『二章』㊲ さよなら
ーーいつも遠くからみんなを見てた。
おれには嗅覚しかなくて、みんなみたいに命をかけて戦うことができないから。
ギンは〈ノア〉のメンバーで、ハルたちの仲間。人間でもなければ魔獣でもない、喋れることを除けばただの犬。
嗅覚が鋭く、その特性を活かしてギンはいつだってハルたちの力になってきた。
そのことをギンは誇りに思っているし、恥ずかしい事だとも思っていない。
自分の嗅覚がハルたちの役に立つなら喜んで使うし、それでみんなが自分のことを「仲間」だと呼んでくれるならそれ以上のことはない。
だけど時々思うのだ。
みんなが命を賭して戦っている時、おれはいつもみんなの影に隠れている。
それだけは、どうしても悔しかった。
おれは人間じゃない。
白銀の犬だ。
もしも人間だったら、みんなと一緒に戦えたのかな?
もしも人間だったら、みんなを守ることができたのかな?
おそらくそれをハルたちに訊けば、彼らはこう答えるだろう。
「何言ってんだよ。お前が犬だろうが人間だろうが、俺たちの仲間であることには変わりないだろ。だから気にすんな。俺たちは、お前に十分助けられてるよ」
それは、嬉しい。
本当だ。
でも、それでも欲張ってしまう。
でも、それでも恐れてしまう。
いつか捨てられるかもしれない。
いつか見限られるかもしれない。
だっておれは犬だから。
嗅覚が鋭いだけで、牙も爪も役に立たない、ただの犬だから。
罪人とか、魔獣とか、危ない連中の前じゃ役に立たなくて、みんなが戦う時はいつも決まって誰かを乗せて遠くに避難して、安全地帯で帰りを待っている。
おれはただの一度も、みんなのために命を賭して戦ったことがなかった。
戦っているように見せて、結局それは上っ面で、いつだって守られてきた。
そんな自分が、許せなかった。
アカネを乗せて逃げた時、偉そうなことを言っていたけれど、本当はあの時、今すぐにでも戻ってハルたちの力になりたかった。
力にならなければいけなかった。
だけどギンは犬だから。
嗅覚しか能がない犬だから。
罪人なんかに勝てっこない。
だからどうすればみんなみたいに戦えるのかを必死に考えた夜は数え切れなくて。
最適解すら思い浮かばなくて、後悔ともどかしさだけが募る日々だった。
だけど、ようやくわかったんだ。
どうすればみんなのように戦えるのか。
どうすれば「本当の仲間」になれるのか。
(最初から、こうしとけばよかったんだね……)
罪人の凶刃を視界の端が捉えた時、ギンは迷わずセイラの身代わりになることを決めた。
事件はまだ終わらない。解決するためにはセイラの力は必要不可欠。
ギンとセイラ、どちらが欠けたら損失かなど考えるまでもない。
少なくとも、ギンはそう考えてた。
ーーギンは喋る犬だ。
嗅覚しか能がない、いつもみんなの背に隠れてばかりで戦ったことがない臆病な犬。
それも、もう終わりにしよう。
「誰かを助けてあげたいと思うのは当然だ」
アルストの言葉が、ギンの背中を押してくれた。
その通りだよ。
犬とか人間とか関係ない。
おれがおれだから、みんなのことが大好きで、捨てられたくなくて、ずっと一緒にいたいから、命を賭して戦うんだ。
(……これで、少しはみんなに近づけたかな)
ドスッ、と。
ギンの腹部に凶刃が刺さる。
激痛。
だけどギンは笑ってた。
嬉しかったんだ。
セイラを守ることができて。
みんなと同じ痛みを感じられて。
(おれが死んでも、仲間って呼んでくれるかな。そうだと、いいなぁ……)
ーーおいギン!お前の鼻でセイラが隠した俺の肉を見つけてくれよぉ!
ーーいいかギン!ナンパってのは第一印象が重要なんだ!お前の見た目の可愛さを活かせば十分戦えるぞ!
ーーよしギン。今からお前に人間との闘い方を叩き込んでやる。大丈夫安心しろ。死なない程度に本気で相手をしてやるから。
ーーギンは優しいよね。誰かを助けるために一緒に逃げてくれるんだもん。それは戦うことより難しいことだと思うよ。
ハル、ユウマ、セイラ、アカネの声が再生される。
(おれは〈ノア〉のギン。みんなを守るためなら、命だって惜しくない)
後悔はなかった。
怖くもなかった。
だってこれで、ようやく初めて仲間を守ることができたんだから。
だから、
だから、
だから。
「……ギン‼︎」
ーーそんな泣きそうな顔をしておれの名前を呼ばないでよ、セイラ。
ーー死にたくないって、思っちゃうじゃないか。
:::::::
ーー音が、止まった。
:::::::
仲間の命は自分のより重い。
だから仲間を失った時、心の痛みは計
り知れないのだ。
そして仲間を置いて先に旅立った者は
、最大の罪を背負うことになる。
自分の死で仲間を泣かせてしまったと
いう、最大の罪を。
ーー『友との歩み』より
ロイ・サルファン。




