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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー泥犁暗殺篇ー
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『二章』㊱ 参戦


 セイラの英霊魔法は「全身」か「箇所」かを選ぶことで強さが比例する。


 単純に「全身」に英霊魔法を適用した方が「箇所」より強い力を発揮するが、「全身」を選択した場合「セイラの自我が消える」というリスクが生じてしまう。


 「あはははは!所詮剣しか振り回せない社会適合者に、このボクは倒せないよ!!」


 本来なら金と翡翠の輝きを放つアーセル・ドラコニスの宝剣は、「箇所」顕現のために光の色が違う。


 金と青。


 二つの色が合わさる剣閃は、見事に空を斬って涙病に当たることはない。


 セイラは涙で濡れる目でキッとヤツを睨んで、


 「ちょこまかとーー!」


 「『涙で』【ボクが】[見えない]」


 歪に笑う涙病ダクアロス

 直後に標的を見失ったセイラの宝剣は見当違いな場所に斬撃を叩き込んだ。


 キン、と。

 大きな柱が斬り落とされる。


 「あのさぁ。いい加減諦めてくれないかなぁ。どんなに頑張ったって、キミはボクに勝てないんだよ。分かるでしょ、そのくらい」


 飽き飽きとばかり言うティアエル・フレッドは、涙を拭うセイラに嘆息した。


 それから、余裕綽々と両腕を無防備に広げて、


 「ボクの涙魔法は誰にも止められない。ボクを見て泣け、滂沱しろ、涙しろ、震えながら頬を濡らせ。キミの中に涙という「鬱憤」がある限り、ボクの涙魔法は泣き続ける」



 「……」



 ティアエルの言葉に、セイラは奥歯を噛んだ。


 正直、本当にやり辛い相手だ。

 涙で目測を狂わせ、眼球の奥にダメージを与える。

 

 やつがやっていることは大きく分けたらこの二つだけなのに、この二つが非常に厄介。


 当然ながら攻撃は当たらなければ意味はないし、そんな状態のままダメージだけ喰らい続ければどうなるかなど明らかだ。


 ーーが、そこでセイラはあることに気づいた。


 (……まて)


 これは、可能性の話だが。


 (もしかすると……)


 これが事実なら、勝ち目は十分にーー。


 「さて。そろそろ幕引きだ。キミを泣き殺してボクは次に行く。ーーさよなら!」


 外見に違わず魔力制御技術が高いティアエルの身体強化、その踏み込みが地面を抉る。


 突進に相応しい超加速。


 時間にして刹那。

 セイラは目を見開き、未来に来る死を確かに幻視して回避行動をーー、


 「『涙は』【キミを】[許さない]」


 「あ、がぁぁ!?」


 眼球の裏側が焼けた。

 激痛の中の激痛が走った。

 ティアエルの攻撃が眼前にーー、

 


 「終わりだよ!」


 (しまーーっ)



 

 「ーーおっと。 ちょっと失礼」


 

 ガギン‼︎と。

 セイラの心臓を抉ろうとしたティアエルの凶刃が突然の闖入者によって半ばから折れた。


 驚愕するセイラとティアエルの前で刃のカケラが舞い、その一つ一つに闖入者の姿が映り込む。



 黒髪短髪、紺瞳で鋭い目つき。精悍な顔立ちで、屈強な肉体をしている男。


 ラフな服装の上から、 どこかで拝借してきたのだろう『アレス騎士団』のブレザーを羽織っていた。



 「誰だよ、お前」


 距離を取って鋭く睨んでくるティアエル。

 

 しかし彼はS級の眼光に臆することなく堂々と名乗った。


 「アレス騎士団、第参部隊小隊長。アルスト・ウォーカー。姉さんを助け、そしてお前を倒す者だ」



 そう言って、頭の上にギンを乗せた騎士の男が、S級戦に参戦の意を表明した。



:::::::::



