真似
あるバーでの出来事。今日も仕事の終わりに飲みに来ている二人が話をしている。
普段は趣味や仕事の愚痴を話している二人だが、今日は一人が新しく買った腕時計の話だった。
「どうだい?この時計は、見事なものだろう」
手首につけられているその時計は、アナログ式だが頑丈そうで輝いていて、いかにも精巧な物だと見て取れる。秒針も心地よい音を奏でている。それを付けているだけでその人を一流にしてしまう。それは、そんな時計だった。
彼の同僚は感心して羨ましそうにその時計を見ている。
「やはり高かっただろう?その様ないい時計は見たことがない」
こう言い、同僚が時計に触れようとしたが、時計の持ち主はその手を拒むように払いのけた。
「すまないが、触わらないでくれ。本当に高いものなんだ。この時計を買うためにぼくは相当な苦労をしたのだからね……」
そう言われ、慌てて時計に触れようとした手を引っ込める。
「あぁ、安易に触れようとして悪かった」
同僚は謝り、少しだけ暗くなってしまった雰囲気を盛り上げようと話を戻す。
「その時計を買おうと思ったきっかけはなんだい?そんな高いものをまさか一目惚れで買ったわけではないだろう?」
「あぁ、そうなんだ。これは実は前に見に行った映画で、ある俳優がつけていたんだ。その時計がこれさ。頭から離れなくてね、ようやく先日買えたというわけだ」
そう言うと彼はまたうっとりとした表情で時計を眺めるのだった。
すると、彼らの後ろにあるちょっとしたステージから奇妙な音楽が流れ始めた。
この場所にはとても似合わないサーカスのような曲。
その場所はマスターの気まぐれで彼自身が様々な楽器を使いこなし、上等なクラシックを演奏してくれるのだが、今日はマスターではなく、大道芸人のような服装をした長身の男。何匹かのサルを連れている。
「さぁさ、皆様方ご注目ここにいるサル達は少々変わった特技を持っています。彼らは特別な才能を持っていて人間のまねごとを精巧にやってのけることができるのです。今の音楽の楽器を演奏しているのも私の有能なサル達でございます。リクエストなどございましたらどうぞ、どんな曲でも演奏いたします。それに音楽に合わせ、ダンスや有名な映画やドラマのワンシーンを披露いたしましょう」
この珍しい一団に圧倒され店の雰囲気がガラリと変わってしまった。今まで静かに飲んでいた人すらもハードなロック調の音楽をリクエストする始末。
「映画のワンシーンもできるというならこの時計を付けていたあの俳優の真似もできるというのかい?」
自分の時計を指さしながら長身の男に話しかけた。
「いえ、その映画に関しましてはその役をできるサルがいませんので、申し訳ないですけど……」
そこまで聞くと彼はその言葉をさえぎりこう口にした。
「ふん、なんだつまらん所詮はサル真似ではないか、こんなことに時間を費やしてしまった自分が馬鹿らしい。おい、帰ろう」
彼らは支払いを済ませ、店の出口へと向かった。ステージから二人を見送った大道芸人風の男が残った客に向かってこう告げた。
「今日は彼のリクエストに応えることができませんでしたが、明日に新しいサルが入ることになりましたので、明後日からはかの有名な映画の腕時計を眺めるシーンを皆様にお見せすることができることでしょう。それでは今日の公演を終わらせていただきます。皆様お楽しみいただけたでしょうか?また何処かでお会いしましょう」
その夜、あの腕時計を枕元に置いて眠っていた彼は自分の体の異変に気付き、飛び起きた
「何だこれは!体中が毛まみれではないか、背も縮んでいるようだし一体どうなっているのだ……」
彼があわてる様子を横で見ていた長身の男が高い声で笑っている。
「あっ、お前は昼の芸人だな、鍵は閉めていたはずだぞ。どこから入った」
長身の男はさらに大きな声で笑いながら彼の質問に応えた
「私のサルたちの中には元大泥棒だった人も居るのですよ、あんなちっぽけな鍵なんかオモチャでしかありませんよ。他にも色々な人を連れていますから私は例えどんな場所にでも行くことができるのですよ」
長身の男の答えに彼は驚いた。奴の言うことが本当ならば今現在奴が連れているサル達は全員元々人間だったらしい。
「こんな体は嫌だ!元に戻してくれ」
彼は叫んだが、長身の男がそれを拒む。
「それはできませんね、これから貴方は私と一緒に来るのですよ。貴方にはそうですね……あの映画俳優のように時計をうっとりと時計を眺める役をやってもらいましょうか」
「そんなことはしたくない、人のまねごとなどまっぴらだ」
男は不思議そうな顔をする。
「どうしてです?貴方も少なからず誰かの真似をして生きているのに、それに今のまま仕事をして生きていくつもりですか?すぐにつかまって処分されるか、檻に入れられてしまいますよ。森に行って木の実を食べる生活でいいならご自由に」
帰ろうとする男の服をつかみ彼は慌てて引き留める。
「待ってくれ、やはりアンタの下で働くほうが賢いようだ、どんな役でもやる。私も連れて行ってくれ」
長身の男は暗い笑みを浮かべ、サルになってしまった腕時計の男の頭を撫でる。
「いいでしょう、歓迎します。見てください、貴方の先輩方の皆さんはなかなか幸せそうですよ?」
この世で一番簡単な真似を仕事にできるのですから。
人は誰しも人を真似して生きているものです。
無論私も例外ではなく色々な物を他人から吸収し、成長します。
それはもちろん悪いことではありません。
むしろ、一番賢く効率のいい方法です。
しかし、このままでいいのでしょうか?
自分のやりたいことを必死で隠し、人に話を合わせているだけではオリジナルは生まれません。
私は真似事しかできない人間ですが、貴方はそうではないはずです。
貴方がオリジナルになれることを心から祈っております。