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第六章 レオの選択

瓦礫と炎の中、空母の甲板で繰り広げられる激戦。その中心に立つレオは剣を握り、空を仰ぎ見た。エリスは黒いドレスを翻しながら、飛竜の背に優雅に乗り、遠く高みから見下ろしている。近衛部隊の魔法使いや飛竜達が取り囲み、彼女の存在を神聖で不可侵なもののように見せつけていた。


「せっかく登場したのに高みの見物だけか。寂しいだろう、降りて来て俺と踊りに付き合えよ。」


レオが話しかけた後、剣をバットのように振り上げる。その一撃で瓦礫が弾け飛び、飛竜の翼を貫く。飛竜は悲鳴を上げ、翼に穴を空けられて制御を失い、エリスを背負ったまま不安定に揺れる。


それでもエリスは動じない。飛竜ごと落下する空中でバランスを取りながら、不敵な笑みを浮かべていた。


「楽しそうね。でもお断りするわ。あなたが1人で私の手のひらの上で踊っているところを鑑賞する方がよっぽど幸せなの。」


彼女はむき出しのデスサイズを構え、レオに肉薄する。レオが振りかぶった一撃をデスサイズの持ち手で軽々と受け流す。その瞬間、エリスはレオの攻撃の勢いを利用し、身体を風車のように回転させた。空中でムーンサルトを描くように宙を舞い、華麗なかかと落としを放った。


レオは左腕でガードを試みるが、スナイパーの狙撃で負傷した肩が痛み、動きが鈍る。その一瞬の隙を逃さず、エリスのハイヒールのかかとが鋭利な刃物のようにレオの鎖骨と左肩に突き刺さった。鈍い衝撃音と共に激痛が走り、レオの身体は空母の甲板から弾き飛ばされる。


「ぐっ..!」


声を漏らしながら、重力に引かれるように海へと落下していくレオ。頭上ではエリスがデスサイズを空母の甲板に引っ掛け、優雅に再び飛竜へと乗り込む。彼女の背後では魔法使い達が杖を掲げ、無数の魔法陣が輝きを放つ。


「はい、ゲームオーバー。」


エリスが冷たく言い放つと、魔法使い達からの一斉砲火がレオに向けて放たれた。海へと落ちる途中のレオの周囲で光と炎が爆発し、蒸気と水しぶきが空へと立ち昇る。


あれほど水中での袋叩きを警戒していたのに、エリスの体術によりあっという間に追い込まれてしまった。


冷たい風が吹き荒れる中、海面が魔法によって一瞬で凍りつき、広大な氷床が現れた。その中心で、レオはモグラ叩きのモグラのように上半身だけを海から出していた。氷が全身を絡め取るように拘束し、動きを封じられている。足は冷たく硬い氷に埋まり、かつての猛々しい気迫は見る影もない。傷つき、血を流しながら、レオの目は鋭さを失いつつもなお敵を睨んでいた。


エリスは氷の床に着地し、淑やかに歩きながら、冷笑を浮かべてレオに向かって言葉を投げかける。


「私が直接手を下す必要なんてないの。私がここに居るだけで、あなたの注意は逸れる。逆に、あなたの注意が他に向けばその隙に私が致命打を与える。そして弱ったあなたを他の攻撃が仕留める。単純なことよ。」


雷撃が轟音と共に空から降り注ぎ、植物の鞭がしなやかに氷床を裂きながらレオを打ち据える。落雷の焦げた臭いと衝撃波が残るかつて海だった氷塊の上。

そこに処刑台のように磔られた最強は、海底から顔を出したチンアナゴのように無防備で弱々しい姿になっていた。


さらに、氷塊でできたゴーレムの巨大な挙が、レオの顔面を容赦なく何度も殴打する。


氷を砕きながらレオを目掛けて振り下ろされる度にレオの身体は揺れ、氷の拘束が軋む音を立てる。しかし、反撃する力もなく、血まみれになったレオは既に虫の息だった。


「ガフッ…。」


「今の弱り切ったあなたより、万全な私のほうが近接戦闘に優れているわ。」


エリスは冷酷な微笑みを浮かべながらデスサイズを手の中で一度回した。


「わかったかしら?あなたはもう詰んでいるのよ。」


動かない。いや、動けない。レオの体は氷の中で抵抗を諦めたように見えた。周囲の魔法使い達が次々と追撃の詠唱を唱える中、エリスは右手を上げた。連合軍は攻撃を止め、エリスの次の指示を待っている。彼女はレオのすぐ前に立ち、氷上でかがみ込むようにして耳元で囁くように言った。


「もう放って置いても死ぬわね。そんなあなたに、特別に私の目的を教えてあげる。」


その言葉に、レオの目がかすかに動いた。

ピクリと反応したのを見逃さなかったエリスは、さらに言葉を続ける。


「私の目的は、レオ・クリエイションを殺すこと。そして私は、とある人物に命じられ、その目的を果たすために人工的に作られた存在なのよ。」


「人工的にだと...?」


かすれた声でレオがつぶやく。その目には微かな疑念と困惑が浮かんでいた。エリスは満足げに笑いながら、さらに残酷な真実を突きつけた。


「その依頼主が誰か知りたい?それはね、レオ・クリエイション。あなた自身よ。」


雷鳴が響き渡る中、レオの目が大きく見開かれる。


「そんな...馬鹿な...。」


傷ついた声が漏れた。当然、レオにはエリスという人間を作り出し、自分をタイムリープの迷路に陥れた記憶なんて一切無い。


エリスはデスサイズをレオの首元にゆっくりと突きつけ、冷たく囁く。


「本当よ。」


雷鳴が遠くで轟く中、エリスの声は鋭い刃のように冷たく響いた。彼女の黒いドレスが風に舞い、まるで暗闇そのものが彼女をまとっているかのようだった。


氷の檻に囚われたレオは、もはや抵抗する気力も残っていない。彼の目は虚ろで、肩で浅く息をするだけだった。だが、エリスの言葉が彼の耳に届くたびに、その瞳に微かな動揺が浮かぶ。


