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第二章 退屈の終焉


コロシアムに隣接された超高級ホテルの最上級スイートルーム。深い夜の静けさが部屋を包み込んでいた。そこには、無数の戦いを制した証である優勝トロフィーが並んでいる。棚にぎっしり詰まったそれらのトロフィーは、年代も形状もバラバラだ。あるものは純金で作られた豪奢なもの、またあるものは時間の経過で錆びつき、触れれば崩れてしまいそうな代物だ。だが、どれも同じ意味しか持たない。「退屈を紛らわせるための過去の記録」でしかない。


レオはその中のひとつ、特に古びた優勝トロフィーを手に取った。表面の金メッキは剥がれ、かつて彫られていた文字も擦り切れて読めない。それが何の大会だったかすら、もう思い出せない。いや、思い出す気にもならない。ただ一つ確かなのは、その時もまた「圧勝」だったということだ。


「これ以上退屈凌ぎはないのか……。」


思わず呟いたその言葉が、広い部屋の中に虚しく響く。無数の勝利を手にしても、満たされることはない。むしろ勝利を重ねるたび、退屈の重さが増していくばかりだった。


レオは椅子に腰を下ろし、遠く昔のことを思い返す。


かつて、約800年前。財宝を守る龍を討ち倒したときはどうだったか。


圧倒的な力を誇る黒龍との戦いは、ほんの一瞬で終わった。黒龍はその財宝を守る使命を全うしようと最後まで抗ったが、レオにとってはそれすらも「ちょっとした気晴らし」に過ぎなかった。今となってはその財宝が何だったのかすら覚えていない。ただ一つ覚えているのは、龍が命を賭して放った最後の炎が、どこか美しかったことだけだ。


次に思い出したのは、封印から復活した魔王との戦い。あれからもうら500年も経ったのか。

人々が恐怖に震え上がる中、レオはその存在をただ「片付けるべき厄介事」としか見ていなかった。復活した魔王は確かに強大だった。いや、巨大なだけだった、という表現が正しいのかもしれない。大陸ごと押しつぶす極大魔法も、合計3回の変身も、レオの力に比べれば、それもただの「小さな試練」でしかなかった。


「せっかく久しぶりにシャバに出て来られたのにぃー!」


魔王の断末魔は実に情けなかった。魔の道を極めたものなら散り際も堂々として欲しいものだ。


軍事国家との対決その記憶もまた、退屈な昔話の一つだ。

あれは200年前のことだった。ある新興国家が、世界征服の野望を掲げていた。その指導者たちは、他のどんな武器よりも強力な「生きた兵器」を欲していた。そしてその標的となったのが俺だった。噂を聞きつけ、各国のスパイが俺の前に現れた。最初は甘言で誘い、次に脅迫で屈服させようとし、最後には兵を繰り出して無理やり支配しようとした。全てが愚かだった。


「軍事利用? この俺を?」


彼らの目論見を耳にした瞬間、俺は思わず笑った。誰にも操られない絶対的なカ、それが俺自身だということを、奴らは理解していなかった。


最初の攻撃は不意打ちだった。軍の特殊部隊が夜明け前に俺を包囲し、建物ごと爆破しようとした。爆炎とともに全てを灰にするつもりだったのだろう。だが、その爆発は俺の足元を黒く焦がしただけで、俺自身には一切届かなかった。炎は俺の命令に逆らえず、触れることさえ許されなかったのだ。


兵士たちが震える様子を見て、俺は静かに立ち上がった。


「たったこれだけか?」


俺の問いかけに、彼らは答えることもできずに逃げ出した。それでも、戦争を仕掛けてきた国家は諦めなかった。次々と兵を送り込み、最新鋭の兵器を投入してきた。ミサイル、戦車、無人機。ありとあらゆる武器が俺を狙った。だが、その全てが無意味だった。


戦場が見渡す限りの瓦礫と化すまでに、そう時間はかからなかった。

俺が「攻撃を防げ」と命じた瞬間、兵器の弾道は狂い、空を切った。飛んでくるミサイルは俺の周囲で粉々に砕け散り、無人機は次々と制御を失い地面に激突した。兵士たちが放つ銃弾は、俺に届く前にすべて停止し、地面に落ちた。


