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また会うたね。

作者: 原田楓香
掲載日:2026/08/23

『がんばりすぎずにほどほどに』

 これが私のモットーだ。

 もちろん、根が小心者なので、仕事の手を抜いたり、さぼったり、ええ加減なことをするわけじゃない。

 そこそこちゃんとしているつもりだ。

 

 よけいな残業はしない。でも、毎朝早めに出勤して、職場の清掃や環境整備を1人でする。これは、自分のためだ。スッキリと片付いた場所だと頭の中も整理されて、一日が気持ちよくスタートできる。

 職場には、掃除担当の人はいない。うちの職場が入っているビル全体のメンテナンスの人はいるが、各職場の中までは、彼らの担当じゃない。


 毎日、帰るときには、職場の隅にある流し台のところを、チェックする。

 三角コーナーにゴミはたまっていないか? 

 時々、残ったカップラーメンの汁や弁当の隅っこに入っているひじきの煮物をそのまま三角コーナーにぶちまけてほったらかすヤツがいる。これ、誰が始末すると思てるねん? と言いたくなるが、おそらく、本人はそんなことはなんも思っていないだろう。ただそこに、三角コーナーがあるから捨てる。それだけだ。

 ムカついたので、一度三角コーナーを取っ払ってやったら、そのまま排水溝にぶちまけたのか、排水溝が詰まって、流し台に水がたまっていた。


(このやろう!)私は心の中で怒った。直接言っても、何も変わらないことを知っている。でも、言いたくなる。

(食え! 麺をただの一筋も残さず、食え! 小さなネギの切れ端も全てすくい上げて、食え! )

 排水溝を掃除しながら、心の中でつぶやく。

(っていうか、残った汁も全て飲め! 汁マニアファミリーを見習え! 汁ごと飲み干せ! ひじきがキライなら、ひじきの入ってない弁当を買え!)


 その日は、幸い三角コーナーも流し台も無事だった。昼に掃除したあと、誰も、汚さなかったようだ。よしよし。ただ、ここで油断はできない。明日の朝には、おそらく、今日残業したヤツのうち誰かが、必ずや、ラーメンの残りを流す。予想ではなく確信だ。


 こんなふうにムカつくことはあるけれど、それなりに仕事は気に入っているし、定時で帰れるので心にも少しばかりの余裕がある。そのおかげで、私は毎日本屋さんに寄って、棚を眺めるのがほとんど趣味のようになっている。推しの載っている雑誌をあれこれ見比べて時には買って帰る。

 これが、私にとっての優雅な暮らしだ。


 本屋は、自宅の最寄り駅の商店街の中程にあり、ほぼ毎日立ち寄るので、入ったばかりのバイトの子よりも、私はその店の棚を熟知している。

 カウンターでお客さんに本の所在を尋ねられてあわてるバイトの子に、横から、「その本なら、まだ売れていなければ、向こうの壁際の左端の棚の上から三段目の真ん中辺にあります」などと口を挟んだことも、一度や二度ではない。バイトの子がそれを助かるわ、と思ったかどうかは知らない。たぶん、むしろうっとうしいと思われているかもしれない。

 

 でも。

 今日の私は、本屋に着く手前で、新しい店を発見してしまった。

 昨日まで、そこはシャッターがしまっていたから、新しい店には違いないのだが、見た目は、もう何十年も前からそこにあるような、落ち着いた雰囲気を漂わせている。新しい店にありがちな、祝!開店!みたいなカードをつけた花輪とかもない。

 ただ穏やかに前からそこにあった気配を漂わせている。


 駅前のアーケードのある商店街は、ポツポツとシャッターが閉まっているところもあるけれど、それでも、地方の小さな駅前商店街にしてはすごく健闘している方だと思う。

 八百屋、果物屋、魚屋、肉屋、花屋、鮨屋、布団屋、服屋、パン屋、喫茶店、電気屋など、ひととおり、日常に必要そうな店が並んでいる。その商店街の真ん中当たりに、本屋はある。

