『二章』㊵ 星は夜がなければ
ーー目を細めた直後、夜の帳がユウマの視界を遮断した。
「ーーーーっ!」
その夜の闇は、ユウマの頭上で傘のように開くと彼の周囲を巻き込む形で落ちてきた。
結果、それはドーム状の闇の球体となってユウマを閉じ込め、完全に外界との関係を断ち切らせる。
異質な魔法による攻撃、そう判断を下したユウマはしかし、閉じ込められるだけじゃ終わらない。
「しゃらくせぇ!」
カッ‼︎と、いくつもの光の針が闇の球体の内側から飛び出して、強制的に夜を破壊した。
ガラスが割れるような音と共に黒のドームは瓦解して、ユウマの姿が再び外界の空気に触れた。
「閉じ込められるのはオレじゃねぇ、お前だろ!」
推定、S級罪人にそう叫んでユウマは一気に駆け出した。
紫紺の瞳の片方を前髪で隠し、黒い髪はざんばらに長く伸ばす、短剣を右手に握る悪意の塊。
暗い印象を与えてくるソイツは、まるで夜を纏ったような青年だ。
そんな青年が、どろりとした瞳でユウマを睥睨した。
「僕は夜怨だ。おかしいなぁ、僕のことを知らないなんておかしいよ、どうかしてる」
「そうかよ!だけど生憎とお前個人に興味はねぇんだ!」
意外と自分の知名度を気にしているのか、夜怨と名乗った罪人はどこか不快げだ。
だがそれを気にするユウマではない。
星王の異名を持つ星天魔法の使い手は、宇宙の輝きを拳に宿して夜怨の顔面を狙う。
「おォア‼︎」
白い光が瞬く。夜を上塗りする朝日のような輝きがユウマの拳の威力を底上げする。
星天魔法に物理攻撃はない、という固定観念的イメージは今この場で捨てよう。
確かに星天魔法は基本的に『星の力を飛ばす』魔法だ。
小隕星・飛礫。
流星皇・獅子。
星王・火星。
ザクス・シードとの戦いでも、ユウマは近接戦闘向きの技ではなく、遠距離系の魔技を使用していた。
だからそれだけ見ればユウマ・ルークという少年は近接戦闘が得意ではない、もしくは星天魔法が遠距離系の技しかない、と思われても仕方のないことだ。
だがもっとシンプルな答えがある。
ーー威力が強すぎる。
そもそも星の力を魔法で再現するという概念自体が傲岸不遜。
真雷魔法に歴史や『性質』は劣るものの、古失・魔法の枠組みの中に入る魔法はどれも全て規格外。
だからその力を体術に応用すれば、術者の身体に負荷が掛かるのは自然の理である。
英霊魔法が良い例だろう。
ハルの真雷魔法は別として、やはり古失・魔法は強過ぎるのだ。
だがこの時この瞬間、ユウマ・ルークは一切の出し惜しみをしなかった。
本気を出さなければ、殺されるのはこちらだと本能が叫んでいたから。
「星拳‼︎」
魔力を纏っただけの拳ではない。
正真正銘、星の熱さを纏った一撃が、一直線に夜怨の顔面に吸い込まれていく。
ドン‼︎‼︎‼︎と。
破壊的な音があった。
そして次に発生したのは大地が抉れる激音だった。
直撃。
更には奴の背後の砂浜が盛大に割れる。
ユウマは笑う。
「はっ。大したことーー」
「ーーない、って言うのはおかしいんじゃないのかなぁ」
「ーー⁉︎」
勝利を確信した星が弾けて消える。
殺気などはなかった。
しかし、ユウマは奴の顔面から拳を離し、数歩下がってしまう。
手応えはあった。
それなりに本気で殴った。
なのに、奴は何事もなかったかのようにケロリとしていた。
首を傾げるオマケ付きで。
「おかしいなぁ。何をそんなに驚いているんだい?僕がキミのパンチを喰らって倒れないことがそんなに変なことなのかなぁ。おかしいなぁ、おかしいよ。だってこの結果は当然のことなんだから」
「……おかしいな。オレ、結構本気で殴ったんだけど、おたくもしかしてすっごい頑丈だったりする?」
「違うよ。キミのパンチが弱過ぎるだけなんだよ。僕は単純な魔力による身体強化しかしていないからね。おかしいなぁ、そんなこともわからないなんて。ほんとにおかしいよ」
「……身体強化、ね」
そう言った夜怨に、ユウマは思わず苦笑した。
確かに魔力による身体強化は攻撃だけでなく防御にも効く。
実際戦闘中は常時攻防力は魔力で強化しているから、夜怨の理屈も理解はできる。
しかし、だ。
(今のを喰らっても平気な顔してるって、どんなレベルの身体強化だよ……)
そういう話になってくる。
自分で言うのもアレだが、星拳を自分自身で喰らったらタダでは済まない。
「……S級罪人」
目の前の、夜を纏う青年を睨みながらユウマは口の中で呟く。
正直な話をすれば、ユウマはS級罪人と戦うのはこれで二回目だ。
