『盗賊』の新たなるスキルと童話『鍵の魔法』
ショーンは迎えの馬車から降りると、出迎えの為に邸宅の前で待っていた市長に挨拶を受ける。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます。」
「この度は私の為に、この様な機会を設けていただきありがとうございます。」
「恐れ入ります。」
それらしく挨拶するショーンが偽物である事に市長はまるで気付いていない。そもそも市長にとって必要なのは勇者の装いをした市民たちから騒がれる存在で、真偽など興味もなかった。
「どうぞこちらに。」
執事らしき男に案内された市長の邸宅のパーティ会場は大貴族のパーティルームに引けを取らない広く豪華な物だった。フォレストリア州、第3の都市であるリンフォリィの市長は実際、その政治手腕を認められ、準男爵の位を得ていた。市長はどんな事も常に利用して現在の地位に就いたのだ。この街を勇者が訪れる事は知っていた、彼はこの機会も利用してやろうと思っていた。すると彼の想像を越えて勇者は5人の野盗を捕らえて、この街に入って来た。作家に自分の事も付け加えた、それらしい物語りに仕立てさせて、中央の広場に自分と勇者の銅像でも立てて噂を広めて行けば、この街に多くの人達を呼び寄せる事も出来ると考えていた。
会場にショーンが入って来ると、既に集まっていた街の有力者たちが、手を叩いて歓迎する。拍手が止み静かになるのを見計らって、会場の一番前で市長が挨拶をはじめた。ショーンは笑顔を作って話しを聞いていたが、勇者がこの街を救ったとか、この街が勇者の伝説の始まりだとか、何言ってんだ?と思う様な事を話している。最終的には勇者を育くんだこのフォレストリア東部を造り上げたのは自分だ的に結論付けて話しを終えて、勇者を会場の前に呼び挨拶を求めた。
当然、そうなる事を予想していたショーンは華やかな笑顔を浮かべ、人々の前に立った。
ショーンは人々が自分の姿を見て息を呑むのを感じた。その瞬間彼は、初めてスキルを意識した時の様な不思議な感覚に捕らわれたが、そのまま挨拶を始めた。
「皆さん、私の為に集まっていただきありがとうございます。今日ここに皆さんにお会いできて光栄です。」
市長の挨拶と違い会場の人々は全員がショーンに注目していた。そして人々が彼に興味を持つ事に頭の中に数字がカウントされる様な感覚がした。
「勇者として目覚め微力では有りますが、皆さんの助けになれた事を逆に私の方が感謝しています。」
ショーンの心にもない嘘に感動する人々の数が増える事に、頭の中の数字のカウントも増える気がした。
「人々の為の存在、それが勇者です。」
人々が熱狂しカウントが増える。
「この街から新たな勇者の伝説を共に築きましょう。」
人々の共感がカウントを増やす。
「私の勇者伝説は此処から始まります。」
挨拶を済ませて、手を振ると会場は割れんばかりの歓声が上がる。
その時ショーンの頭の中にパラメーターが広がる。
ジョブ[盗賊]
クラス [初級ジョブ+] 現在クラスチェンジ不可
スキル [索敵] スキル解放済
100m以内の殺意、害意の有る者の居場所を調べる
[投擲]スキル解放済
20m以内の敵に石、ナイフなどを投げ付け命中させる事が出来る
[強奪] スキル解放済
至近距離の敵から物を奪う事が出来る
新スキル[欺瞞] 解放可 未実行
説得力のある言葉で人を欺く事が出来る
新スキル[偽装] 解放可 未実行
目、肌、髪の色を自由に変えられる
彼には今、新しスキルが何故?獲得されたのか理解が追いつかなかったが、現在の身代わりの状況を有利にしてくれる、2個の新スキルを迷うことなく解放した。
会場の前方からテーブルの方に行き飲み物を手にすると、次々に招待客が挨拶にやってくるが、[欺瞞]のスキルを使用すると意識せず勇者になりきる事が出来る。試しにタイミングを見計らって[偽装]のスキルで目の色を緑から蒼に変えてみたが、気が付く者はいなかった。
彼が、ふと会場の隅を見ると従者の服を着た茶髪に変装したアレックスもこちらを見て近付いくる。
「中々の演説でしたね勇者殿。」
何時もの様にアレックスがヘラヘラと笑いながら勇者姿のショーンに話しかけた。ショーンは周りに人がいない場所にアレックスを連れて行き、小声ではなしかける。
「おまえなぁ、いい加減にしろよ、間に合っていたなら、お前が勇者としてちゃんと挨拶しても良かっただろう。」
