裏一話 「悔残し」 ①
「人は平等じゃない」
その真理に行き着いたのは彼女がわずか7歳の時だ。
彼女は普通の女の子だった
彼女は五体満足だった
彼女は優しい父と母がいた
だが・・・・この上ない程貧乏な家庭に生まれた。
それはそれはひどい貧困
この時代でも最低の中の最低ランクの底辺の生活
明日の食事に困り、今を維持する事もままらない。
おそらく、この状況を予想できる人間は早々いないだろう、だって想像できるかい?
―― 食料を欲してゴミ捨て場をあさり、それでも食べ物は無く、
その場にいたネズミすらご馳走として喜ぶ生活を・・・ ――
なぜ彼女はこんな家庭に生まれてしまったのか?
そんな事、悩んだって仕方が無い事だ。生まれる時に自分の性別を選べない様に
自分の両親・・・もとい、家庭環境なんて選べるはずが無い。
別に、両親が働かない怠け者だとか、ギャンブル好きの借金作りだとかそう言うわけじゃない
彼女の父は例えようのないぐらい真面目で努力家だし、母は家庭で夫を甲斐甲斐しくささえた。
・・・だが運が無かったのかそれとも、そう言う定めの下に生まれてしまったのか、
どんだけがんばっても父親は定職につけず、例え何らかの仕事についたとしても、
一週間として同じ場所にとどまる事ができなかった。
それでも、人間が・・・この日本で生きるには住む場所が必要で、着るもの食べる物もいる。
だから、両親は必死になって地べたを這いずり回り、日本で生きる最低限の金を一日一日全力
で稼ぎ、現在の「鉄板程度の薄い壁しかない狭いマンション」に家族3人つつましく生きていた。
食べる物も着る物も何も余分が無い生活・・・いや、その言葉には少し御幣がある、訂正しよう
金は無いが、彼らには愛があった・・・それも、有り余るほどの家族愛
両親は娘を何よりも愛し思っていたし、彼女も何よりも両親を愛し思っていた・・・
まあ・・・彼女の場合は当然幼稚園なんて物にもいけず、近所が彼ら家族に向ける
奇異と差別の目から避ける為にめったに外へと出さなかった為、「両親」しか思う物が
無かったからと言う言い方もできるわけだが・・・・・・・・・・・・・・
そして「小学校」と言う施設に入らされるまで彼女は、この生活が普通だと信じていた
やさしい父がいて母がいる、それだけで幸せなごく一般的な普通の家庭の生活・・・・
そう、「小学校」と言う一般基準にあてはめられるまでは・・・・・・・・・・
――― 「なんでりなちゃんはいっつも同じ服着てるの?」 ―――
子供ながらの素朴な疑問
だが彼女はその質問の意味を理解できなかった。
だってそれが普通の事だから、服なんて一人に一つあれば十分だと思ってたのだから。
――― 「りなちゃん、服洗わないの・・・・?」 ―――
日に日に質問は悪意をまとい、普通(平均)と異なる彼女を拒絶する
当然彼女も服ぐらい洗っている・・・・一週間に一度ではあるが
むしろ、毎日服を変え、一度着ただけで服を洗う方がおかしいと思っていたぐらいだ。
――― 「りなちゃんは汚いから、一緒に遊ばない」 ―――
そう言われ拒絶されたのが、彼女が小学校に入学してわずか3週間目の月曜日の事だ。
彼女はなぜ拒絶されたのかが理解できない、汚いと言われた意味も・・・だって服なら昨日
母親が洗ってくれたのだから、汚いなんていわれる意味が分らない・・・
だが・・・例えどれだけきれいであっても、一度子供たちにいきわたってしまった先入観は
そう簡単に消えるものでは無く・・・・
白い生地についた一点の汚れ(彼女)を消そうとするかの様に生徒による陰湿な
洗浄が始まった。
―― 「うへーりなの隣になっちゃったよ、汚いのがうつる」 ―――
それは入学して始めての席替えのくじ引きで彼女の右隣を引いた男子生徒の「何気の無い一言」
―― 「うえ、俺もだ、誰か変わってくれ、今日の給食のプリンやるから」 ――
まるで何かの罰ゲームであるかの様な口ぶりで話す左隣の男子生徒の「何気の無い一言」
―― 「よらないでね、おねがいだから」 ――
席を出来るだけ遠避け前にずらす、前の席の女子生徒の「何気ない一言」
―― 「・・・・汚い」 ――
もはや悪意以外の何者でもない後ろの席の女子生徒の「何気ない一言」
そう、彼女が汚くて
普通と違って
クラスにとって厄介者
と言う先入観は生徒全員が共有するデフォルトとなっており、
彼女を嫌う事が、罵倒を浴びせて拒絶する事が、「何気ない普通の事」となっていた。
いじめられる・・・それが普通の事、
でも他の子供達は苛められない
何かが違う・・・・何が違う?