 そして、私が見つけた新しい店は、本屋から2軒ほど駅寄りだ。


 アンティーク雑貨の店“未来”。看板にはそう書いてある。

 アンティークなのに、未来? ちょっと不思議な気がして、重厚な木製の扉を押し開ける。

 見た目と違い、意外に扉は軽かった。

 ころんころん、と可愛らしい鈴の音が響く。見ると、ドアの上部に小さな鈴がつるされている。


 アンティークショップなんて、今まで私の行動範囲にはなかった。もしあったとしても、アンティークなんてお値段が高そうで、自分には無縁だと思っていたのだが、なんとなく雰囲気が落ち着いたカフェのようで、いいなと思ったのだ。上手くすれば、寄り道先が一軒増えるかも。

 

 店内には、様々なもの――小さなチェストやシェードがおしゃれなランプ、書き物机、のような家具もあったが、他には、小さな手鏡や、写真立て、アクセサリー、壁掛け時計、置き時計、傘立て、ジュエリーボックス、などいろいろある。

 どれもちょっとおしゃれで、それらを置いたら部屋が外国のような雰囲気を醸し出しそう。いいかも。

 値段を見ると、そんなに高くはない。

 前に見かけたアンティークの照明器具が5000円台かと思っていたら、値札の0を1つ見落としていた、なんてこともあるので気をつけて見ていたが、この店は比較的お手頃価格のものを集めているようだ。

 ぼんやり眺めていると、ふと、白い木製のフレームの写真立てが目に入った。左右に写真を入れることができて、開いた本のようにして立てて飾ることもできるし、閉じると、その表側にも写真を入れられるようになっている。大きさも値段も手頃だ。


 私は部屋のテレビ台の横に、大好きな推しの写真を入れた写真立てを置いている。それは、100円ショップで買ったものだ。でも、このフレームにツタのような植物の彫り物が施された写真立てなら、きっときっと推しの写真はいっそう見栄えがすることだろう。

 値段も、2000円でおつりが来る。これなら、十分私でも手が出る範囲だ。

 しかも3カ所も写真を入れるところがある。いいかも。


(買おう)

 298円のカップアイスと398円のカップアイスのどちらを買うのか迷ったあげく、どちらも買わずに帰ってしまう私だが、4桁を超えると、途端に判断力が鈍る。コスパ、という言葉より先に、ほしいかどうかが優先されてしまいがちだ。


 奥のカウンターに、その写真立てを持って行くと、店主らしい女性が、にっこり笑って、

「お買い上げありがとうございます。お目が高いですね」そう言った。

「はあ。どうも。3枚も入るので、いいなあと思って」私が応えると、彼女は、

「見開きの右側には、ご自分のお写真を入れて飾られるのがおすすめです」と言った。

「ええ~。そんな自分の写真なんて……毎朝鏡で見るだけで十分ですよ。飾るほどじゃないですもん……」

 私は苦笑いする。

 自分の部屋に自分の写真を飾っている人なんて、韓国ドラマの中の芸能人しか見たことがない。

「いえ。そうおっしゃらず。ぜひ、ご自分の写りのいい写真を右側に入れてみてくださいね」

「なんで右なんです?」

「さあ? でも、右って聞いているので」

「はあ……」

 なんだかよくわからない。

 ともかく私はお金を払って、写真立てを受け取った。


 帰りかけたところで、店の女性が、言った。

「あ。ごめんなさい。今日オープンしたばかりなので、オープン記念にもう一つ何かお付けすることになってるんですが」

「え、あ、そうなんですね。開店おめでとうございます」

 私もあわてて言う。

「ありがとうございます。こちらの3点の中のどれかお一つを選んでください」

「え。いいんですか」

 オマケは嬉しい。タダほど高いものはない、という言葉は知っているが、ちゃんと買い物をした上でもらうオマケならいいだろう。

 彼女がカウンターに並べたのは、小さな扉のついた縦長の鏡、革製のキーホルダー、懐中時計だった。

 鏡は、スマホくらいの大きさで、扉を閉めておくと、扉の形の置物みたいだ。

 部屋のチェストの上に置いても可愛いかもしれない。木製の扉とフレームには上品な桜色が塗られ、小さなドアノブもついている。そのノブを持って、そっと扉を開けると中は鏡になっているのだ。

