第四章 4月3日
A国首相官邸という名の司令部は戦闘の名残を至る所に残しながら、ひどく静まり返っていた。戦闘機の残骸が広場に散らばり、建物にはまだ煙の臭いが染み付いている。司令官室の豪奢なソファで仮眠を取っていたレオは、スマートコンタクトレンズの通知で目を覚ました。
「午前8時か……。」
冷たい視線で時計を確認し、昨夜の記憶を頭の中で整理する。
彼は一度4月3日の正午を迎えた。そう、迎えたはずだった。
「『世界』、聞こえているか?俺に能力をかけたやつの名前、弱点、居場所を教えろ。」
そう言って異能を使おうとした瞬間に時間が午前8時に巻き戻ったことを思い出す。今は2回目の4月3日だ。
「日付が変わった時に、4月2日に巻き戻されなかった理由は何だ……?」
額に手を当て、深く考え込む。
部屋の扉が控えめにノックされる音で思考が中断された。
「お、お持ちしました……。」
恐る恐る現れたのは、この首相官邸で働いていた使用人たちだった。彼らの顔には怯えが浮かび、震える手で銀のトレイを運んでいる。
トレイの上には簡素だが手際よく準備された朝食が載っていた。サンドイッチ、果物、そして湯気を立てるコーヒーのカップ。使用人たちは礼儀正しく頭を下げながら食事を置くと、怯えた視線をレオに投げかけた。
「ふん……。」
レオはスマートコンタクトレンズを起動させ、食材の成分分析を即座に行った。毒物反応はなし。彼は無言で使用人を下がらせると、食事に手を伸ばした。
ハムとチーズ、そしてジューシーなトマトがたっぷり挟まれたサンドイッチを一口頬張る。トーストされたパンの香ばしさが口いっぱいに広がり、戦場の緊張感を一瞬忘れさせた。
「悪くないな。」
彼は心の中で呟き、また一口を取る。特に新鮮なトマトの甘みが絶妙で、疲れた身体に染み渡るようだった。
さらに、コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。カップを持ち上げ、ゆっくりと口に運ぶ。深いコクとほのかな酸味が絶妙なバランスを保ち、どこか心を落ち着かせる効果があった。
「この給仕を雇うのも悪くないかもしれん。案外高級レストランより上等な飯を出す。昨日始末した無能達には勿体無い味だ。」
心の中でそう考えながら、レオはコーヒーをもう一口飲んだ。
食事を続けるうちに、再び頭を巡るのはタイムリープに関する疑問だった。日付が変わったときにリセットされなかった事実。
「能力が使えない以上、タイムリープをかけた者は今なお確実に俺を狙っている。」
コーヒーカップを机に置き、視線を窓の外に向けた。空は綺麗な朝の青空。だが、その奥に潜む敵の意図を見透かすような眼差しを浮かべた。
「タイムリープの仕組みを突き止める。そのために次はB国だ。」
静かにそう呟くと、レオはサンドイッチの最後の一口を口に運び、席を立った。
—-
B国はA国と対照的だった。銃や戦車ではなく、豊かな自然や能力者や魔法使いの存在によって栄えた国。そのため、境界線を越えるだけで空気が変わった。電子機器で守られていたA国とは違い、B国の防御は目に見えないものだった。魔法的な結界や、念による監視。
しかし、レオのAIパワードスーツは光学迷彩を備え、彼の姿を完全に消し去っていた。透明人間となった彼は、音も立てず結界や検問をいとも簡単にすり抜けていく。
B国の土地に足を踏み入れた瞬間、目の前に広がる景色に思わず目を奪われた。川は透き通るほどに澄み、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。川沿いには草原が広がり、風に揺れる草がささやくような音を立てている。遠くには雪を頂いた山々が見え、その麓には小さな村が点在していた。
「美しい。いい景色だな……。」
レオは小さく呟くと、わずかに感傷的になった。レオの生まれ育った故郷の景色に似ている。この美しい自然を目にすると、自分が進もうとしている道が何かを壊していくことに嫌悪感を覚えた。
だが、その嫌悪感も一瞬だった。彼の視界に映るニュースの映像が、現実に引き戻した。
道端の掲示板や商店のディスプレイに流れるニュースは、どこも「レオ」の話題で持ちきりだった。
「A国を一夜で壊滅させた男、次はB国を狙うのか?」
「各国首脳が厳戒態勢を呼びかけ、国境警備を強化!」
映像にはA国での戦闘の様子や、廃墟と化した都市が映し出されていた。解説者たちは皆一様に、レオの名を忌避するかのように低い声で語り、脅威を煽る。
「お前らが俺を先制攻撃してきたことは公表されていない、か。俺が美しい景色を楽しめない原因は、こいつらだな。」
レオは自嘲気味に口角を上げた。そして透明なまま、川沿いの小道を手早く走り抜けた。
やがて遠くにB国の首都が見えてきた。巨大な城塞都市のような構造を持ち、魔法の力で維持された高い壁が街を囲んでいる。壁の上には、兵士たちだけでなく、何人かのローブをまとった魔法使いが立ち、監視を行っていた。
光学迷彩で隠れたレオは、正面からの侵入を避け、川沿いの暗渠を利用して街へと忍び込んだ。通り抜けるたびに、水の音がわずかに反響する。空気はひんやりとして冷たく、地下道の壁には苔が生えていた。