「君の挨拶が余り素晴らしかったので、聞き入ってしまっていたものでつい。」
「嘘をつくと口が曲がるぞ。」
「ほう、すると君の口も曲がっているかな、確かに曲がっている様だ此れは[偽装]のスキルかな?」
「おまえなぁ。」
歓迎会は1時間程続いたが、ショーンはアレックスに代わり、仕方なく愛想を振りまく事となった。その後、市民が集まっているから、どうしてもと市長に頼まれ中央広場でも演説をさせられた。
内容は歓迎会と同じだったが、初めから[欺瞞]のスキルを使用した演説は大いに盛り上がり、市長は大満足で2人にお礼を告げて宿屋へと送り届けてくれた。
宿屋の部屋に戻ると2人はかつらを外し何時もの服装に着替えた。一息つくと、怒る気も失せたショーンはアレックスに話しかける。
「俺を騙してまで街で何をしていたんだ?」
アレックスは少し考えてから話しを始めた。
「そうだね、本当は秘密何だけど、君には迷惑を掛けたし此れからも沢山、迷惑を掛けると思うから少しは話して上げようかな。」
彼はそう言うと、何時も読んでいる本を取り出して表紙をショーンに見せる。其処には『鍵の書』とタイトルが書かれている。
「ショーン、君も『魔法使いと鍵の魔法』と言う童話は知っているだろう。」
「嗚呼、小さな頃に母さんに聞かされた事があったな。」
「この本はその原書みたいな物なんだよ。」
『魔法使いと鍵の魔法』とはこんな内容の童話である。
昔あるところに、1人の魔法使いの男がいた。魔法使いは友人の鍵屋の男と道具屋の女2人を連れて『最後の魔法』と呼ばれる究極の魔法を探す冒険の旅に出る。旅の中、遺跡やダンジョンには鍵の掛かった部屋や宝箱が沢山あり、その度に道具屋の女は魔法の鍵のアイテムで、鍵屋の男は鉄の鈎針で鍵を開き魔法使いを助けていた。冒険の旅は長く続き鍵屋の男と道具屋の女2人は何度も旅を止めて故郷へ帰ろうと魔法使いを説得するが、男は冒険の旅を止めようとしない。ある日、もう我慢が出来なくなった鍵屋の男と道具屋の女2人は、次の神殿の遺跡で鍵を開けたら魔法使いと別れて故郷に帰って結婚すると言う。
神殿の扉を鍵屋の男と道具屋の女2人で開けると、神殿は大きな拝殿で女神の像が一体あるだけで、宝箱一つ無かった。魔法使いは鍵屋の男と道具屋の女2人にまだ冒険の旅を一緒に続けてくれと言うが喧嘩になり、2人は魔法使いのもとを去っていく。1人残された魔法使いが神殿の古びた女神像に祈りを捧げると、奇跡が起こり『最後の魔法』を授かるが、『最後の魔法』とは全ての鍵を開く事できる呪文だった。
2人の友人が側に居れば最初から必要のない魔法だった。魔法使いの男は意味の無い『最後の魔法』を手に入れて、一番大切な2人の友人を失ってしまった事に後悔する。
「それで、その童話とお前の用事と何が関係があるんだ?」
「リンフォリィはこの童話の発祥の地とも言われているから、古道具屋で『魔法使いと鍵の魔法』を題材にした土産物でもないかと探していたんだ。僕は昔からこの童話が好きでね、」
「言ってくれればそんな時間作ってやったのに。」
「子供っぽくて恥ずかしくてね。他の街でもまた有るかも知れないから、その時はよろしくね。」
「おまえなぁ。」
呆れてそれ以上は聞きたくないと思っているショーンにアレックスは話しを続ける。
「君は目が蒼いけど[偽装]のスキルが使えたのか?かつらは必要無かったね。」
ショーンは偽装したままである事を思い出して、偽装のスキルを解除する。目の色はもとの緑に戻った。
「歓迎会で挨拶をしていたら、何故かスキルを獲得できたんだよ。」
「たまたま、その時と言うだけで、関係はないだろうね。この、かつらは高かったから勿体無い事をしたよ。」
「それで土産物は見つかったのか?」
「いや、大した物は無かったね。そう言えば此の童話にちなんで、役に立たない物を鍵の魔法と言うから、僕にピッタリだね。」
「おまえなぁ。」
何時もと同じヘラヘラとしたアレックスだったが、何故かショーンは自分に隠し事をしているのではないかと思った。それに本当に歓迎会の挨拶とスキル獲得は関係がないのか?あのカウントの様な感覚は何だったのか、彼は1人考えた。
偽勇者に一歩近づいたショーンです。『鍵の魔法』は必要ないと言うのは、国民的RPGの2作目で魔法使いの王女の解錠呪文が当時要らない、とみんなに言われていた事から考えました。次回はつぎの街に進みます。