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ご乱心


「とは言ったものの……どうしたものか」


ボレアスと別れた後、そのまま王城に戻った僕だったが、その足でセレナの元に……向かうことはせず、テーブルの上に置かれたチケットを前に頭を抱えていた。


本当はすぐにチケットを渡せればよかったのだが。

今朝のやりとりを思い出して尻込みをしてしまったのだ。


『もう僕を置いていかないで』


軽い冗談ねがいだったはずなのに、セレナは思い返せばその言葉に真剣に答えようとしていた。


都合のいい嘘ではなく、まっすぐと僕の願いに答えを出そうとしてくれたのだ。


……だからこそ答えを聞くのが怖かった。


セレナが今朝の答えを用意しているのではないかと思うと、どうしても気が引ける。


「もし、面と向かってずっと一緒にはいられないって言われたらどうしよう……」

真面目な彼女のことだ……自分なりの答えを用意している可能性は高い。


答えを聞くのは正直怖い……。


全て冗談だったと誤魔化せば、あるいは答えを有耶無耶にしたままチケットを渡すこともできるだろう。


だけど……。


何となくだがそれはそれで嫌だった。


その理由まではわからなかったが、胸のあたりがモヤモヤして……怖くてもセレナの答えを聞かなければならない……そんな気がしていていた。


「う〜〜〜〜ん……」


チケットはそのままに僕は唸りながら立ち上がると、ソファに横になる。


ここ最近……頭の中はセレナのことでいっぱいだ。

それも昔の記憶ではなく、もっと曖昧でぼんやりした……自分に都合のいい未来を描いた光景ばかり。


もしずっと一緒にいられたら何をしようかとか、 手を繋いでデートをしたり、二人だけで一緒に暮らしたり……。


ただ近くにいられるだけでよかったはずだったのに。

そんな都合のいい未来の映像は日に日に数を増していく。


「……あぁ。そっか」


そこまで考えて、ようやくこの胸のモヤモヤの正体に気がつく。


「……僕、セレナと恋人になりたいんだ」


そう気づくと、なんて自分は欲張りなのだと嫌悪感が湧いた。


文字が読めない、頭の悪いマヌケのフリークだった僕が、今では騎士の称号まで手に入れたけれど。

それが自分の実力だなんて自惚れるつもりはない。


確かに僕には少しだけ才能があったかもしれない……でもそれの活かし方を見つけてくれたのはルードだし……みんなが僕を認めてくれたのも、たくさんの奇跡が重なったからでしかない。