殆どがS級以下、つまりA級などの罪人で、だからこうして直にS級の実力を知るのは久しぶりではあった。
ナメていたわけではない。
だが。
「普通の敵と思ったら負けるな、これは」
ユウマの中で、夜怨の脅威度が更新された。
正体不明の魔法に、ハイレベルの身体強化。
「さっきの言葉、訂正するぜ」
「?」
「興味が湧いたよ、お前に。手加減なしでやってやる」
「……嬉しくないなぁ」
「喜ばせてやる」
そう言って、ユウマ・ルークは拳を握って駆け出した。
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月詠命。
第S級指定罪人。
月詠命が原因で多くの人々に安寧の瓦解と恐怖が訪れたのは今から約二年前。
真暦一五九八年。
この年を聞いて思い当たる節がある人は、おそらく歴史の転換点に興味がある者だろう。
雷神が神魔を討伐した年。
それとは別に、違う事件もあった。
それが月詠命が引き起こした、『極夜の悲劇』である。
『極夜の悲劇』は「サフィアナ王国」内のとある離島から「朝と昼」を奪い去り、長時間「夜の世界」に閉じ込めた事件で、多くの死者を出した災厄だ。
詳しい理由は判明していないが、『極夜の悲劇』は大量の魂を手に入れるための儀式だったという。
実際、離島に住んでいた人々の半数以上は月詠命によって魂を奪われ、二度と帰らぬ人となる。
月詠命が何を成し得ようとしたのか、離島の民の魂を何に使おうとしたのか、最終的な目的は何なのか。それらの一切は謎のヴェールの向こう側に秘されて只人が知る由はない。
だが実際に悲劇が発生したということは月詠命の思惑が果たされたと見ていいだろう。
それが例え『完全』ではないにしても、人の命を軽々しく見た怪物の計画が、確かに。
だからおそらく、『彼』を知ることが出来るのは『彼』に近しい人間しかいない。
そんな人間がいるのか否か。
答えは神のみぞ知る。
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ーー星天魔法が派手に輝いていた。
「流星隕・天馬!」
泥犁島の海岸で、ユウマが吠える。打撃から魔法攻撃に手段を変更し、解き放たれた星の力が夜怨を狙って疾駆する。
翼を羽ばたかせる、白い馬。
「……」
対して、夜怨は一歩も動かない。ただそこに立ち、ユウマをどろりとした目で睥睨して。天馬の直撃の寸前、不気味な青年の前に巨大な掌が生まれた。
黒い、影のような、夜のような、手。
そいつが天馬の衝突を受け止め、威力を受け流し、最終的に握り潰してユウマの魔法を否定した。
「おかしいなぁ。意味がないってことに気づかないなんて。おかしいよ、どうかしてるよ、キミ」
「言ってろ!」
ごちゃごちゃと自論を並べるS級罪人には耳を貸さず、ユウマは足下の砂浜が抉れるくらいに踏み込んで疾走する。
「おォア!」
「……」
そしてヤツの懐深くに到達するのはほぼ一瞬だ。
驚いた風もない表情の夜怨にユウマは微かに苛立ち、顎を撃ち抜く勢いで拳を振るう。
「……煩わしいなぁ」
「うぉ⁉︎」
子供の遊びに付き合うのが飽きたような、乾いた声。
直後に渾身の一撃である打撃が夜と影を混ぜたような『黒い手』によって阻まれた。
しかしそれだけでは終わらない。
右拳を握られたまま、ユウマの体がぐいっと引き寄せられる。重心が崩れる。体が前に倒れる。
そこへ、逆に顎を撃ち抜く勢いで『黒い手』の拳が容赦なくユウマの顎を捉えた。
「ごぉあ⁉︎」
鈍痛。
脳が揺れる。
顎に激痛。
顔がのけ反り、宙を舞った鮮血が瞳に映る。
「っヤロウ……!」
ギロッと夜怨を睨み、反撃に移る。
依然として直立不動を保つS級罪人。そんな彼の態度にますますユウマの感情が激発する。
「ナメんじゃねぇ!」
体勢を整えてすぐに拳を振るった。単純な右ストレート。当然軽く躱されるが、それは織り込み済みだ。
連続で、次々と、休む暇すら与えずに、ユウマは「星拳」のラッシュを叩き込んでいく。
まさに近距離流星群の嵐。
「うぉぉぉおおおお‼︎」
当たる、当たる、当たる。
正直先刻の右ストレートが躱されたからこのラッシュも全て回避されると思っていた。だが予想に反してユウマの拳の乱れ打ちは夜怨の顔面をいとも簡単に捉えていた。
病弱そうな青年の顔が横に後ろにと弾かれ続けーーしかしユウマの顔色は明るくない。
(……こいつ、わざと喰らってんのか?)
