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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー泥犁暗殺篇ー
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『二章』㉞ 理不尽な涙



 暗闇の牢獄で、剣閃が迸っていた。

 時には「金」に光り、時には「青」に輝く刃の閃きは、まるで流れ星のように美しくて、見るものを魅了するほどだ。


 

 「ーーフッ」


 

 鋭い呼気が吐かれる。

 赤い瞳が鋭利に細められる。



 セイラ・ハートリクス。

 彼女が両手に握り締めた金青の宝剣でもって敵対因子を真っ向から斬りにかかった。



 「ーー泣きたくなるね」



 その一斬に対して。

 敵対因子ーーS級罪人の男は病弱そうな顔を歪めて笑い、こちらもまた正面堂々とセイラの剣を迎え撃った。



 その行動に、その選択にセイラは微かに驚く。相手は武器を所持していない。



 S級である以上魔法自体は強力なのだろうが、セイラの一撃をこうも「隙だらけ」の状態で対応しようとするのは自殺行為に見えた。



 「もらうぞ、貴様の首を!」


 「ーー『涙で』【前が】[見えない]」


 「ーー!?」



 刹那。

 セイラの視界が不自然にボヤけた。

 その結果、仕留められるという予定が狂い、宝剣は空を斬りつけて血を吸い損ねる。



 転瞬。

 振り抜いた格好のままのセイラの視界は未だに回復せず、それを絶好の機会だと言わんばかりの殺気が彼女の肌を粟立たせた。



 それは本能と呼ぶべき反射。

 咄嗟にセイラは殺気を感じた方向とは別の方へ飛んで、死の気配から紙一重で遠去かった。


 

 「あれ、外れちゃったよ。ボクからのプレゼントを受け取らないなんて悲しいなぁ。泣いちゃうよ」



 訳の分からないことを言う罪人はとりあえず無視して、セイラは視界を取り戻すために両目を擦る。



 「………涙?」



 擦った手にあった感触、頬に残る久し振りの熱さの正体は彼女の目から流れ出てた「涙」だった。



 「自分の涙の味は初めてかい?」


 

 指先に乗った涙の粒から、セイラは声の主に視線を移す。

 病弱そうな罪人が、薄ら笑いを浮かべて立っていた。



 「そうか。……貴様が涙病ダクアロスか」


 

 「おいおい。識別名で呼ばないでくれよ、涙が出る。ボクの名前は涙病ダクアロスじゃない。ボクは、ティアエル・フレッドだ」



 望んでもいない自己紹介をしてきたS級罪人、もとい、涙病ダクアロス、もとい、ティアエル・フレッド。



 今回の『罪人選別』の対象者は事前にシャルに聞いていた。

 

 共食メデア

 夜怨ニュクス

 累童パイデス

 神魔エリス

 

 そして、涙病ダクアロス


 

 S級罪人が脱獄していることは確認済みだが、まさか極刑対象者を相手取るとは思いも寄らなかった。



 「女を泣かせるとは罪深い奴だ」


 「泣くことはいいことだよ。感情を吐き出す手段の一つなんだからさ」


 「手段の一つであって、それを見せる相手を選ぶのは本人だ。貴様が強制する権利などありはしない!」


 言って、セイラは剣を握り直して地面を蹴った。驚異的な速度で一直線にティアエルに迫る。



 「『涙で』【ボクが】[見えない]」


 「ーーっ!」



 視界が歪んだ。

 薄い雲に遮られたみたいに、赤い瞳が斬る相手を見失う。

 

 先刻と同じ事態に陥ったセイラは咄嗟に疾走する脚を止めて方向転換、左に旋回する。

 また空振りをして隙を突かれるわけにはいかない。


 距離を取り、涙を拭って、すぐにティアエルをーー、


 

