第6話 私が拡張する感覚
はい、コンサートについて長々と語ってしまいましたが、総括しますと、とても興奮しました。行ってよかった!
司会の方が、オルガンのことを「楽器の王様」とおっしゃったのですが、そう言われるだけのことはある楽器だなあと思いました。本当に音色が多彩。天使も悪魔も召喚できる、そんな楽器でした。
それはまるで人の心のようで。
きっと善も悪も両方持っている。そこが魅力なんです。
さて、サントリーホールでは、オルガンコンサートは今後も定期的に続くようです。次からは「古坂大魔王と行く! 奥深~いオルガンの世界 トーク&コンサート」が始まるそうですよ。お値段は据え置き1,000円!
私もまた行きたいなって思っています。お金を貯めよう。
それで……ここからは蛇足なんですが。
楽器を演奏するときって、体が広がる感じがしませんか?
これって多分、鍵盤楽器だけじゃないはず。
楽器と私が接続されて、楽器が私の一部となり、私が拡大する感覚になるのです。
これは心理学でいうところのラバーハンド現象と近いのかも。
たとえばオカリナを吹いているとき、オカリナは手と唇を通じて私の一部になっているから、その状態で誰かにオカリナを叩かれたら「痛い」って私が思うような感覚です。いや、もちろん痛いわけがないのですが、脳がオカリナを自分の一部だと認識しているので痛いような錯覚を抱くわけです。
電子オルガンもそう。演奏中に親が電源コードに足をひっかけてしまったら、思わず「痛っ」って言う、みたいなことが起こります。
で、パイプオルガンって巨大でしょう。だから、演奏したら、それはもうガンダムとかを操縦しているような自己拡大感覚を味わえるんじゃないかなって想像するんですよ。自分がぶわーっと大きくなって、強くなったような感覚になるんじゃないかな。ちょっと味わってみたいかも。いや、少し怖いかな。広がりすぎて私が薄まって消えてしまうかもしれないですから。
自分の濃度を保ったままで広がることってできるのかな。
私が私でいられる拡張範囲って、どの程度なんだろう。
特別な人ができると、自分が自分でいられなくなることがあるのは、相手のことも自己のことのように拡張してしまって、自分自身が薄れてしまうせいかもしれないね。それを自分を見失うって言うのかも。
特別な人を失うことは、痛みを伴うわけだけれど、それは拡張した自分の一部を失う行為だからつらいんだろうね。
さて、コンサートに満足したら、その次は……そうだね、グルメだね!
食べまくる……ぞ……?




