第53話 国境+酒場=キック
シエル王国の北端にある国境の町“ベリエル”。
国境を隔てる屈強な砦に隣接するように発展したベリエルには、商人のみならず、兵士や傭兵といった稼業の人間が多く集まる傾向にある。
その関係上、飲食店が多く軒を連ねており、夜になればほとんどの店が酒場として酒を提供している。
「マスター、ミルクちょうだい。」
そんな店の一つにどかどか入り込んで、当たり前のようにミルクを注文する一人の少女。
「この時間は酒場だ。ガキは帰んな。」
「そう固いこと言わないで、ミルクくらいおくれよー。ついたばかりでへとへとなのー。」
それがあたし、リタちゃんってわけ。
まあ、拒否くらっちゃってるけどね。
「・・・ほかの店は?」
「どこも似たようなもんでしょー。この町だと夜は酒場になってるんだから。」
「ハァ・・・それもそうだな。ミルクだったな。」
「うん。大盛りでよろしくー。」
ラッキー。
粘ってみるもんだね。
まあ、普通の食事処があるならともかく、酒場しかない街で夜に子ども禁止にするの、本当に問題だと思うけどねー
さっきのマスターの反応からすると、国境にわざわざ来るような人はだいたい弁えてるだろうから、そこらへんに気付かなかった感じかなー。
「これは、売上アップのきっかけを作ってしまったかもしれないね・・・。」
「何を決め顔で世迷言を呟いておるのだ・・・。」
顔面の半分に痛々しい火傷を負った男が隣の席にやってきて、ミルクを堪能していたあたしにそうツッコんだ。
「うっさいよ。ダルセムのくせに。」
「くせにとはなんだ、くせにとは!それがここまで無事に案内してやった吾輩に言うセリフか!!」
「はいはい、あくまでもあれは取引だから、そんな恩着せがましく言わないよーに。あたしだって、口添えしてあげたでしょー?」
誰にとは言わないけど、と言ってやればダルセムは黙るしかない。
さて、このダルセムという火傷の男とはここ2週間ほどの付き合いになる。
そう、あたしが国境の村から隣国の洞窟に転移させられたあの日から、2週間ほどが経過していた。
このダルセムは、その転移を仕掛けたあの村人である。
「んぐ・・・んぐ・・・ふぅ。それにしても、その顔、本当に治さなくていいの?もうシエル王国なんだし、見つかる心配はないでしょ?」
「いや、そうでもないぞ。あの村があったように、クエイ公国の人間はかなりの数がこの国に入りこんでいるからな。」
「そっか。・・・マジで?」
「マジで。あっち側だった吾輩ですら心配するレベル。」
思わず真顔で顔を見合わせるあたしとダルセム。
「うん、これはさっさと合流しないとまずいね。」
「なので、わたしがきた。」
「「うおっ!?」」
ぬっとあたしたちの前に現れたのは、やたら顔の濃いマッチョメン・・・ではなく、サリア。
修道院で情報収集を担当する、ジト目忍者シスターである。
「びっくりしたぁ。急に現れないでよ。」
「心配させた罰。」
「それを言われると何も言えない。」
とりあえず、苦笑して誤魔化しておこう。
「もう、ご飯食べてた?」
「いんや、まだ飲み物だけ。」
「そっか。」
「リタよ。この者は?」
「サリア。あたしの同僚で、」
「あなたの引き取り手。よろしく。」
「そういうこと。」
「む、そうか。」
表情を硬くするダルセム。
「言ったでしょ、悪いようにはしないって。国境で口は利いてあるから、大丈夫だよ。」
「うん、話は聞いてる。大丈夫。ぶい。」
ぴーすぴーす、と気の抜けるVサインを繰り出すサリア。
それ、余計不安にならない?
「・・・そうか。それなら、いいのだが・・・」
やっぱり不安になってるし。
まあ、本当に問題ないんだけどね。
「それで、迎えがサリアってことは、ここでも国外対応?」
「国境なのだから、それは当然では?」
「それだけじゃなかったり。それはともかく、連絡。シュバルツは出発したよ。」
「お、そっか。」
あたしが転移した先で出会ったオーガの変異種から進化した存在、それがシュバルツだ。
分類としては、魔人ってやつになるのかな?
