第3話 この異世界の人、強くね?
一体でギリギリなのに十体なんて絶対に無理だ。前の異世界では、辛いながらも最初はレベルに合ったクエストだったのに。こんなの不合理だ、度し難い、無理ゲーだ。
「くそーっ! 逃げるよ、美波ちゃん!」
彼女の手を取り走り出すが、機械の魔獣の移動速度の方が速く、距離が詰められていく。さすがに人間の足では逃げられないか。
俺は生命エネルギーをマナに変換し、美波ちゃんを抱き上げた。
「わ、ちょっ。だめ、私、重いから」
「大丈夫、俺腕立て伏せしてるから!」
「そういう問題じゃなくて、恥ずかしいから」
この窮地で恥ずかしいを優先するのかよ。まったく、女という生き物は……可愛い。
――【身体強化】
この速度ならさすがに追いつかれない。が、マナに変換する生命エネルギーが心もとない。
「しつこい! このビックリドッキリメカ、どこまで追いかけて来やがるんだ」
吹き出す汗が美波ちゃんを濡らす。多少の申し訳無さが否めないが今はそれどころではない。そして遂にマナが切れた。
「はぁ、はぁ。弱ったな、振り切れなかった」
彼女を抱き上げたまま、再び十体の機械の魔獣と対峙する。
これは覚悟を決めなければならいないかも。一瞬、諦めが思考を掠めた次の瞬間。
「そこの二人、伏せろ!」
音もなく突如現れた三人が乗っている乗り物は、軍に導入されているジープのような形をしているが、車輪は無く宙に浮いている。どんな機構で浮いているのだろうか。
ライフル銃を構えた二人が発砲。火薬の銃声というよりは、ジェットエンジンの音に近い。その威力は凄まじく、機械の魔獣の体を次々と破壊していくのだった。
「大丈夫か、君たち」
長身の男がライフル銃を肩に掛けながら話しかけてくる。
「ええ、助かりました。あなた達は?」
「俺はナトランティス帝国アクロポリス銃士隊のトレヴィル。君たちを探していたんだ」
俺達を探していたということは、この世界に俺達を召喚した者たちの関係者だろうか。なにはともあれ助かった。
「美波ちゃん、怪我は無い? って、顔が赤いな、大丈夫か?」
抱きかかえたままの彼女を見ると、潤んだ瞳で耳の先まで赤くなっている。
それに、この感触……
「な、凪君……お、おっぱい触ってる」
「うわぁぁぁ! ごめんなさい、ごめんなさいー」
「トレヴィルさんは俺達をこの世界に召喚した人たちの関係者ですね」
「ああ、そうなんだけど。大丈夫かい? ビンタされた頬が真っ赤だぞ」
「ええ、気にしないでください。ご褒美ですので」
「そ、そうか。それなら良いのだけど」
俺の予想通り、彼らは俺達を召喚した組織の関係者だった。
本来、俺だけを召喚するつもりだったらしいが、何かの手違いで美波ちゃんまで転移させてしまったんだとか。
「で、転移するエネルギーが足りずに宮殿ではなく、転移先がこの平原になってしまってな。二人の反応を追って捜索していたというわけだ」
反応? 俺達を追跡できる何かがあるのだろうか、俺の知っている異世界にはそんなものはなかったが。
「さっき、機獣の残骸があったが、あれは君が倒したのか?」
「ああ、やっとこさギリギリ倒せたのは一体だけだけどな」
「信じられん、見たところエーテル銃は持っていなさそうだが、まさか素手で?」
「あ、ああ。素手というか、素手というか」
俺の発言に興味を示したのは、ジープに乗っていた分厚い眼鏡を掛けた白衣の女だ。
「どうやって倒したのだ! 異世界人!」
荒い鼻息を噴射しながら、俺に近寄りベタベタと体中を弄られる。
「やめろ、どこを触ってるんだ!」
「なあ、君。あとで解剖させてくれないか?」
「駄目に決まってるだろー! なんなんだよアンタ、マッドサイエンティストかよ」
「その通りだ、私はニコル。人は私をマッドサイエンティストと呼ぶ。光栄な事だ」
「マッドサイエンティストを自認してるのかよ。怖いって」
俺達は宙に浮くジープに同乗し、この世界の首都ナトランティスの神殿、アクロポリスへと連れて行ってもらうことになった。
赤と黒と白の石で作られた街の壁が見える。この色合いが珍妙に見える。どうやら、俺が行ったことのある異世界とは別の文明っぽいな。
機獣と呼ばれるモノ、それを倒した武器が剣でなく銃だったことを鑑みると、ファンタジーな異世界というよりは、SFチックというか。
三つの壁を超えた先に、首都ナトランティスの中心地がある。
この区画はナトランティス帝国政府に関係する者たちが主に居住しているらしい。
「今日はもう日が暮れる。詳しい説明は明日、宮殿でするとして今日は俺の家に泊まってくれ」
俺達はトレヴィルさんの申し出に甘えることにした。腹も減っているし、急な展開で美波ちゃんも疲れているだろう。
「ナギ君、ミナミさん、狭い家だけど気にせずにくつろいでくれたまえ」
戦闘服から普段着になったトレヴィルさんがお茶を入れてくれた。
お茶というよりは、コーヒーに味が近い。豆系のお茶なのだろうか。
「あ、美味しい」
「そうかい? それは良かったよ、ミナミさん。そうだ、もしよかったら妻の服だがこれを着てくれ。ナギ君には少し大きいかもだけど俺の服を」
きめ細かい繊維でできた服、着心地がかなりいいぞ。
絹と綿のいいとこ取りのような繊維で出来た服は、制服やワイシャツよりも体に馴染む。平原に自生しているアサ科の繊維で出来ているらしい。
その後、俺達はトレヴィルさんの奥さんメリーナさん、五歳の息子ソウヤと夜ご飯をご一緒させてもらった。
魚介類が多く流通しているらしく、麦を原料とした短いパスタのようなものもテーブルに並ぶ。味に関しては申し分ない。むしろ俺的には現世界の料理より好みだった。
この分ならば、二回目の異世界生活も楽しめるかも知れない。
これが俺たちの、窮地から始まったSFチックな異世界生活の始まりであった。
コンコン――
夜中にノックの音がする。
「凪君、起きてる?」
夜中に、美波ちゃんが俺の寝室に来るだと。落ち着け、マントラを唱えて落ち着くんだ、俺。
「ソレナンテ・エ・ロゲ、ソレナンテ・エ・ロゲ、ソレナンテ・エ・ロゲ」
「なんか、呪文を詠唱してる? 入っていい?」
「あ、お、うん。どうぞ」
ドアを開けると、枕を抱えてモジモジしている美波ちゃんが立っていた。
俺の心臓ってスピーカーモードがあったのか、と思うほどの大音量のビートを刻んでいる。
「なんか、一人じゃ不安で」
「そうだよね。急に異世界に転移なんて事、滅多にないもんな」
「一緒に……寝ていいかな」
「え? あ、うん。お? え? うん。え? いいけど」
どんだけキョドってるんだよ、俺。
魔人王を倒した英雄だろ。男らしく、どんど構えろ。と言い聞かす。
ベッドに横になると、思いの外近くに潜り込んでくる美波ちゃん。
この展開……魔人王と対峙したときの緊張感を遥かに超えている。
「ねえ、凪君……」
「は、はい!」
美波ちゃんが静かに語り始めた。