うっすらと覆う疑問と不安、だが・・・
その時の彼女はまだ「それ」に気づいてはいなかった。
彼女は既に彼等と同じ場所に立ってはいないと言う事に・・・
そして同じ場所に立っていない場合、見える物が異なる場合がある。
例えば、展望台
展望台のふもとで見る風景と頂上で見る風景は当然大きく異なる。
「目の前に広がる広大かつ、すがすがしい情景」
「目の前に立ちはばかる、大きな展望台の城景」
そう、「上からの目線」は、自らを優位に立たせ、自分より下の者を見下し、
まるでそれが正しいかのように、それが上にいる立場の者の義務であるかのように、
下の者を同情し、自らの絶対的な上の立場を高める。
たとえ上の者が本当に悪意が無かったとしても、
大きな展望台が少なからず下の者に日陰を作るように
下の者にとっては彼らが上にいる事だけで悪なのだ。
そして、彼女はこの立ち位置の違いを知る事となる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
靴を無くした・・・・そう言えばいいのか、それとも、「亡くした」と言うべきか。
その日の放課後、彼女の外靴は本来あるべき場所に無く、もはや使い物にならない「死骸」
と呼べる程の惨状で、男子トイレの便器の中に放置されていた。
彼女にとって唯一の外靴、それはかけがえの無い必需品であり、唯一無二のそれを失うことは
やはり「亡くした」と言う言葉がしっくりくるだろう。
ぐちゃぐちゃに汚れ、切り刻まれた姿はまるで、蹂躙され、犯され殺されたかの様な・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ひどく惨めな気持ちになったのは言うまでも無いだろう
まるで、自分にとって大切な友人を犯された様な感覚に見舞われた事も言うまでも無いだろう
だが、加えて普通の人が思うような怒りは彼女は抱かなかった
・・・・・・・・・ただあるのは、なぜこんな事に巻き込まれてしまうのかと言う疑問
私と彼等・・・・・みんな同じ、どこも変わらない人間なはずなのに・・・・
「・・・・・・」
汚された外靴を水で洗い、カバンへとつめる。
当然捨てたりなんてしない、新しい靴など買える余裕などないのだから。
親指の部分がピョコンと穴の開いた靴下のまま、玄関をでて両親の待つ家へと歩き出す。
ペタペタ
コンクリートを靴下で歩く、周りが奇異な目で彼女を見る。
一人は哀れみの
一人は蔑みの
一人は同情の
―― 突き刺さるような目線 ――
その鋭利さは、少女の心を始めて切り裂く
―― たった靴をはいていないと言う事だけで
まわりの人間は私を奇異な目で見つめる ――
普通と違う事
同じでない事
今までの私の生活
違う・・・・違いすぎる、私の行動は・・・普通の子供と違いすぎる。
そして違うからこそ、私は拒絶されたのだ
彼女は己と他の子供達との違いを始めて理解する・・・・・
だが、あくまで何かが違うと言う事に気づいただけであり、その根底にある「違い」
には辿りつけてはいない。
―― 逡巡 ――
何が違う?
たった靴をはいているかいないかの差でここまで異なるならば・・・
同じ服を着続ける事がいけなかったのか?
ならば、毎日変えよう・・・別の服は無いけど・・・どうにかして・・・・どうにかなるかな?
どうにかする・・・同じにする・・・そうすれば、クラスのみんなも私を拒絶する事
はなくなるはず。
そう、変えよう、みんなと違う事から、みんなと同じ行動へ
―― 結論 ――
逡巡と結論
幼いながらの懸命な判断で自らの道を開こうとする。
その一歩として、彼女はカバンにしまっていたべちゃべちゃな、ぼろぼろな靴を取り出しはいた。
これで同じ
みんなと同じ・・・・
まわりの人は靴をはいている・・・・私もはいている・・・・
違う所など無い・・・・・・・・・・・筈だった。
チラ
突き刺さる目線から、切り裂く目線へと変わる。
チラ
先ほどのような立ち止まって凝視する様な目線は無くなった・・・・
チラ
だが、見てみないふりをするような目線に切り替わっただけ、
チラ
根本的な拒絶・・・いや、「違う物」を見る目線は変わらない。
何が違うのかわからない・・・・同じにしたはず、同じように靴をはいたはず
だが、彼等は私を同じとしてみていない・・・・
何が違うのかわからない・・・わからない、わからない、いたい、わからない、
わからない、いたい
チラ
視線が痛い
人々の私を見る目線がいたい
チラ
見られるたび肌を切り裂かれる様な錯覚
チラ
今までに感じなかった痛み、今までは人と違う事など何も恐れてはいなかった。
だが、「人と違う事」による拒絶の痛み、哀れみの痛み・・・・普通の位置・・・ベースラインと
呼べる様なそんな様な基準から、自身がなぜかずれていると言う事を知ってしまった今、彼女を
取り巻く世界は彼女をきづつける茨の世界以外の何者でもなくなってしまった。
チラ
痛い
チラ
痛い!!
いてもたってもいられず走り出す
違いは未だに不明
だが、普通の位置に立っていないのは事実
何が違う?
