第2話 機械の魔獣が強すぎる
脛の高さほどの草木が生い茂る広大な平原の向こうには、大きな山々が見える。心地の良い穏やかな風は自然の中でしか味わえない澄んだ空気を運ぶ。現世界の汚れた空気とは比べ物にならないくらいに清々しい。
「凪君、私達さっきまで街にいたのに、急に大自然なんだけど」
「ああ、異世界。だろうね」
「異世界? あのアニメとか映画の?」
キョロキョロと辺りを見回す美波ちゃんが不安そうな表情を浮かべる。俺も初めて異世界に来た時はガタガタ震えていたな。俺の場合はいきなり王宮だったけど。
「誰かに召喚されたはずなんだけどな。人っ子一人いないじゃないか」
「どうしてそんなに落ち着いていられるのよ! 私帰りたい」
不安と緊張が高まって心に余裕が無くなっているな。そうだ、気を紛らわせるには、異世界転移名物のアレだな。
「美波ちゃん、俺の右手を見て」
五本の指を使って空中でスマホの〝ピンチアウト〟の動作を見せた。
すると、空中にステータス画面が表示される。どうやらこの世界でも使えるみたいだな。ちなみに、これは本人にしか見えない。
「モニターが目の前に出現するのをイメージしながら、俺の真似してみて」
「うん? うん……あっ! なにこれ」
「面白いだろ。これが異世界名物ステータスオープンさ」
俺のステータス表示されているのは。
――生命エネルギー:2000
――マナ:100
――エーテル:20
――状態:健康
「あれ? エーテルってなんだ? こんな項目初めて見るぞ」
「どうしたの? これってどういう意味なの」
「あ、ああ。美波ちゃんのは何て表示されてる?」
――生命エネルギー:20
――エーテル:300
――状態:健康・やや精神不安定
「うーむ、マナが表示されているのは俺だけか。って、エーテルが俺より多い!」
「これって、何を意味してるの?」
「昔、俺と一緒にドラクエやったことあるでしょ? あれのHP・MPみたいなやつ」
「へー、面白い! なんで凪君はこんなこと知っているの?」
「おれ、しばらく学校に来なかっただろ? 実は異世界に行ってたんだよ」
きょとんとした顔で俺を見つめている見つめているの頭の上には『?』がついているようだ。
さて、エーテルというモノに関しては色々と試して調べる必要がありそうだが、まずは現地人がいる街か城に行かなければ。前に行ったのと同じ異世界ならば、どこかに知り合いも居るだろうし。
グゥ――
「あっ……」
美波ちゃんの腹の虫が鳴く。恥ずかしそうにしている姿にも萌えてしまう背徳感も心地よい。そういう俺も正直、空腹なのだが。
「ここらへん、木の実もないし。動物でもいれば狩りができるんだけどな」
「狩りって……動物を?」
「うん、ウサギとかさ。美味しいんだぜ」
「かわいそうだよ、ウサギ可愛いのに」
いかにも現代人な思考だな。もしウサギを捕まえたとしても食べないパターンかも知れない。そういう俺も最初に異世界に行った時は抵抗があったな。
◆ ◆ ◆
「ナギ! 食わなきゃ死ぬぞ」
「嫌だっ! そんな物食えるか!」
あれは一度目に異世界転生して一ヶ月くらいのときだった。
英雄として召喚されたのにチート能力どころか、一般人並の魔力と体力しかなかった俺に、国王がメンターとして騎士団長を付けた。
さほど強くない魔人の砦を落とすクエストに出かけたが、俺が足を引っ張った為にえらく時間が掛かってしまい食料が尽きた。
「今から魔人たちの砦に攻め込むというのに、体力をつけておかなきゃ駄目だろ」
「団長こそ女なのに、よくそんな物食えるな」
「男、女は関係ない。生きる為、魔人を倒す為、しいては国を守る為だ」