 「『涙は』【キミに】[牙を剥く]」


 ザクザクザク!!と。

 セイラの頬を流れていた透明な涙が突如として液状の刃に変化し、彼女の顔面を無作為に斬りつけた。


 顔面に生まれた新鮮な裂傷の激痛が、意図せず涙を流すセイラを襲った。



 「ぐぁぁぁぁぁ!?」



 「あぁぁあ!いい声だ!泣きながら痛みに悶える女性の声はたまらない!」



 地面に膝をついて顔を押さえるセイラを見ながら、ティアエルは性格が悪そうに自身の細い体を抱き締めながら興奮を漏らした。


 セイラはそんな奴の声を胸糞悪く聞きながら顔の血と涙を拭って、


 「涙を操作する、魔法なのか……っ?」


 ティアエルは自分の体を抱き締めていた両腕を離して、


 「涙を操作するなんて言い方は失礼だなぁ。ボクはただキミの溜まった「涙」と「感情」を我慢させずに解放しているだけだよ」


 「涙と、感情の解放……?」


 「説明する気はないよ。どうせキミはボクに殺されるんだからさ」


 セイラは剣を地面に突き刺すと立ち上がりながら、


 「……女を泣かせるだけでなく、女の顔に傷もつけるとはな。救いようがない男のようだ」


 ティアエルは鼻で笑って、


 「好きなだけいいなよ。ボクはボクがしたいようにするだけさ。それに対してキミにとやかく言われる筋合いはーーない」


 ティアエルは言葉を言い終えると同時に冷酷にその瞳を細めた。

 そのわずかな変化をセイラは逃さずに捉え、両目を閉じて後退する。


 ーー仮説を立てた。


 ティアエルの魔法が「涙魔法」で、その効果対象者は「目を開けている者」だとしたら、瞳を閉じることで「涙」の牙から脱せられることが可能なのではないか、と。


 しかし。


 「ーー『涙が』【キミを】[逃がさない]」


 「ーーっあ!」


 閉じてるはずの両目から、キレイな赤のまつ毛を濡らしながら、瞼を薄く通りながら透明な涙が津波のように流れ出た。

 

 じん、と微かに目が痛む。


 「『涙は』【キミを】[許さない]」


 ティアエルが何事かを呟いた瞬間、微かに痛んでいた両目が悲鳴を上げた。

 目の奥が熱く疼き、殴打されたような鈍痛が眼球の裏側を激しく刺激する。


 「あ、がぁぁぁぁぁぁぁあああ!?」


 後退していたセイラは突然の激痛にその動きを止めて地面に倒れる。両膝をつき、両目を押さえて、絶叫する。


 考えろ、考えろ、考えろ。


      いたい。


 奴の魔法は間違いなく「涙」に起因する力だ。ただ他者に「涙」を流させるだけでなく、「涙」を元にダメージを与えることが出来る魔法なんだ。


   痛い痛い痛い痛い。


 しかしその条件は何だ?

 相手を視認しているだけで効果を発動する魔法なら非常に厄介だ。

 涙で視界が遮られては、まともに攻撃を仕掛けることもできない。


      痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

   

    いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい痛いいたいいたいいたい痛。


 

 「アハハハ。あれだけ強がっていたいのにいいザマじゃないか、赤髪さん」


 思考が痛みに上書きされつつあったセイラの耳に嘲弄の声が届く。

 痛む目を無理矢理開けながら、赤色の瞳にティアエルを映した。


 

 「……なる、ほどな。言うだけあって、流石はS級さまだ。……思いの外やる」


 「アハハ。なにそれ。ボクのこと褒めてるのかい?だったら有り難くその称賛は受け取っておくよ。まぁ、これから死ぬ相手からの褒め言葉なんて涙一粒ほどの価値もないけどさ」



 「女の涙は、価値があるぞ」


 「そーいうの、求めてないから」


 突き放すのようにそう言って、ティアエルはティアエルはセイラに迫った。

 

 突進してくるような猛スピード、病弱そうな外見のくせして意外と魔力による身体強化

が上手いティアエルに内心少し感心しつつ、セイラは地面に突き刺した剣を抜いた。


 目の奥の痛みは未だに健在ではあるが、あると分かっていたら我慢は出来る。

 

 「オォア!!」


 正面堂々と突進してくるティアエルに対して、セイラが選んだ対抗手段は実にシンプルな刺突だ。


 おそらく躱されるであろうと悔しいがそう予測して、しかしだからこそ次手を考えながら繰り出した攻撃でもあった。


 涙魔法は警戒済み。

 左右どちらに避けるにせよ対応出来る準備を整える。


 「『涙で』【ボクが】[見えない]」


 「ーーなっ」


 充血している赤色の瞳の涙腺が崩壊した。

 自らの意思で流しているわけでも、ましてや止めることも出来ない涙の奔流が顔を濡らし、ティアエルの姿をくらませた。


 二撃目の帰還。


 「ハズレだね」


 答え合わせをするみたいだった。

 

 セイラの刺突に人体を貫いた手応えはなく、ただ空気を穿った無機質な感覚だけが返ってきて、直後にすぐ真横からS級罪人の薄ら笑う声がひとつ。


 「涙は真実を曇らせるんだ」


 「カハッ!?」


 脇腹に鈍い激痛が襲来した。

 セイラの体がくの字に折れ、骨が軋み、内臓が揺れる。

 

 吐血して、蹴られたのだと分かった。

 吹っ飛び、ゴロゴロと地面を転がったセイラにティアエルはゆっくりと近づいていく。


 「期待外れだなぁ。もっと楽しめると思っていたのに、意外とキミ弱いんだね。こうも一方的になっちゃうと興が冷めるよ」


 「………ぐっ」


 ため息混じりにそう呟くティアエルに、セイラは何も言い返せない。

 その原因は痛みにもあるが、なにより奴の強さが本当に想像以上だったからだ。


 S級罪人相手にナメてかかったわけではない。むしろ必要以上に警戒していたまである。

 