わからないわからない
バダン
「きゃ」
考えながら走っていたからか、彼女は一人の女性とぶつかり、大きく後ろへと弾き飛ばされた。
あたり一帯に女性が持っていた買い物袋が散らばる。
「いたたた・・・あなた大丈夫・・・・その靴?」
女性の目線はぶつかった彼女を見た後、すぐに彼女の足元へと視線を移す。
さっ
彼女は反射的に靴を隠す・・・転んだ拍子にめくれたスカートなど、どうでもいいと言うかの様に
懸命にぼろぼろの靴を隠す・・・・・が、小さな少女の両手では隠しきれるはずも無く、
指の隙間から哀れな靴が顔をのぞかしてしまっていた。
その行動
その仕草
その外見
その心の内
女性は一瞬にして彼女の立場を理解した。
そう、彼女はまだ気づいていない「違い」の原因を・・・・
女性は「上の者」が見る目線として・・・話しかけた。
「ごめんなさい、「私とぶつかってしまったせい」で、あなたの靴、破けてしまったのね」
と一言、彼女をきずつけないようにと配慮して女性は嘘をついた。
「へ?」
なんとも間抜けな声が彼女の口からこぼれだす、それもそうだ、なぜならこの靴はこの女性と
ぶつかる前からぼろぼろだったのだから、それを何を思ったのか女性は自分がぶつかったせいだと
言い出したのだから。
女性は、落とした荷物をビニール袋の中に入れなおすと、すぐに彼女の方に近寄り、
優しく手を伸ばした。
「立てる?」
「・・・・うん」
両親以外の人間に初めて優しい声をかけられた・・・いや、人間として扱われたような気がした
・・・そう、少女は感じたに違いない・・・例えそれが「持てる物」による同情だったとしても・・。
「服もよごれちゃったわね・・・・ごめんなさい、私がちゃんと前を向いていなかったせいで・・・」
(そんなことは無かった、悪いのは私自身だった・・・考え事の末視界が狭くなってしまっていた私が
悪い・・・それをこの女性は自分の責任だと言う)
・・・今までにない扱い、人とのふれあいにこの時の彼女は困惑していた。
油断していたのかもしれない
もし、もしも、ここで彼女がこの女性と合っていなければ、この後にこの優しい女性について
行かなければ・・・・
これから「それ」に気づく事も、その十数年後に彼女が起こしてしまう事件も、それが
「彼ノ女」を再度起こすきっかけを与えてしまう事も無かったかもしれない・・・・
だが、起こってしまった事を、行ってしまった事実を変えることは出来ない、
ここまでの事は事実なのだ、そしてさっきも言ったが、彼女はこの時油断してしまったのだ、
つらい事があって、悩んでいる時に、優しい言葉を掛けられれば・・・それは油断してしまう
・・・だから、
「私の家に来ないかしら?ちょうど私の子供もあなたと同じぐらいの年齢なの、だからぶつかって
しまったお詫びに、お風呂とご飯と、お下がりだけど靴も上げたいんだけど・・・・」
と、言う言葉に・・従ってしまったのだ。
そして、彼女は知ることになる、自分以外の「家庭」の現状を
「普通」とはどういう事なのかを、
「違い」の意味を
そう・・・この時の事実が彼女に、彼女の心に
―― 杭を残す ―――
■■■
彼女がまず始めに抱いた感想は、なぜこんなに大きいのか?だ。
女性は夫と息子の三人で暮らしていると来る最中に述べていた・・・が、その三人が住むのに
この家の大きさははありえない
彼女は家に着いたとき、隣にある車庫が女性達の家だと思った
・・・・それにしても大きすぎるだろと思ったぐらいだ。
それが、なんと言う事だ、その隣にある図書館の様な大きな建物が自宅だと言うのだから、
この車庫の4分の1にもみたない、アパートに住んでいる彼女にとっては驚き以外の何物でも
ないだろう。
彼女は家の中に招かれ、玄関の広さに驚く
廊下の長さに驚く
なぜか廊下に飾られている不要だと思われる絵や彫刻?などの置物に驚く
お風呂に入るように促されて、先ほども思ったが家にお風呂が着いている事
に驚くさらに、石鹸ではなく、シャンプーと言うもの、リンスと言うもの、
ボディーソープと言うものに驚く
驚く驚く驚く
とにかく、数え上げるときりが無いぐらい、自身の今までの生活と異なり
それら全てに驚きを隠せない。
風呂から上がった彼女には服が用意されていた、下着は先ほど家に来る途中でよったお店で女性が
買ったののか、新品の物が置かれており、服は男の子用の物だがまるで一度も着ていないかのような、
綺麗さであった。
「あがったかしら?どうだったかな?湯加減は?」
当然文句など無い、が未だに今自身がここにいること自体が本当に現実なのかと疑っているぐらい、
最高であった。
「ごめんなさいね、この服、男の子用なんだけど・・・我慢してきてくれるかしら?
