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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー泥犁暗殺篇ー
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『二章』㉟ 怖くない


 

 「……吠えるじゃないか。涙で前が見えずに苦しむ社会適合者風情が」


 不愉快げに、しかし唇を歪めて笑うティアエル・フレッドは剣を構えるセイラを睨む。


 その暗く光る視線を、セイラは臆することなく睨み返す。


 「貴様の魔法は確かに強力だ。久し振りに涙を流して、こうも苦戦するとは思わなんだ」


 「いちいち余裕振るその態度が気に入らないな。癪に障るよ」


 「それは結構。苛立つということは生きている証拠だ。その感情を大切にするといい。貴様が一方的に奪った「命」たちは、二度とその感情を抱くことはないんだからな」


 「……調子に乗るなよ、偽善者が」



::::::::::



 ーー曇り空を地上の星が眩く照らす。


 ユウマ・ルークの星天魔法が砂浜に飛来する流れ星のように降り注いでいた。

 

 「流星アルマ!」


 曇天に掌を向けて、魔法陣が展開。腕を振り下ろすと同時にいくつもの流れ星が灰色の虚空を抉るように迸った。


 「……おかしいなぁ」


 対して、根暗な雰囲気の罪人は一言だけそう呟くと分かり易い回避行動は取らずに軽く右手を前に突き出した。


 瞬間、手の形をした黒いもやが顕現し、盾のように立ち塞がり罪人の「命」を守り切る。


 轟音を炸裂させながらユウマの星天魔法が砂浜にクレーターを築き、海を叩いて水柱を立たせ、脅威に足り得る攻撃が連続する。


 「チッ。無傷かよ!」


 「おかしいなぁ。流れ星を人に向けて落としてくるなんてどうかしてるんじゃないのかキミ。人としておかしいよ。異常だ、異端だ、異分子だ」


 「わけのわっかんねぇことをーー」


 黒いもやの手が何本も罪人から伸びてきてユウマを掴もうと唸ってきた。

 それらを一つひとつ躱しながら、ユウマは再度攻撃を仕掛けるために駆ける。


 「ーー言ってんじゃねぇ!」


 砂浜に足を取られることがないように細心の注意を払いながら全速力を叩き出す。

 

 黒い手の奔流は星天魔法と体術の組み合わせで次々と打ち砕き、その内の一本の指先が頬を掠めて一筋の裂傷が生まれるが気にしない。


 鮮血が宙を舞い、その赤い雫を置き去りにしてユウマは罪人に迫った。


 「星拳!!」


 星の輝きと熱さを纏った右拳の一撃が、空を殴りつけながら罪人の顔面を求めた。


 「……おかしいなぁ。星は夜があるから輝くんだよ」



 罪人が臆することなく目を細めた直後。

 夜の帳がユウマの視界を遮断した。



:::::::


 「クスクス。逃げてばかりですね、兄さま」


 「クスクス。そうだね、姉さま」


 バクン!ガブ!バクン!!と。

 次々と半壊した家が、木々が、地面が巨大な獣が食い散らかしたみたいな歯型を残して破壊されていく。


 否ーー喰われていく。


 その一撃を、紙一重で躱し続けるシャルロット・ガーデンは、流石はアレス騎士団第参部隊副隊長と呼ぶべきか。


 「向こうは一歩も動いていないんですけどねぇ」


 ため息が出そうになる事実を呟きながら、シャルは右横から迫る死の気配を騎士剣で受け流した。

 

 ギリギリギリギリ!!と、鋼が泣き、その涙のようなオレンジの火花が舞踊る。

 

 ウェーブがかった金髪が靡き、火花で彩られる世界の中でシャルはその常に眠そうな半眼で二人仲良く手を繋ぐ罪人をひたと見据えた。


 「そろそろ動いたらどうですかぁ」


 死の気配ーー人間の口だけをそのまま顕現させたようなグロテスクを受け流し終えると、シャルは強く地面を蹴って双子の罪人に刃を放つ。


 一方で、当の双子の罪人は随分とけろりとしながらシャルの剣を迎え撃つ構えを取った。


 「クスクス。動いたら、ですって兄さま」


 「クスクス。おかしなことを言うね、あのお姉さん」


 「ええ、そうですね兄さま」


 「動かないんじゃなくて、動かせないの間違いじゃないのかな?ねぇ姉さま」


 アレスだったら激昂していた嘲弄を正面から受けて、しかしシャルは動じない。

 子供が言うこと、だからではない。


 実際にその通りだから、今更気にすることでもないだけだ。


 「苦労するのはいつだって下なんですからぁ」


 ここにはいない誰かに向けて言い放ち、シャルの剣が射程内に到達する。

 仲間の剣。

 仲間の血で濡れた剣。

 主人の血で濡れてしまった剣が、仇を取る為に空気を切断しながら罪人の首を求めた。


 雰囲気、見た目からでは想像が出来ないほどの剣捌き、太刀筋に握られた剣が喜んでいるのが誰の目から見ても分かる。


 「クスクス。剣はもう沢山食べましたね、兄さま」


 「クスクス。そうだね姉さま。剣はもう食べ飽きたね」


 「ーーだと思いましたぁ」


 バギン!!と。

 シャルが振り抜いた剣閃が、双子の片割れ、女の子の方に届く刹那の手前で食い止められた。


 文字通り、食い止められたのだ。


 虚空に生まれた人間の口が、その大顎が、赤い舌を覗かせながら鋼の刃をひと噛みして粉々にし、咀嚼して、涎を垂らして、下品に喉を鳴らして、シャルの一太刀を食いちぎった。