 エマ然りジーナ然り。

 S級罪人はとてつもなく強い。

 全国的に数は限られるものの、だからこそその強さはお墨付きなのだ。


 分かってはいたが、涙病ダクアロス

 

 コイツは……。


 (…….強いなっ)


 「そろそろ終わろうか。キミもあの山の一員になるんだ」


 「………」


 その発言に、セイラは眉をピクリと動かした。

 山。

 それが一体何を指しているのか考えるまでもなく理解した。


 眼球の裏側に潜む痛みと顔面の痛み、それから脇腹の新しい痛みの仲間に顔を顰めながら、セイラはゆっくりと立ち上がっていく。


 「……山、ではないだろう」


 「うん?」


 荒い息を吐きながら、右手を虚空に突き出してーー赤い光が瞬きーー金と青の宝剣が握られた。


 「あそこにいるのは「山」ではない。亡骸だ。命の灯火が消えてしまった人間だ。決して軽々しく扱っていいものじゃない。まして、「山」などと……。貴様が殺した命だろう。それを軽く見るような発言は許さんぞ」


 ティアエルはくだらなそうに肩を竦めて、


 「正論を言うことが正しいとでも思ってるのかい?ボクは別に、キミにどう言われようが、何を説かれようが気にしないし心にも響かないよ」


 「ゲホ、ゲホッ。ハァ、ハァ……。正論という概念が何故あるか、知っているか」


 ティアエルは興味なさげに首を傾げる。


 「さぁ?考えたこともないね」


 セイラは咳き込みながら小さく笑って、


 「だろうな。そこまで思考が辿り着かなそうな顔をしているのがよくわかるよ」


 セイラの馬鹿にするような発言に、ティアエルは初めて不愉快そうに眉を顰めた。


 「……何が言いたいのかな」


 「おやおや。気にしないと言ったくせに意外と私の言葉に反応するじゃないか。図星を突かれて苛立ったか、ティアエル・フレッド?」


 嘲弄するように笑んで、セイラは剣を構えた。彼女の態度にティアエルは不快そうな表情を浮かべる。


 言うまでもなく「命」は尊い。

 ともすれば平和や希望よりも尊く、何物にも代えられないこの世で最も価値があるものだ。


 それを蔑ろにし、踏みつけて、冒涜する奴が許せないと憤ったことが開戦の合図だった。


 なのに。

 そんなやつに手も足も出ない自分が心底腹立たしく、でもそれ以上に何回も何回も「命」を軽く見るティアエルの発言が、態度が度し難かった。



 「正論はな、乱暴な行いを咎め、理不尽な思惑を修正するためにある。正しいことを正しく伝え、間違いに剣を突き付けることなんだよ」


 「乱暴な行いも理不尽な思惑も、決めるのはボク自身だ。ボクが正しいと思ったら、それがもう「正論」となる。キミのはボクの「正論」を踏み潰す「暴論」だよ」


 「貴様のは「正論」なんかじゃない。横暴で乱暴で、人の想いも世界の優しさも無視した幼稚な子供の思考に過ぎないぞ。だから私は貴様の全てに「否」を突きつけ、私の「正論」を喰らわせてやる」


 「………つまり?」


 「遊びは終わりだ」


 全ての激痛を、意志の強さで捩じ伏せた。

 セイラが抱える痛みなど、罪人とはいえ「命」を無下にされた亡骸たちに比べたらどうってことはない。


 脱獄した罪人を捉えるだけのはずだったが、予定が少し変わった。


 個人的に、こいつは一度完膚なきまでに叩きのめしたいと思ってしまった。

 

 だから。

 宝剣の切先をティアエルに向けて、セイラは宣言する。

 

 「「命」の尊さを自分の「命」で分からせてやるから、覚悟しろ」


 「やれるものならーー」


 ティアエルが笑う。

 直後に言葉が途切れた。

 

 キン!!!!と。


 彼の脳天スレスレを通り過ぎた斬撃が、背後にあった壁を容赦なく切断した。

 

 特殊合金石アルトニウム製の九泉牢獄パノプティコンの腹の中が、いとも簡単に切り裂かれた光景に、さしものティアエルも息を呑む。


 彼の瞳は、剣を横に振り抜いている体勢のセイラを映していて。


 「やれるから言っているんだ、罪人」


 薔薇ローダンセが、そこにいた。



::::::::::




    命とは一度しか咲かない花である。

    故に枯れないように心がけよ。

    同じいのちは、二度咲かないのだから。

          

       ーー『生命の美学』より


           メルザベス・クレーマン。

          

   

次話は本日夜に更新予定です!

よろしくお願いします!

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