・・・あ、ごめんなさいね、この服、息子に買ってきたんだけど、色が気に入らないって言って、
まだ一度も着てもらってないのよ、だからほとんど新品なの・・だから・・・もしよければ、
これを着て・・そして貰ってやってくれないかしら?」
下着すら、くれると言っているのに・・・その上服まで・・・・少女はその好意を理解できない
・・・・その意味する所を・・・・このときはまだ、女性が「本当に優しい人」ぐらいの認識であり、
この家自体も、「色々な物がそろっている家」程度の認識にしか過ぎなかった
・・・だからこの数十分間は自身の悩みも全て忘れる事が出来た。
そう・・・彼が帰ってくるまでは・・・
ブォォォ
服に着替えた彼女を椅子に座らせ、ドライヤーで髪をすく
そもそも、ドライヤーなんて物も使った事が無いので、すべて女性任せだが、
それでも女性は終始、ニコニコしていた。
「うん、とってもいい髪質ね、おばさん羨ましいわ」
「・・・・・・・・・・・」
初めて使ったシャンプーや、リンスのおかげか、彼女の髪の毛は今までに無いぐらいさらさらに
なっており、自身の髪の毛からいい匂いがするのに気づく。
「あ、服は今洗濯して乾燥機にかけているから帰りには渡せると思うわ
・・・・・だから、乾くまでの間、ご飯も食べて行ってね」
そう言うと、女性は食事の準備に向かい、彼女も女性についていく
「わんわん」
唐突に彼女と女性の足元に小さな白い物体がまとわりついているのに気づいた、
いくら、世間知らずの彼女と言えども、それが犬である事ぐらいはわかる。
だが、彼女の知ってた、「あの時ののら犬」とは異なり、汚れ一つ無い綺麗な白い毛を持つ
愛玩動物としての子犬であった。
「あら、シルク、おなかすいたの?ちょっとまってね、今用意してあげるから」
その言葉に気づいてか、キャンキャンとほえながらうれしそうに駆け回るシルクと呼ばれる子犬
「ちょっとシルクのご飯用意するから・・・少しの間この子と遊んでいてもらっていいかしら?」
「え、まっ・・・」
断る暇も無く、女性は台所に向かってしまう、
別に子犬と遊ぶのがいやというわけではない、むしろ、彼女にとって歓迎すべき事だ
なぜなら、彼女も一度犬を家族の一員に迎えたいと思った事があったからだ、
だが、その時ののら犬は結局、愛玩動物としての犬にはなれず、ノラ犬のまま
彼女と別れることになる。
その時両親に言われた言葉はこうだ
―― 「うちはね、三人家族なんだ、だからそれ以上に増やす事は出来ないし、食べさせる余裕は
無いんだよ・・だからこの犬は飼えないんだ、家族にできないんだ・・・でも、
だから約束しよう、うちは三人家族、それ以上増えないし、「三人以下に減る事」も
絶対無い、絶対に莉那にさびしい思いはさせない・・だから今は・・・この子犬は・・・
返してきなさい」 ――
彼女はしぶしぶ、両親に言われ、子犬を返しに行く・・・そんな、どこの家庭にも
一度はあるだろう光景。
そんな記憶を蘇らせている家に、女性は子犬の為の食事を持ってくる。
「?!」
豪華なお肉状の食べ物、彼女が普段食べている物よりも、数段豪華なソレは、少女にとって今日
一番の驚きであった。
(どうして、人じゃない子犬が、こんな人と同じ様な良い食べ物を食べれるのか?)
それは些細な疑問、
その自答自問に対して、彼女は
(ああ、そうか、この子犬は「家族」なんだ、すなわち、この家は4人家族なのだ、
この優しい女性と夫、息子にこの子犬の四人は平等な仲の良い家族、だから人でない子犬にも、
みんなと同じ物を与えているんだ)
そう理解する事で、彼女は納得した、自分と違う生活、自分より良い食べ物を食べる子犬
・・・それを、家族だから同じ物を食べる、全ては平等に分けられる・・・
そう思い込む事で、彼女は「事実」から目を背けた。
だから・・・彼女はまだ気づいていない
いや、気づいているけど、気づきたくないだけかもしれない・・そしてその時はもうすぐ訪れる。
「さて、私達も、ご飯にしましょうか?」
「・・・・・・・・・・・うん」
この世で一番すごい料理は給食だと思っていた
だが、上には上があるものだ、その上物をこの子犬は食べている
・・・そして、これを、今、私がが食べようとしているのだ。
そう思うと彼女はわくわくで気持ちが止まらなくなり、
「何か・・手伝う事・・・・ある?」
と自ら、女性の手伝いを言い出した。
その言葉に女性は
「あら、本当に手伝ってくれるの?おばさんうれしいわぁ」
っと、心から喜び、皿を彼女に渡す。
ほほえましい光景・・おそらく、この時だけは本当に、彼女達の本心・・・同情も妬みも関係なく、
二人が人として触れ合えていた時であろう・・・・・・・・・・・・
「何でおまえが、うちにいるんだよ」
この瞬間、少女の楽しい時間は・・・何も知らなかった今までの時間が終わりを告げた。
怒鳴り声と共に、玄関からこの家の「息子」が姿をあらわす
その子供は持っていたカバンを思いっきりソファーに投げつけた後、彼女に向かって指を刺し
「なんで汚い奴がここにいるんだよ!!」
っと、少女に向かって罵倒した。
「えっ???!!、伸助君何を言っているの?」
いきなり怒鳴り始めた息子に対して狼狽する母親・・・
いまだ、「早く出て行け」と怒鳴り散らしている少年・・・
それに対して、冷静に現状を理解する。
彼女は唇を噛み締める・・・会いたくない人物・・・・・・彼女のクラスメイトで学級委員長の
・・・少年
彼の名前は杉乃 信助
友達も多く、教師にも好かれている少年・・・・だが、人の目を人一倍気にする小心者、
だから、彼女が嫌われ始めた時、もっとも早く手の平を返して彼女を拒絶し、席替えでは
わざと彼女と遠くなるように細工をした。
そんな神経質な彼の家に、クラスで厄介者とされる少女が訪れたのだ、誰かに見られて噂になる前に
いや、そんな心の狭い彼の事だ、それ以前に、彼女自身が家にいる事自体が、かれの自尊心に傷を
つけたに違いない。
「とにかく早くでていけよ!!」
「信助君?お友達なの?」
息子の豹変振りに驚く母親・・・・彼女は一瞬恐ろしくなる・・・もしも、もしも、
この優しかった女性が彼が、私が嫌い・・・汚くて、クラスの苛められっ子と知って、
先ほどの優しかった態度が嘘のように私を拒絶したらどうしよう・・・っと。
だから、彼女は願った
先ほどの優しい女性が変わってしまわない事を
先ほどの優しい女性に「私の事」が伝わらない事を
彼が、「私の事」を言わない事を
「友達?!、ふざけんなよ、こんな奴・・・・」
言わないで言わないで言わないで
懇願、しかし、そんな物、はなから無視するように・・
―― 「クラスでも嫌われている、臭くて、汚くて、みんなから省かれている・・厄介者だよ」 ――
ああ、言ってしまった。
そう思い、彼女はがっくりと肩をおろす、
嫌われた、嫌われた、また拒絶される、さっきまで優しかった女性が・・私を・・・・・嫌う
「そんなことないわよ、信助君、彼女はとってもいい子よ、それにほら、こんなにいい匂い、
汚い事なんて全然無いわよ・・」
・・・・・・・・・・・・・・嫌う・・・事は無かった。
女性は優しく彼女の頭を抱き、髪をなでる。
「なっ、ババァ、なにそいつにさわってんだよ、汚いのが移るだろ・・・早く離れろよぉ」
カチン
私の事は何を言われても大丈夫だった・・ただ、私の事を言われて、この女性が私の事を嫌うのが
嫌だっただけ・・・
だが、それとは別に彼の言葉に初めて怒りを感じた。
ババァ・・・なぜ、実の母親であるこの女性に、こんな優しい女性にそんな事を言うのか?
