穀倉地帯と4足歩行のオークと普通のオーク
ショーンとアレックスは、大騒ぎになったリンフォリィの街で、大勢の人達に見送られて州都に向けて出発した。リンフォリィの街と州都の間は穀倉地帯で幾つかの大きな村があった。
賞金を受け取り懐の温かくなった御車の男は上機嫌で馬車を走らせている。馬車の中ではアレックスが相変わらず例の『鍵の書』を読んでいた。
「アレックス、その本はそんなに面白いのか?」
「う~ん、どうかなぁ?興味深くはあるけど、それ程面白くも無いかな。」
「ただの暇つぶしって事か?」
「まあ、そんなところだね。大国の王子が美しいお后の姫様をほったらかして錠前造りに夢中になった話しも載っているよ。」
「それも聞いた事があるな。」
アレックスの話を聞いて、ショーンは鍵にまつわる昔話の全集か何かなのかなと考え、確かにそれ程面白く無いなと思った。
馬車が街から離れると景色は広大な穀倉地帯と変わった。何処までも小麦や芋の畑が広がっている。御車の男が馬車の中の2人に話しかけた。
「今日と明日、穀倉地帯の村で泊まって明後日には州都フォレスティに到着するだよ。」
「今日は何処の村に泊まるんだ?」
「そだのぉ、コシカリ村辺りになるかねぇ。」
コシカリ村は300人程の村人が暮す大きな村だった。良質な小麦の産地で王国の食料庫の一つである。その為商人も頻繫に訪れるので、村の中央には割と大きな宿屋が1軒あった。
アレックスとショーンの2人は草原で野盗に襲われた事を考えて、勇者の服と従者の服を其々が着て馬の休憩時などは馬車の外に出て逆に目立つ様に心掛けた。注目を浴びてもその方が悪意のある者に襲われるよりは幾分かは良いと考えた為だ。
馬車は夕暮れの前にコシカリ村の宿屋に着いた。宿屋の前には村長をはじめ村人が幾人か待っていた。また歓迎会の話しかと、思ったが、村人は一様に皆暗い顔をしている。村長らしき老人がショーンとアレックスの2人に近付き頭を下げて話しかけた。
「勇者様、お忙しい中申し訳ございませんが、頼みを聞いて下さらんか。」
2人は顔を見合わせた後、老人に話を促した。
「一月ほど前から村の北の森に大きな魔物が出る様になりまして。最初はだだの大猪だと思っておりましたが、鎧を着けた姿を村の者が度々目撃する様になりましてな。オークが住み着いたかも知れないと思い村の者には北の森には近づかない様にと話をしておりました。それが昨日、森の近くの畑に大きな足跡が残っていて、そればかりか来月、隣のササニシ村に嫁に行くはずだった、わしの孫娘がその日から行方知れずになってしまいましたのじゃ。村人総出で討伐を計画して話し合いをしておりましたが、皆恐れをなして中々決まらずにいたのです。勇者様、どうかオークを退治して孫娘を助けて下さらんか。」
そんな村長の言葉に村人達も口を開いた。
「確かに馬鹿でかくて鎧を着ていたが、俺が見たときは4つ足で歩いていたんだ。」
そう言って首をかしげる男に続き、別の男も口を開いた。
「俺が見た時も4つ足で歩いていた」
すると村の鍛冶屋だと言う若い男が言い返した。
「オークが4つ足で歩くはずがない、たまたま木の枝を潜る時、手を付いて通り抜けただけに決まっている。怖くてなって、チラッと見ただけで逃げ出したんだろう。 」
「何だと、俺が臆病だと言いたいのか。」
村人達は喧嘩になり、村長が懸命になだめている。
「アレックス、4つ足のオークって聞いた事あるか?」
「4足歩行のオークだったら、ただの豚だよねぇ。」
「正体は解らないけど、無視する訳にも行かないよな。」
「それじゃあ、ショーン、君に頼めるかな?」
「何言ってんだ、勇者が行かなくてどうするんだよ。」
「ありがとうございます。勇者様に行っていただけますか。」
喜んでお礼をする村長に鍛冶屋の若者が横槍をいれた。
「今更助けに行ってもカエラは生きているか解らないじゃないか。」
「ジャック、お前はカエラがもう死んでいると言うのか?」
「生きているか死んでいるか解らないと言っているんだよ。それなのに見ず知らずの勇者に迷惑をかけて、何かあったら国王に対して誰が責任を取るんだ。」
責任と言う言葉で村人達は青くなって静かになった。
「ショーン、オークくらいなら、それ程心配要らない、取り敢えず森に向かってみよう」
「そうだな、村長俺たちが森に行ってみます。」