 「よし。 これであらかた片付いたな」


 「……わかってたけど。とんでもない強さだね、アルスト……」


 泥犁島ないりとうの奥にある丘の上。

 総勢三〇名以上の罪人が地面に倒れ伏している絵面を見て、白銀の犬であるギンは若干引いていた。


 「アレス騎士団って、みんなこんなに強いの?」


 アルストは服についた泥を払いながら、


 「基本的な戦闘術は叩き込まれるけど、強さはまちまちだよギンスマくん。……まぁそれでも敢えて順位をつけるなら、隊長達は別格、団長ともなれば別次元だ」


 「うへぇ……。恐ろしいね、アレス騎士団」


 「頼もしいと言ってほしいな」


 「頼もしいを通り越して怖いんだよ」


 「それはなかなか説得力があるな」


 どうやら自覚はあったらしい。

 強さも方向性と度合いの違いで「狂気」になりえる。


 その典型が、罪人かもしれないが。


 「とりあえず予定通りS級以外の雑魚共は片付けたけど、そのS級を相手にしている姉さんたちは大丈夫か?」


 ここからでも十分に見える九泉牢獄パノプティコンを見上げながらアルストは不安げに呟く。


 ギンはアルストの頭の上で、


 「大丈夫だよ。アルストも知ってるでしょ。セイラは強いよ。それにユウマだって心配いらないし、シャルはアルストと同じ騎士団なんだから」


 アルストは小さく笑って、


 「そうだな。そうだった。ありがとうギンスマくん。……じゃああとはみんなに任せてオレたちはモフモフを……」


 「なんでそーなる……って、なに?」


 怪訝な声を出したギンにアルストは首を傾げる。

 その動作にギンが落ちそうになった。


 「どうしたギンスマくん」


 ギンは鼻をスンスンして、


 「いや、今一瞬火薬の匂いが……」


 「火薬?爆弾か?」


 「わからない。けど確かにしたんだ。……そう、ちょうど九泉牢獄パノプティコンの方から」


 確証はない。

 だけど少なからず自分の鼻には自信があるギンだ。

 

 その自分の嗅覚が、仲間がいるであろう方角から火薬の匂いを捉えたら不安にもなる。


 そしてそれを察したアルストはギンの頭をガシガシと撫でた。


 「一人で不安になるなよギンスマくん。仲間を心配するのは当然だ。そして男なら力になりたい、助けてあげたいと思うのもな」


 「アルスト……」


 「行こう。駆けつけることは悪じゃない」


 「……うん!」


  

:::::::::


 

 「ーーで。来てみれば姉さんがピンチに陥ってた、か。ファインプレーだなギンスマくん!」


 「火薬の匂いはここからじゃないけど、これはこれでよかったよ!」


 「ギン、アルスト……」


 予定とは違うアルストとギンの参戦に、涙を拭ったセイラは呆然となっていた。


 本来ならギンとアルストは九泉牢獄パノプティコン外にいる罪人の捕縛を担当していたはずだ。


 「それをしていないということは、終わったのか?それともサボってきたのか?」


 「前者だよ姉さん。まぁ一部の、だけどな。後はナギのやつがどうにかするだろう」


 つまり途中で仕事を放棄してここに来たということか。

 セイラは呆れて息を吐く。


 「やれやれ。依頼者に助けられるとは情けないな。しかも仕事をサボってきた男に」


 「オレは姉さんのピンチには世界の果てでも駆けつけるぞ。……と言いたいところだが、これも全部ギンスマくんのおかげさ」


 セイラはギンに視線を移す。


 「ギンの?」


 「ここには違う理由で来たんだけど、結果オーライかな。無事でよかったよセイラ」


 ほっとするように小さく笑ってギンがそう言って、セイラは眉を上げた。

 一人で戦うつもりだった。

 相手はS級で油断は出来ないし、多対一、なんて贅沢に望める状況ではなかったから。


 けれどそれは、同時にこう思われないだろうか?