「あなたはずっと、人生に退屈していた。当然よね、誰もあなたには勝てなかったんだから。」


エリスは一歩一歩、不安定な氷の上をハイヒールで優雅に歩きながら語り続けた。


「バトルグランプリや他の大会でも、あなたと対等に戦える相手なんて1人もいなかった。死の危険を感じない英雄。そんなあなたは、無意識に願っていたのよ。」


彼女は腰をかがめ、レオの耳元で囁くように続ける。


「『全力の俺を殺せる存在が欲しい』...とね。そしてあなたの能力、【想像と創造】がその願いに応えた。そうして生まれたのが私、エリス・リフレイン。」


レオの顔が引きつったようにわずかに動く。


「あなたが無意識に創り出した、あなたを倒すための存在。それが私。でも、それだけじゃないわ。」


彼女は立ち上がり、悠然と語り続ける。


「あなたは他にも願ったわよね?美女とプールで戯れ、酒池肉林の毎日が永遠に続けば良い...と。まるで国家を腐らせる二代目の王様みたいな下品で底の浅い願望ね。」


彼女の声に嘲りが混じる。


「だから私は、その願いに応えるための能力を持って生まれたの。あなたに永遠の今日を与える力をね。その能力のトリガーは、【特定の条件下以外で日付が変わること】もしくは【レオが自身の能力を使うこと】よ。これであなたは実質無能力者になり、永遠に同じ日を繰り返さなきゃいけなくなってたのよ。」


その言葉に、レオは目を見開いた。


「永遠の...今日。そうか、そうだったのか。」


かすれた声で問い返す。


エリスは楽しそうに笑いながら彼の目をじっと見据えた。


「皮肉ね。あなたのような、ほぼ不死の存在を殺す唯一の方法は、殺さないことだというのだから。」


凍てついた海上、氷の檻の中に囚われたレオの前で、エリス・リフレインの言葉はまるで断罪のように響いた。


「あなたが仕掛けた【想像と創造】による自動防衛機能...覚えているでしょう?【あらゆる脅威からレオを守る】能力。そのバリアは、幸せな日常を繰り返させることを脅威と認識していなかった。まあ、当然よね。普通、幸せが脅威になるなんて、誰も考えないもの。」


エリスの声は冷たいが、そこには勝者の余裕が滲んでいる。


「でも、あなたは疑間に思うでしょうね。

いつ、どこで、その能力を仕掛けられたのか。そして、タイムリープしないパターンがある理由とかもね。」


彼女は微笑を浮かべながら、彼の視線を捕らえ続ける。


「冥土の土産に教えてあげるわ。バトルグランプリが終わった翌日の公開記者会見の日、4月2日を覚えてるかしら?あの日、私も会場となったホテルに居たの。」


レオの顔が驚愕に変わる。記憶を掘り起こすように眉間にしわを寄せたが、その日付が何かを示していることにすぐ気づく。


「そう、あなたを直接目視するだけで、私の能力は発動するのよ。そして、あなたが必死に4月2日の2週目以降を繰り返して私を探している間、その世界線に私は居なかったの。」


エリスは軽く歩きながら、彼を囲む凍りついた海面を指先でなぞるように見つめた。


「あなた、バトルグランプリで次元操作系の能力者と戦ったでしょう?それと同じよ。私も異次元に居たの。リビングで映画を見るように、異次元でソファーに寝っ転がってあなたを観察してたわ。」


レオの目が再び見開かれた。彼の口元が微かに動くが、声が出ない。


エリスは彼の沈黙を楽しむかのように、少しだけ声を弾ませる。


「いい表情をするわね、日頃他人の主導権ばかり握っているから、自分がやられることへの免疫がないのね。案外可愛い人。


ああ、忘れてた。タイムリープの解除条件についても教えてあげるわね。」


彼女は胸元に手を当て、まるで舞台で台詞を語るように滑らかに話し続けた。


「私の強制タイムリープ能力を解除する方法は、私の意思で能力のスイッチを切るか、私の命を奪うこと。私の意思に関係無く翌日に行く唯一の例外は【レオが自身の社会的信用を販める行為】をした場合のみよ。」


その言葉に、レオの目に明らかな動揺が浮かぶ。


「..社会的信用...だと?」


かすれた声で問い返す。


エリスは彼の反応を楽しむように微笑みながら頷いた。


「そう。犯罪行為をすれば、1日だけタイムリープから抜け出せる。でもその代わりに、あなたの社会的信用は日に日に失われていく。まあ国によって法律は違うけど、【レオが罪悪感を覚え誰かに危害を加える】行為があれば、自動的にタイムリープ能力のスイッチがオフになると考えてもらって差し支えがないわ。


つまりね、明日に行くためには、人から嫌われなきゃいけないの。時間が経つたびに、あなたはどんどん窮屈な生活を強いられるの。安全で退屈な永遠か、危険で窮屈な明日か、あなたはどっちを選ぶのか、観ていて飽きなかったわ。」


彼女はレオの絶望に満ちた表情を見つめながら、さらに追い打ちをかけるように声を低く落とした。


「かつてあなたはこう思ったわよね。『全人類を殺して、荒野の上に俺だけ生き残っても意味がない』って。」


レオの心臓が強く脈打つのを感じた。全てを見透かすようなエリスの言葉に、彼の胸中にある罪悪感や恐れが次々と抉り出される。


「そんな意味のない世界線に招待してあげたの、今の気分はどう?