「それに、なんで俺の服をかってに着てるんだよ?!」
「だって、信助君、この服は柄が嫌いだから着ないって・・・・」
「・・・・・そんな事どうでもいいんだよ、俺はこんな奴に俺の家に合った服を着せているの
がきにくわないんだよ!!」
なんという傍若無人な態度、言葉・・・ただただ嫌いだからと言うどうしようもない理由
女性が選んでくれた服と言うのもあって、怒りのあまり、彼女は初めて反抗する。
「・・・じゃあ、返せばいいの?」
彼女は、一生懸命反抗する・・こんな事は初めてだった、学校で拒絶されてもこんな気持ちになる事は
無かった・・だが・・・・今日は、そのプレッシャーや、圧力、疑問や苦悩・・・それらがぐちゃ
ぐちゃになって、気がつけば、彼に反抗の言葉を向けていた。
「・・・は、はぁ?!、い、いらねえよ、一度おまえが来た服なんて、汚くて洗濯したって着ねえよ!!
家においてくなよ、さわりたくも無い」
っと、軽々と、自分の持ち物を放棄し、彼女が着たというだけで服自体も拒絶した。
「と、とにかく落ち着いて、ご飯を食べましょう?」
場の空気を変えようと促す女性
っが、そんな言葉聞くはずも無く・・・・・
「はぁ?何いってんだよ、ババァ、こんな奴と一緒に飯なんて食えるはず無いだろ?!」
「ほ、ほら、今日は信助君の好きなハンバーグ・・・」
そこには、今までに見た事が無いような豪華な料理
先ほど、子犬に出されたご飯が最高級の料理だと思っていた彼女は、その上があるなんて思いも
しなかった。
だから、今日何度目かわからない驚き、そして・・同時に彼女が抱いていた、自分への誤魔化しに
少しづつ気づき始めてしまった。
(これが、この家のご飯?じゃあ、さっきこの家の「家族の一員」である子犬にだされたのは一体・・?)
それは当然、誰もが初めから気づいている「ただの犬用のドックフード」
そう、気づいていないのはそれを知らない彼女だけ・・・だが、知らないからこそ自身をごまかす事が
できた、それが人が食べる物と同じご飯だと思い込む事によって。
だが違った、それは人の食べる物ではなかった、人が食べる物はその数十倍良い物で・・・・・
―― 彼女の中で何かが崩れる ――
いや、気づき始めたと言うべきだろうか・・・
この家の家族は平等だと思っていた、だから家族である子犬も同じ物を食べる・・・そう思っていた
・・・だが違った、この家族の、「人」と「子犬」では食べる物が違う・・・すなわちそれだけ
大きな差があると言う事だ。
そして、私は・・・普段の私は、この子犬が食べている物より数段劣る食事を食べている・・・・・
すなわち・・・・・
首をブンブンとふり、考えないようにする。
そんな考えをめぐらしているうちに、女性はなんとか彼を説得できたのか、彼はしぶしぶ席に座り、
食事をまっていた。
「・・・ちっ、わかったよ、じゃあ飯の間だけ、だぞ、くったら早く帰れよ」
そう、命令するように言われ、彼女は席に座ろうとする。
「おい、おいおい、何座ろうとしてるんだよ?きたねえだろ?汚いのが移るんだからすわんなよ、
あと手で食えよ、スプーンや箸がきたなくなるから」
そんな・・・そんな・・・子供にしても、くだらなすぎる理由で彼女を拒絶する。
「い、いいのよ、座って、気にしないでフォークとかつかってね」
「ふ、ふざけんな、なにかってに・・」
女性は戸惑うか彼女を無理やりすわらせ、フォークを持たせ、食べさせる。
「あ、あああああ、食いやがった、畜生、そのフォーク後で捨てろよな、
絶対に洗って使おうとするなよ、後椅子も、もう絶対その椅子にすわらねえからな」
ひどい罵倒・・・本来ならただの少女に過ぎない彼女が、ただただ嫌われていると言う理由で
ここまで拒絶される
そして、罵倒し続け、彼自身も腹が減ったのか、いやいやながらも、食事にありつく
「まずい、ババァ、これピーマンいれただろ?ふざけんなよ、俺ピーマン嫌いだっていっただろ」
そう言ってほとんど手をつけていないハンバーグを食い残す。
それどころか、一口目に入れた、ハンバーグを台所まで行ってぺっぺと吐き出す。
「気が気かねえババアだな・・・・まったく、次はこんな事出来ないようにステーキにしろよな、
ったく」
そう言うと手作りの料理を残し、戸棚から袋菓子をとりだし、もくもくと食べ始めた。
彼女は、ゆっくりとハンバーグに手をつける。
今まで無いような美味な味に口がとろける・・・・こんなにおいしい、ボリュームのある物が
あったのかと言わんばかりだ。
中にはピーマンがほとんど見えないほどの大きさで切り刻まれている・・・おそらくは、
彼の事を思ってのことだろう、女性の優しさがそこからもわかる。そして彼女はピーマンは嫌いでは
ない・・・と言うより、そもそも食事を食べ残す事自体、彼女の中には選択肢に含まれていない
・・・それを彼は・・・。