村人達は皆、喜んでお礼をを言っていたが、鍛冶屋の男だけは何やら不満そうな顔をしていた。暗くなってから森に入る事は流石に危険と考え明日の朝一番でカエラの捜索を始める事になり、その夜は村長の家に泊まる事になった。明くる日、アレックスとショーンの2人は早々に支度を整えて森に向かう事にした。森まで道案内をした村長の息子であるカエラの父親と母親、兄の3人は泣きながらアレックスとショーンの2人にカエラを救い出してくれと何度も頭を下げていた。
2人は緊張しながら森に入りショーンは直ぐに[索敵]のスキルを発動した。
「今のところ害意の有る物は感じられないな。それよりアレックス、畑に残っていた足跡、少し変じゃなかったか?」
「僕はオークの足跡を見た事が無いので確かな事は言えないが、不自然な感じがしたね。」
「俺は父さんと一度見た事が有るけど、何処か違和感が有るんだ。」
そう話しながら森の中の捜索を続けていると、畑に残された物と違った大きな足跡を見つけた。
「此れは4足歩行の生物の足跡だね。」
「確かに相当大きいがイノシシの足跡に似ているな。」
「本当に4足歩行のオークだったりしてね。」
「おまえなぁ。」
その時、不意に害意を持った存在がショーンのスキルにヒットした。
「左の奥30m殺意程ではないが、かなりの敵意を持っているぞ。」
まだ射程に入っていなかったが、ショーンはナイフを取り出して、[投擲]のスキルで見えざる敵に投げ付ける。的が大きい為にナイフは命中するがカンという金属音をたてて弾かれる。その音がした直後、敵が姿を現した。信じられない事に正に4足歩行の巨大なオークだった。3mは有る巨体が銀色の鎧で覆われていたが、4足歩行でショーン目掛けて突進して来た。横に飛びのいて攻撃をかわすと、入れ替えでアレックスがロングソードを胴体目掛けて斜めに振り下ろした。鎧の余りの薄さにアレックスは驚いた。紙を切る様で手ごたえが無く鎧ごと胴体を深く切り裂いた。続いいて横に飛びのいたショーンが振り向きざまにタガーを逆手に持って左の前足を切りつける。鎧ごと左の前足が切断されて魔物が倒れる。アレックスは機会を見逃さない、仰向けに倒れた魔物の心臓に鎧の上からロングソードを押し込む。鎧の薄さに対して力が強すぎた、ロングソードが束の根元まで突き刺さり、4足歩行のオークは呆気なく絶命した。
「やけに呆気なかったな、アレックス。」
「本当だね、この鎧変だと思わないか?」ヘルメット・アーマーををオークから外しショーンに渡しながらアレックスが言った。
「何だ此れは、紙みたいにペラペラで柔らかい。屑鉄で出来ているぞ。」
2人はオークから鎧を外して調べてみる。
「これはやっぱり、ただの大きなイノシシだ、誰かが大猪にガラクタの鎧を被せたんだ。誰が何の為にこんな事をしたんだ?」
「カエラを連れ去る為じゃないのかなぁ、ショーン、君もそう思わないか?」
「誰がそんな事を?」
「俺が罠で捕まえた大猪に鎧を被せて此処に離した。畑の足跡を作ったのも俺だ。」
木の陰から鍛冶屋の男が出て来てそう告げた。
「お前等が言う通りカエラを隠しているのは俺だ、カエラのいる場所に案内するよ、」
鍛冶屋の男は森の奥に進んで行く。
「この先に鍛冶で使う炭を焼く、炭焼き小屋が有る其処にカエラは隠れている。」
「何か理由がありそうだな。良ければ聞かせてくれ。」
炭焼き小屋に到着すると、鍛冶屋の男は小屋の中へ声をかける。
「カエラ、ジャックだ扉を開けてくれ。」
「おかえりなさい、ジャック」
そう声がして、小屋の中から若い娘が飛び出して鍛冶屋の男に抱き付いたが、ジャックの後ろの見知らぬ男2人に驚いた。
「ジャック、この2人は?」
「旅の途中の勇者達だよ、取り敢えずみんな、中に入ってくれ。」
ジャックに促されて4人は小屋の中に入る。その小屋は炭焼き窯の横に作られた、木材の倉庫と休憩所を併せた造りだった。アレックスはその部屋の2人を見て理由を察した。
「君たち2人は想い合っているのだね。」
「嗚呼、俺はカエラが好きだ。」
「私もジャックの事が好き、でもおじいちゃんも父さんも許してくれない。それでササニシ村の村長の息子との結婚を勝手に決めてしまったの。」
「俺たちは隙を見てこの村から2人で逃げる計画だったんだ。」
「で、その計画を俺たちがぶち壊してしまった訳か。」