最後に残ったのは、国家そのものだった。

俺に刃向かうことを決めた国のすべて。

軍事拠点、行政機関、そしてその指導者たちを一瞬で消し去った。あの国の土地は今や荒野となり、地図からも消え去っている。


「軍事利用だと? 俺を使おうとした罪は重い。」


俺は全てを終わらせた後、ただ一人静かにその場を去った。国を滅ぼした瞬間の感覚は、思った以上に虚しかった。美味い飯や美女を用意すれば願いの一つや二つでも聞いてやっても良かったのに。身の丈に合わない力を制御しようとするからこうなる。

結局、奴らも俺の退屈を埋める存在にはなれなかったのだ。


そして、100年前の宇宙人の侵略。

あのとき、地球は滅亡の危機に瀕していた。異星の艦隊が空を覆い、人類の文明を滅ぼそうとしたその瞬間でさえ、レオは冷めた目で状況を眺めていた。「守れ、そして爆ぜろ。」という命令を世界に与えただけで、全ては終わった。星間艦隊は一瞬にして崩壊し、異星人のリーダーは自らの敗北を認めて地球から去っていった。それを見送ったときも、レオの心に浮かんだのは、ただ一言だった。「くだらないな。」


人生を振り返り、レオはため息をついた後、手にしたトロフィーをそっと棚に戻した。もう何も感じない。勝利はただの作業に成り果て、敵を打ち倒す達成感も、世界を守る誇りも、今の彼には存在しない。全ての戦いが、彼の中で「消化済みの退屈な歴史」に過ぎないのだ。


彼の目が棚に飾られたトロフィーの中で最も新しいもの、バトルコロシアムの優勝トロフィーに移る。表面は磨き上げられていて、その輝きだけがまだ少し新鮮だった。だが、それすらも数日のうちに他のものと同じく色褪せるだろう。思えば、この10年間、コロシアムの戦いでさえ彼の心を動かすことはなかった。


「神話や伝説として語り継がれる? くだらない。」


かつての自分が作り上げた物語が、今やただの過去の遺物として人々に消費されている。それを見ていると、まるで自分が生きている意味すら無意味に思えてくる。


レオは空を仰ぎ、孤独を噛み締めるように目を閉じた。どれだけ勝ち続けても、得られるのは虚無だけだ。


棚に飾られた古びたトロフィーを見つめながら、俺はまたため息をつく。


「龍も魔王も国家も、宇宙人すらも.....もう全部やり尽くした。」


俺の頭を過ぎるのは、退屈さを埋めてくれる新たな戦いのことだけだ。だが、そんなものが本当にあるのか。今となっては、それすら疑わしい。


「もう少し楽しませてくれよ、世界。」


だが、その願いを叶える存在がいないことを、彼自身が一番よく知っていた。


—-


酒臭い朝が嫌いだった。意識が朦朧とし、頭が割れるように痛む。二日酔いに付き合うのは何世紀も前に飽きていた。


「解毒しろ」

と俺は世界に命じた。

その瞬間、重かった頭が霧が晴れるようにスッキリする。体内にあった毒素が浄化され、清涼感が駆け巡る。やれやれ、こんな便利な力を持っている俺が、二日酔いに悩まされる道理はない。


『レオ様、おはようございます。4月2日、朝の8時です。二時間後に大会の優勝者インタビューですよ。』


唐突に、『世界』の声が頭に響いた。俺のスケジュール管理を任せている。俺は自分の能力を便利な秘書としても活用している。そうだ、今日はこのホテルで大会優勝の会見がある。面倒だな、だが祝勝会で出される酒は特別製だ。是非ともいただきたい。


だが、問題はもう一つあった。

横で鼾をかいている若い女だ。


薄暗い部屋の隅で、昨夜の記憶を辿る。俺は問いかけた。

「この女は誰だ?」

『世界』はすぐに応える。


『昨日、飲み屋でレオに声をかけてきた女です。』


なるほどな。酔った勢いでホテルまで連れ込んだのか。どんなに美しい女でも、酒臭い鼾を間近で聞かされるのは辛抱ならん。


横たわる女を眺める。乱れた髪、豊満な体、ゆるんだ表情。なるほど、昨晩はなかなか楽しませてもらったようだ。


俺は立ち上がり、彼女の服を集めて上から適当に掛けてやる。着せるのは面倒だからな。


そして、冷たい声で命じた。


「この女をこいつの家に送ってやれ。」


空気が軽く揺れ、女の体はふっと消える。部屋には静寂が戻った。


昨夜の酒場で何を話したのか。彼女が何を期待して俺の元へ来たのか。そんなことはどうでもいい。ただひとつ、これ以上俺の朝を騒がせる者はいなくなった。


俺は深呼吸をし、窓を開けた。外には変わらない退屈な日常が広がっている。


—-


祝勝会は予定通り、華々しく始まった。会場は高級ホテルの最上階。煌びやかなシャンデリアが天井を照らし、各国の記者や有力者たちが集まっている。だが、俺にとってはすべてが予定調和だ。


