第49話 策謀+密会=責任
それは、とある昼下がり。
華美な装飾で整えられた薄暗い部屋の窓際、執務机に背を向けて、部屋の主は外を眺めていた。
空はどんよりと曇って薄暗く、今にも一雨来そうなほどだ。
「・・・首尾は?」
「はっ。順調とのこと。」
「そうか。」
やたらと装飾品をジャラジャラつけた配下に対し、主は髪と髭は伸ばしているものの、上品にまとめられた装いだ。
年のころは60代後半といったところか。
やせこけた頬に落ちくぼんだ眼窩でそう見えているだけで、実際はもっと若いのかもしれないが。
そんな部屋の主は、配下の報告に静かに頷きながらも窓から目を離さない。
配下もそれを気にする様子もなく、そもそもこの主はこういった態度が許されるほどの人物のようだ。
「大儀である。引き続き、事を進めよ。」
「はっ。かしこまりました。」
「では、下がるがよい。」
「ははぁ。」
配下は一例して退出すると、入れ替わるように一人の若いメイドがワゴンを押して入室してくる。
メイドは静かに茶を淹れると、主へと給仕して壁際に控えた。
鼻腔をくすぐる香りを楽しみながら、主は茶へと口をつける。
「・・・まだ毒見が済んでおりませぬが?」
主のひと時に水を差すなど、本来であれば一介のメイドには許されない。
しかし、主は気にすることなく茶を一口飲むと、静かにカップをソーサーへと置いた。
「ふん。貴様がわざわざ毒など盛るものか。縊り殺した方が手間も少なかろうて。」
「証拠を残したくないのかもしれませんよ?」
「抜かせ。そのようなもの、貴様であればどうとでもできるであろう。」
主はメイドに親しげに憎まれ口をたたく。
「して、そんな姿になってまで会いに来るとは、何の用だ、マリア?」
「おや、困りますよ前王弟殿下。このような場所でそんなにはっきりと私の名前を出されましては。」
「貴様のことだ。護衛も監視も無力化してるだろうよ。」
「まったく、世の評判とは異なって、食えないお方です。」
「それより、その喋りを止めよ。貴様の馬鹿丁寧な言葉遣いなど、虫唾を通り越して悪寒が走るわ。」
部屋の主・・・前王弟にそう指摘されたメイド改めマリアは、真面目くさった表情を止めると、悪戯小僧のようにニッと笑った。
「なんだい、お偉い殿下に気を使ってやったって言うのに。」
「貴様が俺なんぞに気を遣うようなタマか。貴様、内心では国王にすら舌を出しているタイプだろうに。」
「おやまあ、あたしのことをよくご存じで。」
「幼馴染だぞ。嫌でもわかるわ。」
ふん、と鼻を鳴らした前王弟はどう見ても老人なのに対して、目の前のメイドは少女と言っても通じるほどに若い。
つまり、とんでもない若づくr・・・
ギン!!
・・・いや、それは違うだろう。
「急にどうした?ものすごい眼光で虚空を見つめおって。何かいたか?」
「いや、なんでもないさね。」
「そうか。ともかく、何の用で出張ってきた?」
「なに、少しばかり釘を刺しにねえ。」
マリアが目をスッと細める。
「あんたの派閥、ずいぶん派手にやってるみたいだねえ。」
「らしいな。さっきも馬鹿が報告に来ておったわ。」
自分の配下を堂々と馬鹿と宣うあたり、自身の派閥にあまり良い感情は持っていないらしい。
「馬鹿はお前さね。どういうつもりだい?あんなもんバラまいて・・・」
「麻薬・・・か・・・。」
「そうさ。あんたの役回りは愚者を演じて馬鹿どもの手綱を握ること。これまではうまくいってたみたいだが、今回のはダメだ。民への被害がデカすぎる。」
マリアの指摘に、前王弟は顔をしかめる。
そう、この前王弟は巷の噂ほど愚かな人物ではない。
むしろ、その実態は逆であり、周囲を欺いて国への反乱分子を統率し、炙り出す役目もある。
5年前の婚約破棄事件でのハリー・ボウティの役割を、実際に国家規模で行っているのが、この前王弟なのである。
「わかっている。ただ、仕上げが近い。それだけのことだ。」
ただし、ハリーとこの前王弟との違いがあるとすれば、それは・・・
「・・・あんた、死ぬ気かい?」
「知っておるだろう?昔からな。」
「知ってるさ。でも、あたしらは昔から反対だった。」
「そうだな。だが、これは必要なことだ。」
「そうでもないさね。学園でのハリーだって、うまくやって今や時期財務大臣だ。」
「奴と俺とでは立場が違う。我は王族。国を、民を守るべき王族なのだ。国に溜まった膿を、吐き出させる。これは必要なことだ。」
「そのために30年・・・40代でそんな見た目になるまで体を張って、かい?」
「見た目に関しては・・・」
前王弟が顔に手を当てる。
「この通り、昔のままだ。貴様と同じく、時が止まっているのだからな。」
すると、これまでの瘦せこけた髭もじゃの老人から、若く凛々しい少年の顔が出てきたではないか。
マリアはそれを知っていたのか、それを気にする様子はない。
前王弟はすぐに顔を元に戻すと、また話し始めた。
「これもまた必要なことなのだ。正直、麻薬の件に関しては俺も驚いたがな。やつらめ、そう振舞っていたとはいえ、俺を侮って隠しておったわ。正直、出向いて張っ倒してやろうかと思った程トサカに来たが、利用するほかあるまい。」
「だが、それで民に被害が出ている。」
「わかっている。だが、それはどちらにせよ、出ていたものだ。始まりは、こちらではない。」
「ちっ。よその国にちょっかいかけて、忌々しいったらないね。」
「まったくだ。だが、それも含めて、一網打尽にする。マリアよ。俺はこの後、国を割る。だから、うまく動け。そして、貴様が俺の首を獲れ。」
「それは、王族としての命令かい?」
「・・・いや、幼馴染としての頼みだ。」
前王弟のマリアを見る視線は優しい。
マリアにとっては、残酷なまでに。
「はっ。知ったこっちゃないよ。あたしは、最後まで諦めないからね!ただ、内乱の鎮圧と他国への対応ぐらいなら、しっかりと引き受けてやるよ。首を洗って待ってな!!」
マリアはそう言い捨てると、メイドの演技を戻し、楚々として茶器を片付けて部屋を去っていった。
「それでいい。頼んだぞ、マリア・モーガン。」
前王弟はマリアの去っていった扉を優しく、まるで叶わない片思いを思うかのように切ない眼差しで見つめていたのだった。
5年前の婚約破棄事件については、第2話と第3話をご参照ください。
次回の更新は7月5日(土)午前6時の予定です。