「B国の飯は美味い。それに民には罪はない。なるべく穏便に済ませるべきだな。」
暗渠から抜け出し、街の一角に姿を現したとき、レオはそう呟いた。
街並みは整然としており、どこか幻想的だった。魔法の力で動くゴーレムが商店の掃除をし、街灯は不思議な光を放つクリスタルで輝いている。通りを行き交う人々の顔には、A国で見たような張り詰めた緊張感があった。
「首都での行動が鍵だな……。」
彼は慎重に次の一手を考えながら、迷彩を解かぬまま、静かに街を進んでいった。
首都に到着したレオはパワードスーツに搭載されたナノマシンを起動させた。ナノマシンは彼の端正な顔に薄い膜のように張り付いた。それが徐々に動き出し、骨格や肌の色、目鼻立ちをわずかに変化させていく。ナノマシンが作り出す仮面は、まるで本物の皮膚のように自然だった。
骨格ごと変装したレオに気づく一般人などいない。昼過ぎの穏やかな街の空気を感じながら、レオはカフェで堂々と軽食を済ませた。地元で採れた野菜を使ったサンドイッチは程よい塩気で、さっぱりとしていて美味い。パンにはバターが塗ってあり、玉子のディップと粒マスタードの混ざった香ばしい匂いが食欲を刺激させ、レオは2人前をペロリと平らげた。
「しまった、政府中枢に潜入した時用に少し残しておこうと思っていたのに、あっという間に食べてしまった。またどこかで食料を調達しておくか。」
言葉とは裏腹に落ち着いた様子でカップに手を近づける。食後に飲んだハーブティーの香りが、彼の鋭い神経を一瞬だけ和らげた。
カフェを出たレオは、人気のない路地裏に入り込んだ。狭い路地の壁にはポスターや落書きが散らばり、どこか荒んだ雰囲気を醸し出している。この場所なら人目につかずに変装できる。念の為もう一度別の顔に変えようとした。
しかし、その時ー
「おい、あんた見ねえ顔だな?」
突然背後から低い声が聞こえた。レオが振り返ると、そこにはスキンヘッドの男が立っていた。腕には雑なタトゥーが刻まれ、鋭い目つきがギラついている。
「ここは俺の縄張りだ。勝手に入り込んでんじゃねえよ。……金を置いていきな。それで見逃してやる。」
男は舌打ちしながらナイフを取り出した。その刃先は鈍く光り、安物であることが一目で分かる。
レオは一瞥しただけで、目の前の男が単なるチンピラだと判断した。動きにプロの訓練の跡はない。殺すのは容易いが、この場で騒ぎを起こせば自分の行動が周囲に知られる。面倒を避けるためにも、ここは冷静に対処すべきだ。
「どいてくれ。」
レオが静かに言葉を発したその瞬間、視界にスマートコンタクトレンズの警告が表示された。
『攻撃接近、上空注意。』
彼は反射的に体を横に飛ばす。次の瞬間、先ほど彼が立っていた場所に、透明な何かが猛烈な速度で落下してきた。
ゴンッ!
地面が大きくえぐられ、アスファルトの中に直径1メートルほどの穴ができた。粉塵が舞い上がり、周囲に破片が飛び散る。
スキンヘッドの男は目を丸くして腰を抜かし、震える手でナイフを放り出した。
「ひっ、ひぃいいいっ……!」
彼は這いつくばるようにその場を逃げ去っていく。
上空からはローブをまとった小柄な魔法使いが杖をこちらに向け、魔力を練り上げている。
薄暗い路地裏を覆う影の中で、枝の先端から微かな青い光が漏れ、魔法が発動寸前であることを知らせていた。
レオはふと上空を見上げ、小柄な魔法使いの動きとその位置を冷静に計算する。次の瞬間、荒々しい声が響いた。
「おい!仕留め損なってんじゃねぇぞ!」
声の主は路地の奥から現れた筋骨隆々の男だった。タンクトップに迷彩柄のズボンを身につけたその姿は、まるで戦場帰りの傭兵のようだ。その巨体は異様に堂々としており、ただの戦士ではないことを物語っている。彼は路地裏に倒れ込んでいたスキンヘッドの男を躊躇なく蹴り飛ばし、無力な存在を排除するような冷酷さを見せた。
「お前、レオだろ?」
タンクトップ男が睨みつけるようにレオを見ながら続ける。
「逃げ場はねぇよ。お前には高い懸賞金がかけられてるぜ。」
その声に呼応するように、今度は路地の反対側、メインストリートの方からもう1人現れた。痩せ型で顔面に奇怪なタトゥーを膨り込んだ男だ。タトゥーの模様は目を中心に放射状に広がり、その不気味さは周囲に嫌悪感を与えるほどだった。彼もまた材を構え、その先端をレオに向けていた。
「逃げられると思うなよ。こっちにはB国中の情報が集まってる。俺らみたいな賞金稼ぎが血眼でレオを探してるぜ。」
彼は嫌らしく笑いながらそう言った。
狭い路地裏で上と前後の三方向から包囲され、普通なら絶体絶命とも言える状況だ。しかし、レオは冷静だった。彼はわずかに肩をすくめ、淡々と言葉を放つ。
「何を勘違いしている。俺の顔を見ろ、レオとは別人だ。」
レオの言葉を聞いた筋骨隆々のタンクトップ男は大声で笑い出す。
「ハッ!何を寝ぼけたことを言ってやがる!」
その笑いは一瞬で止まり、鋭い眼光がレオを射抜く。タンクトップからはみ出した筋肉が力強く隆起した。荷物を運ぶような格好で腕と胸筋を見せつけながら、傭兵風の大男は叫んだ。