私はね、あなたを殺すためだけに作られた存在なの。だから、あなたがやられて嫌なことやあなたの弱点は熟知している。


あなたが誰かを倒し続けると、その果てにはあなたの好きな美女も、美味しいご飯もいつか無くなる。あなたを殺さなくても、あなたを不幸にする方法なんていくらでもあるの。」


エリスは頬に左手を添え、恍惚とした表情で空を見上げていた。


「能力を奪い、社会的信用を奪い、武装を奪い、精神と肉体を削る...そして今、こうしてあなたを追い詰めた。これが私のやり方、最強の倒し方よ。」


レオは氷の檻の中で身動きが取れず、エリスの冷たい一言が彼の耳を突き刺した。


「さあ、言いたいことは全部言ったわ。ご清聴ありがとう。今度こそさようなら。」


エリスが再び手を掲げ、レオを指差した。緩んでいた空気が再び引き締まる。甲板から兵士たちが銃口を突きつける音、飛竜が火炎放射を行う前の唸り声、魔法使いの詠唱があたりを包んだ。続けて、ヘド•クリエイションの不快な笑い声がスピーカー越しに甲高く響く。


『ヒャヒャヒャ、お前にとどめがさせると思うとせいせいするぜ、レオォ!』


全てが終わるかのようなこの瞬間、ふと、遠い記憶が蘇る。


それは、自分がなぜ戦い続けているのか、その理由すら見失いかけた今、心の中で燻り続けていた問いに対する答えだった。


どうして俺は戦っているんだ?最強になりたいと思ったからか? なぜ最強になりたいと思った?最強になった後は何をしたい?


意識の奥底から浮かび上がる、かつて『世界』と交わした会話の断片。


「レオ様が最後に明日を強く望んだのは855年前。後に奥様になる幼馴染の女の子、アイ様とデートの約束をした日か、息子さんと3人でピクニックに行った日以来ですね。」


その言葉に呼応するように、870年前の記憶が鮮やかに蘇る。


---


西洋の牧草地が一面に広がる農村。幼き日のレオが住む素朴な家々の中で、彼はあどけない表情を浮かべていた。


「ねぇアイちゃん、待ってよー。」


6歳の少年レオは、風に揺れる金髪をなびかせ、幼馴染の女の子アイの後ろをついて歩いていた。彼女は快活で、青空の下を無邪気に駆け回る姿がどこか眩しかった。


「遅いよ、レオー!」


レオは忘れていた。自分は才能のある天才では無く、努力で今の強さを手に入れた、ということを。


「ねえ、私ね、最近聞いたんだ!近所の男の子がすっごい剣術が上手なんだって!大人でも勝てないくらい強いんだって!かっこいいよねー!」


アイの言葉は屈託のないものだったが、レオの胸には小さな棘のように刺さった。


「そんなやつ、俺が【降参しろ】って言ったら一発だよ。俺の方が強いし。」


自分には生まれ持った【想像と創造】の能力がある。それを使えば、たいていのことは簡単にこなせた。

でも、それではダメだと思った。


「それって、レオがすごいんじゃなくて、能力がすごいだけじゃん!能力を使わずに、剣だけであの子に勝てるの?」


「!!」


そうだ、アイのあの言葉に、俺はビンタされた様な衝撃を受けた。


レオは悔しさで拳を握りしめた。彼女に振り向いて欲しい、彼女に認められたい。そんな純粋な気持ちが、幼き彼の心を突き動かした。


その日から、彼は剣の稽古を始めた。能力には頼らず、自分の体と心だけを鍛える道を選んだ。いや、それはちょっと嘘だ。実は何度も助けてもらった。


10歳のレオは夕暮れ時、川の上の橋で1人泣いていた。


『レオ、早くお家に帰らないとご両親が心配しますよ。』


「…」


『今日、闘技大会で隣町の少年にボコられ、それをアイ様に見られたことがそんなにショックですか?』


「うるさいな、『世界』!俺が呼んだ時以外は出てくんなよ!」


川のせせらぎと虫の鳴く声が聞こえる。


「なあ、『世界』。俺、もっと強くなりたいんだけど、何をしたら良い?」


『強さの定義を戦闘力と仮定するなら、タンパク質や野菜をたくさん食べること、筋肉の超回復に合わせて筋トレを行うことが効果的ですね。』


「難しくて何言ってんのか分かんないよ。」


『要するに、レオ様が好き嫌いしてるトマトやピーマンをちゃんと食べ、兎跳びとか言う非効率な練習メニューよりも昼寝や瞑想も含めた習慣形成が大事だと言うことです。』


「うげぇ、面倒くさそう。それに、野菜食べたくない…。」


『じゃあ、弱いままでこれからも無様な姿をアイ様に見せつけ続け愛想尽かされて孤独な老人になる道を選びますか?』


「偏見と被害妄想が強過ぎない!?」


時には『世界』からのアドバイスを受け、肉体と同時に異能力も鍛えていった。


そして、時間が流れ、15歳になったレオ。

その頃には、村の盗賊たちを撃退するほどの剣の腕前を持つようになっていた。しかし、人質を取られたり、どうしても勝てない相手が現れた時には仕方なく能力を使った。それは彼の心に小さな影を落とした。