 どこでもドアっぽいと一瞬思うが、そんなことは関係なしにすごく可愛い。


「これにします」

 そう言うと、またもや彼女は、「お目が高い」と言い、「さっきの写真立てと上手く組み合わせて使うといいですね」と付け加えた。

「はあ……そうですね。並べておいてもいいですね」

 私は適当に応える。


 彼女は、写真立ての入っている紙袋に鏡を入れて、私にあらためて渡してくれた。

「ありがとうございました」

「ありがとうございます……」

 

 不思議な気持ちのまま、帰宅した私は、本屋に寄るのを忘れていた。

 

 風呂に入って、スッキリしたところで、写真立てを袋から取り出した。

 今からじっくり、写真立てに入れる写真を選ぼう。

 飾りたい写真はそれこそ山ほどある。スマホの中にも入っているが、やはり、ぱっと目に入るところに飾っておきたい。

 うちの職場では、デスクに、アイドルやボーイズグループの写真を堂々と飾っている人もけっこう多い。でも、私は、なんとなく気恥ずかしくて、職場ではあまり推しの話もしないし、写真も飾らない。

 部屋の中の、このテレビ台横のスペースが私の大事な聖域だ。推しのうちわやペンライトを飾ることもあるが、レギュラーは、100円ショップの白い写真立てだ。

 いや、今日からは違う。この新しい(いやアンティークだから、古い?)写真立てがそれに取って代わるのだ。


 さあ。どうしよう。この前雑誌に載っていたグラビア写真か、それとも名演技続出で魅せまくったドラマ出演時の写真か。悩ましい。さんざん迷って、週替わりにすればいいと気がついた。

 ひとまず選んだ写真を一番正面に入れる。続いて中の見開きのところだ。

 迷いすぎて結構時間がかかったので、少しくたびれてきた。

 なので、とりあえず見開きの左側には、推しのグループがメンバー全員で写っている写真を入れた。右側には……これも迷ったが、お店の人が、自分の写真を、と繰り返していたのを思いだし、手持ちの写真の中で、比較的マシなものを入れてみた。友人がレンズ付きフィルムで撮ってくれた写真だ。

 

 よし。

 これでひとまず、完了だ。

 おっと忘れるところだった。

 扉のついた鏡を袋から取り出して、ローテーブルの上に置く。

 可愛い。お店で見たときより、いっそう可愛いかも。スマホのような縦長なので、鏡に映る範囲は狭いけど。このノブが可愛い、小さな金色で、ほんとうのドアノブみたいだ。一応ドアを閉めておく。


「さっきの写真立てと上手く組み合わせて使うといいですね」という店の人の言葉が頭によみがえる。

 どういう意味なのか、よくわからないけど、とりあえず、テレビ横に2つを並べておく。

 ふと気づくと、すっかり遅い時間になっていたので、すぐに寝ることにした。



 翌朝。

 いつもどおりに自宅を出て、職場に向かう。

 いつもの駅で降りて、職場のある建物をめざす。駅を出て少し行ったところで右に折れると、左側に公園がある。それほど大きな公園ではないけど、桜をはじめいくつかの種類の木があって、所々にベンチがある、オフィス街にありがちな普通の公園だ。滑り台やブランコなどの遊具はない。ランチタイムには、近隣のビルからお弁当を持った会社員が、気分転換を兼ねてランチをしに来る場所だ。

 でも朝にはだれもいない――いつも通りなら。


 いつもなら静かで、誰もいないその公園に、なぜかいろいろな照明機材や、撮影用のカメラなどが、たくさん置かれていて、大勢の人が行き来している。

 何かの撮影か? 気になるけど、ヘンに写り込んで迷惑をかけてはいけないので、私は精一杯左側に目の玉を向けながら歩いて通り過ぎようとした。

 そのときだ。


「ちょっと、あれ見て!」

 後の方で、若い女の子の声がした。

 彼女の指さす方を見て、私は腰を抜かしそうになった。いや、文字通り、びっくりして足から力が抜けそうになった。


 彼だ!

 私の大好きな推しの彼が、グループのメンバー全員と一緒にその公園に立っているじゃないか。

 

 おおおおおおお……!

 うああああああ……!