 

 ーー助けはいらない。一人で大丈夫。



 かつて、アカネに言った言葉を思い出す。


 ーーひとりじゃない。私たちがいる。


 それをギンに言われたような気がした。

 一人で戦っているわけじゃない、と。


 「……焦っていたのかもしれないな」


 「セイラ?」


 小さく笑い、口の中で呟いて、セイラは立ち上がった。

 敵は強い。

 一度たりとも攻撃は当たらず、掌の上で踊らされている現状。

 

 だけど。


 「ありがとう。ギン、アルスト。助けに来てくれて」


 どこか重い空気が取れたような笑みだった。

 「命」を弄ぶティアエルに激怒して冷静さを欠いていたのだ。

 怒ってもいい。

 泣いたって構わない。


 だけど忘れるな。

 自分は決して一人ではなく。

 

 怒りや憎しみで戦えば、相応の対価が支払われ、生み出すものなどありはしないと。


 アカネとハル。


 それは二人に言ったことだろう。


 「私はもう大丈夫だ」


 ギンとアルストの前に立ち、セイラは剣を構え直した。

 彼女の瞳に、怒りはなかった。


 「待ちなよ、姉さん」


 「ん?」


 と、そんな時だ。

 後ろから肩を掴まれて、見ればアルストが前に出ようとしていた。


 「アルスト?お前……」


 「海の時は姉さんが戦ってくれた。作戦も姉さんが考えてくれた。オレたちの問題に姉さんは本当に協力してくれてる。でも、少し頑張りすぎなんだよ」


 「……アルスト」


 「姉さんが強いのは十分わかってる。だけどたまには後ろで見てるのも悪くないぜ」


 片目を閉じてそう言ってのけたアルストは、セイラの肩から手を離すと一歩前に出た。


 選手交代。

 それが明確に分かる位置替えに物申すことは出来たはずなのに、何故かセイラには彼の決断を否定することが出来なかった。


 何故か。

 決まっている。


 アルスト・ウォーカー。


 彼の背中が、頼もしく見えて。


 「短い付き合いだが、お前の背中を初めて見た気がするよ、アルスト」


 「これからたくさん見るといいさ。オレの背中は、姉さんも背負えるぜ」


 大言壮語、とは思えなかったがセイラは虚をつかれたみたいに眉を上げると唇を緩めた。


 「なら、少しだけ背負ってもらおうか」


 「任せてくれ。このオレに」


 そうして、参戦どころか主戦にまで躍り出たアルストが前に歩いていく。

 


 その歩みは、民を守る騎士の歩み。

 その背中は、友を守る覚悟の背中。


 

 そして、蚊帳の外だったティアエルが不愉快げに眉を寄せながら呟く。


 「誰が相手だろうと、ボクには勝てないよ。騎士野郎」


 「その騎士野郎に負けるんだ。負け惜しみは聞かないぞ。ーーそれに」


 「?ーーなっ」



 アルストが言葉を区切り、それを怪訝に思ったティアエルの思考が驚愕に染まった。

 なんのモーションもなかった。

 前兆なんてなかった。

 

 ただ、アルストが前に歩いてティアエルに近づいた瞬間、空気が弾ける音と共に細身で病弱そうな罪人の体が吹っ飛んだのだ。


 当然。

 威力は相殺できずにティアエルは盛大に壁に激突し、壁は壊れて瓦解する。


 「な、かはっ! いったい、なにが……」


 吐血し、地面を汚し、久し振りに感じる肉体的ダメージの激痛に顔を歪ませて苦鳴して、その中でティアエルは見た。


 すぐ近く。

 本当に目の前。

 自分を見下す男の姿を。


 

 「ーー女を泣かせていい男は、この世にひとりもいないんだよ」


 

 そいつは。

 騎士と男の顔をしていた。

遅くなりました!


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