第83話 市場+パン=親子
「へい、らっしゃい!見てって見てってー!」
「今日は良い野菜が入ってるよー!」
「こんなに安く出せるのはウチだけだよー!」
立ち並ぶ屋台から、威勢の良い声が飛び交う。
ここはクエイ公国の国境沿いにある街の一つでルアザという。
「いらっしゃーい!良い武器、扱ってるよー?」
このルアザでは毎日、大通りで朝から晩まで市が開催されている。
国境沿いにあり、交易も盛んな商業都市として賑わっているのが、ルアザという街なのだ。
食料品から武器、骨董までありとあらゆる品を扱う市は、周辺国を含めても随一の賑わいを誇る。
「さあさあ、焼きたてのパン、入ったよー!!」
今も、売り子がかけ布を取っ払った瞬間に、暴力的なバターの香りが辺り一面へと広がっていく。
ぐぐぅ~・・・
・・・そして、響き渡る腹の虫。
「おやおや、これはいかんな」
それを聞きつけ、腹の虫の元の隣に立っていたガタイの良い中年紳士がパン屋台へと歩み寄っていく。
「やあ、お嬢ちゃん。ウチのお姫さんがその匂いにやられてしまってなぁ。バゲットを十いただきたいんだがね?」
「あら、いっぱい食べるお姫様ですね!毎度ありぃ!!」
たくさん購入したパンを持って中年紳士が戻ってくると、女の子は顔を赤く・・・
「ありがと、お父さはぐぅっ!!」
「せめて、喋り終わってから食はぐっ!!」
することもなく、速攻でバゲットにかぶりついた。
まぁ、お腹減ってたし、恥じらいより食い気なので。
っていうか、たしなめてる当の本人も途中で食べてるし。
というわけで、やっほー、あたしはリタちゃん。
ただいま、変装して潜入した先で、バゲットにかぶりついております。
おいしい。
「いやー、しかし、このバゲットはかなりうまいな!」
そして、美味しいパンにご満悦なこのマッチョ中年の正体は・・・なんと、前ゼリア子爵。
少し前まで監禁生活で骨と皮だけのがりがりになっていた、あの前子爵本人だ。
やっぱり、あのステーキ爆食いのときにあたしらが得た感覚は間違いじゃなったみたいで、この前子爵・・・言いづらいから、今回の潜入で使ってるガイルって名前で呼ぼう。
それで、このガイルのおっさんなんだけど、なんとあれから一週間ほどで栄養の吸収のみならず、筋肉の復活まで終わらせた。
つまり、このおっさんもまた、あの院長と同じ側の人間だったってことだね。
「宿で留守番をしているミリーにも、後で残っていたら買って行ってやろう」
「いや、今買ったやつ残しておけばいいじゃん」
「無理だな。美味すぎて、俺もお前も止まらん」
「それはそう」
このパンが美味しすぎるのが、美味しすぎるのがいけない・・・はぐっ、はぐっ。
あ、ちなみに、ミリーってのはリリスの今回の偽名です。
前回使っていたリリーって名前は顔と一緒に敵にバレちゃったからね。
今回は、あたしもリリスも名前と顔、それに髪色まで変えて潜入してる。
それは、このガイルのおっさんも同じで、どういう原理か生やしてなかったヒゲを生やして潜入している。
男の人のヒゲって、そんな自由自在に生やせるものなんだっけ?
「それで、ティータ。今日はこの後、寄りたいところがあるんだったか?」
ティータってのが今回のあたしの偽名ね。
白かった髪を金色に染めて三つ編みにした上で、特殊な化粧をしてメガネをかけてるのが、ティータちゃんの見た目。
おしゃまな感じでかわいくできたと思うんだよね、身長が・・・小さい・・・から・・・!!
「おい、急に唸りだしてどうした?」
「いや、ちょっと残酷な現実に打ちひしがれてただけだから、気にしないで」
「そ、そうか」
「それで、寄りたいところだったよね?」
「ああ。今朝に言っていただろう?どうしても行きたい店があると」
「うん。確かね・・・」
あたしは地図を広げて目的地を探す。
今回、目的としているのは、この市が開かれている大通りを進んで、少し外れた路地にある雑貨屋だ。
もちろん、そこは公国内におけるあたしらシエル王国諜報部の拠点の一つであり、仲間との情報共有が目的なわけなんだけど・・・
「っ!!」
「おい、ちゃんと前を向いて歩きな!」
「ごめんなさい!」
地図を見ながら歩いていたら、通行人とぶつかってしまった。
普段のあたしなら、その場をやりすごして影で仕返ししたりするんだけど、今回はそんなことはしない。
「・・・ねえ、お父さん。ちょっと疲れちゃったから、あっちで少し休憩しない?」
「・・・おう、わかったぜ。お姫様に倒れられちゃ、俺が叱られちまうからな」
あたしとガイルのおっさんは大通りを外れて、休憩所となっている広場、そこに生えている木の影に入る。
「それで、どうしたんだ?さっきのあいつ、何を伝えて来た?」
お、さすがは元貴族当主。
さっきぶつかって来たのが仲間の連絡員だって、ちゃんとわかってくれたね。
「渡してきたのは・・・あー・・・」
「その反応だと、問題発生か?」
「うん」
さて、ここで連絡の仕組みについて解説しよう。
あたしら諜報員は証拠を残すことを何よりも避ける。
そのため、余程の緊急事態でもない限り、手紙のように残る証拠は使わない。
じゃあ、どうしてるかって言うと、事前に意味を決めておいた物を渡すことで、情報伝達としてるってわけ。
例えば、飲食店の拠点が渡してきた木のスプーンなら「食材の買い出しをしてから来訪せよ」みたいな感じ。
で、今回渡してきたのは・・・
「黒い櫛、か」
「うん」
そして、渡してきた先が雑貨店ってのを組み合わせると・・・
「お父さん、一旦、帰るよ。目的地が使えなくなった」
「そうか。なら、明日か?」
「いいや、そうじゃないよ」
「なに?」
「今回、あたしらは一切の支援を望めない。お相手はそれを伝えて来たんだ」
多分、クエイ公国側の警戒が想定以上に厳しかったんだろうね。
今回の潜入において、少なくともこのルアザでの接触は、拠点発覚のリスクが高いらしい。
確実に、ベリアーザで情報が流れたのが響いてるね。
さて、そんな厳しい状況の中、今回が初仕事になる前子爵様といえば・・・
「・・・おいおい、楽しくなってきたじゃねぇか」
なんて、口角を上げてニヤつきながら、静かに闘志を燃やしてらっしゃるようだ。
これは、もしかしなくても頼もしい仲間を手に入れたかな。
とりあえず作戦を練るためにも、あたしたちは静かにその場を後にし・・・
「よう、お嬢ちゃん!またバゲットを十個貰えるか?土産分まで食っちまってよ!!」
「あら、お客さん!!毎度どうもー!!!」
パン屋台で思い切り目立つ買い物をしながら、宿へと帰るのだった。
このバゲットが美味しいのがいけないんだっ!!
次回の更新は2月28日(土)午前6時の予定です。




