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竜の卵と3人の小銃士《リトル・マスケティア》  作者: 萩原 優


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第11話「追跡者」

”生きていれば修羅場と言うものに直面するのは避けられません。


 でも最初の修羅場があれ(・・)と言うのは、竜神様は私の事がお嫌いなのだと思ってしまいます(笑)

 3人の仲間がいなければ今頃何処かに埋められていた事でしょう。


 おかげで、何か酷い目に遭う度に、「あの時よりはマシ」と思えるようになりましたが”


マリア・オールディントンのインタビューより




 何?

 何が起きている?

 自分は狙われているのか?


 目に見えない恐怖に、両目を閉じて身を固くする。


「よし、そのまま動くな。手を頭の上に乗せろ」


 声をかけられて初めて、密猟者たちが背後から追ってきたと気づいた。

 カンテラに光が灯された。


「所詮ガキっすね。夜に灯をぶら下げて歩いてたら、そりゃ気付くだろーが」

「……無駄口を叩くな」


 足音は次第に近づいてくる。

 どうやら追っ手は2人いるらしい。


 そもそも灯なしで山を進むなど理解の範囲外だった。

 軍隊の中には夜間暗闇に目を慣らして行動する者がいる。そう知っている者は居なかったし、居たとして滑落が恐ろしくて真似は出来なかっただろう。


 ふと見た茂みに、パフの心配そうな顔が覗いていた。


(駄目です! 隠れていなさい!)


 唇だけを動かして伝えると、パフは頭を垂らして茂みに引っ込んだ。

 これでパフだけは逃げられるだろう。


 ただ目の前の状況を甘く見ていた事をすぐに思い知る。

 パフの心配をする余裕など、マリアたちには与えられていなかったのだ。


 何か棒のようなものでそこら中を小突かれた。

 それが銃口と知って、マリアは震え上がる。


「……今、魔法を使ってたのはどいつだ?」


 男が言った。特徴的なしわがれ声だ。驚くほど無機質で、感情が籠っていない。

 背筋が冷たくなる。胸の奥から胃酸がこみ上げてくる。

 彼は今、自分の事を言っているのだ。

 

「懐中電灯が1つじゃ、ガキ3人がこんなに速く移動できるわけがないだろ? 教えろってんだ、よっ!」


 脇腹に衝撃が走る。

 激痛を堪えて、芋虫のように丸まっている自分に気付き自分が蹴られたと認識した。


「俺たちはなぁ。魔法が嫌いなんだよ。特に魔法を使えるガキがなぁ」


 耳元に顔を近づけて、がんがんと怒鳴りつけるのはもう1人の男だ。声は若々しいが、発言は粗暴そのもの。こちらの方が恐ろしかった。ストレートに暴力の存在を想起させるからだ。

 震えが止まらない。手がちゃんと動かない。


「で、魔法を使ったのは誰だ?」


 しわがれ声が再度尋ねた。寡黙であるだけにこちらの方も恐ろしい。


「わ、わた……」


 この時、声を絞り出せた自分を褒めてやりたい。

 2人を巻き添えにするわけにはいかない。早いか遅いかの違いだろうけれど。


「魔法を使ったのはぼくだ! その女はぼくに惚れているから、庇っているのさ!」


 密猟者2人が失笑する。

 多分、どこかの冒険小説から剽窃した台詞だろう。

 心配過ぎて、感謝なんか湧く暇がなかった。


「まだ状況が分かって無いようだなぁ」


 粗暴な方がリッキーに歩み寄り、ライフルを振り上げた。


「待ってくれ! 魔法を使ったのはそっちの奴だ。そいつ良い所のお嬢さんだから、いっぱい魔法を使えるんだ!」


 今まで黙っていた隼人が早口言葉のようにぺらぺらと自白を始め、その後はしわがれ声に縋りついて命乞いを始めた。


「隼人! 見損なっ……」


 リッキーの罵倒は続かなかった。粗暴な方が彼の脇腹に蹴りを入れたからだ。


「なあ、俺だけでも助けてくれよ! 俺は平民なんで魔法なんか使えないし、第一金も無い!」


 よくもまああれだけペラペラと自己弁護が出てくるものだ。


 失望感はあったが、それより羞恥が勝った。

 つまらない希望に縋りついて信じた事を恥じた。

 やはり人間はひとりなのだ。それに気づかず、勝手に期待した自分が悪い。


 そのままでいれば、撃ち殺されるまですすり泣いていただろう。

 だが、こちらを見た隼人が、一瞬だけウィンクして見せたのだ。


「おい、こいつは俺にやらせろ、後2人は任せる?」

「あーあ、勿体ないですよ伍長。このガキなかなか……」

「……異世界人と寝ろってのか? こいつらは駆除(・・)する」


 とても恐ろしい話をしていると分かった。それでもマリアは、右手を握りしめて震えを無理矢理に止める。

 不思議と、もう隼人を信じないとは思わなかった。普段の振る舞いがそうさせるのか。自分が結局甘ったれなのか。答えは出なかったが。


「今だみんな(・・・)! 取り囲め(・・・・)!」


 叫んだ隼人がしわがれ声の腿に飛びついた。

 はっきり言ってその場しのぎの奸計であった。他にも仲間がいる事をほのめかして注意を逸らし、一か八かの逆襲を行う。


 敵がただの密猟者であれば失敗しただろう。

 だが、彼らが軍人崩れで、実戦経験者だった事がかえって幸いした。古来から兵士は取り囲まれる事を何より恐れるものだ。

 この時、戦場で叩きこまれた本能が警戒心を上回った。


 全体重かけて腿を抑え込まれたら、子供相手でも体勢を崩す。

 たたらを踏んだ密猟者は、姿勢を戻す為にライフルの銃床(ストック)を地面に突き立て、射撃体勢を解いてしまう。


「このガキっ!」


 粗暴な方が隼人を射殺しようとするが、判断ミスだった。

 ただですら暗い中味方に取りついた相手を狙い撃つのは至難の業。子供が憎いと言いながら、彼らは子供を舐めていた。


 相手の注意が逸れた隙に、マリアがライフルに飛びついたのだ。

 こうなってはもう照準など付けられない。


 だが敵も流石に同じ轍は踏まなかった。素早くライフルを放り捨てると、腰から銃剣を抜き振り下ろしたのだ。


「きゅー!!」


 その背中に体当たりをかけたのがパフである。

 予期せぬ一撃に油断した男は銃剣を取り落とす。


「手前ぇ!」


 腕を振ってパフを弾き飛ばした男は、怒りに任せて立ち上がったマリアの首を掴もうとする。

 必死に後ずさるが、間に合わない……!


「動くな!」


 男たちは忌々しそうに舌打ちをし、両手を上げた。


 リッキーの二十ナントカが初めて役に立った瞬間であった。

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『王立空軍物語』シリーズでは、一部登場人物の大人になった姿を見ることが出来ます。 ジャンルは戦記物ですが、キャラクターを気に入ってだけたらそちらも是非読んでみてください。

『王立空軍物語 第1部『鋼翼の7人』編』

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