「まだイノシシを殺しただけで、村人の誰にも見つかっていないのだから、なにも壊していないよショーン。いや、ジャックの造ったガラクタの鎧を壊しちゃったかな。」
「あの鎧は見た目だけ、それらしければと屑鉄で適当に造っただけで、俺は本当は腕が良いんだぞ。」
「本当よジャックは都会でも通用する鍛冶氏だわ。」
「でも、あのイノシシを村に持って帰って、こいつがカエラを食ったと言っても誰も信じないだろうし、腹を開いても芋しか出てこないぞ。」
「僕等があの4足歩行のオークを村に連れて帰れば、直ぐにジャック、君が皆に疑われて森の捜索が始まるだろうね。それまでに、逃げられるのかな?」
「とても無理だ、誰にも見つからずに此の広い村からは逃げられない。」
小屋の中は暗い雰囲気に包まれた。今にも泣きそうな顔を無理に明るく振る舞いカエラはお茶を入れると言って立ち上がる。
「私ったらお茶も出さないでごめんなさい。あら、水が少ないわ井戸で汲んできますね。」
カエラはそう言って外へ出て行った。暫くすると突然、桶が倒れ水のこぼれる音がしてその後に女の悲鳴が上がった。真っ先にジャックがカエラの名を叫びながら飛び出して行く。ショーンとアレックスの2人も急ぎ外に出ると7体のオークが小屋を取り囲み、その内の1体にカエラが捕まっていた。イノシシを倒し、魔物騒ぎが偽装だと思った2人は完全に油断をして、スキルも停止させていた。
「アレックス、完全に俺のミスだ油断をしていた。」
「僕も君の事は何にも言えない勇者失格だ。他にもオークは隠れているのか?」
「いや、ここにいる7体で全部だ。」
ジャックとカエラの狂言誘拐が現実になってしまった、たまたま森にオークの集団が入り込んだらしい。
「ショーン、僕がオークの注意を引き付けるから、カエラを助けて欲しい。」
「解ったアレックス。」
アレックスは殺気を振り撒き、敢えてゆっくりと手近なオークに切りつけた。一撃目は殺すのでは無くオークに悲鳴の叫び声を出させて、仲間のオークに聞かせる為の攻撃だったので、スピードも力もかなり加減していた。それでもなおアレックスの攻撃は凄まじく、オークは傷の痛みで絶叫した。
アレックスの思い通り手負いのオーク以外の個体は彼の方を睨み一瞬、固まった。ショーンはこの機会を逃さずカエラを捕まえている個体に最速で近づき、[強奪]のスキルで カエラを奪った。物では無く人である為、成功確率は高くなかったが。上手く成功したのは、オークが比較的、鈍い魔物だからだった。カエラを抱き抱えたままショーンはジャックの元まで走り抜ける。ジャックとカエラそれにオーク達でさえもショーンの素早さを捉えられず、カエラが一瞬でオークの元からジャックへと移動した様に思った。一連の動きを正確に捉えていた者はアレックス1人だけである。
ショーンは茫然としているジャックにカエラを預けると、さっきまでカエラを捕まえていたオークへ振り向きざまに、ナイフを3本投げ付ける。[投擲]のスキルを上乗せされたナイフはオークの眉間、喉、心臓に其々突き刺さり、声も出せずに、その個体は絶命した。
しかし、その時絶命した。オークは1体だけでは無かった。ショーンがナイフをを投げ付けていた一瞬に残り6体全てのオークの頭部が胴体から切断されていた。声も出せずに絶命したのは7体全てのオークだった。素早さが特徴の『盗賊』のジョブを持つショーンでさえも、アレックスの動きはひとつも認識できなかった。それが何かのスキルなのか、それとも勇者の基本動作に過ぎないのか。次元の全く異なるアレックスにショーンは改めて驚愕した。
「少し本気を出し過ぎてしまったかなぁ?」
ヘラヘラと微笑む何時ものアレックスに戻り口を開いた。
「でたらめな能力だなアレックス・・・俺には何も見えなかったぞ。」
「そうでないと神秘的じゃないだろう?勇者は神秘的でないとね。」
「それで、この2人をどうするつもりだ?」
「可哀想だから、何とかして上げたいね。君の[欺瞞]のスキルで村人達を騙せないかい?」
「[欺瞞]のスキルはそれらしい嘘がないと発動しても効果が薄い。無駄だ。」
「それじゃあ、カエラには行方不明のままでいてもらおうかな。ショーン、君なら僕らの馬車まで村の人達に見つからずに辿り着けるだろう?」
金に余裕の有った御車の男は村長の家に気を使って泊まるよりも気楽に過ごしたいと宿屋に滞在していた。当然馬車も宿屋に停めてあった。