「俺はB国一番の探知魔法使いだ!お前が外見を変えて侵入したことぐらい、全部バレてんだよ!」
その言葉に、レオはふっとため息をつき、軽く首を横に振った。
「探知魔法使いの見た目じゃないだろ、お前。」
皮肉めいたその一言は、妙に静かな威圧感を持っていた。周囲の空気が一瞬で変わる。タンクトップ男の顔が赤く染まり、怒りに満ちた表情を浮かべる。
レオの言葉を合図に、三方向から攻撃が一斉に仕掛けられた。
まず動いたのはタンクトップ男だった。
「負け知らずの伝説の男だか知らねえがよ!伝説には尾ひれがつくってもんだ!今日でお前の伝説も終わりだ!」
筋骨隆々とした体躯から繰り出される右ストレートは、まるで鉄塊が空を裂くような速さと重さを帯びている。
レオは冷静にその一撃を軽くかわそうと、半歩後退して体を傾けた。だが。
「……何?」
右ストレートだと思っていた拳が途中で軌道を変え、右フックへと変化した。その弧を描く速度は視線を追い越し、ほとんど予知不能だった。
とっさに左腕を上げてガードする。パワードスーツの補助機能が咄嗟に作動し、衝撃を吸収する構えを取った。
「――ッ!」
拳がパワードスーツを貫通するような衝撃を伴い、レオの体に重く響いた。左腕全体が痺れる。拳の威力は尋常ではなく、スーツの耐久性を試すかのような圧力が加えられた。
「……ほう、良い一撃だ。」
レオは腕を軽く振り、痺れを感じながらも表情には余裕を保っていた。その瞳はタンクトップ男の次の動きを見極めようと細められている。
「今のをしのぐかよ。」
タンクトップ男は歯を剥き出しにして笑い、拳を握り直した。その姿はまるで戦いそのものを楽しんでいるかのようだ。
「思ったよりやるな、伝説さんよ。」
その挑発的な声は、路地裏に低く響いた。
筋肉が盛り上がり、タンクトップ男の体からは一瞬、紫色の微弱な光が発せられた。探知魔法を応用し、相手の動きを完全に読み切るための能力だ。
筋骨隆々の腕が鋼鉄のように唸り、拳のラッシュが次々とレオを襲う。ただの殴打ではない。探知魔法を応用し、レオの動きを先読みした正確無比な攻撃だった。顔面へのジャブ、脇腹へのストレート、膝へのローキック、なかなか精錬された動きだ。その連撃はほとんど隙がない。
同時に、顔面タトゥーの痩せた男が杖を振り、レオの背中に向けて呪文を唱える。五感を鈍化させる魔法がじわりとレオを侵食し、視界が霞むように暗くなり、耳鳴りが響き始める。体が重くなり、全身が鉛のように動きにくくなっていく。
さらに上空のローブをまとった小柄な魔法使いがとどめを狙う。杖を振ると同時に重力魔法が発動し、空間そのものがレオを押しつぶし始める。見えないカがレオの身体にのしかかり、まるで山が降り注いでくるかのような圧迫感が周囲を支配していた。移動の阻害兼直接攻撃、パワードスーツが軋む音がした。
狭い路地裏、剣を振るうスペースも十分にはない。普通ならば完全に詰んだ状況だ。だが、あいにく彼は普通の人間ではない。レオは不敵に笑った。
「いい連携だ。だが、お前らの全力はせいぜいこんなもんか。」
狭い路地裏で、タンクトップ男の右ストレートが轟音を立てながら迫る。だが、その拳はレオの左手に止められた。衝撃で路地裏の空気が震える。タンクトップ男の目が驚きに見開かれた瞬間、レオの右挙が鋭く腹部に突き刺さる。
「ぐはっ!」
タンクトップ男は弓なりに身体を折り曲げられ、そのまま宙を舞った。宙を描いた彼の巨大な身体は、上空にいた全身ローブの小柄な魔法使いと激突する。ローブの魔法使いは抵抗する間もなく、タンクトップ男の重量に押しつぶされ、近くの屋根に叩きつけられた。
「嘘だろ!な、なんだよこいつは......!」
顔面タトゥーの男が杖を握り直し、何か呪文を唱えようとする。しかし、その声は最後まで紡がれることはなかった。
気づいた時にはレオが背後に立っていた。
瞬間移動のような速さだ。
「俺の命を狙うなら、もっと慎重に計画を立てるべきだったな。」
冷たく囁くと同時に、レオの手が顔面タトゥーの首に触れる。音もなく力強く捻られたその首は関節を外され、顔面タトゥーの男はその場に崩れ落ちた。
レオが建物の屋根に上がると、タンクトップ男は意識を失い転がっていた。全身ローブの小柄な魔法使いも潰された形で倒れている。そのフードがずれ落ち、中からあどけない少年の顔が現れる。だが、その目は鋭く、レオを睨みつける敵意が宿っていた。
「くそっ、俺はまだ負けてない!」
「小僧、いい覚悟だ。だが覚えておけ。銃口を向けるということは、自分も撃たれる覚悟があると言うことだ。」
レオの言葉は静かだったが、無慈悲な響きがあった。
「うぐっ、うう、くそぅ。」
少年は何か言い返そうとしたが、すでに動ける体力は残っていない。
少年とタンクトップにとどめを刺そうとしたその時、街全体に甲高い警報が鳴り響いた。建物の上から見下ろす街並みの至る所で、赤い警告灯が回り、スピーカーから
『侵入者発見!侵入者発見!』
アナウンスが流れる。
「ついに気づかれたか....。少し派手に動きすぎたな。」
レオがそう呟いた瞬間、空間がわずかに歪み、彼の周囲に10人弱のローブを纏った魔法使いが姿を現した。その奥には魔法陣が浮かんでいて、次々と増援が地面に降り立つ様子が窺える。
