第19話 地下+少女=逆さま
時は5年前。
リタ・ルディガン男爵令嬢が不慮の死を遂げた、その3日後まで遡る。
「ここ、ですのね。」
「ええ。メルティーナ様。」
ここは、シエル王国はリーフィ侯爵領にある領主邸の地下。
表に出せない案件や罪人を扱う、特別な空間である。
そんな空間に捕らえられている重要参考人をお忍びで尋ねる貴族の少女がいた。
彼女の名はメルティーナ・ファイドラ。
第一王子アレックス・ゼノ・シエルの婚約者であり、未来の王妃の立場を約束されている公爵令嬢である。
・・・いや、だった、と言うべきか。
この時より1か月前、王都カレイニアにある第一高等学園にて、メルティーナはアレックスから婚約破棄を突きつけられたのである。
公衆の面前で、大々的に。
当然、婚約は解消。
現在のメルティーナは単なる公爵令嬢・・・いや、誑かされた愚かな第一王子の被害者といった立ち位置である。
そんな彼女がお忍びで会いに来ている相手なのだから、その重要度の高さが窺える。
案内しているのはアンネマリー・リーフィアと従者であるメイドのミミ。
アンネマリーはこの館の主であり、彼女もまた関係者であった。
「アン姉様。姉様はもうお会いになって?」
「久々にそう呼ばれましたね。いえ、ミミが確認しただけです。」
「そう。あの報告、にわかには信じがたいのですけれど、ミミが嘘の報告を上げるとも思えませんものね・・・。」
「もちろんでございます、メルティーナ様。わたくしは誇り高きリーフィ侯爵夫人付きのメイド。身辺調査も含め、確度の高い情報をお届け致しております。」
「ですわよね・・・。」
メルティーナが困惑している理由・・・それは、参考人の現在の状態にあった。
メルティーナは王妃教育としてこの国の歴史も深く学んでいるが、このような事態など聞いたこともない。
あまりの異常事態に、関係者を可能な限り減らした上で国王から厳罰の設定された箝口令まで敷かれている程なのだ。
そんな彼女たちの困惑の大本が存在する地下牢、その扉の前に彼女たちはたどり着いた。
ミミが守衛に目配せをして鍵を開けさせる。
そして進んだその先では、
「・・・ふっ!・・・ぐ、く・・・。」
髪を伸ばした儚げな10歳くらいの少女が、服がめくれるのも気にせずに逆立ちをしていた。
その容姿もそうだが、何故かしている逆立ちにメルティーナたちは言葉を失う。
そんな中、少女はこちらに気づいたようで、逆立ちをやめてメルティーナらの方を向いてあぐらをかいて座り込む。
その瞳には確かな光が宿り、仕草から快活な雰囲気が伝わってくる。
「ふぅ・・・こんなもんだな。あんた、確かミミさんだっけ?他はお客さん?」
華奢な見た目からは蓮っ葉な言葉が飛び出し、またもメルティーナとアンネマリーは目を丸くする。
事前に会っていたミミはともかく、彼女らのその反応は無理もないだろう。
何故なら、あまりにも違いすぎる。
外見だけでなく、中身までも、あまりにもメルティーナらが知っている少女とはかけ離れているのだ。
この幼い少女の名はリタ。
本来なら15歳であり、国家転覆の大罪を犯して修道院送りにされたはずの大悪女。
メルティーナの婚約破棄の原因でもあり、虚ろな目で常に微笑みを絶やさなかったリタ・ルディガン男爵令嬢その人なのであった。
次回は7月15日(土)午前6時に更新予定です。