「アイ、俺は今日も能力を使っちゃった。能力を使わずに最強になるって決めたのに。」


「そんなの気にしないわ!レオ、あなたの能力のおかげで村のみんなが助かったのよ、ありがとう!」


そうだ、世界は正義と悪に分かれているのでは無く、正義と正義のぶつかり合いだ。守りたいものがあるなら、そして守れるだけの力があるのなら、使わなければいけない。失ってから後悔するよりマシだ。


そんなある日、レオはアイとデートに出かけた。何も無いど田舎から、レオの能力で空を駆け遠出をしたのだ。

夕焼けが映える帰り道。レオはアイと手を繋いで歩いていた。


「今日はありがとう、レオ!とっても楽しかった!」


「…」


「レオ?どうしたの?」


「俺さ、能力に頼らず一番強い人になりたいのに、普通に能力を使っちゃってる。先週も、俺の力を求めた軍に対して力で追っ払ったじゃん。俺のせいで、みんな危険な目に遭っている。俺がいない方が、みんな安全で幸せに生きられるよね?」


「…レオのバカ。」


アイがぽつりと言った言葉が、レオの胸を震わせた。


「レオがいなかったら村の建築も森の探索も、ならず者からの防衛も全部上手くいってないよ。私を含め、今村のみんなが生きてるのは、レオが能力で守ってくれているからなんだよ。」


「アイ..。」


「まあ確かに、能力を使って最強になったレオもかっこいいよ。最強なんだから、これ以上努力する必要なんてないのかもしれない。


だけど、能力に頼らず最強になろうと努力する、そんな今のレオはもっとかっこいいよ!」


麦畑を吹き抜ける風、太陽の下で笑う彼女、そして自分に向けられる信じきった瞳。すべてが心の奥深くを揺さぶる。


その言葉は、彼の心の中に深く刻まれた。それ以来、彼はどんな状況でも剣の稽古を怠らず、能力に依存し過ぎない道を選び続けたのだ。


だが、最近の俺は、初心を忘れていたのかも知れない。


---


現実に戻ると、目の前のエリスとヘドがまだ言葉を交わしていた。そんな最中、レオの中で新たな決意が芽生えた。


「俺は、あの日からずっと、誰かに認めてもらうために戦ってきたのかもしれないな……。」


自分を信じて努力を続けた日々を否定しない。それがレオの誇りであり、彼の根底にある原動力だった。


「俺は……まだ終わってない。」


レオは弱々しくも、握りしめた拳に力を込めた。その中で新たな闘志が静かに燃え上がり始める。


凍りついた戦場の海上で、重い呼吸を繰り返すレオの脳裏に、淡くも鮮やかな記憶が蘇る。遠く離れた過去の声が、冷たく澱んだ心に火を灯すように響いてくる。


「レオ様、絶対に迎えに来てくださいね。」


戦場から遠ざけた彼女達。彼女らは、レオが生きて帰ると信じて待ってくれている。


「俺は...約束したんだ。」


握り締めた拳が震える。その瞬間、心の奥底に閉じ込めていた感情が弾け、湧き上がる熱が身体を突き抜けた。


「俺は、負けられない。なぜなら、最強であり続けると、大事な人と約束したからだ!」


声に出した瞬間、意識の深淵から次々と過去が溢れ出す。


かつて愛した妻アイ、その息子たち、共に笑い合った親友達、愛犬や愛猫と過ごした日々…。楽しかった記憶と同時に、別れの悲しみが胸を締め付ける。


「人はいつか死ぬ。それはどうしようもない運命だ。でも、死ぬ直前まで、俺は戦い続ける。」


その決意があったからこそ、自分はこれまで孤高を貫いてきた。だが、その強さはいつしか自分を縛り、恐れに変わっていた。親しい人を失う痛みから逃げるため、大切な存在を作ることを避け、気まぐれな快楽や表面的な関係に頼る日々。


「俺はそれで十分だと思っていた...いや、そう思い込んでいた。」


しかし、エリスにタイムリープ能力をかけられてから始まった、この長い戦いを経て、彼はようやく気づいた。失うことを恐れるあまり、最も大切なものを見失っていたことに。


「人生で重要なのは、周りに大切な存在がいるか、自分らしく居られるかどうかだ。」


この気づきは、雷鳴のように彼の心を打ち、魂を燃え上がらせた。どれだけ短くても、どれだけ儚くても、誰かと共に過ごす時間はかけがえのないものだ。その思い出は、たとえ死んでも他の誰かの中で生き続ける。