彼らの腕にはB国直属の魔法部隊の証である赤い腕章が輝いている。それぞれが空飛ぶ箒にまたがり、杖や魔法陣を構え、街の上空から気流が渦巻くような魔力が集まっていく。彼らの動きは訓練され、隙がなかった。
「まったく、能力が使えないとうまくいかないことが多いな。」
レオは肩を軽く回しながら呟く。だが、その目には焦りはなく、むしろ冷静に状況を分析する光が宿っている。さらに、レオは少し笑っていた。トラブル続きだが、血湧き肉躍る戦いに胸が高鳴っていた。
「ふはは!いいぞ、来い、もっと来い!」
次の瞬間、レオの視界に映るのは、全方向から迫る絶望的な攻撃の嵐。炎が咆哮を上げ、渦巻く風が鋭利な刃となり、巨大な岩の塊が頭上から影を落とす。水の槍と氷槍が空を切り裂き、混ざり合うエレメントのエネルギーが辺り一帯を焼き尽くそうとする。
周辺の建物と合体した巨大なゴーレムの拳が、レオの右半身に迫る。拳の高さだけで軽く2メートルは超えている。常人であれば、ぶつかった瞬間ひき肉になるだろう。
その圧倒的な攻撃を前にしても、レオの表情には微かな笑みが浮かんでいた。
「そうだ.....これを待っていた。」
命と命の取り合い本能が研ぎ澄まされる瞬間が、レオに生きていることを実感させる。
ゴーレムの拳が当たる直前、レオはゴーレムの体を掴み風車のように振り回して、すべての攻撃を弾き返そうと考えていた。
しかしその瞬間、レオの意識は一時的に途絶えた。雷鳴が轟き、上空から一筋の稲妻がレオを正確に捉えた。
「ッ!」
胸を貫くような痛みと共に、スーツのシステムに赤い警告灯が点滅する。
[WARNING: SYSTEM DAMAGE DETECTED]
視界がノイズで揺らぎ、瞬間的な思考の麻痩が彼を襲う。雷魔法はまずい、俺の体だけで無く、スーツにも悪影響が出る。
踏ん張ろうとしたレオが次に感じたのは足元の異常だった。両足が沼に飲み込まれるように黒い影に包まれ、動きが封じられる。影は絡みつくように彼の膝まで登り、回避という選択肢を潰していた。
「なかなか面白い手だ。」
レオはわずかに笑みを浮かべた時ー
ドゴシャァ!!
新幹線が人を撥ねたような轟音が響き、ゴーレムの拳が思いっきり振り抜かれた。同時に、レオの左半身へ大量の魔法攻撃が到達し、拳と魔法で板挟みになった空間に凄まじい衝撃派が発生した。
爆煙の中、魔術師の1人は叫んだ。
「我が魔術部隊に敵などいない!かつての伝説なぞ、言い換えれば時代遅れの化石に過ぎない!」
その言葉で勝利を確信した魔術師達が勝ち鬨と雄叫びをあげる。その刹那、爆煙の中から電子レンジサイズの岩石が飛んできて、魔術師1人の頭部に直撃した。
グシャ!ビチャビチャ、ボトッ。
某子ども向けアニメの主人公のように、新しい顔に入れ替わった魔術師は、頭部に血まみれの岩を乗せたまま地面に倒れた。
「うっ、うわぁぁぁあ!?総員、戦闘体制維持…」
「遅すぎる。戦場で敵の死体を確認しないなど、三流のやることだ。」
灰色の煙が晴れると、瓦礫に覆われた路地の中央にレオが立っていた。その右腕はゴーレムの巨大な拳を受け止めたまま、筋肉を隆起させて押し返している。ゴーレムは自身の右腕を根元から折られ、バランスが保てず転倒している。モタモタと起きあがろうとする様はまるでひっくり返った亀のようだ。
さすがのレオも口元には血の筋が浮かんでいた。スーツを貫通した雷魔法は思ったより強力だったようだ。
衝撃が来る直前、レオは右手でゴーレムを受け止め、左手で剣を大きく振りかざし、全方向から飛び交う魔法を弾き返していた。
魔術師達が再び呪文を詠唱し始める。足元の影魔法の沼がレオの動きを封じ続ける中、彼は狼狽えず冷静に状況を見ていた。
「この影魔法は厄介だな、実体がなくて俺が攻撃してもダメージが無い。だが俺の体を捕えて離さない。術をかけた本人を始末するしかないか。」
と鋭い声で言い放ち、目の前のゴーレムの体を正確無比に切り刻んでいく。
その破片を手近にあった巨大な瓦礫のように利用する。始末した魔術師が持っていた杖を拾い上げ、ゴルフのフルスイングをするかのようにゴーレムの破片を打ち出した。
パシュッ!
小気味良い音と共に発射された最初の破片が狙い通りに宙を舞い、1人目の魔法使いの胸を買いた。乾いた破裂音が響き、その体に新たな空気孔が作られる。魔術師は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。驚愕の声を上げる間もなく、2つ目、3つ目の破片が次々と標的に命中する。
破片を操る彼の精度は異常だった。飛び散ったゴーレムの岩片がまるで追尾弾のように敵を正確に捉え、1人また1人と地面に沈めていく。
足元の重さが一瞬で消え去り、レオは再び自由になった。束縛を解かれた感覚が体全体を駆け抜ける。どうやら影魔法の使い手を倒したらしい。
残り半数を片付けようと足に力を入れる。魔術師達が視認できないほど早く走り、後ろを取った。狙うは隊長格の男。レオの斬撃は男の首を真後ろからだるま落としのように勢いよく斬り飛ばす。
はずだった。
ガキィン!!