存在が存在だけに慎重な扱いが必要なシュバルツは、あたしたちと別れてレイクディーネへと直行することになったのだ。
たぶん、院長による直接教育コースだろうね。
この2週間の旅で少しは人間の常識を教えはしたけど、やっぱりまだ根底の価値観は魔物のままなので、ババアには頑張ってもらいたいものである。
「それで、あたしはここからどうすればいいの?」
まずは指令がないかを確認した、その時だ。
「おい、姉ちゃん!なんだこれはぁ!!」
「おいおい、料理に虫が入ってるじゃねえか!!」
「おいおいおい、おまけに酒にも髪の毛が浮いてるぜぇ。なんだこの店はぁ!!」
「その、お客様、これは・・・」
不愉快な声が後ろから聞こえてくる。
「まったく、せっかくのミルクがまずくなる。」
こういうのが嫌いなあたしが席を立とうとすると、サリアが声をかけてきた。
「リタ。」
「なに?止めないでよ、サリア。」
「ううん、止めない。」
「そ。」
なら、遠慮なくあの不埒ものをぶっ飛ばしに・・・
「ただ・・・ごにょごにょ。」
「ん?・・・ああ、了解。」
サリアの耳打ちを受けてから、あたしはチンピラどもが騒いでいるテーブルに向かう。
「あんたら、うっさい。」
「ああ?なんだぁ、てめー?」
「ああん?ガキが何の用だよ?すっこんでな。」
「あああん?痛い目みるぜぇ。」
ウェイトレスを背に庇う形で、ああああうるさい3人のついているテーブルの前に立つ。
「こ、子ども?お、お客様、わたしは大丈夫ですので、離れてください!」
「そういうわけにもいかないんだよね・・・っと!!」
あたしはその場でテーブルを蹴り上げ、3人の注目をそっちへ向ける。
そしてその場で、後ろに向かって回し蹴りを放ち、ウェイトレスを思い切り蹴り飛ばした!
「「「は?」」」
吹き飛ぶウェイトレスの飛んでいく先には、縄を構えたサリアがいて、あっという間にウェイトレスを拘束、無力化に成功した。
あまりに予想外の出来事に、周囲は固まる他にない。
それは目の前のチンピラ3人組も例外ではなく、あたしはその隙に3人全員に腹パンを叩き込んでおいた。
崩れ落ちるチンピラ。
あたしは何事も無かったかのように元の席に戻ると、「いぇーい」とサリアとハイタッチを交わした。
「ちょ!?おい、ウチの従業員に何してやがる!?」
硬直から復帰したマスターからツッコみが飛んでくる。
なので、事情説明。
「ごめん、マスター。この人、連れていくけど、良いよね?」
「いや、良い訳ないだろ!?なに堂々と誘拐かまそうとしてやがるんだ!!」
「マスター、そうじゃない。」
サリアもフォローしてくれる。
「どう見てもそうだろ!!」
「そうじゃない。この人は・・・」
「おい、何があった!?」
事情の説明を始めようとしたら、客の一人が気を利かせて衛兵を呼んできたらしい。
うん、これは逆に手間が省けそうだね。
「おい、主犯は貴様らだな?何をしようとしている!!」
高圧的に詰めてくる衛兵。
あたしたちはか弱い女の子なので、ここで魔法の言葉を使います。
「あ、衛兵さん。『鉄のリンゴはお持ちですか?』」
「っ!!『錆ならさっき落としておきました。』この者は?」
「隣国による間諜。裏はとれてる。」
「なので、連れていくけど、問題ある?」
「はっ!問題ありません!!」
「へ?・・・はぁ!?」
突然態度の変わった衛兵にマスターも狼狽えるしかないみたいだね。
「それじゃあ、マスターへの説明も任せていい?」
「承知しました!」
「うん、よろしくお願いします。さて、食事どころじゃなくなったし、移動しようか。行こう、サリア。・・・ダルセムも、そんなに気配を消さなくても大丈夫だよ?」
途中から静かだと思ったら、厄介ごとの気配を察知して知らん顔してたみたい。
「む、そうか。・・・どうやら、吾輩は良いところに拾われたようだな。」
「そうだねー。ほら、行くよー。」
「流すな!!」
「わたしはこれの引き渡し。」
「あ、おつかれー。」
そんなこんなで、帰って来て早々、騒動に巻き込まれた・・・というか、騒動を起こしたあたしたちなのだった。
ちなみに、この後は普通に別の店で食べ直して、宿でぐっすり眠りましたとさ。
・・・ずっと野宿だったせいで、ふかふかのベッドからなかなか起き上がれなかったのは、ここだけのお話。
次回の更新は8月2日(土)午前6時の予定です。
追記:状況説明が足りなかったため、文章を変更しました。
変更前:まあ、夜に子ども禁止にするの、本当に問題だと思うけどねー
変更後:まあ、普通の食事処があるならともかく、酒場しかない街で夜に子ども禁止にするの、本当に問題だと思うけどねー