「これから先の未来、ほぼ不老不死の俺は何百、何千と大事な人達の旅立ちを見送るだろう。だがそれでも構わない。」


彼の目に新たな光が宿る。これまで孤独に逃げてきた自分を否定し、逃げない覚悟が生まれた瞬間だった。


「さっきから、あなた何をブツブツ言っているの?」


エリスが怪訝な表情をレオに向ける。


「何を悟ったか知らないけど、今からあなたは死ぬのよ、レオ。」


エリスの冷徹な声が耳に響く。エリスは大鎌を大きく振りかぶる。

その言葉とともに、レオの側頭部に狙いを定めたスナイパーの銃弾が飛来する。


「いや、俺はまだ終わっていない...!死に様は決められない、だが生き様は自分で決める!」


空を覆う連合軍の包囲網に向き直った。その姿は、最強であると同時に、心に大切な思いを抱くただの「人」としての強さに満ちていた。


特別な力があっても、特別な人間なんていない。仮に、全ての人類の寿命が10倍に延びたとして、1000年近く自己研鑽を続けられる人間がどこにいるだろう?


「俺は最強の能力をたまたま獲得した、運の良い人ではない!能力、剣術、精神全てが最高峰の、そして今なお最強を目指す、1人の人間だ!」


その瞬間、レオは残った力をかき集め、全身を震わせた。そして下半身を縛っていた氷が砕け散る。剣を握る手には確かな力が込められ、その目は再び燃え上がる意志で輝いている。


彼のパワードスーツの装甲が鳴き声の如く軋み、無理矢理引き剥がされる。


そして、右腕に酷い痛みが走る。さっきまでの戦闘でパワードスーツが砕け、むき出しの右手が直接凍らされていた。その状態から無理矢理脱出したらどうなるのか、結果は分かっていた。


嫌な音がした。バリバリと氷の中に埋め込まれた肉が引き剥がされる感触。引き抜いた右腕は痛みで思うように動かせないが、レオはそれでも動こうとする。


レオの側頭部を狙った弾丸は、顔に届く前に振るった剣に弾かれた。レオは跳弾を計算し、エリスの腹部にスナイパーの弾は飛んでいった。


「チッ!」


エリスは鎌を振りかぶるのをやめ、数メートル後ろに回避する。


右腕に全身から伝わる痛みが重なる。レオの体は今や無数の傷に覆われている。全身の痛みがどこから来るのかすらわからないほど、彼の体は限界を超えていた。


しかし、そんな中でも反射的に次の瞬間を生きるため、スナイパーの次の弾道を予測した。剣を構え、銃弾の軌道を察知して、それを剣の腹で弾く。銃弾がきらりと光りながら空を切り、魔法使いの1人の胸に弾丸が吸い込まれていった。


その魔法使いの手には、強大な魔力がこもり、光を放ちながらその魔法が渦巻いていた。だが、銃弾に貫かれ命が途切れた魔法使いは、その力を制御しきれない。行き場を失った魔力が暴発して魔法使いを飲み込み、空中でオレンジ色の爆発が起きた。


その爆風を受けながら、レオは煙と火花の中に身を隠す。自分の姿を消し、視界を遮られた中で、ひと時の間だけでも息を潜めることができる。


「早くレオを探しなさい!氷の足場は崩して!」


エリスのヒステリックな叫びが氷の冷たい空気を切り裂き、周囲の兵士たちに指示を出す。レオを追い詰めるべく、3メートルもある巨大な氷塊のゴーレムが氷の足場を無慈悲に破壊し始める。しかし、その足場が崩れる音よりも先に、レオの声が響く。


「俺はもうそこには居ない。」


次の瞬間、空が一瞬暗くなり、飛竜がその巨体を震わせる。レオはまるで風を切るように、連合軍の飛竜を蹴り、空を駆け抜ける。そして、鋭い一撃を加えて、ある飛竜の背に乗っていた男の首をあっけなく刎ねた。


『ヒッ、スナイパーのザコ・クリエイションがやられた!』


ヘド・クリエイションの叫びが響くが、すでにその言葉が届く前に、レオは完全にその場を離れていた。魔法使いや騎士たちが一斉に集中砲火を浴びせるが、レオの姿はもうどこにも見当たらない。その攻撃は、空中に空しく吸い込まれるのみだった。


次の瞬間、遠く離れた飛竜の群勢から悲鳴が上がる。


「ヒッ、ヒェぇぇ!精神操作能力者が!」


ヘドの絶叫が、スピーカー越しでは無く、レオのすぐ近くから聞こえる。


飛竜に乗っていた男の首と胴体が切り離され、血しぶきが空中で広がる。死の瞬間、血と肉の臭いが広がり、その男は無言で地面に落ちていった。だが、その飛竜の背にはレオの姿もあった。


「さっきのが精神操作能力者か。となると、お前が電子機器制御能力者兼俺の孫、ヘド・クリエイションということだな。」


レオは無表情で淡々と告げた。ヘドと会話するというよりも、現状を整理するための独り言の様だった。


「電子機器操作の能力者は、自身の影響による誤爆を避けるために戦闘機や空母に乗っている可能性は低い。ならば、飛竜に乗っていて、剣を携帯せず、トランシーバーと双眼鏡を持っているお前らが怪しい。そう思ったが、やっぱり予想は当たりだったようだな。」