 「共食メデアという名に相応しい魔法ですねぇ。実に不気味ですぅ」


 仇討ちに失敗した騎士剣を離して後退し、シャルは微かに嫌悪を抱きながら言う。

 

 双子の罪人。

 共食メデア


 金の髪に赤い瞳。

 人道を外れた罪人の中でも、更に倫理から外れた掛け値なしの人外。

 その双子の童。


 確か名前は……。



 「共食メデアだなんて。その呼ばれ方は好きじゃないわ。ねぇ兄さま」


 「そうだね姉さま。僕たちにはちゃんとした名前があるのにね」


 「……メル・カニバリー、メラ・カニバリー、ですよねぇ」


 退避した場所に落ちていた騎士剣を拾い上げながら、シャルは双子の罪人の名前を口にした。

 

 それを聞き、双子の罪人は嬉しそうに破顔して、


 「わぁ!わたしたち有名人みたいですよ兄さま!嬉しいです!」


 「そうだね姉さま!美味しいものを食べてきた結果だね!」


 「……美味しいもの、ですか」


 微かに顔を歪めるだけで、鼻を押さえて吐き気を催さない辺りは敬意を送るべきだろう。

 

 この惨状を生で、それもこんな近くで見れば普通は誰もが発狂しているところだ。


 仲間たちの死体だけではない。

 罪人の死体も数多くあり、先程出てきた残っていた罪人も既にあの双子に喰われている。


 邪魔、という理由だけで。

 空腹、という理由だけで。


 「人は食べるものじゃないんですが、それを言ったところで、ですよねぇ」


 小さな両手を重ねてキャッキャと嬉しそうにしているカニバリーの双子を見ながらシャルは当然の倫理を口にする。

 


 けれど人間と世界にとって当たり前で、守るべき倫理とかの前に最初からそうしようと思考が生まれないはずの行為に溺れている双子に、シャルの正論が届くわけもない。


 「だから罪人、なんですかねぇ」


 それを言ったら元も子もないが、しかしそれ以外にこの双子を説明する言葉は見当たらなかった。


 「何だかわたし、お姉さんが美味しそうに見えてきましたよ、兄さま」


 「奇遇だね姉さま。僕もちょうど同じことを考えていたところさ」


 新しいおもちゃを目の前にした子供のように目をキラキラさせるカニバリーの双子。

 

 言動も行動も、全てが噛み合わずに破綻している罪人の興味が、ここにきてようやくシャルに向いたらしかった。


 「嬉しくないですが、仕事はきっちり片付けさせてもらいますよぉ」


 当初の予定とは何もかもが異なるが、第参部隊に与えられた任務を全うする時がきた。


 『罪人選別』。

 極刑対象者の処刑。


 罪人識別名・共食メデア


 「アレス騎士団、第参部隊副隊長。シャルロット・ガーデン」


 キン、と。

 静かに剣を振り、名乗った。

 

 罪人とはいえ、これから「命」を奪う相手に礼儀を払うように。

  

 生憎と、アレス騎士団の制服は船と共に海の藻屑もくずとなってしまったが。


 騎士の心と剣のような意思さえあれば、アレス騎士団はアレス騎士団足り得る。


 「特異点の右腕を、侮らないように」


 そう言って、世界の祝福を一心に浴びた一人の男の右腕が、正義を執行しに地面を蹴った。



::::::::



 ノーザン・ドロフォノスは『母親』である。


「………」


 ーーハァ、ハァ、ハァ。う、うぁう……っ。私の、子……。この子が、私の子……ッ。


 ノーザン・ドロフォノスは『母親』である。


「………」


 ーーテレサ、こっちよおいで。そう、そうそう。はい、よく出来ました。テレサはあんよが上手ねぇ。



 ノーザン・ドロフォノスは『母親』である。


「………」


 ーーまぁま。


 ーーはぁい、ママですよ。ふふ、テレサは可愛くて、あったかいねぇ。


 ノーザン・ドロフォノスは『母親』である。



「………」


 ーーまぁま、すき。


 ーーママも、テレサが好きよ。世界で一番愛してる。


 ノーザン・ドロフォノスは『母親』である。


 ーーだから。


「……テレサ」


 子のためなら悪魔にだって魂を売るのが母親だ。

 故に母親が悪魔にならない道理はどこにもない。

 だから。


「テレサ……」


 闇の底に堕ちるのだって、怖くはない。

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