 人は感激しすぎたり、びっくりしすぎると、言葉なんか出ないものだと実感する。

 ライブのチケットですら、なかなか当たらず、やっと当たっても、転げ落ちそうに急な斜面の、なんならステージより天井の方が近いような席で、遠目に必死で見る推しが、ほんの数メートル先の、職場の近所の公園にいる!


 うおおおおおお……!

 心の中では、雄叫び?を上げ、感激で胸が一杯だが、傍目には、ただぼ~っと突っ立ているだけの人にしか見えないだろう。


 始業までには、まだまだ時間がある。今しばらくここにいたい。

 早く行ったとて、誰かが流しにぶちまけた夜食のラーメンの始末をするだけだ。


 さっき、「あれ、見て!」と叫んだ彼女と2人、じーっと公園の方を見る。

 すると、公園の方から、1人の若い男の人が私たちの方へ走ってくるのが見えた。


「あ。じゃまやからどいて、って言われるのかも」

「そうかも」

 そこで、私たちはじわっと公園から離れて、建物よりの方に移動した。

 すると、その若い男の人は、

「あの。ドラマの撮影なんですが。お願いがあって。エキストラ、やってもらえませんか。顔はほとんど映りませんので」

 そう言った。


「え、えきすとら?」

「はい」

「一瞬なんですけど。どうしても手配していた通行人役の女性が来れなくなったので」

「え、でも、あの、服装とか。めっちゃ仕事着で」

 戸惑う私たちに、彼はにっこりほほ笑んで、

「ぜんぜんいいです」


 そうして。

 私と、その見知らぬ彼女は、2人で、通行人のエキストラをすることになった。

 出勤途中の同僚同士、という設定らしく、仲良く並んで喋りながら歩いて、推しの彼とすれちがうというシーンだ。


 この、普通に歩く、というのが意外に難しい。

 緊張して、ギクシャクしそうになる私に、推しがにっこりとほほ笑んで、

「よろしくお願いします。急に無理を言ってすみません」そう言った。いつも通りの爽やかな声だ。あああ。

「あっ。あの、いえ。だ、だいじょうぶです」

 やっとの思いで、もごもご言うと、彼は、

「緊張しないで。楽しみましょ。ね」

 そう言って、極上の笑顔を見せてくれた。


 おそらく、こんなことは、人生で最初で最後の機会だ。

 緊張はするけど、楽しまなくてはもったいない。


 私と、もう1人の彼女は精一杯笑顔を作り、挨拶を交わして一緒に出勤する同僚同士を演じ、エキストラの役割を果たした。

 出来上がったドラマの中で、どんなふうに映るのかはさっぱり予想もつかない。もしかしたらまるごとカット?かもしれないけど。


 あっという間に終わった撮影シーンのあとも、グループのメンバーたちは、続きの撮影がまだ少しあるようだったが、私と彼女にサインをしてくれるだけの時間は作ってくれた。

 全員が写っている写真をカードにしたものに全員でサインをしてくれて、握手をしてくれた。

 一番最後に握手をしてくれた我が推しが、私に「ありがとう。お仕事がんばってくださいね」そう言って、ほほ笑みかけてくれた。

 この手は絶対今日は洗わへん。流しの掃除はしない。心の中で決心する。

 

 職場のほとんどの人が揃うまでには、撮影隊は撤収していて、彼らの撮影の様子を見られた人は、あまり多くはなかった。

 みんな「見たかった~」と言い、エキストラを頼まれた私に、羨ましいと言った。そして、そのドラマを絶対観よう、自分たちの通勤の道が映るなんてととても喜んでいた。


 一日の仕事を終え、商店街を抜け自宅へ戻る道をたどる。

 本屋の2軒手前の店は、今日は扉に『CLOSE』の札が下がっている。

  

 私は、まっしぐらに家に帰り、写真立てを手に取った。

 そして、思い浮かんだ1つの仮説を試してみることにした。

 見開きのところの左側の写真を、今度は推しが1人で写っているものにかえた。

 そのとき、写真立ての隣で、鏡についた扉のノブが、キランと光った気がした。


 翌日は土曜日で、私は実家に行くために早朝に地下鉄に乗った。乗った車両はめちゃくちゃ空いていて、私の他に、乗客は、向かい側に下を向いている人が1人。右奥にもう1人。