ただ嫌い・・と言うだけで、全てを・・・口に含んだ物すらも拒絶した。
まるで、私を拒絶する野と同じように・・・・女性が作ったそれを
――― 食い残した ―――
「信助君、そんな物ばかりたべてちゃ、体に悪いわ・・」
心配する女性
「少しだけでもいいから食べてくれないかしら・・」
まるで雑音と言うような顔をする少年
「これ、お母さんの手作りなのよ・・・どうかしら・・・?」
その光景をただ見る事しか出来ない彼女
唐突に無視を続けていた少年は・・・おそらく「その言葉」に反応したのだろう
「はぁ?!何言ってるの?!ババア?お母さん?誰が俺の母さんだって?!」
「???」
その言葉に、女性はまたかといったような絶望の表情を見せ
彼女は・・・何のことかと疑問に思う
「てめえなんて、母さんなんかじゃねえよ、クソババア、お前なんてただのこの家の手伝いに
過ぎないんだよ」
いままで、我慢しながらも笑顔を保ち続けていた女性の顔が暗く落ち込む・・・
そして、彼は・・・彼女を指差して・・・
「まったく、うぜえんだよ、色々と母親ぶりやがって、挙句の果てにはこんな汚いゴミ(彼女)
まで家に持ち込みやがって、ぜってえ、ゆるさねえからな、お前なんてパパに言って、
直ぐにまた「代えて」もらってやるよ」
女性に対しても・・そして今後、全ての歯車の始まりの一部となり連鎖される彼女に対しても
・・・・言ってはいけない言葉を言い残した。
「信助君!!」
この数時間・・・たった数時間だが、この女性は聖母のようだった、とても優しく・・父や母とまでは
行かないが、心から信じられる女性だった、その女性は笑顔をたやさず、いつも微笑んでくれていた・・・・
それが・・・
女性の顔が、悲しくも歪む
彼女は見たくなかった、そんな表情・・・だが、
「・・・・・・・・・・・・彼女を、この子をゴミなんていっちゃ・・・いけません」
だが・・・それでも、女性は、自分の事を何といわれようとも・・・彼女をかばった。
それが、彼女はわからない・・・うれしいはずなのにわからない・・・・・
「・・・はぁ?!、何言ってるの?ゴミをゴミっていって何が悪いの?意味がわからない・・・
所詮ババア、あんたもいつかはパパに飽きられて捨てられて別の綺麗な「お母さん」役の人に
代えられるんだぜ?」
無抵抗の女性を、何度も言葉の暴力で殴り続ける。
何度も・・・何度も・・・
「それに、なんなの?そのゴミを守ろうとしちゃってさ、前もそうだったじゃん、そこのクソ犬、
雨の日にぬれてかわいそうだからつれてきた?、そう言う私いい子で優しいお母さんだよ、
ってパパに見せ付ける様ないい人ぶるところ、すっごいうざい、だから俺は、今まで来たババアの中
でお前が一番大嫌い、早く「代わっちゃえよ」」
からから
なにかが、変わる彼女の中の・・・優しかった女性像
(いいひとぶる?)
言葉の意味がわからない
この人は・・この女性は・・・・・・私の事を思ってくれた・・・本当に本当に・・・思ってくれた
ただそれだけの話・・・・なのに、
―― 今の彼の言葉で ――
―― 私が今まで見てきた、優しかった女性の姿が、顔が ――
―― バリバリと音を立てて崩れれる ―――
「あ、そっか、だからか、だからわざとこのゴミをつれてきたんだ、汚くって省かれて、
「誰かにボロボロにされた靴」を履いている、コイツを優しく招き入れるいい人の姿を
パパに見せたくって、コイツをつれてきたんだな?」
「違う!!!!!」
今まで無いほどの声で、叫ぶ女性・・・その怒鳴り声に、彼女も・・・彼さえもびくっと、
肩を震わせる。
「う、うっせえよ、そんなに叫んだって怖くないんだからな・・・そそれと、ババアはパパを待って
いたみたいだけど、むだだよ、さっきケータイに電話があって、今日は帰れないんだって・・・・・
・・・前も、パパが遅くなった時にお手伝いさんが代わったから・・・もうすぐかな」
「違う違う違う・・・・・・・・・・・違う!!」
バン・・・と最後の言葉と共に、テーブルを叩く・・・その衝撃で、一枚の皿が落ちて粉々に砕ける
・・・まるで彼女が抱いていた・・優しい女性像が砕ける様に・・・・
「だ、だから、うるせえよ・・・それよりも、早くその割れた皿かたづけろよ・・・そして、
早く割れた皿と一緒にそのゴミ(彼女)も、捨てて来いよ・・・」
指を指される彼女・・・だが、そんな言葉で彼女は既に傷つきなどしない・・・それよりも・・
やっぱりか・・・と言う、納得の行ったため息だけが、彼女の口から出た・・・それは
彼の言葉・・・確かに玄関にはボロボロな靴は置いてあった、だからそこから彼が予想したのは
間違いない・・だが、なぜ彼はその靴が「誰かに」ボロボロにされたと知っている・・・そう、
ボロボロの靴ではなくボロボロにされた靴と言った・・・そしてそれを知っているのは・・・・