記者会見の席でフラッシュが焚かれる中、俺は適当なことを言って場を繋いだ。


「今年も素晴らしい大会だった。来年も参加するから腕に自信があるやつはかかってこい。」


そんな言葉でも、スポンサーたちは拍手を送り、記者たちは大げさに書き立てる。俺の知名度は世界一だ。なんせ教科書にも載ってるくらいだからな。


俺が大会に出場するだけで、スポンサーにとっては莫大な広告効果になる。それに俺を敵に回すと冗談抜きで国家ごと滅ぼされる。というか滅ぼされた実例がある。だからみんな一生懸命俺のご機嫌取りをする。腫れ物を触るように扱う。パンパンに膨らんだ風船を割らないように他人に押し付けるのだ。もしくは、暴れ牛が牧場の柵を壊さないように、広大な牧草地を暴れ牛1頭に与えているようなものかもしれない。


だが、若くて美しい女たちが群がるこの空間だけは、少しだけ気に入っている。肉体の老化を止めて久しい俺だが、未だに女の香りや柔らかさに飽きることはない。彼女たちの笑顔や視線は、空虚な日々に一瞬だけ色を与える。もっとも、それもガムを噛み続けるのと同じように、すぐに味気がなくなるのだが。


「人間とは、底なしの欲を持つわがままな生き物だ。いや、もはや俺を人間という括りに入れて良いかも分からないがな。」


呟きながらグラスを傾けた。喉を通るアルコールの熱さも、いつの間にか慣れてしまい、もはや刺激を感じない。ただ胃の奥で静かに燃えるそれだけだ。


会見が終わった昼過ぎ、プール付きの別荘に移動した。そこでは豪華な宴が続いている。ご機嫌取りのおっさん達は誰一人いない。シャンパンの泡が陽光にきらめき、美女たちが笑い声を響かせながらプールサイドを行き交う。ビーチチェアに横たわる俺の目の前には、果物の盛り合わせと数人の女たちが取り囲むようにして座っている。


羨ましいと思うか?

だが、満たされれば満たされるほど、内側に空虚さだけが広がる。


「腹が減るから飯が美味い。満たされてばかりじゃ、幸せなんて感じられないな。」


俺は小さくつぶやいた。りんごを一個手に取り、無造作に齧り付く。口の中で果肉がジュワッと広がりほのかな甘味と酸味が広がった。向こうで泳いでいた美女達は笑い声を上げてこちらに手を振っている。


「レオ様、どうして泣いているのですか?」


突然の声に、我に返る。隣にいた一人の美女、サラが、俺の頬にそっと手を添えていた。


「俺が…泣いている?」


彼女の指先が濡れているのを見て、言葉を失う。だが、それは一瞬だけだった。俺は手を振り払い、バカを言うなと吐き捨てるように言った。


気まずさを振り払うように、レオは立ち上がる。


プールサイドでビーチバレーをしている3人の美女達の方へ、俺は軽く跳躍し、そのまま水しぶきを上げて飛び込んだ。冷たい水が全身を包み込む感覚だけが、ほんの少し現実味を感じさせる。


だが、水中に潜った瞬間、胸に染みついた孤独感は消えることなく、俺を深く沈ませた。


「また退屈な日々に戻るだけか。」


水面に顔を出しながら、俺は笑顔を作り、女たちの温もりで胸に刺さった棘から目を背けた。


その夜。


超巨大なベッドに横たわりながら、俺は頭を傾けた。美女たちがまどろむ中、軽い眠気が襲ってくる。酔いが抜けたとはいえ、酒と快楽の疲れが身体を沈めていく。どうせ、こんな日々も後二、三日繰り返したら飽きるだろうな…。


「また、武器なしの武闘大会に出るか…裏格闘技の大会を荒らしてもいい。能力の使用不可な大会なら、俺を倒せるやつが現れるかもしれない。」


独り言のように言葉を放つが、それがどれほど虚しい行為であるか、自分でもわかっている。870年も研鑽を続けたレオに届く人などそうそう現れることはない。


また、たとえそのような強者が現れ、ともに修行をしても30年もすれば奴らの全盛期は過ぎる。俺はかつて勝てなかった強者の技を学習してさらに強くなる。そして俺に対抗できる存在が現れる割合がさらに減少する。とっくに気づいている。いくら強者を打ち倒そうが、どれだけ人々の憧れを集めようが、結局その先に待つのは同じ退屈な日々だ。