 いつもなら本を読んで過ごすのに、本を忘れてきたので、しかたなく、私は向かい側のロングシートに座っている男性の足元を見ていた。

 黒のオシャレなデザインの紐靴を履いている。少し靴先が尖った形だ。

 どこのブランドか知らないけど、ちょっと高そうな靴だ。きれいに磨かれている。

 こんな素敵な靴を履いている人は、どんな服装をしてるのか。

 私は、そっと視線を徐々に上げていく。

 細身の黒のパンツに、上は、シンプルだけど、形がすごくきれいなシャツ。

 首が細く長く。

 顔は。


 その顔の持ち主と目が合って、私は絶句する。

 彼だ!

 推しの彼が、一人で電車に乗っている。

 なんで?

 まさか?

 そっくりさん?


 でも、そっくりさんではない証拠に、向こうもびっくりした顔をした。

「あ……」

「あ……」

 彼も、さすがに昨日の今日なので、ただのエキストラの私の顔を覚えていた。

「昨日は、ありがとうございました」

 驚いた顔から、柔らかな笑顔に変わって、彼が言った。

「あ。お、おはようございます。昨日は、お疲れ様でした」

 私も、挨拶を返す。

「お仕事、遅れませんでしたか? 協力してくださってありがとうございました」

「いえいえ。だ、だいじょうぶですっ」

「今日は、どこかへおでかけですか」

「は、はい。ちょっと実家へ取りに行くものがあって」

 

 実家に置いている推しの写真集を取りに行く途中なのだ。

 でもまさか、アナタの写真集を取りに行くのだとは言えず、適当にぼかす。

「実家は近いんですか」

「えっと、この電車の終点の駅から少し歩いたところです」

「え? そうなん? 僕も実家に行くところなんですけど。この電車の終点から、少し歩いたところで」

 彼もびっくりしているが。私もびっくりしている。

「えええ~。ご実家、案外近所だったりして」

 私が、少しふざけて言うと、彼が笑って、

「案外、実家が隣だったりして」と言った。

「はははは」

 なんだか急激に親しみが湧く。これまでも大好きだったけど、それよりもっと身近に感じる気持ちが湧いてくる。

 でも、残念ながら、うちの隣は、昔からそこに住んでいる、子どものいない老夫婦だ。彼の実家であるはずはない。

(ざんねんだけど、駅に着いたら、さよならか……)心で呟く。

 

それでも終点まで、彼の出たドラマの原作本の話やライブの感想など、話しまくってあっという間に時間が過ぎた。いつのまにか、彼は私の隣りに移動してきて、二人、隣同士でおしゃべりしまくっていた。気さくで愛嬌のある人だ。いい。やはり、いい。


 やがて、車内アナウンスが流れ、電車は終点の駅のホームに滑り込んだ。

「ありがとう。すっごい楽しかった。いつも応援してくれて、見てくれてありがとう! またいつかどこかで会えたら、話せたら嬉しいな」

 いつのまにか、彼の口調が柔らかな関西弁のタメぐちに変わっていた。

 話しているうちに、お互いが同い年だと彼が知ったからだ。


「じゃあ」

 頭を下げ合って、手を振って別れる。

 彼は、タクシーで実家に帰るようだ。

 私は、歩いて帰る。

 もちろん、連絡先を交換することもない。相手は人気アイドルグループのメンバーなのだ。

 

 まるで夢のような時間の余韻を楽しみながら、私は歩く。

 実家に着いたとき、実家の隣はちょうど引っ越し作業の真っ最中だった。

 大型の家具や電化製品が運び込まれる中、トラックから段ボール箱を抱えた若い男性が歩いてきた。


 オシャレな形のいいシャツ。黒の靴。

 まさか。

 目が合って、お互い立ち止まる。

 

「また会うたね」

 段ボール箱の向こうに、彼の笑顔が弾けた。

「また会うたね」

 私も笑顔になる。

「実家の引っ越しの手伝いに来てん」

 彼が言った。



 これは、運命?

 それとも、あの写真立ての魔法?


 どっちでもいいけど、今、彼が目の前にいることだけは確かだ。


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