だが、そんな事わかりきっていたことだ、この数週間でわかったっていた事だ、この子供は人の目を
気にして「回りと違う」人間を嫌い・・・嫌って嫌って・・・追い詰める、そしてその結果が形と
していじめがエスカレートしていっただけの話
それよりも今は・・・・・
「違う!!・・・・・ゴミなんかじゃない・・・汚く何んてない・・・!!」
それでも、それでも、彼女をかばおうとしている女性・・・・その姿に・・・崩れかけている
彼女の中の女性像がゆっくりと形を取り戻していく・・・そう、彼女の私を思う心は・・
優しい聖母のような顔は嘘なんかじゃない、だって、あんなに罵倒されても、傷つけられても
・・・自分の事は一切気にせず、私をかばってくれているじゃないか
そんな人が、嘘で、いい人に見せようとして、私を助けようとしてくれるはずが・・・・
「汚くなんて・・・ゴミなんかじゃない・・・彼女は、彼女はただ・・・「貧乏」なだけなのよ!!」
彼女の中で、何かが完全に崩れる・・・それは少なくとも先ほどまで少しずつ形を取り戻しつつあった
女性像であった事は確かだ・・・・だがそれ以上に・・・・今まであった、自身の生活、立場、
立ち位置それらが・・・・・・・・・・・
――― 彼女はただ・・・・「貧乏」なだけなのよ!! ―――
女性が発した一言・・・・・・・・・「貧乏」
彼女は・・・貧乏
―― 貧乏 ――
その言葉で全て崩れ・・・・・・そして、彼女自身が、今までに疑問に思っていた
「私」と「他の人」の違いをすべての理由と論理をもって答えることの出来る一言だった。
「そう、彼女は汚くないわ、ゴミなんかでもない、ただ、家が貧乏なのよ、
彼女が悪いわけなんかじゃない!!」
おそらく、その言葉は・・・・女性にとって、精一杯彼女を救おうとした言葉だったのだろう
・・・・・ゴミや、汚いと言われるよりは、貧困と言う格差が悪いと・・・だから、
女性は一切悪意を感じず、それを言葉に出した
だが・・・・それは大人の論理であって、自身が貧困ではない・・・普通の家庭だ・・・と思い
込んでいた彼女に対しては自身の現状と
苛められる理由を思い知らされた・・・何よりもつらい死刑宣告
「・・・・・・・・・・・・・・・・そっか」
彼女は、静かにつぶやく
「だから私は、苛められていたんだ・・・・だから、靴をはかなかったときに奇妙な目で見られて、
みんなとかわらない靴をはいた状態でも、かわらずきつい目をしていたんだ」
「・・・え?!」
その言葉を聞いて・・・・やっと、自分が言ってしまった事を後悔する・・・そう、汚い、ゴミと
言われて、何の反応も見せなかった彼女が女性の言った・・・「貧乏」と言う言葉に、全てを
悟ったかのように絶望し・・・・暗く歪んだ表情になってしまった事に
「・・・おばさんは・・・私が貧乏だから・・・かわいそうだと思って
この家につれてきてくれたんだね?」
「い・・・いや、ちが・・・そう言う意味でいったんじゃ・・・・」
先ほどとは打って変わって、小さな声で、今にもかすれて消えそうな声で「違う」と言う・・・
だが、そんな声では説得力などありもせず・・・・そしてそれは、彼女にとっての最後の質問だった、
もしここで、女性が先ほどの少年に対して言ったような怒鳴り声で「違う」と言ってくれれれば、
それは彼女の本心として受け入れようと思っていた、だが
彼女の答えは、自らの意思も不安で迷っているような、薄く、吹けば消えるような否定。
すなわちそれは・・・・・・・・・・・・・・・彼女を貧乏だと初めから思っていた
かわいそうだと思ったからここにつれてきた
そんな、かいがいしい私・・・・・・・・・
―― なんていい人なの ――
上から見る、上から見られる、
下から見る、下から見られる
そんな、関係のまま、この数時間平等に接してもらっているという「錯覚(嘘)」のなか、
彼女はこの場所にいたのと言う事
そして、女性の言葉で気づいた
―― 「貧乏だから・・・彼女は悪くない」 ――
すなわちそれは、私(彼女)がどうあがこうと、「貧乏であるから」みんなと同じ場所には立てないと
言う事 そして、それは、私がボロボロの靴をはいて、みんなと同じ様にしたのにもかかわらず、
代わらず「あの目」で見られていた事が確実な証拠となっている。
そして、この家族の関係を見て気づいた・・・・
彼女は、いままで家族は平等で仲の良いものだと信じていた、それは仲の良い彼女の家族しか
知らなかったからだ、
だがこの家族は違う、この家族は4人家族だが、明らかに4人全てが同じ位置に立っていない・・・・
おそらく一番上に「パパ」と呼ばれていた父親がいて、その下に彼がいる
そこから数十段下に母親役の「女性」と直ぐ下に子犬がいる・・・・・
・・・・・・・・・・・・・ならば、私たちはどうなのだろう?