ヘドは顔面蒼白で大量に汗を流し、歯がカチカチとなって震えている。だが、覚悟を決めたヘドは歯を食いしばると、ポケットから拳銃を取り出してレオに銃口を向けた。


「ヒャヒャヒャ、俺はお前に復讐を一」


「いい加減うるさいぞお前。耳障りな声だ、反吐が出る。」


レオは顔をしかめ、ヘドの口からこぼれる不快な笑い声を遮るように、鋭い一撃を放った。


一瞬の静寂の後、ヘドの首がレオの剣に斬り裂かれ無惨に切り落とされた。ヘドの体はその場で不自然に揺れ、首が海面に落ちていくまで、瞬間的に脳が理解するよりも先に死が訪れていた。血が飛び散り、冷たい空気にまじっていく。


その場に立つレオは、冷徹な表情で周囲を見渡す。そこにはすでに反応している兵士たちが動き出す音が響く。


「何やってるのあなた達、早くレオを仕留めなさい!」


エリスの命令が、凍りついた空気を切り裂くように響く。その声には焦燥がこもり、レオを討ち取るための指示を渇望するような、鋭い緊張感が漂っている。


レオは耳を傾けず、足元を見つめる。電子機器操作能力者が消えたことで、パワードスーツも使える様になった。だが、その視界に映るのはもう機能を失ったボロボロのパワードスーツ。そしてそれらが悲鳴を上げる音。どこかが壊れ、動力源が不安定に動く音が不気味に響く。


「まあいい。パワードスーツがガラクタ同然なことは薄々覚悟していた。それよりも、スマートコンタクトレンズ、表示。」


レオの目が閉じた瞬間、スマートコンタクトレンズが反応し、視界にデータが流れ込む。画面に現れるのは敵の数とその位置、そしてそれぞれの攻撃パターン。数秒後には、レオのバイタルが危険な領域に達していることが表示される。


それでも、レオの瞳には揺らぎはない。必死に生きる者たちの殺意が何度も襲いかかるが、すべて計算され、冷徹に見極められていく。傷だらけの体に痛みが走るが、それでも動かし続けなければならないことを自覚している。


レオは血を流し、呼吸が重くなり、意識が朦朧としながらも、その中で奇妙な清々しさを感じていた。まるで自分が全身の痛みを別の次元から観察しているかのような感覚。体内の傷口からの出血が激しく、倒れることは時間の問題だと分かっている。しかし、それでも心の中には確かな力がみなぎっているのが分かる。


今、自分の周囲がゆっくりと動いている。戦場の騒音が遠くに聞こえ、敵の姿が信じられないほど遅く見える。空気の動き、地面の揺れ、敵の攻撃の軌道までもが、まるでスローモーションの映像のようにレオの目には映る。


この感覚…それはスポーツで言う「ゾーン」だろうか。すべてが計算でき、力が無限に湧き出てきて、どんな攻撃もまるで風のように弾き返せる。敵の銃弾、魔法、武器、すべての攻撃が遅く見え、レオはひとつひとつを正確に捉え、弾き返していく。冷静さと力が結びつき、目の前の敵はもはや問題ではなくなった。


「この世界が心地よい…。」


という言葉が、自然と頭をよぎる。今はただ、この瞬間を感じ取るだけで十分だった。


次々に襲い来る連合軍の攻撃を、レオは冷徹に打ち返していく。剣を振るう度、魔法の波動が打ち消され、爆発音が遠くで響き渡る。爆風や飛び散る瓦礫の中でも、レオの身体は正確に、迅速に動いている。


レオのあまりの気迫に押され、レオを囲む連合軍の中に空白地帯が生まれた。


その時、空から新たな影が迫ってきた。それは、連合軍のものではない、まったく異質な機械の群れ。金属音と共に、戦場の空が一気に激しさを増す。


『レオ様、聞こえていますか!?』


その声が、突然、頭の中に響く。まるで遠くから聞こえていた声が、急にクリアになったような、懐かしさと安心感が一気に押し寄せる。思わず目を見開き、声の主を探し出そうとする。


「これは、まさか、サラ達か!?」


その声は、レオのよく知る声だった。仲間の、勇気をくれる、そんな声。


『世界中のレオ様の別荘の、まだ破壊されていないパーツ類をかき集め、戦場に送りました!』


『絶対に死なないでくださいね!』


その言葉に、レオの心は奮い立つ。次の瞬間、彼の目の前に、巨大な機械の部品が空から降り注ぐ。敵の空母の甲板にいた乗組員を踏み潰し、鋼鉄の骨組み、パワードスーツの残骸、エネルギー供給装置が乱舞するように降り立ち、戦場の中に新たな希望をもたらした。


「最高だ、あとで思いっきり頭を撫でてやる。」


レオは満面の笑みを浮かべ、心の中で彼女達に感謝を込めた。

戦場の喧騒の中、レオは次々と連合軍の攻撃を叩き落としていた。数秒の隙間を縫って、ドローンたちが一斉にレオの周りを取り囲み、彼の体を包み込んだ。


ボロボロになったパワードスーツの残骸が、機械の手によって次々と剥がれていき、新たなパワードスーツがレオの体に装着されていく。折れた箇所が瞬時に補強され、傷口がナノマシンによって縫われ、人工筋肉がレオの筋肉をサポートして動きを補助する。その感覚は、まるで新たに生まれ変わったかのようだった。


