王都への旅立ち
数日の内に全ての準備も整い、ショーンとアレックスが旅立つ日が訪れた。町長の家の前には彼が雇った馬車が止められていて御車の男が出発の準備をしていた。リンカスの町は王国の東の辺境フォレストリア州の最も東の町の為、もちろん直通で王都に行けるはずもなく、駅馬車のある州都フォレスティまで雇い馬車を利用する。ショーンが見送りの両親と3人で町長の家に到着すると、表には既にアレックスを含めた町長の家族や町政や保安官関係の者達が準備を終えて雑談をしていた。
「遅くなって申し訳ありません。」
ショーンの母、エイミーが頭をさげた。
「いいえ約束の時刻にはまだ早いわエイミー、あなたも心配と思うだろうけど笑顔で見送りましょう。」
「ええ、キャサリン。アレックスとショーンならばきっと大丈夫と私も思うわ。」
それぞれの息子を案じる母親達の会話を聞きつつショーンはアレックスに話しかける。
「アレックス、遂に出発だな。」
「ショーン、君には色々迷惑をかける事になると思うから頑張ってね。」
「俺が頑張ってどうするんだよ。」
相変わらずヘラヘラとしたアレックスにショーンはそう言ったものの、これからの旅で雑用はすべて押し付けられるのだろうなと、覚悟はしていた。しかし、ショーンの予想を遥かに超えてくる事など、この時知る者はいなかった。
「兄さん、私も王都に一緒に行きたい。」
兄の見送りに出てきていたテスタロッサがアレックスにそう言って、町長である父に向き直った。
「パパ、兄さんとショーンの2人と一緒なら大丈夫でしょ。」
「ねえショーン、兄さんを王様に引き渡して、そのあとは2人で新婚旅行の練習よ。」
そう言ってはしゃぐテスタロッサに町長は慌てて話しかける。
「い いや、確かにショーンは将来有望な若者だが、お前はまだ12歳になったばかりだし、そ言うわけにも・・・」
「そうだぞテスタロッサ、旅の間ショーンは僕の面倒を見るのが精一杯でお前の面倒までみられなぞ。」
「そう思うなら俺に面倒をかけない様にしたらいいだろう。」
「いやぁ、それは無理かな。」
「おまえなぁ。」
ショーンはアレックスに向けた呆れた眼差しを今度はテスタロッサにむける。
「そう言う訳で俺もアレックスとテスタロッサ2人の面倒を見るのは無理だ。テスタロッサ、王都行きはあきらめてくれ。」
「そんなー、兄さんの役立たず。」
「きびしーねぇ、テスタロッサ。役立たずの僕の為に我慢してくれ。」
「アレックス、妹に役立たず呼ばわりされて、いいのか?」
ショーンはアレックスに残念な物を見る目を向けた。
「だって本当の事だからね。」
「やれやれ・・・」
そんな3人の会話を聞いて少し安心したように町長が話始める。
「と、ともかくショーンも忙しいだろうし、テスタロッサお前を危険にさらす訳にはいかん。」
「そうだぞテスタロッサ、アレックスを王都まで送り届けたら何か土産を買ってきてやるから、それで我慢してくれ。」
「じゃあ、王都にしかないようなアクセサリーがいいわ。」
「解ったよ、アクセサリーな。」
「やったーアクセサリー、ゲット。あっ、婚約指輪でもいいわよ。」
「おまえなぁ。」
テスタロッサへの話しが一段落した時、町政関係の者の1人、町長秘書の青年がやってきて準備が終了した事や王都での手続きなどの最終確認をして出発の時間になった。御車の男は馬車の御車台に座り何時でも走り出せる様子でいた。ショーンとアレックスは馬車の前に立ち見送りの者達に挨拶をする。
「じゃ、行ってくるよ父さん母さん。」
「気を付けていってらっしゃい。」
「うん、母さん。」
「アレックスの護衛をしっかりな。」
「うん、父さん、まあ護衛というより子守みたいな感じだけどね。」
「ショーンはこんな時まできびしーねぇ、」
「アレックス、旅の安全を祈っています。」
「母様、行ってまいります。」
「アレックス、国王陛下に無礼のないようにな。」
「心得ていますよ父様。母様とテスタロッサをよろしくお願いします。」
「お前も気を引き締めて行くのだぞ。」
「父様行ってまいります。」
2人の若者が馬車に乗り込むと直ぐに御車の男は州都に向けて馬車を出発させた。手を振る見送りの者達にショーンとアレックスの2人は馬車の窓から体を出して手を振って答えていた。
見送りの者達が見えなくなると、2人はゆっくりと座席に腰を据えて、話しをはじめた。
「アレックス、州都フォレスティに着くのも5日かかる、特にリンカスの町から次の大きな町までの間が遠くて下手をすると野営の可能性もあるんだ。」
「食料や水は持ってきたのだろう?」
「おまえなぁ積み荷の目録くらい読んでないのか?」
「やだなー、ショーンがいるのだから積み荷の目録なんて僕が気にする訳ないだろう。」
「だよな、もちろん食料や水は充分にあるが、この先何が起こるか解らないだろう?少しでも節約を考えないと。」
「全部まかせるよ。それより朝早くてさ少し寝ていいかな?」
「本当大した勇者だよ、お前は。」
「だよねぇ。」
「本当にお前は・・・」