凄まじい金属音と共に、レオの一撃は見えない空気の壁に弾かれる。そして、空中に大きな亀裂が入っていた。どうやら透明なバリアを張っていたらしい。
「ひ、ひぃぃ!いつの間に!」
戦闘中であることを忘れ腰を抜かした隊長格の男はすっかり怯えている。だが、戦場に出てきた以上そんなの知ったことではない。
何より、レオの一撃を防ぐやつなんて久しぶりだというのに、その能力を攻撃ではなく自分を守ることに使おうとする底の浅さがレオの神経を逆撫でした。
「死ね。」
バリィン!!
容赦ない一撃は今度こそバリアを叩き割り、隊長格の男の喉元へ迫る。だが、レオの剣はビデオの逆再生のように止まり、押し戻される。そのまま剣はレオの意思と物理法則に反して意思があるかのようにレオ自身の喉元に戻ってきた。
「なにっ!?」
想定外のブーメランに対して、間一髪体を捻ってかわし、回転する剣の柄を握る。しかし、剣の回転は止まらない。仕方なく、レオも剣と一緒に回ることを選択した。決してふざけている訳ではなく。舞踏会のように美しく舞うレオは回転の勢いを活かして隊長格の男に三度剣を振った。
しかし、男はその場にいなかった。巨大な植物の根が蛸足のように動き回り隊長格の男を後ろに退け、他の根が盾となりレオの斬撃の勢いを殺していた。
「チッ」
レオは態勢を整えながら、新手が来たことに気づく。考えてみれば当然だ。一国を守る手勢があの程度なわけがない。
「おいおい、国内1番の防御魔法使いである俺っちのバリアを2撃で壊しちまうのかよぉ!?」
金髪長身で軽薄そうな男が魔法陣の中から現れ、地面へ降り立った。
「自然の声を聞くのです。我らを正しい方向へ導いてくれる。レオ、あなたは土に還るべきだ、そう大地の神は仰っています。」
涙を流し、両手を合わせながら修行僧のような男もやってきた。その後ろに、とんでもない存在感を放つ巨漢が居る。
「うちの部隊長が世話になったな。俺は魔法防衛部隊の大隊長、つまりさっきまでの奴らは前座だ。俺のベクトル操作魔法の前ではどんな攻撃も効かんよ。」
顔に大きな傷のある大男が魔法陣の床面積を目一杯使って生えてきた。土木の現場工事の方が似合いそうなぐらいガタイが良くて日焼けしている。
なるほど確かに、この男が一番強いようだ。修羅場を潜り抜けてきた雰囲気がある。強者特有のオーラ、とでも言おうか。スマートコンタクトレンズも、顔に傷がある大男を一番脅威度が高いと警告している。
「次から次へと、取ってつけたような没個性ばかり並べやがって。俺は打ち切りマンガ家の編集者じゃ無いんだぞ。」
「残念ながら、連載終了するのはお前の人生かもしれないな、レオ。」
レオは思いっきり大地を踏み締めて剣を振りかぶった。現在、4月3日午後4時。
—
第三者から見たら多対一。多勢に無勢。しかも多数派はB国を守る要の精鋭部隊だ。そしてレオは実質無能力者。結果は日を見るよりも明らかに見える。しかし、実際の戦いは互角、泥沼のような混沌に突入していた。都市部の屋上を渡りながら激しい攻撃と防御の応酬が続き、周囲の空間そのものが破壊の舞台となる。
刀身に雷を纏わせた剣士と、剣尖に爆炎を纏わせた槍使いが左右から攻めてくる。
特に雷撃はまずい。ガードを貫通して直接ダメージを負うだけではなく、パワードスーツの出力も落ちる。つまり、剣で受けることもできるだけ避けたい。
「ほう、武器に魔法を宿らせるか。面白い。」
レオが呟くと同時に、炎をまとった槍が一直線に突き刺さるように飛び込んできた。鋭い速度と火の輝きが相まって、攻撃は視界を埋め尽くすほど迫力がある。
彼は冷静に剣を構え、槍の軌道に剣尖を沿わせることで攻撃を受け流した。そして、流れるような動作で槍使いの懐に入り、槍使いの両腕を切り落とした。かに思えた。
ガキィィン!