「万全の状態からは程遠いが、さっきよりも断然体が軽いな。」


レオは軽く笑みを浮かべ、再び戦場に立つ準備が整った。


今、彼の中に宿っている力と、彼女達から送られたサポートが一体となり、彼の体をさらに強く、速く、精密に動かしていく。もう、誰にも止められない。


エリスが業を煮やして戦場の最前線に現れた。彼女はレオを見据え、戦闘態勢に入る。彼女の余裕の笑みは、もう消えていた。


「何なのよもう、死にかけだったくせに!」


エリスの声が鋭く響く。


その言葉に反応するように、レオはドローンに搭載されたパワードスーツを駆使し、空中に飛び出す。エリスもまた、飛竜に乗り空中でレオに挑んでくる。二人の間に一瞬の静寂が訪れ、次の瞬間には激しい衝突が起きる。


レオは横薙ぎに剣を振るい、その一撃がエリスに迫る。だが、エリスは素早く反応し、デスサイズの先端でレオの攻撃を器用に受け流す。その動きはまるで流れるようで、空中でのバランスを崩さずに、レオの左鎖骨に鋭い蹴りを放った。


「アンタはもう左肩がまともに動かない!

弱点がモロバレなのよ!」


エリスの言葉が空気を切り裂く。確かに、レオの左肩はスナイパーに撃ち抜かれ、その後の激しい戦闘によって傷つき、まともに動かない。それを見透かしたエリスは勝ち誇ったように微笑む。


だが、その瞬間、レオの反応は予想外だった。エリスの鋭い蹴りが、レオの左鎖骨に迫ったその時、何かが異なった感触をもたらす。レオの僧帽筋あたりに、左手とは別の力強い黒い手のひらが現れ、エリスの足を受け止めていた。


「ナノマシンが集まって作った、即席の義手だ。俺のイメージ通りに動いてくれて助かった。」


レオの声は冷徹で、鋭い。

その義手は、まるで元々存在していたかのようにエリスの蹴りを受け止め、何の抵抗もなくその勢いを消し去った。エリスの足が、義手に力強く支えられ、空中で停止する。その動きは、レオが想像した通り、完壁に反応していた。


その瞬間、エリスの顔に驚きの表情が浮かぶと同時に、レオの目には冷徹な決意が宿った。


義手を蹴り飛ばし、後方宙返りをしながらエリスは叫ぶ。


「一回攻撃をいなしたぐらいで調子に乗るなよ、この老害!能力者部隊、前へ!」


その声には、明らかに苛立ちが混じっていた。


「キャラが崩壊しているぞ、それが本性か?最初の淑やかな口調はどうした。」


戦場に現れたフードを被った集団は、静かな空気を一瞬で破壊した。彼らの目は鋭く、能力者部隊として訓練を積んだ者達だった。レオの周囲は緊張感が走り、次の一手に備えるべく全身の筋肉が硬直する。


その指示とともに、フードを彼った1人が空中を跳びながら前に出てきた。おもむろにフードを外すと、栗毛でサラサラとした長髪の美女があらわになった。レオにウインクをしながら、彼女は言う。


「私は相手をメロメロにする能力者の美女!あなた、私が欲しくない?」


その言葉に、レオは真顔で返答した。


「お前なんかより心に決めた大切な人達の方がよっぽど可愛い。」


言葉が終わる間もなく、レオは無情に剣を振るう。


「なんですってぇー!」


ズバン!一閃で相手を切り伏せ、フードを外した美女は地面に倒れこむ。その姿に躊躇いは一切ない。


「次っ!集団で攻めなさい!」


エリスの声が響く。

その瞬間、複数人の能力者が一斉に飛び出してくる。それぞれが異なる能力を持ち寄り、レオを囲い込もうとする。しかし、レオの目には彼らの動きが遅く感じられた。


「俺の能力は、相手と自分の魂を入れ替える能力!」


1人が叫ぶ。


「入れ替えたらレオの見た目のお前が消されるぞ?」


その言葉に、レオは冷徹に答えた。


「なにっ、それは困る!」


その言葉の直後、レオは迷わず斬りつける。ズバンツ!相手の体は地面に崩れ落ち、能力者は息を引き取った。


「次っ!」


次の能力者が叫んだ。


「私は、相手の平衡感覚を狂わせる能力者!」


「パワードスーツの補助で問題なく戦える。そもそもおれの超人的なバランス感覚の前でその能力は無意味だ。」


レオは冷徹に返し、その場で動き出す。バランス感覚が狂わされることはなかった。


「狂わされたのは、私の計算の方だったのかぁー!」


ズバンッ!


その瞬間に相手は真っ二つに切り裂かれた。


「吾輩は少し先の未来が見える能力者!」


右に回り込んできた相手がレオに向かって叫ぶ。


「見えても攻撃を避けられなければ意味がないだろう。」


レオの冷たい声が響き、次の瞬間に相手の身体が弾けるように裂ける。


ズバンッ!撃破。


「次っ!」


「オイラは凶暴な魔獣使い!」


その能力者は吠えるように言った。その後ろには真っ黒な翼が生えたライオンや像が涎を垂らしながら迫って来ている。


「今更その辺の獸ごときが俺を倒せる訳無いだろう。」


レオは一切の容赦なく、その言葉を裏切るかのように動く。


ズバンッ!撃破。


「我はネクロマンサー、死体を操る能力!残念だったな!この戦争で貴様が今まで倒して来た奴らは全て復活する!」


次に対峙した能力者が冷徹に告げる。だが、レオは鼻で笑った。


「それは強力だ。だが、死体は全部海の藻屑となっているぞ。浮かび上がってくるまで俺が待ってやるとでも思っているのか?」


レオの言葉が鋭く響く。


「ハッ!それは確かにそうだ!」


ズバン!一撃でその能力者も倒れ、死体を操る力を持つ者も無惨に倒れ去った。


「なんであらかじめ準備してないのよ!」


エリスの絶叫に似た主張が耳に届き、レオは少し哀れに思った。


すべては一瞬で、レオの剣が次々と命を奪っていく。


擊破、擊破、擊破!!


