙り込み、俺たちから視線をそらす。そして、
「も、もう今日は帰るぞ俺は! 何か馬鹿にされた気分になったし……。お、お前ら覚えとけよっ」
上田が自分の持ってきたショルダーバッグを肩にかけ、照れくささを隠すようにしてすたこらさっさと部屋を出ていった。
「まさかアイツ……」
祐樹がジト目になる。
「ああ……」
俺が小さく頷く。
「――実際してたんだろうな……かめはめ波の練習」
【子供のままでした】
その日の夜、俺の携帯電話が震えた。――着信であり、その着信の主と言えば、画面に「上田 従」の文字。とどのつまり、あの上田である。
「上田……?」
風呂から上がって部屋で窓を開けて涼んでいる最中で突然鳴った携帯電話。とりあえず窓を閉めて携帯電話の通話ボタンをプッシュする。
「な、なんだ……?」
「あっ、あのっ!」
突然、耳に届いたのは可愛らしいソプラノ声。上田がこんな可愛い声のはずもなく――相手は女の子ということになる。
「えっ、上田……? 上田の……携帯……え?」
そう。着信相手は「上田 従」なのだ。要するに上田の携帯を通して聞いたことのない女の子が俺に電話してきている。
「あっ、えっと……すみませんっ、私……おにい――う、上田 従の妹の……胡桃って言います」
「い、妹……? 上田の……」
「はいっ……」
そういえば上田に妹が居ると前に聞いたことがある。
(もしかしてその妹って――紅茶と間違えて青汁を出したっていうあの妹か……?)
実在していたんだな、上田の妹って。と、今はそんなことを考えている場合じゃない。まずはどうして俺に電話をしてきたのかを聞かなければ。
「その胡桃ちゃん? がどうして俺に電話を?」
「えっと、お兄ちゃんがいつも文也が文也が、とよく話をされるもので、それでお兄ちゃんの携帯電話の電話帳を見たら『片瀬文也』とあったのでこの人なのかな、と思って電話を……」
「ど、どうしてそんな……?」
まさか俺のことが気になったとか――
「そ、それが……お兄ちゃんが、何だか変になってしまってッ」
――やっぱりそんなことはあるはずもなく。
妹である胡桃ちゃんの声のボルテージが上がったのが電話越しでも分かった。
「変に?」
俺が言葉をおうむ返しする。
「は、はい。その、お風呂上がったから次に入って、と言いにお兄ちゃんの部屋に行ったんですけど……」
「お、お風呂……」
「へ?」
げっ、もしかして声に出てた!?
「あああああ! ごめん、何でもない! つ、続けて……下さい」
「それで、お兄ちゃんの部屋にノックして入ったんだけど……お兄ちゃん、なんだかおかしくて……さっきから私の声が届いていないみたいでっ」
「ど、どんな風におかしいの? アイツ、いつも大体おかしいから」
「その、何か叫んでいるようなんです」
なるほど。ついに狂ったか上田……合掌。
「それで、何て叫んでるのか分かる?」
俺が優しく問いかけてみると、胡桃ちゃんが、
「えっと……なんだか、『――かめ……』とかなんとか」
「『かめ』?」
「――『かめは……はぁぁぁ』とか、そんな感じで……そのっ、私どうしたらいいか分からなくて……」
胡桃ちゃんの声が不安定に、涙声に変わる。
「『かめ』『は……はぁぁぁ』……って……もしかして……」
何だかとんでもなく嫌な予感がする。そして同時に、とんでもない脱力感に襲われる。
「その、お兄ちゃんの声、聞かせてくれるかな?」
「は、はぁ……。じゃあ電話越しで聞こえるかどうか分かりませんけど……」
それから数秒沈黙が続いた後、突然、叫び声のようなものが聞こえてきた。
『かァァァめェェェェはァァァめェェェェ――――波ァァァァァッ!! かァァァァめェェェはァァァ――!』
マジかコイツ……。
「……胡桃ちゃん」
「はいっ?」
「その例のお兄ちゃんのことだけど……放っておいて大丈夫だと思うよ」
「えっ、で、でも……」
「大丈夫。俺たち、その叫び声に心当たりがあるから、一晩経てば自分にそんな必殺技出るわけ無かった、って諦めてくれると思うから」
「必殺……技?」
胡桃ちゃんが大分俺の話について行けていない様子。
「とにかく大丈夫だから、胡桃ちゃんは安心してていいよ!」
「は、はぁ……。それならいいんですが……」
「うん。胡桃ちゃんが心配することじゃないから。それじゃあね」
ぴっ、とボタンを押して通話を終了する。
俺は暑さを我慢できずに、再び窓を開ける。開けた途端から、さぁぁあ、と春と夏の混じった心地よい涼しげな風が吹く。
「……………………子供か」
ぼそっ、と上田に対しての俺の呟き声が風の音にかき消された。
――GW1日目が、更けていく。