激しい金属音が響く。
槍使いの両手には透明なバリアが張られていて、レオは彼を仕留め損なった。しかも、バリアには少しヒビが入っただけだ。
「おいおい、俺を忘れるとなんて寂しいじゃんよ、レーオさん♪」
槍使いのバリアに気を取られた、一瞬の間隙を縫うように雷の剣士が袈裟斬りを行うが、レオは半歩体をずらして難なくかわす。しかし、レオは追撃ができない。
「チッ」
軽い口調の金髪ロン毛のバリアが鬱陶しい。本気の踏み込みでも2撃必要なほど硬い。1人ずつ数を減らしたいが、敵の致命傷は奴が守るようだ。
更に厄介な存在がもう1人居る。ベクトル操作を行う敵の大隊長だ。腕を組み全体を俯瞰して見ている。今のところは最前線に出てくる気はないようだ。
「「やぁっ!」」
炎の槍使いが再び鋭い突きを放ち、後ろから雷の剣が襲ってくる。レオは槍を掴み、掴んだ手を支点に体を浮かせ、槍使いの脇腹に回し蹴りをかます。
だが、槍使いの脇腹にはバリアが張られている。蹴った勢いで空中で方向転換を行い、雷の剣士に肉薄する。剣士の足を刈り、転ぶ剣士の後ろから首を狙う。頭部と胴体を分けようとしたが、レオの剣筋は奇妙に歪み剣士を傷つけることなく地面に突き刺さる。
そして、四方八方から植物の根が意思を持つかのように鋭く突き刺さってくる。手の甲や足先にパワードスーツの装甲を集中させ最小限のダメージに留めながら後ろに下がるが、地面に刺さったレオの剣を植物使いの僧侶に回収されてしまった。
「こんな物騒な物を持つから地獄に行くんです。大人しくその身を差し出せば天国に行けますよ。」
「…流石にこれは、手強いな。」
レオは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「おっ、かつての伝説は現実を受け入れ、新しい時代に託すことを決めたか?」
顔に大きな傷をつけた大隊長がガハハと大口を開けて笑う。こんなガサツな見た目をしてベクトル操作という繊細な能力を完璧に使いこなすもんだから、人を見た目だけで判断してはいけないのかもしれない。ここ一番で味方のサポートをして攻撃を致命的なものに変え、逆にレオのクリティカルな一撃から味方を守る。こんなやつがまだ後ろに控えていると思うと、少しげんなりした。
「さて、そろそろ俺も動くか。」
部隊の後ろで鎮座していた大隊長がつぶやいた瞬間、数十メートルの距離を一瞬で詰めレオの目の前に現れた。
「は?」
咄嗟の出来事に反応が遅れた、そう気づいた瞬間には熊のような巨大から放たれる右のアッパーがレオの腹部に到達する寸前だった。
急いで両手を腹部に差し込み、手のひらと全身で大隊長の攻撃を受け流し後ろへ跳んだ。
だがしかし。
「グハッ。」
レオは吐血しその場に倒れ込んだ。コップ一杯分のトマトジュースをそのまま吐き出したかの如く辺りが血に染まった。その一方で、腹部のパワードスーツには亀裂が一切入っていない。
「ベクトル操作で自身の速度を増幅させ、攻撃は鎧を貫通して体内の臓器に直接ぶつけたのか.......!」
「ほう、今の一撃でそこまで見抜いたのか!やるな、伝説。だけど、分かったところで対処できるか?」
雷や炎の近接攻撃、ピンチの時はバリアとベクトル操作による防御や支援、遠距離から植物の根、完璧な布陣にじわじわと気力や体力、スーツの能力を削られていくレオ。
パワードスーツの破片が飛び散る中、レオは体勢を崩しかけるが、壁に手を突き踏みとどまる。その衝撃によってスーツの一部にさらに深刻なダメージが蓄積し、システムが警告を発し始めた。だがその目はまだ死んでいなかった。
「このままだと俺は負けるかもな。ここが能力の使えない俺の限界ってところか。」
「やけにあっさり認めるんだな。ならさっさとくたばってくれるか、かつて伝説と呼ばれたテロリストよ。世界中がお前に怯えているんだ。8歳になるうちの娘もレオが怖いって昨日はなかなか寝てくれなかったんだぜ?」
大隊長の言葉に青スジを立てるレオ。
「俺がテロリストだと?先にタイムリープの刺客を仕向けてきたのはお前らB国、軍事行動を行って我が聖域を汚したのはA国だろうが!」
戦闘中にもかかわらず、レオの気迫に押されて沈黙し萎縮する国防部隊の戦士達。それらの雰囲気を吹き飛ばすかのように大隊長が笑った。
「タイムリープ?誰のことか知らんが、いつ国を滅ぼすか分からない気まぐれな魔王を人類は放置できないってことだ。あんたも色々あるかもしれねぇが、俺の家族とこの国の平和のために死んでくれ!」
大隊長の言葉でやるべきことを戦士達は思い出した。その瞬間、全員からの総攻撃が仕掛けられる。バリアの能力者が全身を球状のバリアで包み突進してくる。さながら巨大なボーリングのようなものだ。
レオは防御の態勢を取るどころか、俯いたまま肩を震わせ声を絞り出した。
「タイムリープの能力者を知らないだと?お前らの国の差金だろ。貴様、この状況でよく嘘がつけるな。
それに俺は魔王ではない、かつて魔王を倒した戦士だ。もういい、上等だ。この国の料理は好きだったからこの手は極力使いたくなかった。だがもう決めた。この国を焦土にしてからタイムリープの能力者をゆっくり探すとしよう。」
空気がピリつく。レオは風前の灯火のはずなのに、この不気味さは何だ?B国の魔法使い達全員がそう思った。
「気をつけろ、上だ!」
大隊長の声が戦場に響き渡るが、それは一瞬遅かった。
空から降り注ぐ無数の爆弾が首都の一角を覆い尽くし、轟音とともに建物が崩壊し、炎と煙が巻き上がる。その爆煙は視界を奪い、地上の魔術師たちの動きを鈍らせた。
「ミサイルの軌道を変えろ!」
大隊長は咄嗟に能力でミサイルを捻じ曲げ、レオの手先である爆撃機に狙いを変え、撃ち落とした。仲間を守り、敵の戦力を減らす。素晴らしい判断力。だが、ミサイルや爆撃機は大隊長を引きつける囮に過ぎなかった。
爆炎と爆煙、轟音の嵐の中、大隊長は見た。
レオは直立不動のまま右手だけを前に伸ばし、バリア使いのバリアを押さえつけていた。
「ぐ、うぐぐ、なんで俺っちの全力が止められてんのよ!?俺っちはこの国で一番のバリア使い!バリアは防御だけでなく攻撃にも使える最強の鎧!生身で受け止められるはずがないのよ!」
バリア使いは顔を真っ赤にして両手をバリアの正面に押し付け、球の内側で足を踏ん張っている。しかし、ボーリングの球のように広がったバリアはレオの手より先に進む気配がない。まるで力士をめいいっぱい土俵から押し出そうとする子どもを見ているようだ。
バリン!
