第18話 夫人+商人=旧知
リーフィ侯爵領という土地がある。
王都から見て北西の方角、いくつかの領地を通過した所にあり、複数の鉱山を所有する国の重要拠点の一つだ。
そこを収めるリーフィ侯爵は王家の覚えも良く、また本人も優秀な人物ではあった。
しかし、この領地が栄えている理由、その大きな要因は領主の奥方・・・アンネマリー・
ボウティの存在にあった。
このリーフィ侯爵領へと政略結婚ではなく、恋愛結婚にて嫁いできた彼女はその才覚を存分に発揮した。
その手腕によって侯爵領を更に盛り立てた彼女は、領民にも人気のあるお貴族様。
この日、そんな彼女の住むリーフィ侯爵邸にとある商人が訪れていた。
その商人の名はガリット。
ディーン辺境伯領に本店を持つ、大店の店主でもある行商人である。
また、その傍らには商会員であろう一人の少女の姿があった。
「ご要望により、参上仕りました。商人のガリットでございます。」
「ええ、お久しぶり。遠路はるばる呼び立ててすまなかったわね。」
「いえいえ。我らガリット商会。リーフィ侯爵夫人のお声がけとあれば、どこへでも参りましょう。」
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね。・・・それで、そちらは?」
リーフィ夫人がガリットの横の少女を見て、そう問う。
「ええ、こちらは私の親戚の子でしてね。少し手伝いをして貰っているのですよ。ルタ、挨拶を。」
「はい、おじさん。リーフィ侯爵夫人におかれましてはご機嫌麗しゅう。わたくしはルタと申します。ガリット叔父の元で勉強をさせて頂いている身です。以後、お見知りおきを。」
気のせいか「麗しゅう」の辺りで小さく「ぶふっ」という音がリーフィ夫人から聞こえてきた気がしたが、相手は高位貴族。
それをこの場で指摘できる者などいるはずもない。
「そ、そう。まだお、お若いし・・・くっ。お疲れでしょう?ガリットも含めて、少し隣の部屋で休憩したらどうかしら?・・・ぶふっ。」
いくら肩を揺らして声を震わせ、なんだか笑いが堪えていられなかったとしても、指摘してはいけないのだ・・・!
そんな彼女の勧めに従い、ガリットとルタはメイドに連れらえて隣の休憩室で休ませてもらうことにする。
外の音も聞こえず、とても静かで休憩には最適な部屋のようだ。
そんな部屋に入って2分ほど経っただろうか。
入口の扉が開かれると、さっきまで一緒にいたリーフィ侯爵夫人が側仕えのメイドと2人で入室してきた。
そして部屋の扉が完全に閉じられると、夫人が口を開いた。
「ふう・・・もういいかしらね。」
その口調はさっきまでと同じだったが、纏っている雰囲気がさっきよりも幾分か柔らかいものになっていた。
「いらっしゃいお2人とも。改めて、歓迎するわ。・・・リタちゃーん!!」
その雰囲気のまま挨拶を口にしたかと思えば、夫人が唐突にルタへとがばっと抱き着いてきた。
「んああああ!!暑苦しい!!やめろって夫人!!」
「やあねえ、夫人だなんて。お姉さまって呼んでもいいのよ?」
「誰が呼ぶか!!」
「じゃあ、いつもどおりアンネでいいわよ。」
「はっはっは。相変わらずですねえ、リーフィ夫人。」
「それはそうよ。だってリタちゃんが会いに来てくれたんだもの。めいっぱいかわいがらなきゃ!!」
「本音と建て前が逆になってんだよ!!お前も見てないで主を止めろ、ミミ!」
「いえ、私めはしがないメイドですので。主に逆らうことなどできないのですよ。よよよ。」
「わかりやすくウソ泣きすんな!!」
この側仕えのミミというメイド、なかなかにいい性格をしているようである。
そんなこんなでぎゃあぎゃあとじゃれあっている彼女たちであるが、外から誰かが駆けつける気配はない。
休憩室として通されたこの部屋、実は防諜対策の完璧に整った密談用の部屋であった。
このリーフィ侯爵夫人はルタ改めリタたちレイクディーネ修道院の関係者。
つまり、味方なのである。
しかし、そんな彼女も出会った当初はリタへと敵意・・・いや、それすら通り越して殺意を向けているほどだった。
そんな彼女たちの出会いは今から約5年前。
かの悪人「リタ・ルディガン男爵令嬢」が不慮の死を遂げた頃まで遡る。
その出会いは一言で言うなら、困惑。
それが、アンネマリー・ボウティであった彼女と、リタとの出会いであった。
補足:ボウティ子爵家は第2話と第3話に登場。当主が5年前の段階で財務大臣。その地位には実力で就いたとされており、その長男であるハリーはリタ・ルディガン男爵令嬢に篭絡されたと見せかけて、本当に篭絡された馬鹿者どもを抑えていた。
次回の更新は7月8日(土)午前6時の予定です。