アレックスは腕を頭の後ろで組んで目を閉じると、しばらくすると寝息をたてていた。ショーンも初めのうちは国王からの召喚状などに目を通していたが、ここ数日の疲れのせいか、いつの間にか眠ってしまっていた。その間小さな村を3つ程通り過ぎ草原地帯を馬車が進む頃ショーンは目を覚ました。
(いけない、いつの間にか眠ってしまったようだ、いくら危険が少ない道程でも俺とアレックス2人とも寝てしまうのは不用心すぎる。)
ショーンは外の様子が気になり、窓から外を眺めた。あたりは広い草原がどこまでも続き太陽は後2時間程で夕暮れが訪れる位置にあった。州都の東の草原地帯は放牧のキャラバンが移動しながら暮らす地域で季節によっては人にまったく出会わない事もめずらしくなかった。
(ここで野営をすることになるな、まあ隠れる場所も無い草原の真ん中で馬車を襲うやつなどいないだろう。この辺りで危険な動物の話しも聞かないしな。)
そんな事を考えながらショーンは御車の男に話しかける。
「もう、そろそろ野営の場所を決めて準備を始めた方がいいんじゃないですか。」
「えぇ、2,3Km先に小川があるはずなんでそこで今日は野営にしやす。」
「そうしてください、俺も野営の準備は手伝いますから。」
「こりゃあ、すまないこって。」
程なくして馬車は小川のほとりに到着して、御車の男は野営の為の簡単なテントを設営し始めた。簡易型のテントは男が慣れている事もありショーンが手伝うと、さほど時間が掛からず組みあがった。水の流れるこの場所ほ草原地帯の中にあっても樹木がそれなりにあった。水も手に入り草原の真ん中に居るよりも過ごしやすいが、悪意を持った者や動物も潜み安い場所でもある。
ほぼ野営の準備が終える頃、欠伸をしながらアレックスが馬車から降りてきた。
「アレックス、そんなに昼寝したら夜眠れないんじゃないか?」
「さすがに、こんな場所だから夜は寝ずの番が必要だろう?僕が先に番を引き受けるよ。」
(やはり、何も考えていない様で初めからこの野営を想定していたらしいな。)
「あぁ、解った途中で俺が後退するよ。」
「俺は焚き木を拾って来るから今夜の分の食料を馬車から運んでおいてくれるか?」
「僕がかい?」
「いやならお前が指示して御車の男にやらせろよ。とにかく俺が戻る前に食料の方は任せたぞ。」
「僕の従者は人使いがあらいねぇ。」
「おまえなぁ。」
ショーンは小川沿いに歩いて焚き木を探すと簡単に集める事ができた。草原で焚き木を探すのは困難な事で御車の男の判断はその意味で正解と言えた。彼が充分な量の焚き木をを集め終えて野営地に戻って行く途中、比較的大きな木の陰に何か気配の様なものを感じた。ショーンは気になってその辺りを調べて見たが何もみつからなっかった。
(少し疲れているのかな?)
ショーンが『盗賊』のジョブを得て、もっと時間が経っていたならば、それが杞憂ではなく自分の持つ固有スキルにも気が付いたはずであるが、彼の経験は浅すぎた。
ショーンが野営地の所へ戻ると無事に食料や調理道具が用意されていた。おそらく御車の男がほとんど準備したのだろうと彼は思いながら、焚き木をを降すと御車の男が素早くそのうち何本かを組んで慣れた手つきで火をつけて早速簡単なシチューの様な料理を作り始めた。
ショーンがアレックスを見ると彼は何かの本を暗くなり始めた中、焚き火の明かりで読んでいた。
「何を読んでいるんだ?アレックス。」
「興味深い本を以前見つけたので、旅の暇つぶしに丁度いいと思ってね。」
「そうか。」
昔からの頭の良いアレックスは色々な本をよく読んでいたのでショーンもそれ以上聴こうとはしなかった。
暫くすると御車の男がシチューの入った器を2人に渡し、そして男はすぐに自分の器に入ったシチューを食べ始めた。ショーンとアレックスの2人もシチューを口に運ぶと意外と美味しかった。町長が良い食材を用意させた事は勿論だが、こうした料理に御車の男が慣れていた事も理由だった。
「そうだ、アレックスさっき木の陰に気配を感じたんだ、俺の気のせいだと思うけれど。」
一瞬何か考えた様な顔をしたアレックスだったが、すぐにいつものヘラヘラとした笑顔に戻りショーンに返事をする。
「ショーン、僕達2人とも、初めての経験だから疲れているんだよ。」
「あぁ俺もそう思う。」
「食べ終わったら直ぐに休むといい、僕が辺りを見張るから。」
「そうだな、すまないが、そうさせてもらう。」
焚火を囲んだ食事を終えると御車の男は慣れた様子で食器を小川で洗うと簡易テントの中ですぐに寝息をたてた。アレックスはまたさっきの本を読み始めていた。
「それじゃあ、時間になったら交代するから起こしてくれ。」
「まかせてくれ。」
「火が消えない様に時々焚き木をくべてくれ。それから本に夢中になって警戒をおこたるなよ。」
「うーん?どうかなぁ?」
「おまえなぁ、とにかく俺は先に寝るからな。」
アレックスは簡易テントの中に入って行くショーンに手を振って合図したが、視線は本の文字を追っていた。そんなアレックスにショーンはため息をつきながら毛布にくるまるのだった。
第2話の投稿です。旅は始まったばかり。次回は初めてのトラブルが発生します。ショーンとアレックス2人のスキルも初めて披露します。楽しみにしてもらえたら、うれしいです。