その瞬間、乾いた破砕音が響いた。
「あ」
バリア使いの間抜けな声が戦場にこだました。
レオの右腕が鋭く動き、バリア使いが展開したエネルギーの障壁を、レオの腕が何の抵抗もなく貫通した音だった。
「お前のバリア、広範囲に張ると強度が落ちるようだな。何度もネタを見せすぎだ、愚か者。」
周囲の魔術師たちが目を見張る中、彼はバリア使いの頭を片手で掴み、まるで熟れ過ぎたトマトを扱っているかのように容易く握りつぶした。血と脳が飛び散る中、レオは手を振ってその汚れを払い落とす。
彼の動作には一切の感情がなく、ただ冷徹な効率性だけが漂っていた。水風船を地面に叩きつけた時のような、スイカ割りを連想させるような、B国最強の防御魔法使いはそんな呆気ない最期を迎えた。
爆煙が徐々に晴れ始めると、レオの背後に無数の人影が浮かび上がる。だが、それはB国の国民ではない。いや、人ですらない。爆撃機から爆弾と共に降下してきたのは、レオの屋敷から送り込まれた無人戦闘アンドロイドたちだった。全身を添黒の装甲で覆い、赤い光を放つセンサーが不気味に輝いている。
アンドロイドたちは無言のまま整然と進軍を始め、周囲に残っていた魔術師たちを次々と銃弾を浴びせ排除していく。彼らの動きは機械的で正確無比。まあ機械なのだからそれは当然なのかもしれない。
炎の槍使いと雷の剣士はお互い背を任せ目の前の銃弾を撃ち落としていたが、百発百中とはいかない。少しずつ被弾し、やがて血の海に沈んでいった。敵の隙を見逃さず、一撃で仕留めていくアンドロイド達の様子は圧倒的な力を誇示していた。
さらに、上空からはドローンが次々と降りてくる。それらは地上で即座に展開し、戦場を一層の混沌に陥れた。ミサイルを放ち、銃火器を乱射しながら、植物使いの僧侶を包囲するように動き、彼は業火に焼かれ灰と化した。彼の信仰する大地の神は現代のテクノロジーからは守ってくれないらしい。
ドローンは攻撃を止めず、首都の奥深く、首相官邸まで突き進む。テクノロジーが戦況を完全に支配していた。
一方、レオのパワードスーツは爆撃や戦闘によるダメージでところどころ焦げ付き、破損していた。だが、合流したドローンとスーツに組み込まれたナノマシンがその傷を瞬く間に修復していく。
焦げた装甲が音もなく剥がれ、代わりに新しい層がその下から現れる。わずかな時間でスーツは新品同様の状態に戻り、再び完全な防御力を取り戻した。
「さて.....形勢は完全にこちらに傾いたようだな。」
背後に広がるアンドロイドとドローンの圧倒的な布陣を背負い、レオは冷たく微笑む。
爆撃の余韻が消え、戦場は不気味な静寂に包まれていた。焦土と化した街並みの中、レオと大隊長だけが立っている。周囲にはアンドロイドの動作音や、散り散りに撤退する魔術師たちの悲鳴だけが響いていた。
大隊長は身の丈2メートルを超える巨躯を持つ熊のような男だ。その筋骨隆々の体には無数の傷跡が刻まれており、戦場で生き抜いてきた男の重みが伝わる。重厚な鎧の一部は焦げ、砕けているが、その眼光は鋭く、戦意は失われていない。
「もう一度聞く、他人をタイムリープさせる能力者のことを知らないか?」
「だから、そんなやつ俺は知らん!」
低く力強い声がレオに向けられる。
「そうか。」
レオは冷たく呟きながら、死体の山から剣を持ち上げる。僧侶が所持していたそれは、再び彼の手に収まり、薄暗い光を反射した。
大隊長は息を荒げながら、レオを睨みつけた。
「......貴様は生きてはいけない存在だ!この国を、家族を守るためにお前はここで殺す!たとえ刺し違えてでも!」
レオはスマートコンタクトレンズを通じて彼の表情や脈拍を分析した。Alは即座に判断を下す。
「タイムリープ能力者を知らない。どうやら嘘はついていないな.....だが。」
剣を軽く振り、血を払うレオ。背後に広がる破壊の光景を一瞥すると、再び大隊長に視線を向ける。
「まあ良い。どっちにしろ、お前は脅威だ。ここで消す。」
大隊長の動きが一瞬加速した。まるで時間そのものが狂ったかのように、巨大な体が閃光のようにレオへ突進する。その速度は常人では目で追えないものだが、レオの目はその動きを捉えていた。
レオはその突進をただの直線的な動きとして捉えた。即座に剣を予測地点に置く。刃の鋭い先端が、大隊長の胸元に吸い込まれるように向かっていた。
「チッ!」
大隊長はギリギリでレオの剣をかわし、体をひねる。しかしその動作に無理が生じ、重心を崩して地面に片膝をつく。
崩れた大隊長を見下ろしながら、レオは冷徹に告げた。
「ベクトル操作の弱点だ。」
レオは剣を軽く振りながら、一歩一歩ゆっくりと間合いを詰める。
「自身や味方を加速させることは脅威。だが、早く動けば動くほど、その動きは単調になり読みやすくなる。」
剣を肩の高さに構えた。
「こちらがカウンターを仕掛ければ、速度が乗った分、勝手にダメージが増えるというわけだ。」
大隊長は荒い息をつきながら立ち上がる。
「まだだ!」
彼の瞳に宿る執念が一瞬輝き、ベクトル操作を用いてレオの剣を操り喉元へ突き刺そうとした。重力そのものを操るかのような力で剣を反転させ、まるで投石機のようにレオに向けて弾き返す。
鋭い刃が空を裂き、レオに向かって飛ぶ。
「ほう。」
レオはわずかに身を引くことで剣の軌道をかわし、背後でそれが瓦礫に突き刺さる音が響く。
「弱点その二。」
レオは振り返りもせず、背後に突き刺さった剣を引き抜き、なおも間合いを詰める。
「その能力、繊細すぎる。」
彼は静かに歩を進めながら続ける。
「複数箇所で同時にベクトル操作なんてできない。正面を守れば背中がガラ空き、攻撃すれば防御が疎かになる。」
大隊長は動揺を隠せず、無言のまま次の攻撃を模索している。
「何より。」
レオの目が、大隊長の顔面に走る大きな傷跡に向けられた。
「その顔の傷。ベクトル操作で攻撃が効かないはずなのに、どうして傷を負っている?その顔が、その無敵の能力にすら弱点があることを証明している。」
その言葉に、大隊長は歯を食いしばりながら再び構えを取る。
「黙れ……まだ終わってねぇ!」
「いや、終わっている。」
レオの声は冷たく響き、戦場の静寂を切り裂いた。レオが剣を振り抜こうとした瞬間、大隊長の背後に影が動いた。冷静に銃を構えたアンドロイドが、寸分の迷いもなくその引き金を引く。
パン!パン!パン!