俺の視界に、一瞬、昨日倒したモルディカイの姿が浮かんだ。奴は笑っていた。やっと楽になれる、と感謝の言葉を残して。だがその笑顔が、俺の心に微かな影を落とす。


「家族や親友なんて要らない。」


口に出してみるが、その言葉がどこか空虚に響くのを感じる。必要のないものを切り捨ててきた。それが俺を今の俺たらしめた。だが、必要のないものすら持てない自分が、果たして何者なのか。


「あいつらはどうせ、俺より先に死ぬ。いや、みんな死んだ。俺を置いて。」


昨日のモルディカイだけじゃない。これまでに関わった数え切れない人々が、皆そうだった。最初の妻アイも、その息子も、孫娘も、ひ孫も、愛犬も、愛猫も、みんな先に死んだ。


俺の能力は自身の死を克服することができても、他人を蘇生させることは叶わなかった。厳密に言えば、死んだ人を復活させることはできる。


ひ孫の一人が23歳の時、海難事故で亡くなった。俺が死体を召喚し蘇生させたが、彼は俺との思い出以外何も話せなかった。要するに、俺が知っているひ孫の側面をインストールした肉人形を生み出しただけと言うことだ。


俺は、自身をよく知っているから自分を蘇生できる。だが、他人を全て把握することはできない。俺にもできないことがある、それを知った時の絶望は二度と体験したくない。


大切な人々がいることで心が温かくなるのなるが、それが失われるたびに心は凍てついていく。俺の中で大切な存在が大樹のように育っていくと、その反面、大切な存在が失われた時、心という大地が根こそぎひっくり返されむき出しになる。それなら、最初から大切なものなんて持たなければいい。失う痛みを知るくらいなら。


俺は隣で寝息を立てている美女の髪を撫でた。


「こうやって、お互い一番楽しい距離感で生きていけば良い。それが一番幸せなんだ。そうに決まっている。俺は誰もが羨む生活をしている、そうだ、こんな日がずっと続けば良い。」


何百年も前からその生き方を決めたはずなのに。こんなにもたくさんの快楽を体験しているのに、胸に空いた穴は塞がらないんだ。


そんな思いを最後に、俺は静かに意識を手放した。


—-


目が覚めた瞬間、まず感じたのはベッドの感触が昨晩と違うということだった。シーツはこんなに肌触りが良くなかったはずだ。俺が寝ていた豪華なクッションの効いた別荘のベッドとは違う。目を開けると、視界に入るのは昨日記者会見を行った高級ホテルの天井だ。


「なぜだ?」


ゆっくりと身を起こし、あたりを見渡す。豪華なスイートルームの内装、窓から差し込む柔らかな朝日。間違いない、ここは昨日の会場だ。


隣に目をやると、俺は目を見張った。そこには、昨日の朝、家に送り飛ばしたはずの美女がすやすやと寝息を立てている。薄いシーツが彼女の体に巻き付いており、うっすらと酒臭さも感じられる。だが、その存在自体が不可解だ。


俺はそっとベッドを抜け出し、立ち上がる。足元に敷かれたふかふかのカーペットを踏みしめながら、窓際まで歩いた。外の景色は、確かに昨日見たものと同じだった。


「酒で酔って寝ぼけた俺がこのホテルにテレポートした…?だが、それにしては違和感がある。」


俺は小さくつぶやいた。酔いが回っていたとしても、無意識で自分をここに戻すほどの失態はこれまでにない。何より、昨日の朝送り返した彼女がここにいる理由が説明できない。


『レオ様、おはようございます。4月2日、朝の8時です。二時間後に大会の優勝者インタビューですよ。』


唐突に、『世界』の声が頭に響いた。スケジュールを伝えるその声はいつもと変わらない。


だが、俺の胸を刺したのはその内容だった。


「4月2日は昨日だろう。今日は4月3日のはずだ。」


俺は窓の外を見つめながら小さくつぶやいた。これは、夢なのか?それとも…何かが狂い始めているのか?胸にわずかな焦燥感が浮かび上がる中、俺は視線を隣にいる美女の寝顔に戻した。


「どういうことだ、これは。」


冷静さを保とうとする自分の声が、かすかに震えているのを感じた。


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