そんな違和感がユウマの眉を顰めさせる。
S級罪人とはいえ、ここまで星天魔法の打撃技を喰らえばダメージの総量は計り知れない。顔なら尚更、脳への衝撃も尋常ではないだろう。現段階で倒れていたっておかしくはない状況だ。
にも拘らず、夜怨というS級罪人は規格外の耐久力を、防御力を、頑丈さを見せつけてユウマの拳を平気な顔で受け続けている。
ここまでくると、最早異常だった。
魔力による身体強化だけじゃ説明が出来ないほどのしぶとさだ。
そうして、拳の連打が意味を成さないと判断したユウマは「チッ!」と舌を打ち、後ろへ飛んで下がる瞬間に隕石じみた星天魔法を夜怨にぶち込んだ。
「少しは痛がれ!」
「………」
ドゴォア……ッッ‼︎‼︎と。
白い光の塊が容赦なく夜怨に直撃し、その衝撃で砂浜の大地は抉れ、沈み、粉塵が舞い上がり、海面が激しく揺れて、一つの破壊が実行された。
言葉を濁すことなく、小規模の隕石落下と同質な光景だった。それを作り出した茶髪の少年は警戒を緩めることなく、粉塵の紗幕に隠れたクレーターを睨む。
「……これで倒せたら苦労はしないんだけどな」
あれだけの頑丈さを見せられた後だと、今の攻撃でも心許ない。
そしてそれは的中することになる。
「ーーはぁ。おかしいなぁ、おかしいよ。人に隕石を当てるなんてどうかしてるんじゃないのかなぁ。というか、いい加減僕には勝てないってことくらい理解してほしいところなんだけどなぁ」
「……ったく。自信無くすぜ」
苦笑して、ユウマは目の前の現実に疲れを見せる。
粉塵のカーテンからゆっくり出てくる、夜怨の全身に傷らしい傷は見当たらなかった。
そして同時に、似たような感覚を昔に味わったことがあることをユウマは思い出さざるを得ない。
どれだけ殴っても痛そうにしなくて、ユウマとは正反対の魔法を使う人間。
「魔法もそうだけど、お前を見てるとイヤな奴を思い出すよ」
「?僕が知らないやつと僕を重ねるなんておかしいよ、キミ。僕は僕だ。僕以外に僕を表現することなんて出来ない」
「確かにその通りだ。それに、「似てる」っつっても雰囲気だけで、見た目は全然だ。髪の毛の色すらちげぇ」
「興味がないし、そろそろ疲れた。夜がなければ星は輝かないんだから、曇天の下で惨めに倒れ伏して死んでくれよ」
冷徹で、冷酷で、冷血な声と言葉がユウマの耳に届く。
その、『夜がなければ』の言葉も、奇妙にその『人間』と重なって異質な違和感がユウマを襲った。
しかしそれを深く考えている余裕はない。
夜怨が、ついに自ら動いたのだ。
一歩、二歩、三歩と進んで。
「ーー夜の戯れ」
「……な」
まるで宵闇が魅せる幻のようだった。
絶対に目を離してはいないと断言できる状況下、気づけば夜怨はユウマのすぐ真横をゆったりと通り過ぎようとしていたのだ。
そして、ユウマの全身を女性の姿をした黒い靄が抱きしめるように包み込み、夜の世界へと誘うかの如くーー。
「夜は冷たいよ。命が冷えるほどにね」
「ーーーー」
その言葉を最後に、濃密な闇に飲み込まれたユウマ・ルークの意識は暗転した。