「馬車を森の近くに運んで来ればいいのか?」
「そうだ、ジャック、カエラの両親が待っている場所とは違う森の出口は有るのかな。」
「西から森の外に出られる。」
「解った、森の西側だな。」
そして4人全員んで西側の出口へ向かい、出口付近に来るとショーンはジャックから上着を借りて[偽装]のスキルで農村の村人らしく肌を日焼けした色に変えた。『盗賊』の素早さと隠密行動で村人に見つかる事はないと思われるが、念の為の対処だった。
幸運な事に森の西側は宿屋に近く、村長の家と反対側にあった。しかも魔物討伐の事を気にした村人の多くが村長の家に集まっていた。ショーンは危なげもなく宿屋に着く。また幸運な事は続き御車の男が宿屋の外で馬車馬の手入れをしていた。
ショーンは人がいない事を確かめ、御車の男に話しかける。
「すまない、アレックスがお前に運んで欲しい物が有るらしい、俺と森まで行ってくれるか?」
「勿論かまわねぇだよ、それにしても坊っちゃん一日で随分と日に焼けただねぇ、それに何だねその汚ねぇ恰好は?」
ショーンは苦笑して[偽装]のスキルを解除して白い肌に戻す。
「じゃあ、早速出発してくれ。」
そう言って馬車に乗り込む急に日焼けの治ったショーンに御車の男は目を白黒させた。
ショーンが馬車で森の西側に到着すると直ぐに3人が森から現れた。ショーンは上着をジャックに返して、馬車から持ってきた目立たない色のマントをカエラの肩に掛けると、馬車の中に隠れる様に促した。
アレックスは御車の男に簡単に事情を説明して、皆に黙っていてくれと頼んだ。人の好い男は任せてくれと、胸をはった。
ショーンとアレックスの2人はジャックに明日の朝、コシカリ村の南の川に架かる橋でジャックも馬車に乗せてそのまま予定を変更して、東の隣り村では無く南の湖へ向かうと話した。
御車の男にカエラを頼み宿屋に帰らせると、3人は森の中を通りカエラの両親と兄が待つもう一つの出口へ向かった。途中ショーンは炭焼き小屋の所でオークの首を一つを拾い上げ、持って行く事にした。
大猪の所まで戻るとジャックに鎧を片付けておく様に言ってジャックと別れ、カエラの両親が待つ出口へ向かう。彼らにオークの首を見せて全部で7体を退治し、森に危険が無くなった事を告げると喜んだが、カエラを見つけられなかったと話すと絶望した様な表情になり、カエラの母親は声を上げて泣いた。
カエラの兄は森が安全になったのなら村人でカエラの捜索が出来ると言って、自分の家にいる村人や祖父の村長に早く知らせたいと言って走っていった。直ぐに村人総出でカエラの捜索が始まったが、当然見つかるはずもなく、その日の捜索が終了した。
次の日もカエラの捜索を続けると言う村長にアレックスは申し訳ないが、急ぐ旅なので此の村を出発すると告げると、既にカエラの命に絶望している村長は、孫娘の仇を撃ってくれた事をしきりに感謝し、何もお礼が出来ない事を詫びた。まだカエラの捜索中なのだから気にしない様にとショーンとアレックスの2人は村長に告げ馬車を出発させた。
ほとんど村人に会う事も無く南の川に架かる橋まで来ると、背負い袋一つだけ持ったジャックが周りを気にしながら待っていた。馬車を止めると辺りに人がいない事を確かめてからカエラが頭まで覆っていたマントを取って馬車を飛び出しジャックと抱き合っている。
「誰にも見つからないうちに出来るだけ遠くへ行こう。」
ショーンは抱き合う2人にそう言って馬車へ促した。5人を乗せてコシカリ村を離れた頃、ショーンはジャックとカエラ2人に話しかけた。
「落ち着いたら、出来るだけ早く両親に無事を知らせてあげてくれ。」
うなずきながら礼を言う2人を横目に、アレックスは何も無かった様に静かに『鍵の書』を読んでいた。
「アレックス、その本の何がそんなに興味深いんだ?」
アレックスは少し考えて微笑みながら答える。
「錠を開けるには必ず鍵が必要になると説明されているところかな。」
「当たり前過ぎて面白く無いだろう、そんな事。」
「そうかいショーン、僕には非常に興味深いけどね。」
「お前は時々、訳が分からない事を言うな。」
「勇者は神秘的な方が良いだろう?」
「おまえなぁ。」
馬車は穀倉地帯を離れ湖畔沿いを走っている。
今回も事件に巻き込まれました。旅が始まって4日間なのに。次回はクラスチェンジを予定しています。