ふと、彼女はそんな疑問を思ってしまった、思わなければ、まだ救われたかもしれないのに・・・・・
私達家族はお父さんも、お母さんも、私も同じ場所にたっている。
でも・・・・・・・・・・・・・ここの子犬は私たちよりも、数十倍良いものを食べている
・・・それはすなわち
私達は・・・・・・この子犬よりも、低い位置、彼や女性・・・個々の家族に比べて・・・・・
どん底に低いほど下の立場にいる。
「ははは・・・そっか、そっかそっか、そんな低い位置にいる私が、みんなと同じ学校にいけるはずが
無かったんだ、だから、同じ位置にいようとしたら、みんなが私を苛めて・・・ありのままの
低い位置に落としたんだ・・そっか、全部・・・・・・・・・納得が行った。」
そう、全て・・・・「貧乏」と言う一言によって
「・・ぷっ、そっか、お前、貧乏だったんだ、だから、服とか同じだったんだ、
きったねえと思ったけど、汚いだけじゃないんだ貧乏なんだ、ははは、びんぼー」
少年の言葉は明らかな悪意であるが、彼女にとっては・・・それに気づいてしまった
今の彼女にとってはなんらどうでもいい事だ。
暗い表情のまま、彼女は、もう一度席に座り、自分に出された食事を綺麗に食べる
・・・何一つ食べ残さず。
「お、貧乏が飯にたかってる、さすがビンボー、たべれるときにたべとかないとなぁ~、
次の給食までなにもないからなぁ、ははは俺のもやるよ、ほら」
そう言うと、少年はほとんど口につけていなかった・・・女性が手作りのハンバーグを床に落とす。
「ほら・・くえよ・・ビンボー」
その落ちたハンバーグを一度の迷いもせず、彼女は全て平らげた。
「うわ、ほんとにくいやがった、おまえ、床に落ちたものは食べちゃダメってならわなかったのかよ
・・・あ、ならってるはずねえか、お前、ビンボーだもんな、ははははは」
少年の高笑い、
その場に膝をうずくめる女性
そして彼女は
「私は君みたいに「嫌い」と言うただそれだけの理由で食べ残さない・・・同情されたから
・・・いや、嫌いと言うだけで、拒絶はしない」
そう言うと、彼女は小さく女性に「ご馳走さま」と言いゆっくりとその場を離れた。
「ち、ちがうの・・・そななつもりで私はあなたをここに呼んだんじゃ・・・・」
女性は、自身の内に少なからずあったその感情に後悔する・・・・そして、自身がその言葉を・・
言ってしまった事に
―― 悔いを残す ――
まだ完全に乾燥していない服をとり、ボロボロの靴を履く
勢い良く、扉を開けて、飛び出す・・・
走る。
走る。
なぜか、涙があふれる
振り向かない
走る。
我慢していた物があふれ出る。
悔しさ、惨めさ、今までの事、今日の事、父親の事、母親の事、自分の事・・・・
街灯のみが照らす暗闇を走り、繁華街に出る。
ひしめく人々・・・彼らと比較して、私は圧倒的に下の位置にいる。
見下される、見下されている・・・私が・・・貧乏だから。
ショーケースに写った、彼女自身の顔は、悔しさでぐしゃぐしゃにゆがんでいた。
その奥で、テレビに映ったえらそうな人間が、やっぱり、上の立場から私を見下し何かを言っている。
「そう、人間は平等なのです」
―― 「 人は生まれながらにして平等」 ――
―― 「男も女も、老人も赤ん坊も全ての人間は平等」 ――
「この嘘つきがぁあああああ」
思いっきり、一度だけショーウインドウを叩く・・・・が、たかが7歳の少女が叩いただけでは、
びくともせず、ボワン、と言う音と共に跳ね返されただけだった、まるで・・・
下の者が上の者に何を言っても代わらないということを思い知らされるように。
だが、大声で叫んだのが悪かったのか・・・歩き行く人々が・・・このボロボロな彼女を見下しとまり
始めた。
その内の一人の男性、それが上から声をかける。
「・・・お、おじょうちゃん?大丈夫かい?」
(また見下している)
この姿をみて、ボロボロな姿を見て・・・・
未だに平等を説くテレビの中の裕福な人間
「いや、だからです、たとえお金があろうと無かろうと、人間は平等なのですよ・・・」
「平等?・・・ふざけるなふざけるなふざけるな」
テレビに向かって叫んでいる彼女を見て怪訝な顔をする男性・・・そして、多くの周りの人間。
(だったらこの状況は何だ、今日あったことは何だ、学校で受けている仕打ちは何だ?)
そう、世の中には・・・・・・・・どうあがいても変わらないものがある
それは、性別だったり、生まれた地域だったり、両親だったり「家族だったり」
・・・・・裕福だったり、貧困だったり
それは、生まれながらに決まっており、どうあがいても「代える事」は出来ない。
そう、人は初めから・・・・生まれた時から、同じ場所に立ってはいない、そしてその事によって、
受ける苦しみがある。
彼は・・・初めから最も高い所にたっており
私は・・・生まれた時から、もっとも低い場所にたっていたのだ・・・
それを、少女はこの年齢・・・わずか7歳で気づく、そう、人間が楽しい事も、苦しい事も嫌な事も、
良い事も様々な多くの長い経験の末得られる・・一つの真理・・・いわば、「人は平等かどうか」
と言う、未だに人々の間で議論される答えを、この時・・・・この若さで知る。
「人は平等じゃない」
彼女は、周りの人間を誰一人見ず、ただ頭上にそびえる高い、到底手の届かないそれらに向かって、
一言だけつぶやいた。