「うう……」
「口に詰め込んで飲み込むだけだ! なぜ食えぬ。ちゃんと焼いてあるぞ」
「形がゴキ◯リだからだよーーーーっ」
苦い思い出だ。味的にも……
◆ ◆ ◆
「おえっ」
「どうしたの、凪君。具合悪いの?」
「いや、大丈夫。思い出し吐き気だ」
ガサガサ――
「この音は! 美波ちゃん、身を低くして」
おかしい、音的には獣。だが、気配がない。この異世界では気配の質が違うのか? とにかく、俺が取るべき行動は決まっている。食べられる獣なら倒す。危険な獣なら倒す。
「どちらにしろ、倒す! 美波ちゃんは俺の後ろに居て」
近づいてくる獣が姿を現した。これは魔獣? なのか? 形こそ大型犬、いや狼に近いが、全身を覆う黒い、鉄のようなプレートに赤く光るレンズのような目。まるで機械で出来ているかのようだ。
殺気こそ感じないが、俺達を排除しようとしているのはわかる。そして、どう考えても食える類の物ではない。
武器があればよかったんだけど、しょうがない。魔法で片付けるか。
――【マナ変換】
機械の魔獣の脚がガチャッと音を立てると、次の瞬間俺に向かって跳躍した。
速いといえば速い。が、一度目の異世界にはもっと速い魔獣がいる。
「勝てる! ファイヤアロー」
掌から放たれる凝縮した炎の矢が、まだ空中にいる機械の魔獣に直撃する。
魔獣は炎に包まれながら吹き飛び地面を転がる。
やったか。動いてないし生命反応も無いが、そもそも生命じゃなさそうだし。
機械の魔獣は起動音と共に動き出した。
俺のファイヤアローは鉄の盾だって変形するくらいの温度は在るはずなのに、こいつのプレートは少しも溶けてすらいない。
「どんな材質してやがるんだ! もういっちょファイヤアロー!」
三つのファイヤアローを連発し、すべてが直撃する。
結果は同じ。再度、起動音と共に動き出す機械の魔獣にダメージは通ってなさそうだ。
「どうやって倒せば良いんだよ。これじゃジリ貧だ」
生命エネルギーを間に変換しなければいけない以上、無駄撃ちはできない。
あの謎の素材の外殻が邪魔なんだよな。
「そうか」
――【身体強化】
右手を強化しながら距離を詰める俺に対応するように、機械の魔獣は口を開けた。その口に右手を貫手で突き刺す。
「うおぉぉ! ファイヤアロー!」
機械の魔獣の内部にありったけのマナを込めて魔法を放つ。
外殻のプレートが俺が放った魔法の熱を外に漏らさない。ブチブチと内部にある回路が焼き切れるような音と振動がした。
「へへ、外からの攻撃を防ぐのと同じで、内からのダメージも閉じ込めるんだな」
機械の魔獣はプスプスと黒い煙を立ち上らせ、停止した。
「危なっ。なんとか倒せたぜ」
「すごい! すごいよ凪君! 迫田君たちが凪君に敵わないわけだね」
「ああ、でも一匹でよかった。何匹もいたら全滅だったよ」
ほっと一息。地面に座り込み、ステータス画面を確認してみると。
――生命エネルギー:500
――マナ:2
――エーテル:20
――状態:疲弊
よかった。本当に一匹倒すのが限界だったようだ。
「さあ、美波ちゃん。とりあえず人がいそうところに行こう」
「あ、あ、あ」
「どうしたの? 美波ちゃん」
「な、凪君……後ろ」
俺の後ろを指差し怯えている。
振り返ると、絶望が待ち構えていた。
先ほどと同じ形の機械の魔獣が十匹、俺達を排除しようと戦闘態勢に入っていたのだ。
――
用語・設定解説:
【機獣、機械獣】
機械で出来た狼型のロボット。
古代文明では警備を担当していたが、現在はロストテクノロジーのオーパーツ扱い。
野良の機獣は色々なところにあり、無差別に人間を襲う。