重厚な音が狭い空間に反響し、火花とともに銃弾が放たれた。
高精度な射撃により、銃弾は大隊長の背中に次々と穴を空ける。分厚い筋肉を買き、鋼のような体が崩れていく音が響く。
大隊長の動きが鈍り、口から血が一筋流れた。
「だから言っただろう、後ろが疎かだと。その能力なら最前線に立ち続ければ良いものを。後ろで仲間の様子を見ることに徹しているから、大方予想はついていた。その繊細な力の維持には、高い集中力を要するか、使用回数に制限があるかだろうと。」
大隊長は何かを言おうとしたが、声にならなかった。膝が地面に沈み込み、やがてその巨体が完全に崩れ落ちる。胸からはペンダントが溢れ落ち、その中には妻と幼い娘と3人で仲良く公園に居る写真が入っていた。
まるで、かつてのレオの家族を見ているようで、一瞬心がズキンと痛んだが、すぐに鋭い目つきに戻る。
レオは剣を下ろし、視線を冷たく大隊長の遺体に向けた。
「.....あっけない最期だったな。」
アンドロイドが銃口から煙を漂わせたまま、レオの後ろに下がる。爆撃の余韻がまだ街に響き、焦げた瓦礫の匂いが鼻をつく。だが、レオの心はどこまでも静かだった。
周囲には動く者は誰もいない。魔術師たちの屍があたりに散乱し、つい先ほどまでの激闘が嘘のように、静寂がその場を支配していた。
首相官邸はかっての威厳を失い、瓦礫と血の匂いが染みついた静かなパ墟と化していた。防衛隊を殲滅し、レオが足を踏み入れたとき、そこにいた政治家たちは完全に戦意を失っていた。
震えながら膝をつき、彼らは一斉に命乞いを始めた。
「降伏します!もう抵抗はしません!どうか、命だけはお助けを!」
その必死さは滑稽ですらあり、かつて権力を振りかざしていた彼らの面影はどこにもなかった。
「全面降伏か.....A国と同じだな。」
レオは彼らの命乞いを一瞥し、何の感情も見せずに言った。その声は冷たい刃のように官邸の空気を切り裂く。
彼の剣が振り下ろされるたび、首相官邸の床に鮮血が広がり、次々と政治家の首が勿ねられていく。命の重さを問うことなく、彼はその裁きを機械的に繰り返した。
すべてが終わり、死体の山の中でレオは1人佇んだ。念のため、首を刎ねる前の政治家達にタイムリープ能力者について問いただしていたが、返ってくる答えは同じだった。
「本当に知りません!タイムリープなんて、聞いたこともありません!」
彼らの表情、声色、動揺の仕方、すべてが真実を語っているように思えた。レオのスマートコンタクトレンズも嘘の兆候を検知しない。
「国防大隊長が知らない暗殺部隊を、政治家が隠し持っている可能性もあったが......それも空振りか。」
レオは剣を鞘に収めながら、低く呟いた。
「じゃあ、俺にタイムリープの能力をかけたのは一体どこのどいつだ?」
レオの問いは虚空へ消え、答えはなかった。
ふと外を見ると、崩壊した街並みが見えた。煙が立ち上り、瓦礫と化した首都。そこには二度と元に戻らない景色が広がっていた。
「つまり、俺は先走って二つの国を滅ぼした世紀の大犯罪者になったということか。」
乾いた笑みを浮かべ、レオは自嘲気味にいた。
俺は870歳、もう九世紀も生きている。世紀の大犯罪者という肩書きすら矮小な二つ名なのかもしれない。
その目に後悔は見えない。ただ、どこか遠くを見つめるような虚無が漂っていた。
すべてを終えたレオは、ゆっくりと首相官邸を後にする。彼の背中を見送る者はもういない。
周囲は静まり返り、彼の足音だけが虚しく響く。空にはまだ無数のドローンが旋回しており、戦闘の終わりを告げるように爆煙の中を飛び交っていた。
「帰るか、我が家に。そういえば今は何時だ?」
スマートコンタクトレンズの視界の端には、4月4日、午前1時が表示されていた。
「また今日もタイムリープをしていないのか。どんなルールで発動するのか、もっと詳しく調べないとな。」
タイムリープから一時的に脱出し、レオを敵視していた国を2つも潰した。なのに、レオの気は晴れなかった。焦土と化した更地から空を見上げると、戦火の煙で星はよく見えなかった。