急に頭が良くなったわけでも、急に何かが変わったわけでもない。

僕の中身は変わらずマヌケなフリークのままで、変わったことといえばみんなからの見え方が少し変わっただけでしかない。


 今はただ少しだけ、僕のいいところがみんなに見えているだけなのだ。


僕の抱えているハンデを考えれば、今までの出来事は間違いなく奇跡の連続だった。


これ以上を望むのはバチが当たるというものだろう。


だから、本当はこれ以上を望むのは強欲がすぎる。


……だというのに僕という愚か者は、こんなにも……セレナの心が欲しくてたまらないのだ。


「はぁ」


自分でも呆れてしまう……今に手痛いしっぺ返しをくらうだろう……なんて思いながらも、僕はまた一つ深いため息を漏らしてそのまま呼吸を整える。


やがてぼんやりとした都合の良い未来は色をつけ始める。



その日は、セレナと海を旅する夢を見た。




「フリーク様、おられますか? フリーク様?」


────不意に、部屋にノックの音が鳴り響き、僕はセレナとの夢物語を終えて現実へと戻ってくる。

軽い午睡のつもりが……どうやら丸一日ソファで眠ってしまっていたようで、外を見るとそこには高々とお日様が登っていた。


……悩んでいた時間が長かったのか……それとも眠っていた時間が長かったのか。

どちらにせよ、不摂生なことに変わりはない。


「……いるよーどうぞー」


そんな自分に反省をしつつ、声だけで返事を返してすると、三人の給仕の一人が扉を開けて部屋に入ってきた。


「あぁよかった、こちらにいらっしゃったのですね。寝室にいらっしゃらないからどうしたものかと」


「ごめんね。考え事をしていたら寝ちゃってて。それで、そんなに慌ててどうしたの?」


「えぇ、実は急ぎフリーク様を陛下の寝室までお連れするようボレアス様に言われまして」


「ボレアスが? 何かあったの?」


「えぇ、実は王様が、、、」



「離せえぇ!? 離さんか貴様らああぁ!!」


「おやめください陛下! おやめください! おや、おや、おああああああ!!?」


 王様の寝室に向かうと、そこには十人くらいの騎士に取り押さえながら吠える王様と。


 目の前に落下してきた兵士と同じように投げ飛ばされたのだろう。

ボロ雑巾のように地面に伸びている騎士とボレアスの姿があった。


「あいててて、お、おお。来てくれましたかフリーク」


「本当に何があったのさ」


「あー、最初から話すと長くなるんですがね、、、、、」


「ワシが自分の妃に会いにゆくのに!!なんで貴様らの許可が必要なんじゃ馬鹿者どもが!!」


「あ、うんいいよボレアス。なんとなくわかったから」


「そうですか。まぁ、そういう訳であの勢いじゃ殺されかけた腹いせに王妃様を殺しちまいかねません。それじゃせっかく下手人を芋づる式に吊ろうって計画がパーになっちまいますからね。力尽くでも説得でもなんでもいいんで、王様を止めてくれませんか?」


 うつ伏せに倒れたまま手を合わせるボレアスであったが、

王様を見るにすっかり頭に血が上ってしまっているようで、押さえ込んでいる騎士達もそろそろ限界のように見える。


 というか、ボレアスが止められなかったのに僕が力付くで止められる訳がない。


「簡単に言ってくれるなぁもう」


「いやいや、藁にもすがる思いなんですって」


軽口を叩くボレアスにやれやれとため息を漏らしながら、僕は少し考えて王様の元に行く。


「! お、おぉ!! 我が騎士よ! よくきてくれた!! 何とかしてくれ! この馬鹿どもがワシの行手を阻むのだ!」


「ふ、フリーク殿!? へ、陛下を、陛下をお止めください!?わ、我々だけではもう!?」


 双方からの熱い要請に僕はどうしようかと思いながらも。

 僕はふと思いつく。


「そもそも王様は、どうして王妃様に会いたいの?」


「お、お前もそんなこと言うのか我が騎士よ!? あいつはワシの妃だ!いつ会おうがワシの勝手じゃろ!」


「え、えと。それじゃ伝わらないよ王様。 みんな、王様が王妃様を殺そうとしてるって思ってるから王様を止めてるんだよ?」


「な、そうなのか貴様ら!!」


王様の怒号に、騎士達はぽかんとした表情で顔を見合わせると。

コクリと首を縦に振った。


「き、き、き、貴様らあぁ〜〜! そんなことするか馬鹿もん!! ワシはこの国の誇り高き王だぞ!! 女子供に手をあげるほど落ちぶれとらんわ無礼者が! 妻が死にかけとるんじゃ! 見舞いの一つぐらいするだろうが!」


 鈍い風切り音と同時に王様の腕が振り上げられ、悲鳴と同時に兵士の一人がまた宙を舞った。


「なんだ、ただのお見舞いなんだ。良かったねみんな、もう離して大丈夫だよ」


「し、しかしフリーク殿。良いのですか?」


 騎士達は困惑するように首を傾げるが。


「大丈夫だよ。僕も一緒にお見舞いに行くから。それならいいでしょ?」


 その言葉にホッとしたように王様からみんな手を離してくれた。


 だけど、王様は面白くなかったのだろう。

 不機嫌そうに僕を睨んできた。


「むぐぐ、貴様。何を勝手なことを抜かしとる! そんなこと,,,」


「だめなの? 僕は王様の足、体の一部なんだから。一緒に行っても問題はないでしょ? 」


「うぐ」


 王様は言葉に詰まって助けを求めるように周りを見回したけれも、当然味方はおらず。


 再度身構える兵士たちに観念をしたように天を仰ぐと。


「わかった、ワシの負けじゃい。勝手にしろフリーク」


そう言ってトボトボと歩きはじめた。


 

王様の後に続きながら、僕はボレアスを横目で見ると。


不安そうな表情でこちらを見ていたが、気付かないふりをした。



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