—-


戦場の空気が重く、血の臭いが漂う中、飛竜に乗ったエリスが怒りに満ちた顔で突進してきた。その顔に浮かぶのは、憎しみと焦り、そして狂気。髪は乱れ、怒りに震える手でデスサイズを握りしめている。


「どうして!?なんで倒せないの!?死に損ないのくせに!」


彼女の声は荒れ狂い、全身から怒りがほとばしっていた。


レオは冷静に剣を握りしめ、エリスの言葉に耳を けることなく、ただ一心にその刃を向ける。


「死にたいってあんたは願った!だからその願いを叶えてあげようって言うのに、どうして抵抗するのよ!」


エリスは叫びながら、デスサイズを振りかぶりレオに迫ってくる。その声には、諦めとともに、レオへの憎しみがにじみ出ていた。


レオの目は冷徹で、瞳には決意が込められている。


「悪いな。その時とは考えが変わったんだ。俺は、まだ生きたい。」


その瞬間、レオは一気に剣を振るった。エリスの姿が一瞬で消えるような速さで、彼女に向かって袈裟斬りを放った。


レオの一撃はエリスの構えたデスサイズを容易く貫通した。エリスの左肩から右腰にかけて、シャワールームの蛇口を捻ったかの如く一気に鮮血が飛び出る。


だが、驚くべきことに、エリスはその一撃を受けたにも関わらず、幸せそうな笑みを浮かべていた。


「ああ。これで、私も自由になれる。やっと解放される。レオに縛られない、新たな世界に...。」


その言葉は静かで、どこか安堵と解放の響きがあった。


エリスは、大量の血を流しながらも、飛竜の背にふらつく体を支えていた。彼女の顔は痛みを感じさせながらも、どこか満たされたような表情が浮かんでいた。


「せいぜい長生きしなさい。あんたの顔なんて見たくない。すぐにこっちに来たら許さないんだから。私の命を犠牲にして生きるんだから、必ず幸せを見つけなさいよね。」


エリスの声は弱々しく、それでも冷徹に言い放った。


「気まぐれで私を作り、私を殺す。あなたは理不尽な...神様。」


その言葉には、憎しみとともに深い孤独が含まれていた。


そして、エリスの目から徐々に光が消えていった。彼女の意識が静かに、確実に遠ざかっていく。その目の輝きが消えることで、レオの心にも冷たい何かが広がっていくのを感じた。


彼女の体が力なく崩れ落ち、飛竜の背に身を預けたまま、エリスの命は静かに終わった。


戦場には依然として数多くの魔法使いや飛竜に乗った騎士たちが散らばり、彼らは必死に反撃しようとするが、エリスを倒したことでその戦意は完全に消失していた。


そして、レオの体が一瞬淡い光を放った。まるで鍵がかかっていた部屋をのドアを開け、電気をつけた様な。封じられていたものが、解放されたやうな、そんな感覚。


おそらく、エリスのタイムリープ能力が解けレオは自由に能力を使えるようになった。


だが、もし解けていなければ?ここで能力を使えば、また今日をやり直すことになる。流石に今のレオにそれを乗り越える自信はない。


少し緊張と怯えで喉が震える。だが、このまま縛りプレイをしても勝機は望めない。やるしか無い。


レオは疲れた体を動かし、空中で自分の立場を再確認した。その時、戦場に響くように、低くも確かな声が響いた。


「おい、『世界』。俺の声が聞こえるか?」


その声は一瞬の静寂を破るかのように、戦場に鳴り響いた。数秒後、返答が返ってきた。


『はい、聞こえますよレオ様。そんなことよりピンチですね。能力を使ってみてはいかがでしょう?おすすめの使用方法は、【お前ら連合軍全て、大人しく投降しろ】です。』


レオは少し驚いたような、そして何とも言えない安堵の気持ちを抱きながら、大きく息を吐いた。


「ふぅ。」


ため息をついた後、彼は力強く空を見上げ、そして自らの決断を告げるように言葉を発した。


「良かった。俺の能力は、戻ったんだな。」


それから、彼は振り向いて連合軍を見つめ、その場に集結した全ての兵士に向けて、冷徹に、そして堂々と宣告した。


「お前ら、大人しく投降しろ。」


その言葉が放たれると、戦場の空気が一変する。今まで必死に戦っていた兵士たちは、もう反抗する気力を失っていた。レオの言葉には絶対的な威圧感があり、彼が命じるならばそれに従うしかないと感じさせる力があった。


空中でその命令が響いた瞬間、連合軍の兵士たちの中に沈黙が広がった。魔法使いや騎士たちは互いに顔を見合わせ、戦闘を続ける理由を失っていた。まだ戦っていた者たちも、レオの力強い意志の前に、自然と武器を下ろす者が続出した。


こうして、レオの長く、そして暦で言えばたった3日間という短い戦争は、ついにその幕を閉じた。戦場に残されたのは、レオの静かな勝利と、その場にいた者たちの無言の従順だけだった。


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